第三十三話 迫る盗賊団
一気に三十人近くの団員が抜けてしまうと、今度は通常の仕事が回らなくなった。
すでに組んである予定の調整をしながら、これまでに面接を受けに来た入団希望者たちに、
だが彼らの反応も、あまり良くはなかった。
団長が牢にぶち込まれたことは、噂になってしまっている。先行きを不安に思って、入団に二の足を踏むのも当然だ。誤解だ、冤罪だ、すぐに釈放されると説明しても、理解を示すものは半分にも満たなかった。
「こっちも
そう言いたいのを飲み込んで説得を続け、二週間ほどの間で、二十人ほどの団員を新たに採用した。
いくつかの依頼については、仕事開始を少し遅らせる程度の影響は出たが、大きな穴を開けて、違約金を支払わなければならないような事態だけは回避できた。
しかし、
「そんなことをしてる場合か」
ということは、他の団員たちからやいやい言われた。
何をさておいてもまずは報復、皆が団長代理の俺に期待しているのはそれだった。
団長まで虚仮にされて黙ってはいられない、それは俺も同じで、誰かに偉そうに言われるまでもない。
だがそれを言うだけなら簡単だ。
先のことなど何も考えずに、仕事の依頼を投げうって、芋洗傭兵団への復讐に人員を注ぎ込む、それができればどれほど楽なことか。
しかしそんなことをすれば、仕事の依頼主や傭兵ギルドに対して、
ここでそれを投げだせば、
「やはり傭兵は所詮傭兵だ」
そんなふうに思われてしまえば、全てがもとの木阿弥だ。それどころか、なまじ期待させた分だけ、
これまではそれで良かったのかもしれない、だが、
「俺たちゃ仁義に厚い傭兵でござい」
そう開き直って、いつまでも世間様の鼻つまみ者でいる、少なくとも俺が団長代理でいる間は、そんなことを許すつもりはなかった。だから、
「黙って見てろ。伯父貴がいない間は俺が団長だ。文句があんなら、団長が戻ってきてから告げ口でもなんでもやりやがれ」
団員どもの口は、そう言って塞いだ。これ以上何かあるなら、腕ずくで来い、それぐらいの覚悟はしていた。
俺は俺で、ちゃんと落とし前をつけさせる準備は、すでに進めている。いつどこで、それをするか、それを決断する機会は、意外に早く巡ってきた。
「怪我人はいねえか?」
「大丈夫だ、向こうがあんまり多かったんで、早々に逃げ出してきた。お蔭で荷は奪われちまったが、誰もかすり傷一つ負っちゃいねえ」
この仕事の現場を任せていたシュミテルによれば、こちらの十人ばかりに対し、向こうは五十人ほどで襲撃をかけてきたらしい。いくらなんでも多勢に無勢だ、戦わずに逃げた、その判断は賢明だといえる。
このような事態が起これば、こちらによほどの落ち度がない限りは、負担は全て荷主のものになる。荷がよほど重要なもので、特別の取り決めがされている、そうでもなければ、勝ち目のないような敵から逃げたところで、護衛の傭兵の責任が問われることはない。ただしその場合は、傭兵の賃金も支払われることはなく、今回はタダ働きだ。
荷主には単なる不運と片づけてもらえればいいが、心情的には信用の目減りは避けられない、それも蒙る不利益のうちだ。
「最近はこの近辺に、盗賊は出なかったんだがな」
シュミテルはそう言ったが、俺の考えは違う。
――来やがったか。
盗賊の襲撃はままあることだ、そう珍しくはない。だが今回のこれは、偶然ではない、そう直感している。
襲われた積み荷は古着、むろん無価値ではないが、その嵩高さに比べると金額はさほどでもないし、金に換えるのも一苦労だ。そんなものを奪おうと、危険を冒すのは効率が悪い。
中身もわからずにいきあたりばったりで襲ってきた、それも否定はできないが、これは積み荷そのものよりも、
俺は、芋洗傭兵団が次に仕掛けてくる手はそれだろうと、予測していた。というか、少ない人員を割いて、先日からビムラ内で敵の手がかりは調べさせている。その効果が上がってきていない以上、町の外で仕掛けてくるしかない、それが現実になっただけだ。
ただ仕掛けてくる場所まではわからなかった。何しろ相手は、商隊の護衛が主な仕事だ、どこに何があるか、方々の地理に詳しく、どこにでも出没することができる。
――フェリーズ。
それがわかっただけでも収穫だった、だがそれだけでは、まだ動けない。
幸いなことに、それが芋洗傭兵団の仕業であろうことは、察しの悪い他の団員たちには、まだ気づかれていない。それが気づかれてしまえば、俺はさらに下からの突き上げをくらうことになる。
――近いうちに次があれば、間違いない。
そう考えていたさらに翌々日、再び盗賊が出たとの知らせが届けられた。場所は同じくフェリーズ側、前回の場所とは大きく隔たってはいない。
今度はベルケン商会の荷物、これは俺たちにとっては大規模な輸送だった。
穀物袋五〇〇を二十台の荷車に乗せ、八十人ほどで運んでいたところを、それに倍する盗賊に襲われ、またも荷は全て奪われたということだった。
ただ今回も早々に逃げて、怪我人はいない、そのことだけはありがたい。これ以上人数を減らして、いざという時に、反撃の戦力が整わないようでは困る。
しかし痛い。
その仕事は硫黄傭兵団と半々で受けたものだったが、それでも五十人近くを一週間ほど遊ばせたのと同じで、金額的には大損害だ。
――見舞いに行かなきゃなんねえな。
「刺客に狙われている」
そんなことをいって、貝殻亭に引きこもっている場合ではない、俺は左右にイルミナ、ディデューンを護衛に従え、直ちにベルケン商会に詫びに出向いた。
俺を出迎えたのは、いつぞやの番頭、オズファンだった。こちらも荷を失った知らせを受けてから、まだあまり時間が経っていないのだろう、落胆を隠しきれるほどには精神が回復していないようだ。
前回と同じ応接室に通されて早々、俺は深々と頭を下げた。儀礼ではなく、本気の謝意だ。口にはもちろん出せないが、
「今回は面目ねえことをした」
「いえ、相手は大人数の盗賊と聞いています、山猫さんとこが悪いってわけじゃないことは、わかっています。これでお付き合いを終わりにするつもりはありません」
すぐに謝罪に来たことが功を奏したか、赦しは簡単に得ることができた。
どうやらここも、
ただね、と苦渋の表情でオズファンは続ける。
「奪われた荷以上に損害は大きいですな。今回の取引先は、これまでスカーランの商店と売買していた所なのですが、パンジャリーの政情不安につけこんで、といえば聞こえが悪いですが、それでも苦労して新たに開拓したばかりなのですよ。ですが初めての取引が果たせなかったとあっては、今後の継続は無理でしょうな……」
「代わりの荷物を送る、ってわけにはいかないのか。今回の詫びだ、格安で請けるが」
「期日にはまだ時間がありますが、商品がないのです」
「モノは何だったんだ」
「小麦です」
「小麦なら裏に山ほど積んでるじゃねえか」
「あれらは売り先がすべて決まっているので回せません。この時期に売り先が決まっていない商品など、あるわけがありません」
「そんじゃ今回の分だけ送って、後で買い集めりゃいいじゃねえか」
相手はその道の専門だ、そんなことは俺が言うだけ野暮だった。
どうやらこの時期に積んでいるような物は、ほとんどが粗悪品とまではいわないが、等級が低く、先方が望んでいる品質には足りないらしい。
残る方法は採算度外視で、すでに市場に出回っている分を買い集めてくるしかないが、それをするにも時間が足りない、とのことだった。
それなら、と俺は提案した。これは千載一遇の好機かもしれない。
「売り先のない小麦なら、心当たりがある」
「本当ですか!」
「というか、
見本になる小麦は近所の工房に預けてあるし、貝殻亭ウチにはそれで作ったパンもある、食って確かめてくれ、そう付け加えると、喜びかけたオズファンは、再び顔色を曇らせた。
「……五〇〇袋、なのですが」
常識的に考えてそれだけの量を、
しかし、ぬか喜びをさせるつもりはなかった。スカーランに蓄えてある物資は、少々自分たちの胃袋に収まってしまったが、それでもまだまだ山のような在庫がある、小麦五〇〇袋なら余裕で出せる。
「一〇〇〇袋でも大丈夫だ」
それを説明すると、ようやくオズファンの顔色は明るくなった。
「買い取ります、ぜひ買い取らせてください!」
その後、オズファンは品質を確かめるために、店の者を貝殻亭に走らせた。それが戻ってから改めて金額を算定し、売買は成立の運びとなった。ただし代金が支払われるのは、無事に物資を送り届けてからになる。
これを恩に着せて、残りの分もそのうち売りつけてやれ、とも思った。商品の売り先がスカーランに近い地域ならば、ビムラから送るよりは輸送費も安くつく、ベルケン商会にとっても悪い取引ではないはずだ。こちらとしてもかなり安く買い叩いたものだ、法外な値段をつけなくても、相場の金額で充分に儲けは出る。
むろん詳細は公には内密だ。
スカーランに蓄えてあった食糧は、もともとベルケン商会が持っていたもの、その程度の偽装はしてやらなくてはならない。彼らも、自らが所属する穀物ギルドに、非正規の取引で目を付けられたくはないだろうし、
それより問題は、盗賊、芋洗傭兵団の出方だった。
この荷を再び襲ってくる、その可能性は高い。
――こいつで勝負をかけるか。
それはこの場で決断した、ならばその可能性をさらに高めてやるしかないだろう。
早速その足で傭兵ギルドへ向かうことにした。
俺たちが中に入ると、ソムデンがようやく来たか、という体で近寄ってきた。
「フェリーズに行く」
俺がそう告げると、
「おや、ようやく勝負する気になりましたか?」
驚く素振りも見せず、簡単にそう返してきた。
まったくこいつは、一体どこまでわかっていやがるのか。いやまあ、こっちもわかっているだろうと思って、そうとしか言わなかったのだが。
「ただし、スカーラン経由だ、間違えないでくれ」
「畏まりました」
盗賊行為を行う場合、その敵は、護衛の傭兵ばかりではない。同じ場所で何度も繰り返せば、さすがにその地域の軍が出動してくる。
襲撃は二回、フェリーズの軍がどの程度治安に厳しいかは知らないが、まだその討伐に動き出すには早いだろう。芋洗傭兵団はもう一、二回はビムラ~フェリーズ間での襲撃を企んでいるかもしれない、そこをスカーラン~フェリーズの間に移動してもらわねばならない。
芋洗傭兵団も無差別で商隊を襲っていたわけではないだろう、
ベルケン商会との契約は、
なぜか、ソムデン自身が漏らした、とはあまり思わない。だがどこかで漏れていることを知って、敢えて黙って見逃していた、それは充分ありそうだった。
万が一情報の出どころが傭兵ギルドではなかったとしても、今回のこのことを、教えておきさえすれば、芋洗傭兵団が襲いたくなる形で伝えてくれる、その程度には信頼している。実にいやな信頼ではあるが。
「これであんたの思い通りか?」
「いえいえ、スカーランにそんな物を持っていることまでは知りませんでした。さすがウィラードさんです。転んでもただは起きない、見習いたいものです」
「転ばせたのは
「勢いがつくようにと、背中を押したつもりなんですが」
「ざけんな。詫びにちょっとマシなもんでも食わせろ、三人分だ」
晩飯には少し早いが、ギルド内にはそれ目当ての客が増え始めてきていた。
「仕方ないですね、ご馳走しますよ」
「あいつは貴族様だからな、安っぽいもん出したら打ち首にされるぞ。あとそっちは女だからな、ついでに甘いもんでも出したら喜ぶぞ」
連れの二人を指さしながら、さらに図々しい要求をしてみたが、ソムデンはそれも笑って受け入れた。
思いがけず普段よりも豪勢な夕食を済ませ、さあ帰ろうとしたとき、不意にイルミナが立ち止まって、仕事の依頼が掛かっている掲示板の一角を指さした。
「これです」
「ああ、これだね」
ディデューンもそれに同調する。
「何がだよ」
覗き込むと、そこには賞金首の手配書が貼り出されていた。別に珍しくもない、通常の仕事に交じって、賞金首が傭兵ギルドの掲示板にかかることはよくあることだ。こういうものは、ビムラ中央会議、商工ギルド、その他周辺諸国の官庁からも回ってくる。お尋ね者がどこかの傭兵団に潜り込むのも、よくある話だった。
賞金稼ぎなど、手間もかかり、危険もある宝探しのようなものだ、これまではあまり気にしたこともなかった。
「何々……。ネクセルガ・ジーカー、罪状、依頼主殺し、賞金銀貨一二〇〇枚、ってこれがどうかした……」
最後まで言い切る前に、そのからくりに気づいた。
俺は直ちに踵を返し、カウンターの中に入っていたソムデンに、それを乗り越える勢いで詰め寄った。
「これも
「いえいえ、私はその賞金首がおそらく芋洗傭兵団に匿われてる、などということは全然知りませんよ」
「知ってんじゃねえか!」
その手配書は傭兵ギルドの本部から出ていたものだった。
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