第三十三話 迫る盗賊団



 一気に三十人近くの団員が抜けてしまうと、今度は通常の仕事が回らなくなった。


 すでに組んである予定の調整をしながら、これまでに面接を受けに来た入団希望者たちに、山猫傭兵団ウチへの入団を許可する。質は選んでいられないが、この際贅沢は言っていられない。


 だが彼らの反応も、あまり良くはなかった。


 団長が牢にぶち込まれたことは、噂になってしまっている。先行きを不安に思って、入団に二の足を踏むのも当然だ。誤解だ、冤罪だ、すぐに釈放されると説明しても、理解を示すものは半分にも満たなかった。


「こっちも手前てめえらみたいな半端者に、頼んでまで入ってもらいたかねえや」


 そう言いたいのを飲み込んで説得を続け、二週間ほどの間で、二十人ほどの団員を新たに採用した。


 いくつかの依頼については、仕事開始を少し遅らせる程度の影響は出たが、大きな穴を開けて、違約金を支払わなければならないような事態だけは回避できた。


 しかし、


「そんなことをしてる場合か」


 ということは、他の団員たちからやいやい言われた。


 何をさておいてもまずは報復、皆が団長代理の俺に期待しているのはそれだった。


 団長まで虚仮にされて黙ってはいられない、それは俺も同じで、誰かに偉そうに言われるまでもない。


 だがそれを言うだけなら簡単だ。


 先のことなど何も考えずに、仕事の依頼を投げうって、芋洗傭兵団への復讐に人員を注ぎ込む、それができればどれほど楽なことか。


 しかしそんなことをすれば、仕事の依頼主や傭兵ギルドに対して、山猫傭兵団ウチが築いてきた信用は地に堕ちる。それは俺が事務長になってから、たかだか数か月のことに過ぎないが、それでも着実に積み上げてきたものだ。


 ここでそれを投げだせば、山猫傭兵団ウチの仕事は他の所とは違う、そうかすかな期待を寄せ始めてくれていた人々の気持ちを裏切ることになる。


「やはり傭兵は所詮傭兵だ」


 そんなふうに思われてしまえば、全てがもとの木阿弥だ。それどころか、なまじ期待させた分だけ、山猫傭兵団ウチ対する評価をさらに悪くさせることになる。


 これまではそれで良かったのかもしれない、だが、


「俺たちゃ仁義に厚い傭兵でござい」


 そう開き直って、いつまでも世間様の鼻つまみ者でいる、少なくとも俺が団長代理でいる間は、そんなことを許すつもりはなかった。だから、


「黙って見てろ。伯父貴がいない間は俺が団長だ。文句があんなら、団長が戻ってきてから告げ口でもなんでもやりやがれ」


 団員どもの口は、そう言って塞いだ。これ以上何かあるなら、腕ずくで来い、それぐらいの覚悟はしていた。


 俺は俺で、ちゃんと落とし前をつけさせる準備は、すでに進めている。いつどこで、それをするか、それを決断する機会は、意外に早く巡ってきた。




 山猫傭兵団ウチで護衛を請け負っていた、南方のフェリーズに向かう商隊が盗賊に襲われた、という報告が入ったのは、月明け早々だった。


「怪我人はいねえか?」

「大丈夫だ、向こうがあんまり多かったんで、早々に逃げ出してきた。お蔭で荷は奪われちまったが、誰もかすり傷一つ負っちゃいねえ」


 この仕事の現場を任せていたシュミテルによれば、こちらの十人ばかりに対し、向こうは五十人ほどで襲撃をかけてきたらしい。いくらなんでも多勢に無勢だ、戦わずに逃げた、その判断は賢明だといえる。


 このような事態が起これば、こちらによほどの落ち度がない限りは、負担は全て荷主のものになる。荷がよほど重要なもので、特別の取り決めがされている、そうでもなければ、勝ち目のないような敵から逃げたところで、護衛の傭兵の責任が問われることはない。ただしその場合は、傭兵の賃金も支払われることはなく、今回はタダ働きだ。


 荷主には単なる不運と片づけてもらえればいいが、心情的には信用の目減りは避けられない、それも蒙る不利益のうちだ。


「最近はこの近辺に、盗賊は出なかったんだがな」


 シュミテルはそう言ったが、俺の考えは違う。


 ――来やがったか。


 盗賊の襲撃はままあることだ、そう珍しくはない。だが今回のこれは、偶然ではない、そう直感している。


 襲われた積み荷は古着、むろん無価値ではないが、その嵩高さに比べると金額はさほどでもないし、金に換えるのも一苦労だ。そんなものを奪おうと、危険を冒すのは効率が悪い。


 中身もわからずにいきあたりばったりで襲ってきた、それも否定はできないが、これは積み荷そのものよりも、山猫傭兵団ウチに対しての打撃を狙ったものだ、という可能性のほうがそれよりも高い。


 俺は、芋洗傭兵団が次に仕掛けてくる手はそれだろうと、予測していた。というか、少ない人員を割いて、先日からビムラ内で敵の手がかりは調べさせている。その効果が上がってきていない以上、町の外で仕掛けてくるしかない、それが現実になっただけだ。


 ただ仕掛けてくる場所まではわからなかった。何しろ相手は、商隊の護衛が主な仕事だ、どこに何があるか、方々の地理に詳しく、どこにでも出没することができる。


 ――フェリーズ。


 それがわかっただけでも収穫だった、だがそれだけでは、まだ動けない。


 幸いなことに、それが芋洗傭兵団の仕業であろうことは、察しの悪い他の団員たちには、まだ気づかれていない。それが気づかれてしまえば、俺はさらに下からの突き上げをくらうことになる。


 ――近いうちに次があれば、間違いない。


 そう考えていたさらに翌々日、再び盗賊が出たとの知らせが届けられた。場所は同じくフェリーズ側、前回の場所とは大きく隔たってはいない。


 今度はベルケン商会の荷物、これは俺たちにとっては大規模な輸送だった。


 穀物袋五〇〇を二十台の荷車に乗せ、八十人ほどで運んでいたところを、それに倍する盗賊に襲われ、またも荷は全て奪われたということだった。


 ただ今回も早々に逃げて、怪我人はいない、そのことだけはありがたい。これ以上人数を減らして、いざという時に、反撃の戦力が整わないようでは困る。


 しかし痛い。


 その仕事は硫黄傭兵団と半々で受けたものだったが、それでも五十人近くを一週間ほど遊ばせたのと同じで、金額的には大損害だ。山猫傭兵団ウチより規模の小さい、硫黄傭兵団にとっても大打撃で、それよりさらに笑えないのは、もちろん荷主であるベルケン商会だった。


 ――見舞いに行かなきゃなんねえな。


 山猫傭兵団ウチにとっては大口の取引先だ、こんなことで失うわけにはいかない。挨拶ひとつで繋ぎ止められるなら安いもんだ。


「刺客に狙われている」


 そんなことをいって、貝殻亭に引きこもっている場合ではない、俺は左右にイルミナ、ディデューンを護衛に従え、直ちにベルケン商会に詫びに出向いた。


 俺を出迎えたのは、いつぞやの番頭、オズファンだった。こちらも荷を失った知らせを受けてから、まだあまり時間が経っていないのだろう、落胆を隠しきれるほどには精神が回復していないようだ。


 前回と同じ応接室に通されて早々、俺は深々と頭を下げた。儀礼ではなく、本気の謝意だ。口にはもちろん出せないが、山猫傭兵団ウチの揉め事に巻き込んでしまった、その申し訳なさは感じている。


「今回は面目ねえことをした」

「いえ、相手は大人数の盗賊と聞いています、山猫さんとこが悪いってわけじゃないことは、わかっています。これでお付き合いを終わりにするつもりはありません」


 すぐに謝罪に来たことが功を奏したか、赦しは簡単に得ることができた。


 どうやらここも、山猫傭兵団ウチの仕事だから狙われた、ということには思い至ってはいないようだ。それがバレていたら、さすがに契約は打ち切られるだろう。


 ただね、と苦渋の表情でオズファンは続ける。


「奪われた荷以上に損害は大きいですな。今回の取引先は、これまでスカーランの商店と売買していた所なのですが、パンジャリーの政情不安につけこんで、といえば聞こえが悪いですが、それでも苦労して新たに開拓したばかりなのですよ。ですが初めての取引が果たせなかったとあっては、今後の継続は無理でしょうな……」

「代わりの荷物を送る、ってわけにはいかないのか。今回の詫びだ、格安で請けるが」

「期日にはまだ時間がありますが、商品がないのです」

「モノは何だったんだ」

「小麦です」

「小麦なら裏に山ほど積んでるじゃねえか」

「あれらは売り先がすべて決まっているので回せません。この時期に売り先が決まっていない商品など、あるわけがありません」

「そんじゃ今回の分だけ送って、後で買い集めりゃいいじゃねえか」


 相手はその道の専門だ、そんなことは俺が言うだけ野暮だった。


 どうやらこの時期に積んでいるような物は、ほとんどが粗悪品とまではいわないが、等級が低く、先方が望んでいる品質には足りないらしい。


 残る方法は採算度外視で、すでに市場に出回っている分を買い集めてくるしかないが、それをするにも時間が足りない、とのことだった。


 それなら、と俺は提案した。これは千載一遇の好機かもしれない。


「売り先のない小麦なら、心当たりがある」

「本当ですか!」

「というか、山猫傭兵団ウチで持ってる。もちろん専門じゃねえから、品質の保証はできねえが、俺の見た限りでは、そう悪くはねえと思う。心配ならそっちから人を出して、確認してもらえりゃいい」


 見本になる小麦は近所の工房に預けてあるし、貝殻亭ウチにはそれで作ったパンもある、食って確かめてくれ、そう付け加えると、喜びかけたオズファンは、再び顔色を曇らせた。


「……五〇〇袋、なのですが」


 常識的に考えてそれだけの量を、山猫傭兵団ウチで貯蔵しているわけがない、オズファンがそう考えるのも当然だった。

 山猫傭兵団ウチもそれなりに大所帯とはいえ、一度にするベルケン商会とする食品取引は、五十袋もない。しかも小麦は高級品の部類だ、そんなのは等級の低いものでも、ここで一度も買った記録はない。


 しかし、ぬか喜びをさせるつもりはなかった。スカーランに蓄えてある物資は、少々自分たちの胃袋に収まってしまったが、それでもまだまだ山のような在庫がある、小麦五〇〇袋なら余裕で出せる。


「一〇〇〇袋でも大丈夫だ」


 それを説明すると、ようやくオズファンの顔色は明るくなった。


「買い取ります、ぜひ買い取らせてください!」


 その後、オズファンは品質を確かめるために、店の者を貝殻亭に走らせた。それが戻ってから改めて金額を算定し、売買は成立の運びとなった。ただし代金が支払われるのは、無事に物資を送り届けてからになる。


 これを恩に着せて、残りの分もそのうち売りつけてやれ、とも思った。商品の売り先がスカーランに近い地域ならば、ビムラから送るよりは輸送費も安くつく、ベルケン商会にとっても悪い取引ではないはずだ。こちらとしてもかなり安く買い叩いたものだ、法外な値段をつけなくても、相場の金額で充分に儲けは出る。


 むろん詳細は公には内密だ。


 スカーランに蓄えてあった食糧は、もともとベルケン商会が持っていたもの、その程度の偽装はしてやらなくてはならない。彼らも、自らが所属する穀物ギルドに、非正規の取引で目を付けられたくはないだろうし、山猫傭兵団ウチとしても同じだ。


 それより問題は、盗賊、芋洗傭兵団の出方だった。


 この荷を再び襲ってくる、その可能性は高い。


 ――こいつで勝負をかけるか。


 それはこの場で決断した、ならばその可能性をさらに高めてやるしかないだろう。




 早速その足で傭兵ギルドへ向かうことにした。


 俺たちが中に入ると、ソムデンがようやく来たか、という体で近寄ってきた。


「フェリーズに行く」


 俺がそう告げると、


「おや、ようやく勝負する気になりましたか?」


 驚く素振りも見せず、簡単にそう返してきた。


 まったくこいつは、一体どこまでわかっていやがるのか。いやまあ、こっちもわかっているだろうと思って、そうとしか言わなかったのだが。


 山猫傭兵団ウチに芋洗傭兵団を始末させたい、まことに腹立たしいことだが、おそらくソムデンの思惑通りに事態は進んでいる。


「ただし、スカーラン経由だ、間違えないでくれ」

「畏まりました」


 盗賊行為を行う場合、その敵は、護衛の傭兵ばかりではない。同じ場所で何度も繰り返せば、さすがにその地域の軍が出動してくる。


 襲撃は二回、フェリーズの軍がどの程度治安に厳しいかは知らないが、まだその討伐に動き出すには早いだろう。芋洗傭兵団はもう一、二回はビムラ~フェリーズ間での襲撃を企んでいるかもしれない、そこをスカーラン~フェリーズの間に移動してもらわねばならない。


 芋洗傭兵団も無差別で商隊を襲っていたわけではないだろう、山猫傭兵団ウチが護衛していたものだけを狙ってきているはずだ。もしそうだとするならば、その情報の出どころは、傭兵ギルドに以外に考えられない。


 ベルケン商会との契約は、山猫傭兵団ウチはギルドを通していないが、硫黄傭兵団との契約で把握しているはずだ。むしろそのことで、俺に決定的な確信を抱かせている。


 なぜか、ソムデン自身が漏らした、とはあまり思わない。だがどこかで漏れていることを知って、敢えて黙って見逃していた、それは充分ありそうだった。


 万が一情報の出どころが傭兵ギルドではなかったとしても、今回のこのことを、教えておきさえすれば、芋洗傭兵団が襲いたくなる形で伝えてくれる、その程度には信頼している。実にいやな信頼ではあるが。


「これであんたの思い通りか?」

「いえいえ、スカーランにそんな物を持っていることまでは知りませんでした。さすがウィラードさんです。転んでもただは起きない、見習いたいものです」

「転ばせたのは手前てめえだろうが」

「勢いがつくようにと、背中を押したつもりなんですが」

「ざけんな。詫びにちょっとマシなもんでも食わせろ、三人分だ」


 晩飯には少し早いが、ギルド内にはそれ目当ての客が増え始めてきていた。


「仕方ないですね、ご馳走しますよ」

「あいつは貴族様だからな、安っぽいもん出したら打ち首にされるぞ。あとそっちは女だからな、ついでに甘いもんでも出したら喜ぶぞ」


 連れの二人を指さしながら、さらに図々しい要求をしてみたが、ソムデンはそれも笑って受け入れた。




 思いがけず普段よりも豪勢な夕食を済ませ、さあ帰ろうとしたとき、不意にイルミナが立ち止まって、仕事の依頼が掛かっている掲示板の一角を指さした。


「これです」

「ああ、これだね」


 ディデューンもそれに同調する。


「何がだよ」


 覗き込むと、そこには賞金首の手配書が貼り出されていた。別に珍しくもない、通常の仕事に交じって、賞金首が傭兵ギルドの掲示板にかかることはよくあることだ。こういうものは、ビムラ中央会議、商工ギルド、その他周辺諸国の官庁からも回ってくる。お尋ね者がどこかの傭兵団に潜り込むのも、よくある話だった。


 賞金稼ぎなど、手間もかかり、危険もある宝探しのようなものだ、これまではあまり気にしたこともなかった。


「何々……。ネクセルガ・ジーカー、罪状、依頼主殺し、賞金銀貨一二〇〇枚、ってこれがどうかした……」


 最後まで言い切る前に、そのからくりに気づいた。


 俺は直ちに踵を返し、カウンターの中に入っていたソムデンに、それを乗り越える勢いで詰め寄った。


「これも手前てめえの仕業か!」

「いえいえ、私はその賞金首がおそらく芋洗傭兵団に匿われてる、などということは全然知りませんよ」

「知ってんじゃねえか!」


 その手配書は傭兵ギルドの本部から出ていたものだった。

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