第三十二話 団長代理



「この馬鹿ッタレがぁぁぁッ!!」

「いてえ!」


 夜になって戻ってきた伯父貴に、ことの経緯を説明すると、いきなり雷とともに拳骨が落ちた。叱責はともかく、拳骨なんか食らうのは久しぶりだ。懐かしさすら感じるが、そんなことを言っている場合ではなかった。


「舐められっぱなしじゃねえか! なんでその場でやっちまわねえんだ!」


 伯父貴に言わせると、山猫傭兵団ウチでの落とし前が済んでいるのに、勝手にそれ以上シメられるのは、団の面目に泥をかけられた、ということになるらしい。


 いやまあ、その言い分はわからなくもない、だが芋洗傭兵団むこうはそんなことを知らなかった、という体裁で来ていたし、殺されたのもすでに無関係となっている連中だった。言い訳臭くはあったが、そのことを説明すると、


「向こうの腹積もりはわかってたんだろうが! だったら体裁どうこうじゃねえや!」


 さらに怒鳴りつけられた。


「はした金まで掴まされやがって。乞食かよ、みっともねえ」

「……済まねえ」


 半ばは理不尽にも感じるが、これはもう謝るしかなかった。


 伯父貴の言う通り、形はどうあれ、向こうの敵対意思は明白だった。ならばこちらが折れた格好で終わらせたのは、やはり日和ったと言われても仕方がない。


 少人数で本拠地に乗り込まれて、いいようにされた、伯父貴の目にはそう見えるだろうし、そのとおりだ、と自分でも思う。この世界では、大人の対応、などというものは何の価値もなく、むしろ軽蔑の対象だった。


「このままにはさせねえよ、必ず後悔させてやる」


 もとより捨て置くつもりはない、すでに抗争には引きずり込まれている。そう誓うより他はなかった。


 ただティラガらの言うことが事実であったならば、あの場で喧嘩になっていたとすると、俺はよくわからない凄腕に殺されていたということになる。それが怒られるぐらいで済んだのは、幸運だったのかも知れない。


「今日はもう遅えな、明日殴り込みに行く」

「――――!」


 決断早えな、おい。


 これまでは後手に回りすぎた。本来喧嘩は先手必勝だ、そうすることに異存はない。


 しかしいくら傭兵団とはいえ、白昼堂々、あるいは夜中でも、初めからそうと決めて殴り込みをかける、などということは、あまりない。というか、普通に犯罪行為だ。事前でも事後でも、軍に知られたら、あたりまえに捕まって牢屋にブチ込まれる。


 町の外での喧嘩ならある程度は放っておかれるが、まさか挑戦状を叩きつける、というつもりでもあるまい。


 ここで『明日、手の空いてる人数は?』とか、『連中の根城まで、ビムラ独立軍に気づかれないように行くには?』などと、頭の中で算段を始めてしまっている俺も、我ながら仕事熱心なことだと呆れるのだが、よくよく考えればこんなことは事務長の仕事ではない。


 それでも伯父貴が決めた以上、ここで止めても、どうせまた怒られるだけだ。


手前てめえは置いてくけどな」

「何でだよ」


 別に行きたいわけではないが、体面上行かないとは言えないだろう。これは俺自身の尻拭いなのだ。


手前てめえまで捕まったら、団が潰れる」


 殴り込みなどをすれば、軍に取り締まられる恐れがある、そのことは一応頭にはあったらしい。伯父貴がそんな後先を考えているとは、珍しいこともあるもんだ。


 しかしながら、何となく座りが悪い。これまで他人の尻拭いばかりさせられるのがあたりまえになっているが、自分の尻拭いを他人にしてもらうのはあまり経験がない。


 それぐらいはまあいいとしても、後でこの借りは高くつくような気がする。


「行先はわかってんのか?」

「町の北っ側に連中の根城にしてる酒場があるんだろ」

「そう聞いてるけどな」


 さて、そこがまた問題だった。


 イルミナたちが見てきたとおり、確かに昨日まではそこに芋洗傭兵団の溜まり場はあったのだろう、ではそれは今もあるのか。


 伯父貴はそれほど危険を顧みることなく、速攻で殴り込みを決断したが、向こうとしては、それは予測の範囲内なのか。そうであれば、すでにそこにはない可能性もある。何しろ相手は馬借系の傭兵団で、あまり本拠というものに重きを置かない。ここしばらくは人集めのために機能していたのだろうが、普段は小所帯でいつでも場所を移れるようになっているはずだ。


「行っても誰もいねえかも知んねえぞ」

「そしたらそのとき考える。黙って座っててもしょうがあんめえ」


 ――いや、ちょっとは考えてから動こうぜ。


 本来ならば、万全の体勢でもって挑みたい。敵の所在も人数も、それから独立軍の衛兵の動きも、もう少し情報収集をさせてほしいところだ。


 しかし、今回は俺の落ち度もある。


「明日でなくてもいいだろう」


 という言葉は出せなかった。




 次の日の昼過ぎ、宣言したとおりに伯父貴は二十名ほどを率いて、意気揚々と殴り込みに出かけていった。


 人員については、仕事の予定が入っている奴、入ってない奴関係なしに、伯父貴が勝手に声をかけて集めた。予定の入っている団員も、団長命令とあっては断れるわけもなく、むしろ嬉しそうに招集に応じ、おかげで仕事に穴をいっぱい開けられてしまった。


 正直大迷惑なのだが、そのことをを言いだせば、


「もとはといえば、手前てめえの腰抜けのせいだろうが!」


 そう怒鳴られるのがわかっている。もはや好きにさせるしかなく、今日の俺はその穴埋めに追われている。


 貝殻亭の入り口で見送りを済ませたあと、自室ではなく、そのまま食堂で仕事をしていると、ディデューンが話しかけてきた。


「団長さんを行かせて大丈夫なのか?」


 こいつも今日は居残り組だった。こいつは普段仕事なんかしない、大抵はぶらぶらしていて、気が向いたときだけ、余計なことに首を突っ込みたがる。それならそのうち、小遣い銭にも不自由するようになるだろうと思っていたが、どうやら今でも実家から、結構な額の仕送りを貰っているらしい。呑気な家出もあればあるものだ。


 今回も伯父貴に付いていきたがるのだろうと思ったが、なぜかそうはしなかった。


「まあ大丈夫だろ」


 昨晩寝ながらつらつらと考えてみたが、俺の結論は、今日は喧嘩にはならない、どうせ行っても誰もいない、だった。


 俺が向こうの立場なら、あるかどうかもわからない襲撃に備えて人数を用意しておく、そんな金と人員の無駄遣いはしない。ただ可能性はなくはない、だったらさっさと引き払って、別の場所へ移ってしまうという選択をするだろう。


 しかもイルミナに聞いた限りでは、芋洗傭兵団の出入りしていた酒場はそう大きくないらしい。二十人も入れば一杯だということだった、ならば万が一待ち構えていたとしても、そう多くの人数は配置できない。


「それよりお前は行かなくてよかったのか?」

「うむ、私はどちらかといえば昨日の男の方が気になる」


 昨日の男、当然それはバイルゾンなどではない、皆が口をそろえて危険だと言った、俺が気づかなかった方の男だ。


「それじゃ、付いて行きゃよかったじゃねえか、会えたかも知んねえぞ」

「いや、あれはそういう感じではない。むしろ暗殺者だとか、そういう手合いだ。ただの喧嘩に出張ってくるようなら、それほど脅威でもない」


 単なる凄腕などではなく、暗殺者、また恐ろしい言葉が出やがった。そんなのはそう気軽に出るもんじゃねえだろう。しかもお前、何でそんな奴の雰囲気まで知ってんだ。


「……じゃあ、何でそんな奴が昨日ここへ来たんだよ」

「ウィラードの顔を見に来たに決まってるじゃないか」

「俺がそんなのに狙われてるってのか? 何のために?」

「それは向こうに聞いてみないとわからないな。しかし狙われてるのは間違いなくウィラードだよ、団長さんじゃない。だからこうして私は君の護衛をしてるんだ」


 そら、とディデューンが窓の外を指さした。そこではイルミナがきょろきょろ辺りを窺っているのが見えた。あいつもさっきからたまに出入りを繰り返して、そんなことを行っている。


「イルミナ君も何か勘づいているようだね」

「刺客が潜んでるってのか」

「私はそうじゃないと思うんだが、まあ念を入れておくに越したことはないね」


 ――刺客じゃなけりゃ何だってんだよ。


 だんだんと怖くなってきた。気休めかもしれないが、仕事の続きは自室ですることにした。




 そのまま部屋で仕事を片付けていると、知らない間に夕方も過ぎ、夜に近くなっていた。


「しかし遅いな」


 再び食堂に顔を出してみたが、殴り込みに行った連中はまだ帰ってきていなかった。喧嘩になろうがなるまいが、勝っても負けても、とっくに戻ってきてていいはずなのに、何をやってんだ。どっかで祝杯か、やけ酒でも飲んでるにせよ、連絡ぐらいは寄越せってんだ。


 そこにようやく戻ってきた奴がいた、伯父貴と一緒に行ったバルキレオだ。


 だが息せき切って走ってくるとは、様子がおかしい。


「大変だ!」


 貝殻亭に入っての第一声がそれだった。


「おやっさん、何かあったのか?」

「みんな捕まっちまった!」

「!!!」


 それは予想外の報告だった。


「マジか! 芋洗の連中にか?」

「違う、独立軍だ」


 バルキレオの話では、殴り込みに行ったところ、向こうが溜まり場にしていた酒場の扉には、鍵がかけられてあったという。


 それを力ずくでぶち壊して中に入ったはいいが、俺が予想したとおり、中には誰もいなかったらしい。


「そこで何かねえかと探してたんだがよ、どっかから火が出てきやがったんだ」


 それは結構な勢いで燃え広がったらしく、全員が慌てて外に飛び出したところ、表にはビムラ独立軍の衛兵が待ち構えており、伯父貴たちは強盗、放火の容疑で一網打尽にされたということだった。


「独立軍相手に暴れたのか?」


 そこは問題だった。公務中の軍を相手にそんなことをすれば、その指揮官の匙加減では反乱とも見なされる、そうなれば山猫傭兵団ウチは完全に終わりだ。


 お取り潰し、そんな言葉すら頭をかすめる。


「や、そこは団長もわきまえてる、あんまり抵抗せずに捕まってた。俺も一旦は捕まっちまったがよ、何とか隙をついて逃げ出してきたんだ」

「ったくよお……」


 あんまり、の部分がどの程度かはわからないが、ひとまずは安心することにした。あまりひどいようなら、ここにもすでに、独立軍の軍勢が押し寄せてきているはずだからだ。


 ――やられたな。


 しかしどうやら、伯父貴たちは完全に嵌められたらしかった。


 おそらく一人二人程度が、隣の家にでも隠れていたのだろう。


 山猫傭兵団ウチの連中が全員酒場に入ったところで、自ら火を放ち、そのまま衛兵の詰所に『火付け強盗でござい』とでも駆け込んだか。


 状況は一遍に最悪になってしまっていた。


「ははははは」


 乾いた笑いしか出てこない。こうまで見事に引っかかってしまうと、芋洗傭兵団むこうでもさぞかしこっちが馬鹿に見えるに違いない。


「伯父貴はなんか言ってたか?」

「お前に団長の代わりをやっとけってよ」

「やれるか!」


 と言ってはみたものの、団長命令だ、とりあえずはやるしかないのだろう。


 目の前のバルキレオは古参で経験もある、団長代理としては妥当な人選だ。それでも『あんたがやれ』と言っても通してはくれまい。


 それにしても、反乱とまではいかなかったようだが、えらい罪をなすりつけられてしまった。強盗に放火、いずれも重罪で、悪ければ死罪もある。だが、今回は冤罪だ、ビムラ独立軍もそれがわからないほど無能ではないだろう。おとなしく取り調べに協力していれば、いずれ疑いは晴れるはずだ。


 ――鼻薬の用意もしなきゃなんねえ。


 むろん伯父貴たちのことだ、おとなしく捕まったようだが、ずっとそうしているとは限らない。というか、そのうちおとなしくしていることに我慢できなくなると思う。


 それでもバルキレオの言ったことが事実ならば、やったことは扉をぶち壊して無人の店内に押し入っただけだ。ブロンダート殿下の護送任務以来、何度か仕事も受けて、独立軍との関係は悪くない。少々賄賂を握らせて因果を含めれば、傭兵団同士の揉め事ということで、それほどかからずに釈放されるはずだ。


「最低一週間、長くても一月ってとこか」

「頼むぜ、団長代理」

「うるせえ!」


 昨日までで八人、今日は十九人、団員の数は順調に削られてしまっている。


 ここで伯父貴まで使い物にならなくなった、というのは正直痛い。いくら普段からブラブラ適当にしているとはいえ、やはり山猫傭兵団ウチはあの人で持っている部分が大きい。俺が代理では抑えが効かないところが出てくるに違いない。ここでさらなる下手をうてば、伯父貴が臭い飯を食っている間に団はなくなってしまう。


 この状態で、どこを攻めてくるかわからない敵を、迎え撃たなくてはならない。


 しかも俺自身も刺客に狙われているらしい。


 ――許さねえ、この落とし前は絶対につけてやる。


 その思いは新たにしたが、同時に前途多難も覚悟しなければならなかった。

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