第二十七話 新入団員募集!



 忠告された通り、傭兵ギルドからの帰り道で、周囲を注意深く探ってみたが、怪しい気配は感じられなかった。適当に用事を作り、遠回りなどをしてみたが、それにおびき寄せられる者もまた現れなかった。


 ――何か馬鹿みてえだな。


 何もないのにコソコソと辺りを窺う、知らない奴から見れば、俺こそただの怪しい奴だ。それでも特におかしなものを発見することはできなかった。


 俺に対する危険というものは、まだそれほど逼迫した状態でないのか、それとも直接的に危害を及ぼす類のものではないのか、そこまではまだわからない。


 ソムデンがわざわざそう言ってきたからには、何の根も葉もない話でもないのだろうが、今のところは、極端に警戒することはやめにした。


 実体のよくわからないものに、あまり気を張り詰めていれば、それだけで無駄に消耗する。油断しているところをズブリ、ではどうしようもないが、囲まれる程度なら、よほど大勢でもない限り逃げることぐらいはできるだろう。


 いくらなんでも、どこの誰かも知らない奴に、いきなり刺客を送られるとも思えない。そんなことが露見すれば、たちまち傭兵団同士の全面抗争だ。それは相手にとっても危険が大きすぎる、あるとしても脅迫のようなものがせいぜいだろう、と思うのだが、甘いだろうか。


 ――あるいはもう身内に潜んでる、とかな。


 それならそれで、イルミナにでも張り付いててもらえれば、安心できる。


 ことさらに、自分の女を侍らせている、という体に見せかければ、不満分子の炙り出しにもなるかもしれない。


 ――尻でも触ってるところでも見せつけてやろうかね。


 などと思ったが、たぶん冷ややかに拒絶されるので、逆効果だ。


 ぶらぶらしながら、貝殻亭に戻ると、まだ夕方なのに伯父貴は酒を飲んでいた。


 誰かは知らないが、小汚い親爺と差し向いになっている。いや、小汚いどころではない、ずいぶんと薄汚れている、ほとんど乞食だ。


「伯父貴、お客さんかい?」

「おう、こいつは今日からうちで面倒を見ることにしたから、よろしく頼む」


 いきなりかよ。


 ま、こっちも人員を増やす、って話を切り出しやすくなったからいいんだけどよ。


 それにしても、こんなみすぼらしいおっさんを引っ張ってこなくてもいいだろうが。見たところ、伯父貴と年齢はそう変わんねえぞ。そこそこいい体格してるけど、どうせならこんなつるっ禿じゃなくて、もっとイキのいい若い奴にしろってんだ。


「こいつがさっき言ってた俺の甥っ子だ、いろいろ任せてっから、何かあったら言うといいぜ」


 伯父貴はそう言って俺を紹介した。まあいつもの通り、細かいことは俺に丸投げ、ってことだ。じゃあまずはどこかで行水でもして、さっさと体を洗ってきてもらおうか。汚いし、臭い。伯父貴もよくこんなのを目の前にして飲んでいられるな。


「へえ、これはまた立派な若旦那で。こんなどえらい学士様を向こうに回して、あっしらが勝てるわけもなかったんで」


 何だよ、立派な若旦那って、どえらい学士様って。変に持ち上げてきやがって、気持ち悪いな。それに向こうに回して、ってどういうことだよ。


「こいつは元土竜傭兵団の団長のイリバスだ。なんかその辺で行き倒れてたんで、連れてきた」

「……は?」

「イリバスと申しやす。不細工な話ですが、ここんとこ無一文で飲まず食わず、道端で倒れてこのまま死ぬんじゃねえかってところを、団長さんに助けてもらいやした。ご面倒おかけいたしやす」

「………………!」


 マジか。信じれん。


 そりゃ団員の給料払えなくて逃げた、って奴じゃねえかよ、なんでそんな奴拾ってくるんだよ。


「さすがに団長まで張ってた奴だからな、きっと役に立つぞ。せいぜい働いてもらおうじゃねえか」


 そういう問題かっ!


「や、みっともなく団を潰しちまったあっしなんかを拾っていただいて、山猫の団長さんには頭が上がりませんや。若旦那もどうかひとつ、よろしゅうお頼申します」


 イリバスはそう言って殊勝に頭を下げた。こっちも釣られて頭を下げる。


「……事務長のウィラードです」


 全然納得いかない。ものすごくもやもやする。


「……団を潰すときに、金ぐらい持って逃げなかったのか?」


 とりあえず疑問に思ったことを聞いてみた。いくら解散するしか方法がなかったとしても、団長ならそのことは事前にわかるわけで、その段階で無一文ってことはないだろう、自分一人ぐらいはどうとでもなるんじゃないのか。


「いえ、何とか団を立て直そうと思って、なけなしの金をはたいて勝負したんですが、ツキがありやせんでした。あとは逃げるしかなかったって寸法で」


 博打で何とかしようと思ったのかよ。いくら儲けるつもりだったのかは知らないが、ろくでなしも大概だな。


 ――反対してえ。


 俺も流れで了承した雰囲気になっているが、こんなことは到底認められない。こっちのせいで、土竜傭兵団を潰してしまった負い目は感じなくもないが、それとこれとは話が別だ。


 まさかイリバスが背負った負債を山猫傭兵団ウチで立て替える、などということにはならないだろうし、絶対させないが、こいつの背負った恨みは解消されていないはずで、それを山猫傭兵団ウチで引き取るとあっては、これはもう受け止めなければならない恨みは倍になるわけで、それが及ぼす影響については考えたくもない。


 窮鳥懐に入れば猟師もこれを殺さず、とは言うが、伯父貴よ、よりにもよってこれはないだろう。


「ふふふっ」


 なぜか半笑いになってしまった。


 もちろんおかしいわけではない、普通に不愉快だ。これはもう笑うしかない、というだけだ。


「何、困ったときはお互い様だ、強え味方が増えたって、こいつも喜んでやがる」


 この親爺は一体どこを見てるんだ。この表情が喜んでるように見えるのか、誰がどう見たって苦笑いだろうが。


「いえもう、せいぜい頑張らせてもらいやす」


 イリバスはさらに深々と頭を下げた。


 あんたもなんでそこまで卑屈になってんだよ、俺も伯父貴もにっくき仇敵じゃねえのかよ。こんなことをされるぐらいなら、恨まれてたほうがよほど座りがいい。


 今さら撤回させることも、できないのだろう。ここまできてこれを止めさせる、というのはさすがに気の毒すぎるし、このハゲ頭の気の毒ぐらいには目を瞑れても、伯父貴の面子も丸潰れになってしまう。そうなれば大喧嘩になること間違いなしだ、それこそあのディデューンが来た晩の再来になってしまう。


 ――別に喧嘩になったって構わねえが。


 一瞬、ここで殴り合いでもして辞めてやろうか、という誘惑に駆られたが、想像しただけだ。もはや何を言っても始まらない、慣れたくはなかったが、もう慣れてしまった。


「……ま、仕方ねえか」


 本質的には、伯父貴のこういうところは迷惑だが、ものすごく迷惑だが、嫌いではないのだ。それは義侠心、と呼ばれる種類のもので、親分、としての資質だ。知らない奴でも、かつての敵でも、困っていれば助けてやる、もし伯父貴がここでイリバスを簡単に見離すような人物だったならば、俺はおそらく初めから、傭兵団の事務長なんか引き受けてはいない。


 言えば調子に乗るので、絶対に言ってやらないが。


 少しだけ、イリバスが何らかの意図をもって近づいてきた、という可能性を疑ったが、それもすぐに否定した。伯父貴の、何でもかんでも思いつきで適当に拾ってくる、という習性を知り尽くしていれば、そうして内部に潜り込んでくることは不可能ではないが、いくらなんでも偶然の要素が大きすぎるし、そこまでして山猫傭兵団ウチに晴らしたい恨みつらみがあるのなら、他にいくらでも方法はある。


 ――ひとまずは、様子見だ。


 完全に信用したわけではないが、この男の使い道を、考えてみることにした。




 伯父貴のわがままを聞いた引き換えに、というわけでもないが、団員を増強することはすんなりと納得してもらい、早速次の日から、傭兵ギルドで人員募集の依頼をかけることになった。


 最低保証、月銀貨八枚、賄い付き。


 おそらくはビムラの傭兵団の、どこよりも高水準の飯を食わせ、最低限それだけの給与は必ず支払う。よく働けば、それ以上の上乗せもする。現に所属している団員たちと、ほとんど同じ待遇だ。


 悪くはないはずだ、むしろ破格の高待遇ではないかと思う。現在失業中の傭兵を取りまとめようとしている連中も、実績のない新入団員に対してここまでの待遇を簡単に出せるとは思えない。


 しかしソムデンには何度も、


「ほんとにこれでいいんですか?」


 と、確認された。それに対しては、


「これでいいのだ」


 俺は強く押し切った。


 今は団員の募集をかけているところは少ない。ギルド内の掲示板には、うち以外に、二枚の附票が貼り出されているだけだ。そのどちらもが、一月に銀貨十六枚での募集だった。こちらの条件に比べたら単純にその金額は倍、いかにも良さそうに思える。


 もちろんカラクリがある。


 それらの給与は最低保証ではない、額面ですらない。極端に言えば、ただそう書いてあるだけに過ぎない。そこから傭兵ギルドの手数料が引かれ、傭兵団自体の取り分が引かれ、実際に食っても食わなくても賄い料が引かれ、紹介料だの賃貸料だの、事あるごとに上前がハネられ、実際に受け取ることができるのは、果たしていくらになるのやら。いいとこ銀貨五、六枚ではないかと思う。


 実情としては、それが平均的な傭兵の最低賃金で、ここにある募集は、特別に良いわけでも悪いわけでもない。


 もちろん、募集要項には、そんな簡単にバレるような嘘を書くことは許されない。貼り出されているものをよく読めば、曖昧な書き方ではあるものの、ちゃんとそのことは明示されている。


 だが、今さら言うまでもないが、それを正確に読みとれるような傭兵などいない。それができるようなら、たちまちどこでも事務長か、その候補にはなれる。


 大方の連中に読めない以上、八枚も十六枚も変わりないように思えるが、さすがにその程度の数字だけなら、わからないほうが少数派になる。


 ソムデンが心配したのは、傭兵たちはその数字だけで判断する、ということだ。傭兵ギルドには掲示物の内容を説明する係員が常駐しているが、傭兵はその説明すらもまともに聞けない、ということでもある。


「最低保証で銀貨八枚も払うんでしたら、月額二十五枚で募集をかけましょうよ、そのほうが絶対に受けがいいですよ」


 そんなことはわかっている。


 ソムデンの立場なら、山猫傭兵団ウチにいくらでも求職者を受け入れてほしいのだろうが、こっちとしてもせっかく奮発しているのだ、せめて選ばせろと言いたい。


 銀貨二十五枚も出したら応募者が殺到するに違いない。潰れた、あるいは潰れかけの傭兵団だけでなく、今はまだ運営状態の悪くない傭兵団からの応募もあるかもしれない、そうなればまた、引き抜きだなんだと、うちの悪評が上乗せされる。


 どうせ嫌われついでだから、それでも構わないといえば構わないのだが、どうせ来るのは、義理欠けなど気にすることのないような、金額に目の眩んだ欲の皮の突っ張った連中ばかりだ。そんな奴らをいちいち面接するのは嫌だった。


 応募してくるのは、最低限係員の説明ぐらいは聞いてくれる奴、見せかけの銀貨十六枚より、必ず貰える銀貨八枚の方が得だと理解できる奴、それだけでいい。この程度の朝三暮四、教育を受けた人間には自明であるような損得が、そうでない人間にとっては決してあたりまえなどではないということを、俺には痛いほど思い知らされていた。




 それから一週間、ある程度は予想していたが、これに応募してくる者は極めて少なかった。失望するほどのことはない、まあこんなものか、と思っただけだ。


 その数、わずか三名、いずれも土竜傭兵団の残党だった。団が潰れた後も、どこからも声がかからず、ギルドで募集していた他の求人にも断られて、恨みは残るものの、生活のためには背に腹は代えられず、仕方なくうちへ来たようだった。


 適当に面談をしたが、やはり募集要項の内容を、正しく理解しているとは思えなかった。


 詳細を噛んで含めるように説明してやると、たちまち嬉しそうに目の色を変えたが、直ちに合否の判断はせず、二、三日したら結果を聞きに来い、と帰している。


 あとでイリバスに彼らの素性を確認すると、


「ああ、あのみそっかす共ですかい。腕っぷしも度胸もねえような、しょうもない連中です、あまりお薦めできやせん」


 とのことだった。やはりそうなんだろうな、とは思うが、ぼろくその評価だ。

しかしその後に、


「……ですが、こんなことをお願いできる立場じゃねえことは、重々承知しておりやすが、できればここで面倒見てやってくれたら、ありがてえです。もし任せてもらえるんなら、あっしが責任もって、性根を叩きなおしてやりやす」


 と、付け加えた。


 団の運営をほっぽらかして逃げたあんたが、性根を叩きなおすも何もねえだろう、という話だが、イリバスがそのことを、多少は後ろめたく思っていることはわかった。


 それを全く恥じていないような人間であれば、おそらく今後、山猫傭兵団ウチに益することはない。害を及ぼす前に、何らかの失態を口実に、早々に放逐しなければならないところだったが、ひとまずはそれを考えなくても良さそうだった。


 彼らを入団させて、イリバスが得をすることはなにもない。ただ自分が気まずい思いをするだけで、それでもかつての子分を何とかしてやりたい、と思ったのか。だから、信用してみてもいい、と思った。


 その顔を立てたわけではないが、俺は三名の入団を決めた。特に見どころを感じたわけではない、その年齢はさまざまだが、いずれもイリバスが言う通り、腕っぷしも度胸もなさそうな、この業界では決してうだつの上がらなそうな連中だ。


 腕っぷしと度胸、傭兵の世界では何よりも重要視される徳目である。


 それがある者は優れた傭兵で、ない者はどこまでも軽んじられる。だからと言って、その優れた傭兵様が世間でどう扱われているかと言えば、これも思いっきり軽んじられ、嫌われているのだ。


 世の中で評価されるために必要な徳目は、そのようなものではない。学問ができること、実はそれも違う。本当に大事なものは、勤勉であったり、実直であったり、正直であったりすることだ。きれいごとであるかもしれないが、それらのものは、一時的に損をすることはあっても、最終的に負けることはない。


 俺が考える組織作りには、腕っぷしも度胸も、そう多くは必要とはしなかった。信用を力で担保できる分だけがあれば、それ以上は余分だった。


 ソムデンがよく口にする『信用』という言葉、奴がどれくらい本気なのかは知らないが、もしその通りに本気であるならば、根っ子のところで、俺と奴の価値観は合致している。


 それとはまた別に思惑もある。


 山猫傭兵団ウチが新たに入団させたのが、よりにもよってそんな連中か、ということが他に知られれば、おそらくは侮られることになる。それがうちに対する恨みや嫉妬の感情を軽減させるのではないか、という狙いもある。


 なにしろ、まだ団内では、俺に対する悪評も燻っているのだ。これが外部からの工作であることはほぼ確実だ、それが手加減してもらえるようになるかもしれない。


 そうでなくとも、何かしら次の動きを期待したいところである。


 内々の調査はいまだ難航している。俺への悪評の出元は、ほぼ特定されたが、それが外部のどこと繋がっているのかは、まだ明らかになっていない。


 聞こえよがしの悪口には、いい加減俺の堪忍袋も、限界に近づいていた。

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