第二十六話 ビムラの傭兵事情



 ――何でも聞いてください、と来たか。


 また腹の探り合いをしなきゃならんのか、と思って幾分うんざりしながら傭兵ギルドにやって来たが、ソムデンにそう言ってもらえると非常に楽ができる。


 ――んなわきゃねえだろ。


 こいつにだけは何を言われても信用できない。どうせまた自分に都合のいい情報だけを掴ませる気だ。


「………………」

「ははは、まあ警戒しながらでいいですから、聞いてくださいな」

「……警戒とか、別にしてねえけどな」


 嘘はあんまり言わないが、隠し事は多いからな。それでも情報源としてはここ以上がないのが悔しい。


「ここビムラで、傭兵団再編の動きが進んでいるのは事実です」


 何から尋ねようか、と考えあぐねているうちに、ソムデンの方から話を切り出した。そこから訊くつもりはなかったが、おそらくは現状の根幹に関わる話なのだろう。


「もともとその動きはありましたが、大きなものではありませんでした。ですが、ここにきて思った以上にその動きは強くなりました。その原因は……」

山猫傭兵団ウチにあるってわけかい」

「何を言ってるんですか。その通りですけど、その通りじゃないですよね? どう考えても原因はウィラードさん自身ですよね?」

「……そうなの?」

「そうですよ、一体どれだけのことをしでかしたと思ってるんですか」

「や、俺はこないだのが初陣だから、どれだけ、と言われてもわからねえんだが。普通にやったとしか」


 どこが普通なんですか、とソムデンは呆れたように言う。


「パンジャリー内戦で西軍に参加した傭兵団は、もうボロボロですよ。お給料払えなくなってますからね。いくつかは潰れてますし、その数はまだまだ増えると思いますよ。山猫さんとこと直接やりあった土竜傭兵団なんかは、早々に潰れてます」

「え?」

「そりゃそうですよ、あそこがどんだけ死人怪我人出したと思ってんですか、その上給料も出せないんじゃ、やっていけるわけがありません。団長さんはとっくに逃げて、所属していた団員はもう散り散りばらばらになってます」


 そんなことになっていたのか。これは、悪いことをした、とか思ったほうがいいんだろうか。いや、戦なんだから情け無用じゃないのか。それとも傭兵同士の戦争で本気を出してはいけないのだろうか、でもこないだのあれは、戦場で起こったとはいえ、むしろ喧嘩だったわけだし、喧嘩だったら本気でやらなきゃいけねえよな。


 しかし、傭兵団の経営基盤とはそれほどまでに脆弱だったのか。


 俺が着任したときの山猫傭兵団ウチの状況が平均的なものだったとしたら、半月ほどただ働きをさせられたら、その運営が成り立たなくなる、というのはわからなくもない。


 だがあの時の行動が、他で失業者を続出させるような大事になるとは、考えてもいなかった。


「その連中の受け入れ先はどのあたりなんだ?」

「まあ、いろいろですけど、ひとつは花篭はなかご傭兵団ですね。ここは大体五〇〇人規模で、ビムラでは最大手になります。ただここもパンジャリー内戦では痛い目にあった口ですからね、内情はそんなに良くはないかと」


 そして、とソムデンは続けた。


「こっちが本命ですけど、町の外からの引き合いが多く来てますね」




 傭兵団はその成り立ちにおいて大きく五つに分類される。


 ひとつは盗賊などから村落を守るための自警団が、そのまま傭兵団となったもの、いわば農村系の傭兵団だ。その構成員の多くは農家の次男三男で、地域への忠誠が強い。専業でない傭兵も多く、それらは普段、親類縁者の手伝いなどをしている。地元近隣以外の場所で仕事をすることは、ほとんどない。


 ふたつめは都市部の商人が、自らの護衛をさせたり、財産を守るために雇い入れた者が、次第に傭兵化したもの、これは都市系の傭兵団といえる。傭兵団の成立過程としては最もありふれたもので、根拠地となる都市を中心に、依頼を受けて仕事をする。我が山猫傭兵団の出自もこれになる。


 みっつめはふたつめと重複する部分も多いが、輸送される荷物の護衛として雇われたもの、馬借系、または街道系と呼ばれる傭兵団である。本拠となる場所は当然持っているが、それにはあまりとらわれず、広範囲でその仕事は行われている。


 よっつめは官製の傭兵団である。正規兵を雇用し続ける負担を軽減すべく、それぞれの国家、貴族などが主導して作ったものだ。これらは団長や幹部が正規軍から派遣されて、正式な官位を持っていることもある。当然、戦争では他国に与するようなことはない。


 最後に盗賊、山賊系の傭兵団、その名の通り、もともとはただの賊徒だ。これが村落を襲わないかわりに貢物で済ませるようになり、おとなしくしている内に、別に仕事の依頼を受けるなどして、次第に傭兵化していったものである。


 それらの中で、現在力を強めてきているのが、馬借系の傭兵団、ということらしい。物資の流通の重要性、という面で考えれば、馬を自由に使え、各地に情報網を持つそれらが力を伸ばしている、というのは頷ける。ただ地域への繋がりは薄い、どこかに強固な地盤を作ろうとすれば、地元傭兵団との軋轢は必至だ。




「それがここにも手を伸ばしてきてる、ってことですね。大幅にビムラの雇用基盤が緩んできてるんで、ここで数をまとめて一気に牛耳ろう、とか考えてるんじゃないですか」


 傭兵団の規模が大きくなれば、仕事も取りやすい。依頼主との条件交渉でも、それが優位に働いてくる。


「その連中が山猫傭兵団ウチにもちょっかいをかけてきてる、ってことか」


 とはいえ、他にいくらでも団員として引き入れる候補がいるのに、この上懐事情が悪いわけでもないウチからも、団員を引き抜こうとすることには、それほどの得はないだろう。


 果たして、俺への不満を煽る、という謀略まで使ってすることか。


「何言ってるんですか、それはただの揺さぶりですよ、揺、さ、ぶ、り」

「は? 何で山猫傭兵団ウチそんなことされなきゃいけねえんだ」


 とそこで、はた、と気がついた。


「……マジか!」

「そうですよ、鈍いですねえ。本当は山猫さんとこが中心になって、ビムラの傭兵団の再編をやらなきゃいけなかったんですよ、この一月何やってたんですか」


 そんなことを言われても、普通に傭兵稼業に精を出していただけだが。伯父貴にその気もないのに、俺が勝手に団員を増やせるわけがない。


「山猫さんとこはパンジャリー内戦で儲かった、と思われてますからね、そりゃ行き所のなくなった傭兵さんたちの受け入れ先としては、一番に名前が挙がりますよ」


 言われてみればその通りだった。山猫傭兵団ウチの評判が悪くなったのも、よそが潰れる原因となったこともあるが、それでいておきながら、あぶれた傭兵たちを受け入れようとする動きがなかったからだ。いくらこちらにそんな気はなかったとはいえ、他人の目には、自分の所だけが利益を独占している、というふうに映るだろう。


 山猫傭兵団ウチの規模はもともとビムラでは四番目か五番目に大きい。それより少し大きい土竜傭兵団がなくなったから、順位は一つ繰り上がる。しかも今回の勝ち組の仕切りを任されていたのだから、雇用の受け皿として考えられるのは当然だ。


 この機会に、多くの団員を受け入れようとしている連中からは、こちらが何もせずとも対抗馬であるように思われ、積極的に動き出される前に、そうはさせじと嫌がらせの先手を打ってきた、という説明には納得がいった。


「しかし、どこのどいつが仕掛けてきやがってんのか……。いや、こいつはナシだ」


 訊けば答えるのだろうが、これは訊かないほうがいい。自分の敵は自分で確かめないといけない。ここで楽をすると、ソムデンの思惑通りに、都合のいい相手と噛み合わせられる恐れがある。


 それにしても想定外だ。


 自分たちのためにやったことが、まさかここまで多くの影響を及ぼしていたとは、考えてもいなかった。最大の当事者でありながら、世間の動きに完全に置いてけぼりをくわされている。


「俺、マズったかな?」

「……まさかここまで自覚がないとは思いませんでした」


 ここで大きくため息をつかれた。


 こっちはこっちで一生懸命やっていただけで、そこまで盛大にがっかりされるのは心外なのだが。


「ただね、勢力拡大といっても、闇雲に人を多く集めればいいというものではありません。大傭兵団、なんてものはそう簡単に作れるもんじゃないです」

「何でだよ」

「その理由はウィラードさんが一番良く知ってるんじゃないですか?」


 あまり考えることもなく思い当たる。


 ――傭兵は馬鹿だからだ。


 馬鹿がいくら寄り集まったところで、それは組織にはなりえない。それこそただの烏合の衆、というやつだ。組織というものは、上に立つ者の器量も当然だが、その運営には知恵も技術も必要になってくる。


 数は力だ。傭兵団はどこでもある程度は、大きくなりたい、という野望を持っている。団長は構成員が増えるほど実入りがよくなるわけだし、団員たちも、大きな組織に所属する方が、安心もできるし、大きな顔ができる。


 しかし人数が増えれば、派閥もでき、次第に統制がとれなくなっていく。仲違いが大きくなれば、内部抗争、分派独立を生み、ある一定以上の大きさになることは難しい。


 大組織を維持管理するために充分な人数の人材など、一体どこを探せば見つかるものか。現に俺が、自分の後任となるべき、ただの一人も見つけられていないのだ。


「今回の再編の動きについては、そのあたりをわかってない連中が仕掛けてきてるのが、私としては気がかりなわけで」

「そうなのか? うちに離間を仕掛けてくるぐらいには、知恵は回るんじゃないのか?」

「嫌がらせの知恵ぐらいは誰にだって思いつきます、そんなのは気質の問題です」


 それはそうかも。頭のいい奴がズルをするんじゃなくて、ズルい奴は馬鹿でも利口でも等しくズルをするもんだ。東パンジャリーの上層部も、馬鹿じゃあないが、ズルいことは苦手そうだしな。


「そんなことよりも大切なのは、信用とか、もっと地道な作業の継続じゃないですか」


 それも仰る通りだが、人にばっかり働かせておいて、おいしいところを後からかっさらう代表のような、あんたにだけは言われたくない。


「私の知る限りでは、そんなことができるのは山猫さん、いや、ウィラードさんだけですよ」


 そしてここで持ち上げてきますか。


 これまでの仕事ぶり、人員の管理や、期日の徹底、それから先々を見込んで、見習いどもの教育をしていることなんかをを評価してくれているのだろうが、それにしてもずいぶんと買いかぶられている。それは大傭兵団を目指すための布石にも見えるだろうが、自分としてはそんなつもりで始めたわけではない。


「だから私としては、この混乱はなるべくウィラードさんに収めてもらいたい、と思ってるんですが」

「勝手なこと言うな」

「責任はとっていただきたいんですがね」


 そんな責任はないだろう、それぞれが自分の思惑で勝手にやればいい。それがどんな結果になろうと、自分たちの責任だ。


 俺はこれまで通り、俺たちが損をしないようにするだけなんだが。


「そんで、あんたは俺に具体的にどうしろと」


 一応聞くだけは聞いてみる。


「いえ、私からは特に。必要な情報はお渡ししましたから、あとはウィラードさんのご随意にどうぞ。あと、こちらでお手伝いできることがあれば、仰ってください」


 ――ご随意に、ですか。


 こいつは俺が一体どう動くと思ってんだろうな。


 ソムデンとしては、ビムラの傭兵が減るのは困るのだろう。それは奴の成績とやらに大きな痛手となる。失業した連中は、なるべく他の町には流れてほしくない。だから山猫傭兵団ウチにはそれらを受け入れてもらいたいだろうし、そのための協力はしてくれるのだろう。


 山猫傭兵団ウチは人を集めて大きくなれる、ソムデンは痛手を回避できる。一見、互いの利益は合致しているように見える。


 だが、ソムデンは勘違いしている。


 大傭兵団になりたい、というのはどこも同じなのだろうが、俺個人は別に山猫傭兵団ウチを大きくしたいなどと、積極的には考えてはいないのだ。迂闊にそんなことをすれば、俺がいなくなった後が大変だ。


 俺が目指しているのは、俺が王立大学院アカデミーに帰ったあとも、最低限の人数で回せて、儲かる組織だ。期間もせいぜい、伯父貴が引退するぐらいまで保てばいい。伯父貴もいい加減歳だし、今さら大傭兵団でもないだろう。だからそれで俺の責任は全部だ、それ以降のことは知ったことではない。


 そのための人員は、確かに今よりはもう少し必要だ。しかしそれは千人を超えるような大傭兵団、というほどの規模には絶対ならないと思う。


 ――どれだけの人数を面倒見させる気なのやら。


 まあ協力してくれる、というならお言葉に甘えさせてもらおう。いや、そんなことは言ってないのか。『仰ってください』と、言っただけだ、やるとは言ってない。言質を与えないのはこいつらしいが、それならこちらもその思惑を利用して、自分の都合のいいように動くだけだ。


 山猫傭兵団ウチが必要な人員を確保できれば、残りのビムラの傭兵が少々他に流れたところで、痛くも痒くもない。


 ――差しあたっては五十、多くても一〇〇、といったところか。


 当面は採用するといっても、そんなところだろう。いっぺんに増やしたところで、俺が大変になるだけだ。しかもこれは伯父貴の了承あっての話だからな。


「とんだ後手を踏んじまったが、やるだけやってみるさ」

「お願いしますよ」


 そこで、部屋の扉が表から叩かれた。


 どうぞ、とソムデンが入室を促すと、どやどやと屈強そうな一団が入ってきた。知らない連中だ、中には女性もいた。その代表らしき男が話しかける。


「おや、来客中か、出直そうか」


 そうじゃねえな、ソムデンが部屋に入れたってことは、俺への用事は済んだからもう帰れ、ってことだ。愛想のねえこって。


「いや、こっちはこれでお開きだ、邪魔したな」

「おやおや、何のお構いもできませんで」


 よく言うよ。


「それからウィラードさん、あなた今、自分で思っている以上に重要人物ですよ、身辺には気を付けてくださいね。あんまり一人で出歩くのは感心しませんよ」


 最後にえらく物騒なことを言われてしまった。


 入ってきた連中もぎょっとした顔で俺のことを見つめてきやがった、悪目立ちさせるなっての。


 その忠告だけはありがたく受け取り、俺は傭兵ギルドを後にした。


 ここは鬼門だ、なるべく自分で来ない方がいい。厄介を解消するつもりで、ちょっと話を聞きに来ただけなのに、さらに多くの厄介ごとを抱え込んでしまった。


 この上まだ、自分の身の安全まで考えなければならないとは、さて敵は一体どこから来るのやら。

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