第二十八話 暗殺者?
団員の募集を開始してから二週間ほどが経過すると、今度は日を追うごとに、入団希望者が増えてきていた。
こちらが特別なことを仕掛けたわけでもないし、新たに採用した連中から、
新たにどこかの傭兵団が潰れた、という話も聞かない。次にどこかが破綻するにしても、大方の傭兵団が給料日に設定している、月末になるだろう、それにはまだ半月もある。
――余計なことしやがって。
面接に来る傭兵たちも、質が上がったわけでもなく、相変わらず募集要項をきちんと理解していない連中なので、これはもう、傭兵ギルドのほうで何かをしているに違いなかった。
一向に進展しない
「お生憎さま、なんだがな」
ギルドの思惑からは外れるだろうが、そんなことをされたところで、闇雲に団員を引きいれるつもりはない。初めの三人だけは、まあ特別で、その後は極力吟味させてもらうつもりだった。
こちらは少しも慌ててはいない。
今のところ必要なのは、世間様に対して、
「山猫傭兵団は広く人材を募集しています」
というアピールだけだ。できればそれが難航している、とも思ってもらいたい。それで他の傭兵団からの、
あとはゆっくりと、秋の刈入れの時期ぐらいまでに、五十人ほどを採用しようと思っていた。それも別に、達成できなくても構わなかった。
――俺がいなくなるまでに、四〇〇人。
それが、現在考えている採用目標だ。そこまでいけば、ビムラでは二番目の規模になれる。あまり他から目の敵にされることもなく、業界内でも業界外からも、その意向を完全には無視できない、なるべく責任を負わず、単純に利益だけを考えるならそれが絶好の位置だ。
にもかかわらず、今は想定以上の人数が貝殻亭を訪れてきている、正直迷惑だった。
お蔭で今日は、昼過ぎから夕刻、そして夜になるまで、立て続けに二十人ほどの面接をさせられ、飯を食う時間がとれないまま、夜の勉強会に入っていた。
「これで本日の授業を終了する。質問があるなら、悪いが明日以降にしてくれ」
「「「ありがとうございました」」」
それもようやく終わり、やっと晩飯にありつくことができる。
ここしばらくはずっとパンが食えているのはありがたい。いやまあ、他の誰でもなく、俺の手柄だが。貝殻亭には小さな窯しかないので、スカーランで得た小麦を近所の工房に持ち込んで、そこで大量に焼かせている。これの評判は上々だ。
これまでは粥のことも多かったので、飯の時間を逃してしまうと、冷めたクソまずいものしか食えなかったのだ。スープだけなら、冷めてもまだギリギリいける。
ヴェルルクスで暮らしていた時はギリギリいけるとか、いけないとか、食事についてそんな程度の低いことを考える必要はなかったのだが、思えば情けない話だ。
通常の業務も中断させられていたので、それを食いながら続きをしようと、自分の部屋に入ろうとした時、ちょっとした事件が起こった。
部屋に向かう廊下、死角になった暗がりから、突然人影が飛び出した、その手には光るものが握られている。
――曲者か!
「つあッ!」
トレイを持っていたことが幸いした、自分に向けられた刃を、とっさにそれで払いのける。
今日の晩飯を曲者にぶちまけながら、俺はそのどてっ腹に蹴りを入れた。
「ああ勿体ねえ!」
「ぐうう」
曲者は一声呻き、それでおしまいだった。それ以上は何もできず、腹を押さえてうずくまったままだ。
「何かありましたか」
物音に気づいたイルミナが、見えない場所から声をかけてきた。曲者が持っていたナイフを取り上げながら返事をする。あとパンも拾って埃を払い、ポケットにしまう。
「すまん、飯を零しちまった。俺はこれから仕事の続きをするんで、悪いがあとで掃除しといてくれ」
「かしこまりました」
それだけを済ますと、俺は曲者の襟首を掴み、自分の部屋に引きずるように連れ込んだ。特に抵抗するような素振りもない。動けないというよりは、放心している、といった感じだ。
部屋に入るや否や、気付けとばかりに頬げたを張り飛ばし、叩きつけるように椅子に座らせ、俺自身も向かい合わせになった椅子に腰を下ろした。
「説明しろ、ミルキアック」
曲者の正体は、よく知った相手、見習いのミルキアックだった。腹が減って気が回っていなかったが、そういえば今日の勉強会には見当たらなかった。
こいつが俺を殺すつもりだった、とは思わない。腰も入っていなかったし、その動きは緊張でガチガチに固まっていた。内心では、大事になる前に止めてくれ、とも思っていたのだと察せられた。
それに、例え本気で殺しにかかってきたとしても、相手は十三、四の貧弱なガキだ、身体もまだまだ全然小さい。こちらが完全に素手であったところで、負けることはありえない。最悪でも、少し切られる程度の怪我で済んだはずだ。
「………………」
「だんまりかよ」
何かを隠している、という風ではない。このぶるぶると小動物のように震える姿は、自分がしでかしてしまったこと、これから自分に起こるであろうことに恐怖して質問に答えるどころではない、という感じか。
ミルキアックが落ち着くまでしばらく待ってから、質問を変えた。
「誰にやれと言われた? ジョエルズか、フーデルケンか」
「……!」
どうやらそれで正解らしかった。
当てずっぽうで言ってみたが、いずれも、俺が不満分子の中心人物と睨んでいる、三十過ぎの中堅の傭兵だった。団内にはいくつか仲の良い者同士のグループがある、その内のひとつの首領格、といったところか。
文句を言っている奴は他にも何人もいるが、こいつら二人が主導して焚きつけている、ということは、いくらかの裏付けが取れている。以前、傭兵ギルドに行く際に、俺に対して聞こえよがしの雑言をかましてきた連中の中にも、確かにこの二人がいたはずだ。
そいつらを、直ちにどうにかしてやりたいのはやまやまだが、今は外部から接触してくる者がいないかと、仕方なしに泳がせていた。だがその尻尾は掴めてはいない。
俺としても信頼できる手駒が少ない、監視をつけるにも限りがあった。もし仕事の合間に連絡を取り合っているとなるとすれば、確たるものを手に入れるのはいつのことになるやら、正直手詰まり感がしてきていたところだ。
――こいつが突破口になればな。
どういうつもりかは知らないが、連中はミルキアックを唆して俺を害そうとしてきた。単なる嫌がらせか、それとも連中を操っている外部の指示があったのか、どちらにせよ、これは何らかの判断材料にはなるだろう。
「俺を刺せと言ったのは誰だ」
「り……両方です」
俺の発した質問に、ようやくおずおずとした答えが返ってきた。
ミルキアックとそいつらとの接点は、と考えて、すぐに思い当たる節があった。
二、三日前に、イリバス以下四名の新入りの仕事ぶりを見るため、彼らだけでする仕事を割り振っていた、そこにミルキアックを見張り兼雑用係としてつけていたのだ。
そこにたまたま通りかかったジョエルズらが難癖をつけ、一悶着あったことは、イリバスから直接聞いていた。
「その時に何かあったか」
「ぼ、僕は見てただけで、その時は、ちょうどティラガ様が来てくれて、仲裁してもらいました」
――ティラガだったか。
イリバスからは、一触即発のところを立派な旦那に仲裁された、としか聞いていない。だから古参の誰かだろうと思っていた。ティラガのことを言わなかったのは、ただ単に名前を知らなかっただけだと思うが、せめてでかい奴、とでも言っておいてくれれば、それが誰だか読み取れていた。イリバスの言う『立派』には、『でかい』という意味も込められていたのだろうが、それでは言葉が足りなすぎる。
仲裁といってもそこは傭兵のことだ、荒っぽいやり方であったことは想像に難くない、それにしても相手が悪い。イリバスらに殴られたような様子はなかったので、こちらは新入りらしく徹頭徹尾争いを避けようとしたのだろう。基本的にはどうでもいいことだったので、聞き流していたが、悶着の詳細は、ジョエルズらが一方的に叩きのめされた、ということだったようだ。
「その後に、ジョエルズ様とフーデルケン様に呼び出されました」
「そんな奴らに様付けはしなくていい」
見習いから様付けで呼ばせる、こんな場合でなくても癇に障る、傭兵団の実に厭な風習だ。
「ジョ……ジョエルズさんと……」
「さん付けもするな」
少し強く言うと、ひっ、とミルキアックは情けなく悲鳴を上げる。
「ジョ……ジョエルズと、フ……フーデルケンと、あと何人かに呼び出されました」
「それでどうした」
「そ、それで、『何で新入りの味方をする』って怒られて……、殴られました」
まあ味方をした、といっても、こんなガキにできることは何もなかったはずだ、こいつの言う通り、ただ見ていただけなのだろう。たまたま仕事としてその場にいただけで、それで単に鬱憤晴らしの標的にされた、ってわけか。
「それが俺を刺しに来るのと、何の関係があるんだ」
「ジョエルズとフーデルケンが、イリバスさんたちのせいで、仲間が何人も死んでるのに、そんなこともわからないで、入団させた事務長が悪い、って言われました」
――完全にとばっちりじゃねえか。
それならそれで、直接ティラガの方にでも行けばいいものを、あれはさすがに強すぎて、仕返しする気にもなれなかったか。
そもそもイリバスを入団させたのは伯父貴だ。他の三人は確かに俺だが、イリバスを入団させた時点で、こっち側の土竜傭兵団に対する恩讐はチャラだと考えて当然だ。被害の量が違いすぎるので、他の土竜の残党が恨みを引きずるのは仕方がないが、
どうせ腹立ちついでに適当に捏ね上げた理屈だ、筋が通っているとかいないとかの問題ではないのだろう。
どう思い返してみても、これといって直接的に、あいつらに恨まれるようなことはした覚えがないが、何だかんだ俺に対する不満や妬み嫉みが熟成されていて、それにティラガにぶん殴られた分を足したら、ガキをいじめるだけでは発散しきれなかったということに過ぎない。
「……それで事務長に罰を与えろ、って。お前なら油断するから、って」
「お前も俺が罰を受けるべきだと思ったのか」
愚問だ。そんな質問はする必要がない、言ってしまったのは、単に俺がムカついたからだ。何が罰だ、ふざけるな。
「ち、違います! でも……やらないと、もっと殴るって……、それから、ここにいられないようにするって……」
「初めから俺に相談しようとは思わなかったのか」
「………………」
これも聞くまでもないことだった、どうせそれをするなと脅されていただけだ。そして怖いのでそうしなかっただけだ。例え怖くてもそれをしなければならない、そう考えられるほど、こいつも賢くはなかった。
馬鹿だった、ミルキアックも、ジョエルズも、フーデルケンも、どこまでも馬鹿で、短絡的だった。それをすればどうなる、こうなればどうする、そんなことを一切考えず、ただただ目先の感情と損得だけに囚われて行動する、底抜けのド阿呆だった。
どうやらこの事件は、何の計算も成算もない、単なる悪戯で、ガキが勝手にやったことにすれば、知らぬ存ぜぬを決め込むことができる、その程度の見積もりで行われた、性質の悪い遊びに過ぎなかった。
そんな連中に対して、泳がすだの、証拠を掴むだのと、くだらない思惑で手を拱いている俺自身も、馬鹿に違いなかった。
――まわりくどいのは、もうやめだ。
強引に問い詰める。完全にしらばっくれるつもりならば、理詰めで追い込むには少々無理筋かも知れないが、そうであるなら力ずくでも、と決意した。その意味は、追い出すか、殺す、どちらかになるだろう、そうして直ちに片を付ける。それで外部に繋がる糸が切れたとしても、もう構いはしない、どうにでもなれ。
逆に返り討ちに合う危険性もあるが、こっちはもう先に腹を括った。そうでない相手に対して遅れをとる可能性は、極めて小さい。
「だがその前にだ」
俺は今までこいつら見習いには、意識している限り、ほぼ教師としての自分しか見せていない。しかしここでは、これまであまり見せていない顔を見せなければならなかった。それは事務長である自分、とも少し違う、組織の運営を預かる者としての顔だ。
子供相手に大人げないことだが、俺はあえて乱暴に、両手でミルキアックの胸ぐらをつかみ上げ、そのまま立たせた。そうして首の締まった状態で吊るす、その体はつま先立ちでぎりぎり地面に着いているかいないか、というところまで浮き上がった。
「お前は俺を舐めた」
無理やりだろうが何だろうが、あの二人に言われて俺を刺そうとした、ってことは、あいつらより俺の方が怖くない、と思われたってことだ。
こんなのは自分で言うことじゃねえが、こいつらには恩義も与えてきたはずだ。それを捨ててでも、恐怖に屈することを選んだってことだ。
「違うか?」
俺に万が一のことがあれば、団の仕事が大幅に滞る、そんなことよりも自分の一時の安全を望んだ、そのことを全く理解していなかった、ということでもある。
「俺の仕事は、あんなチンピラどもの言うことより、値打ちがねえのか」
涙目、どころではない、本気で泣きながら必死で違うと訴えかける。だが何が違うものか、その首をさらに強く締め上げ、足先は完全に宙に浮いた。これまで大して食えてもこなかったガキだ、その体は軽いものだった。
「――! ――――!!」
もはやミルキアックの声は声にはなっていない。じたばたともがいているが、それくらいで首を絞める力が緩まることはない。
俺は別に怒ってはいない。いや、怒ってはいるが、我を忘れるほどではない。
ごく冷静に、自分より圧倒的に弱い相手を、少なくとも死が単なる恐怖ではなく、現実にそこにあると感じる直前ぐらいまでは、脅しつけておかねばならないと思っていた。
今後このようなことは、絶対に起きてはならない。怖いか怖くないかだけで判断し、平団員の言に従って上司を害そうとした、これは小なりとはいえ、反逆だ。傭兵団のみならず、およそ組織というものが依って立つところを、根本から揺るがしかねないほどの問題だ。
ガキがやった、脅されてやった、そのような言い訳が許されるようなことではない。それを思い知らせるためならば、一罰百戒、見せしめに殺してしまっても構わない、とすら思う。
だからこの手に込めているのは、理性でできた、本物の殺意だ。
それが骨身に完全に染みるまでは、絞める。伝わらなければ、死ね。
その顔色が赤黒くなり、だんだんと手足をばたつかせる力も弱まっていった。それが完全に垂れ下がる直前、声も出せなくなった口が、ぱくぱくとわずかに開閉するだけになったところで、体を投げだすようにして解放した。
しかし、今はこいつは重要な証人で、そうでなくても、やはりガキで、俺の教え子で、殺したいはずがなかった。できるわけがなかった。
慌ただしく空気を取り込み、それからぜえぜえと咳き込む。それが治まったところで、いまだ殺気が消えていないことに気づいたミルキアックは、地面に這いつくばるようにして、涙声で盛大に俺に赦しを乞うた。
「ごべんださい! ずびばぜんでじだ! ゆるじでぐださい! 殺さないでください!」
嫌な役目だ。いくら組織を守るためとはいえ、ガキ相手にこんなこと、頼まれたってやりたくねえ。だが現実に、俺はこんなガキに、土下座で命乞いまでさせるような、最低の悪者になってしまっていた。
自分の命を狙われたから、という説明もできなくはないが、実際にはそれほど身の危険を感じたわけでもない、そんな言い訳は自分自身で認められない。
――こうして脅しつけておいて、今度はこっちの言う通りに動かす、か。
それは唾棄すべき自分だ。こんな弱いガキを利用するような、狡い大人だ。
自分のことは、まだそれほど大人とも思えないが、こんなガキをいいように扱うことは、充分に汚い大人のやりくちだ。そのことは、恥ずかしく思った。
部屋の隅に立てかけてある、予備の剣を手に取った、手入れはしてある。
俺はいまだ這いつくばるミルキアックの側に、それを投げてよこした。
「それで死ね」
とでも言われると思ったか、ぎょっとした顔でこちらを見上げてくる。もちろんそんなことは言わない、言うのはさらに苛烈かもしれないことだ。
「それで、ジョエルズ、フーデルケン、どちらでもいい、どっちかを殺して来い」
「えっ!」
「何で驚く。俺相手にできたことが、あいつら相手に何でできねえ。まさか手前てめえ、まだ俺を舐めてんじゃ……」
「やります! やります!」
俺の怒りから必死で逃れようと、ミルキアックは慌てて剣を取り上げた。だがその手はいまだ震えている、何度も取り落し、それがさらに焦りを呼び、なかなか手につかないでいた。
「落ち着いたら行くぞ、援護はしてやる、必ず、殺れ」
失敗を悟ってさっさと逃げたのでなければ、両名とも、自ら仕掛けた悪戯の首尾を見届けようと、まだ貝殻亭の中にいるはずだった。
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