第二十三話 パンジャリーの未来



 スカーランの火が、完全に鎮火したのは、未明のことだった。


 その被害は結局町の半分以上にまで及んでいた。燃やされた以外にも、修復不能にまで毀された建物も多い。


 ――こりゃ捨てたほうがマシだ。


 そのように思ったが、ブロンダート殿下は全軍、そしてわずかに残った住民たちの前で、この度の勝利を宣言した後、スカーランの領有、そして再建を約束した。


 愚策も愚策だ。


 勝利、という実績だけを得てしまえば、スカーランにはもはやそれ以上の価値はない。これを再建したところで、これまでの繁栄を取り戻すことなどできず、ただの最前線の寂れた町になるだけだ。そうすると兵も常駐させる必要ができ、防備も新たに作らなければならない。


 そんな資金があるのなら、さっさと軍備を再編して、どこか他の町を奪いにかかったほうがよっぽどお得だ。元の住民はどこか別の場所へ移してしまえばいい。


 この行いは、長期的には東パンジャリーの信望として実を結ぶのかも知れないが、それを期待するには、現在の状況はまだまだ不安定に過ぎる。ここから巻き返される畏れは充分にあるのだ。


 だが、これをするのがブロンダート摂政殿下という人なのだろう。


 この人は、こうすることによって、これまで人望を築いてきたのだ。その人望がなければ、東西のパンジャリーが並立することもなかった。


 ――考えてみれば迷惑な話だ。


 やはりこの人は立派すぎたのだ。


 西パンジャリーの国王は取り立てて無能でもなく、悪逆でもなかった。先の王太子廃嫡も、非道ではあっても並外れたものとは言えず、当人たちにとっては大問題であろうが、世の中からすれば、時が経てばすぐに忘れ去られるぐらいには、些末なことでもあっただろう。


 殿下になまじ人望があり、また有能でもあったために、その運命を覆す力が備わってしまっていた。それゆえに、計算上は二人ほどが死ねば済むところを、大金を浪費したあげくに、何百人かの死者まで出してしまったわけである。


 そういう意味では、今後の東パンジャリーの行く末も心配ではある。


 自らが摂政である期間を二年、と区切ったのは、自分が国王にとって代わる野心がないことを示すためではあるのだろうが、新国王に殿下の衣鉢を継ぐ器量がなければ、その心遣いも無駄になってしまうだろう。


 ここでもまた二つの頭ができる、ということにならないことを祈るのみだ。




 これ以上はこの場所に用はない、休憩をとったならば、俺たちもそろそろ撤収を始めなければならない。


 出発を待つその中に、ティラガの大きな背中が見えた。


「そういやお前、勝ったのか?」


 ぐむ、とティラガが渋い顔をした。そういえばギリスティスとの一騎打ちの顛末を聞いていなかった。


「仕留めそこなった」


 まあ答えを聞かなくても、その顔でわかった。


「強かったか?」


「俺とあれほど戦える奴は初めてだった。いや、時間があれば勝てた。違う、あれは向こうが先に逃げたんであって、実質的には俺の勝ちだ」


 なかなかの負けず嫌いだった。心配していたが、怪我がなかったのは何よりだし、あれとは互角以上に戦える、ということがわかったのも収穫だ。


 そういえば、心配事といえば、火神傭兵団のことも気がかりではある。


 ブロンダート殿下やリリアレットがその中枢にいた頃には、パンジャリーと火神傭兵団との繋がりは何もなかったはずだ。


 それが東西に分裂した後、西パンジャリーが独自にその繋がりをつけた、というなら何も問題はない。だが何処からか紹介や斡旋を受けたということであれば、これは他国からの介入を警戒しなければならない。


 重傷を負って逃げ遅れた火神傭兵団の者は、何名かが捕虜となっている。通常は傭兵が捕虜となるようなことはないのだが、今度ばかりは話は別だ。それらを締め上げれば、何かがわかるのだろうか。


 いや、これもまた余計な心配ではあるのだが。


 心情的にブロンダート殿下贔屓であるだけで、今後東西のパンジャリーがどうなろうと、俺たちに直接の影響はないのだ。相手が許すなら、別に東側との関係を強めたって構わない。


 それよりも問題は山猫傭兵団ウチのことだった。


 せめて一月ぐらいは稼がせてくれ、と考えていたのが、戦は実質一週間で終わってしまった。これではどうやっても儲かりようがない。


 土竜傭兵団から奪った戦利品も微々たるもので、これを全員に分配したところでいくらにもならない。金に換える手間が無駄なくらいだ。


 昨晩のどさくさで少々ましな物を手に入れて、ホクホクしている余所の連中を見ると、改めて身内の馬鹿さ加減が恨めしい。


 団の利益としては、お寒いことこの上なかった。


 ――ああ、くそ、もう、気分がわるい。


 それ以外に得たものといえば、昨晩、ディデューンの真似をして何かを掴んだ、あの用兵というか、指揮というか、何かその辺のものである。


 あれを使いこなせることができたら、そこいらの傭兵団では相手にならなくなるかも知れない。専門傭兵スパルタンとまではいかなくても、今後は戦場で別の動き方ができる可能性がある。


 本来なら最後の大乱闘は、あれを試してみるべきだった。だが頭に血が上って、あの時はそれどころではなかった。


 一暴れしたあとはさすがに落ち着いたが、今も周りの連中から、


「落ち着いたか」


 などと聞かれたら、もう一度ブチ切れるぐらいには落ち着いてはいなかった。


 それにしても、火神傭兵団の襲撃を受けた後詰の隊ほどではないが、山猫傭兵団ウチの被害もまたでかい。


 数名の死者が出ている。あれだけの大喧嘩だ、出ない方がおかしい。


 自分の責任とまでは感じないが、見知った顔のいくつかがもう見れなくなる、ということを、馬鹿どもの自業自得だ、と片づける気分にもなれない。


 こんな無意味な死に方をさせるために、段取りを組んだつもりはない。


 怪我人も百名近く出ている、自力で歩けない連中は担架で担いで帰らないといけない。担ぐ奴の人数が足りるかどうかが心配だ。担がれる方は、そのうちのかなりの人数が、帰ってもすぐには仕事には戻れないだろう。


 ――帰りたくねえ。


 ビムラに戻ればその後始末が待っていた。それは考えただけで気が重くなってくる。この若さで葬儀の仕切り、などということをやらされるとは思わなかった。他の連中に任せたところで、どうせ何をすればいいかわからないか、何もやろうとはしないかだ。


 だがその前に、俺はリリアレットより、東パンジャリーの王都、イゼナまでの同行を求められていた。戦勝祝賀式典の参加のためである。


 もちろん快諾した。大っぴらにビムラに遅れて戻れる絶好の大義名分だ。どうせ帰ったらやらなければならないのだが、少しでも休ませてもらえるだけでありがたい。


 いくらなんでも、今回の手柄は評価されるだろう。


 敵の奇襲も撤退も、ズバリ的中させた。何もしなくても、どうせ引き分けにはなっていたのだが、この戦がまがりなりにも東軍の勝利、という形で終わらせることができたのは、俺の予測あってのことには違いない。


 まあ俺自身は何も勝った気分がしていないのだが。


 いずれの局面も最終的には俺の思惑を外れたところで、片を付けられてしまった。奇襲から殿下を救ったのはリリアレットらの機転だし、掃討戦で得をしたのはどこか他の傭兵団の連中である。


 だからイゼナへは、褒められに行くつもりはない。それをされてもいたたまれない。別にもらえるであろう褒美が楽しみなだけだ。


 ――金貨で三十、は欲張りすぎか。


 それは傭兵の年収の三、四年分に匹敵する。だが戦の勲功第一には金貨一〇〇枚が下賜されることも珍しくはない。


 主だった他の連中も招待されたが、伯父貴は自分から断り、ディデューンは俺が来させなかった。迷惑だ。


 イルミナまではさすがに連れていくわけにはいかない、俺が不在の間は、見習いたちと一緒になって、事務長の代わりをしてもらわなければならない。戻ってからの仕事は一切準備していないので、不安ではあるが、誰もいないよりはマシだと思う。


 結局、俺と一緒にイゼナまで行くのはティラガだけだった。

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