第十四話 訪れた厄介者



 貝殻亭に現れた先触れの伝令は、ブロンダート殿下の使者が到着することを告げるものだった。


 古参の連中に訊くと、こんなことは異例ではあるらしい。これまでにもどこかの軍が使者を送ってくることはあったらしいが、先触れまで出してくることはなかったという。


 これはその使者の格式が、あまり待たせてはいけないぐらいには高いということだ。


 とはいえ内容は聞くまでもない、俺たちに王太子軍に合力せよ、とのことに違いなかった。


 これまでろくでもない結果しかもたらさなかった先の依頼が、ようやくましな実をつけてきたのだ。


 だがもちろん、このような重大事は俺の一存で決断できることではない。この時伯父貴がたまたま本部にいたのは幸いだった、放っておくとふらふらとどこかへ遊びに行っていることが多い。


「まさかいつものように『好きなようにやれ』なんて言わねえよな」

「たりめえだ、こいつは俺が決めるこった」

「これから殿下の使いが来るらしい、頼むから行儀よくしててくれよ、恥かくの嫌だからな」

「かー、歳は取りたくねえなあ、こんなガキに行儀の心配なんかされなきゃいけねえなんてよ、おじちゃん情けなくて涙出てくらあ」

「ふざけなくていいんだよ」

「わかってるよ、だがまあ、いくらお偉いさんの肝煎りだからって、請けるかどうかは別だぞ。いつもの通り金勘定は任せたが、最後は俺の判断でやるぞ、文句ねえな」

「ああ、それが団長の仕事だ」


 とは言うものの、伯父貴の目はすでにやる気満々だ。相当の悪条件を提示でもされない限り、この話を断るつもりはないことは傍で見ててもよくわかる。


 これは団員たちも同じ気持ちのようだ、本部の中もざわつき始めた。




 貝殻亭の前で出迎える俺たちの前に使者として現れたのは従者を連れた女騎士だった。


 その顔は見忘れるわけもないが、これには少し驚かされた。


「リリアレット! さん」

「うむ、お久しぶりだ、元気そうだな」

「あんた、ブロンダート殿下の側近じゃないのか? 暇なのか?」

「暇なわけがあるか! 殿下のお計らいで、顔を見知った私が来たに決まっている」

「おうおう、これが殿下のコレか、なかなかの別嬪じゃねえか」


 べっぴんて、久しぶりに聞いたな、その言葉。


 言いながら伯父貴が下品な感じで右手の小指を立てた。使者が知りあいだったので、俺の態度も思わずくだけたものになってしまったが、伯父貴の失礼さも大概だった。賢明にもリリアレットはこれをなかったことにして話を始めた。


「んっ、ううん。私はブロンダート親王殿下にお仕えするパンジャリー王国の騎士、リリアレット・スマイユである。山猫傭兵団団長ガイアスバイン、わが主がそちらのウィラード・シャマリに世話になったとの仰せだ、僭越ではあるが殿下になりかわり礼を言わせてもらう」

「や、それは巡りあわせってなもんで、わざわざ礼を言われるようなことでもありませんや。ま、こいつと縁があった、ってことでしょう」


 こいつ、の部分で頭に手を置かれた、子供みたいな扱いはやめてくれ。


「それでもだ、私個人としても感謝している」

「そう言われるとこっちもこいつを遣った甲斐があったってもんですが。ま、汚いとこだが入ってくんな」

「うむ、邪魔をさせてもらう。ときに話は内密のことになる、できれば人のいない場所をお願いしたいのだが」




 貝殻亭に応接室のような気の利いたものはない、俺の仕事部屋を慌てて掃除して、会談の場所を設けた。いちおう人払いをし、部屋の前でリリアレットの従者たちが見張ることになる。中に入るのは俺、伯父貴、リリアレットの三人だ。


「これは決して口外してほしくないのだが」


 リリアレットはそう前置きして始めた。


「パンジャリー国王は東西で国を分け、東側で王太子殿下が即位することを大筋で認めている」

「マジかよ、それはやっぱり親王殿下の力か」

「当然だ。だがそう易々といかんのも分かるな?」

「ま、国境をどこに引くかって問題もあるし、それで収まりのつかねえ連中はいるわな」

「その通りだ、これまで通り王国側に帰属したい地域もあるし、殿下の威徳を慕って我々の側に付きたい村も多い。それらの意思を無視しても戦略的に互いにどうしても譲りたくない場所もある」

「その折り合いのつかない場所を取りあおうってわけかい」

「うむ、殿下はなるべく血を流すことを避けようとされていたが、あまり長引かせては今後他国の干渉を受ける可能性がある、考えたくもないがそうなれば共倒れになって、パンジャリーそのものがなくなることもありうる。やはり早急に一度は干戈を交えねばなるまい。そうすればそれなりに、お互いの名分も立つしな」


 長らく待たされたが、俺の分析はそれほど的外れではなかったということだ。


「それで、俺たちは何をすればいい、条件は。先に言っとくが、今度は命までは賭ける気はねえぞ」

「む、そうなのか。私は傭兵というものは命知らずの男伊達と聞いていたが」

「おう、姉ちゃん、よく知ってんな、その通りだ」


 伯父貴がいらない所で口を挟んだ。何を言い出すのかこの人は。そんなのは見え透いたお世辞に決まっている。こいつは傭兵に乳を揉まれたと騒ぐ女だ、そんなことを本気で思っているわけがない。


「任せときな、こっちは給金さえはずんでもらえれば何も文句はねえ」


 内容も聞かずに勝手に引き受けやがった、たまらんな。


「ありがたい。手当は一人当たり一週間ごとに銀貨八枚、これは悪くないと思うが」

「おう、それなら確かに充分だ」


 平均的なところでは一日銀貨一枚だ、少し色をつけてきた。これはあまり長引かすつもりではないということだろう。


「こちらは二千人規模で傭兵の雇用を考えているが、そちらでは何人用意できる?」


 山猫傭兵団は全部合わせても二〇〇人余りだ、継続中の依頼もあるので、その全員を投入するわけにもいかない。


 足りない分は他の傭兵団や一匹狼の傭兵を勧誘し、参加させられれば、それらの上前をいくらかハネることができる。ベルケン商会の件で繋がりができた硫黄傭兵団の連中も、誘ってやれば喜ぶには違いない。


 それでもビムラの傭兵は全部合わせてもおそらく三千名には満たない。しかもビムラはパンジャリーの東にある親王殿下の領地よりも、王国側に近い。王国側でも傭兵の募集は行われるはずなので、ビムラの傭兵の多くはそちらに流れるだろう。リリアレットとしてはそれをなるべく減らしてほしい、との思惑もあるだろう。


 だがこの辺りは俺も初めてのことなので、さすがに匙加減がわからない。


「五〇〇、だな。それ以上はそっちで準備してくれ」


 伯父貴が代わって答えてくれた。それは計算ではないが、経験によって培われた信憑性のある読みなのだろう。


「……五〇〇か、八〇〇ぐらいは欲しかったが、できぬものは仕方あるまい」


 そろそろ話は煮詰まってきたようだ。


「あとは、パンジャリー国内での略奪は許さん。これだけは絶対に守ってくれ」


 この条件は実は厳しい。


 戦の内容によっては、日当を減らし、代わりに報酬の一部として付近の住民からの略奪を許す、という場合もある。しかし今回は内戦だ、どちらの陣営にとっても自国だ。これは国王側でも自国民への略奪は許すことはないだろう。


 俺だってしたくないし、させたくない。だが傭兵とはそもそも略奪をするものなのだ。俺にも、伯父貴にもできるのはせいぜい注意までで、それも『やりすぎるなよ』程度のものだ。もちろん完全に禁じる強制力はない。


 今回もその機会があれば、どちらの陣営でも必ず略奪は起こる、暴行も、殺人も起こる。全ての傭兵を監視し、取り締まることなど不可能だ。戦の最中にこれを強圧的にすれば統制がとれなくなって自壊する。それができるのは完全に勝利が決まったあとだ。


 この辺りの呼吸はリリアレットも初めからわかっている、だが彼女の立場からすれば言わねばならないことで、やはり許されないことだ。


 結局その条件については、善処する、としか答えようがなかった。軍紀違反については発見次第そちらの裁量で厳罰にしてくれて構わない、但しその罪は個人のものとし、所属する傭兵団の責任は問えない、との約定を交わした。


 最後にリリアレットが外の従者に命じていくつかのものを運ばせてきた。


「もう戦は目の前だ、可能な限り早く来てほしい」


 そう言われて提示されたのはビムラの南東、フェリーズ国の通行証だった。前回俺たちが通った道は今度は完全に敵領になる、そこを迂回して来いということだ。


「当面の軍資金だ、銀貨二千枚ある」


 どさり、更に、どさり、それが必要以上に大きな音に聞こえたのは金額を聞いたからに違いない、机の上に置かれた袋にはもはや文句のつけようはなかった。


 こうして山猫傭兵団のパンジャリー内乱の参加は決定された。




 その後は大忙しの日々になった。


 あたりまえだがどれもこれも、初めての仕事だ。


 いずれやらねばならぬことと予め想定はしていたが、水、兵糧の手配、武器の準備、日程調整、移動行程の確認、班決め、諸注意伝達、それらを五〇〇人分。


 かつて商家でやった荷捌きのアルバイトのように、各所に指示書を送れば手配できる、というようなわけにはいかない。貼り紙一枚すれば済むことですら、字の読めない連中相手には辛い。確実に伝えなければならないようなことは、すべて口頭で行わねばならない。


 前任者のホーグはこれを一人でやってたのか、と驚いたが、そのうちに


「なんだ、お前、そんなことまでやんのか」


 などと大勢に言われ出した。どうやら随分適当にやっていたらしい。


 イルミナやガキどもはもちろん、ソムデンにも手伝ってもらって、その準備を一週間で整えた。




 出発を明日に控えて、貝殻亭では壮行の宴会が行われていた。


 何か特別なことをするわけではない、みんなを集めて団長が短い挨拶をすれば、後は勝手に飲み食いするだけだ。こんな場で俺が注意事項を伝えようと思っても、どうせみんな聞かないだろうことはわかりきっているので、そんな無駄なことはしない。


 そんなことより重要なのは、たんまり頂いた軍資金があったので、酒と料理とは普段よりもかなり上等なものを用意できたことだ。


 肉だ肉、肉を食え。感謝しやがれ、主に俺に。


 宴もたけなわの頃、不意に店の外で馬の鳴き声が聞こえた。珍しい、夜に往来を馬が通行することはあまりない。なぜかそれは貝殻亭の前で止まったようだ。


「ああ、賑やかだな、ここはどこかの傭兵団になるのかな?」


 そういって入ってきたのは貴族のような身なりの若い男だった。その格好は少なくともこの場にはそぐわない。傭兵団の本拠地というものは貴族が護衛も連れずに入ってくるような所ではない。


「お、おう、ここは山猫傭兵団の本部だ」


 突然の闖入者にあっけにとられながらも、入口の近くにいた団員が返事をした。


「そうか、団長さんはおられるか」

「団長はあっちだ」


 団員が奥の方にいた俺たちの方を指さすと、男はそのままこちらのテーブルに近づいて伯父貴に挨拶を交わした。


「こちらが団長さんですか?」

「おう、俺が団長のガイアスバインだが、何か用か」

「初めまして、私はディデューンと申します。急な話で申し訳ありませんが、私をこちらの傭兵団で客分として預かっていただけないかと思いまして」


 突然の申し出に伯父貴も面食らったようだが、男を上から下まで値踏みするように眺めると、そのまま笑い出した。


「ぶはっ、何だそりゃ。いきなり来て客にしろたあ面白えじゃねえか。いいぜいいぜ、預かってやる、よろしくな」

「伯父貴!」


 安請け合いにも程がある。


 なんでこんな、いかにも怪しい男の言うことを、そうほいほいと聞けるんだこの人は。


「明日っから戦に行くんだぜ、何言ってんだよ」

「いいじゃねえか、連れていきゃ。一人や二人、増えたところでどってことねえだろうが」

「そういう問題かっ! こんなどこの誰ともわからねえ奴、連れていける訳ないだろう」

「おう、お前さん、ディデューンって言ったっけ、こいつは俺の甥っ子で事務長をやらせてるウィラードってんだ、あとのことはこいつに任せたからよ、歳も近そうだし仲良くやんな」

「おいっ!」

「ションベンしてくる」


 伯父貴が立ち上がりながら俺に耳打ちをしてきた。


「こいつは役に立つぞ」


 酒臭い息でそう言い残して便所に歩いていった。


 そんなことぐらいは言われなくてもわかる。こんなところに堂々と入ってこれる奴は、腕も立って度胸もある奴に決まっている。おそらく伯父貴はそういうところを一目見て気に入ったのだろう、しかし問題はそんな奴が何の目的でここに来たかだ。


 少々役に立ったところで、それ以上の厄介ごとを持ち込まれては敵わない。


 というか、このディデューンという男の顔と出で立ちは、どう見ても厄介ごとの塊のようにしか見えなかった。


 その貴族のような格好に加えて、美形だ、美形なのだ。俺にそっちの趣味はないので、こんなことを言うのは気持ち悪いのだが、美形としか言いようがない。あのブロンダート殿下もなかなかのものだったが、こっちには若さもあって、さらにその上をいっている。ここまでの貴公子らしい貴公子はヴェルルクスでも見たことがない。


「座らせてもらうよ」


 ディデューンは空いた伯父貴の椅子にためらいもせずに座った。こういう無遠慮なところは、確かに見た目通りの貴族らしい振る舞いだ。


「明日から戦に行くのかい? 楽しそうだな」

「楽しいわけがあるかっ! ……それより詳しい話を聞かせろ。伯父貴が一度言ったことだ、なるべく反故にはしたくねえが、内容によっちゃそうも言ってらんねえ」

「ふむ、君みたいな人もいるのか、ここは信用できそうだ」


 俺の中に何を見たのか、こいつはそんなことを言った。


「私はディデューン・ミクトランジェル。アーマ王国、ミクトランジェル侯爵家の三男だ」


 アーマ王国、ビムラの北西にあるこの辺では一、二を争う大国だ。その国威はパンジャリーよりもかなり大きい。そこの侯爵家ともなれば結構な領地を持った城持ち貴族に違いない。言っていることが本当かどうかはわからないが、騙るにしてもなかなか大きく出た。


「何か証明するもんはあんのか」


 一応は尋ねてみたが、証明されても正直困る。どちらかといえば嘘であってほしい。大貴族の御曹司と単なる詐欺師、どうしても身内に抱えなければならないならば、後者の方がまだましだ。


「そう言われてもこのようなものしかないが」


 ディデューンは自らの胸を指し示し、それから自らの帯剣を見せた。同じ紋章が刻まれてある。その態度に、どこからか盗んできたような後ろめたさは微塵も感じられない。しかしそれは、どこかの貴族のものには違いないのだろうが、こっちは生憎そんなものに詳しくはない。


 真贋は曖昧なままに話を続けた。


「そんでその侯爵家のお坊ちゃんが、なんで傭兵団なんかに用があるんだ」

「家出だ。私は家出をしたんだ」

「家出なら他に行くところがどこにでもあるだろう」

「不良だ、私は不良にならなければならないんだ」




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