第七話 実は大仕事
出発日まではまだ何日かの余裕があり、次の日から俺はそれを情報収集の時間にあてることにした。考えてみれば俺の情報源はまだまだ少ない、これも今後の課題のひとつだった。
「友達がいねえんだよな」
認めたくはないが認めなくてはならない、強いてあげればイルミナとティラガだがこれは団の身内だ、情報源としては弱い。しかもこっちがそのつもりでも向こうはそんなふうに思っていないかもしれない。そうであればあまりに切ない。
他に心当たりもないのでひとまずは再び傭兵ギルドへ行くことにした、今回の囚人とやらに関することを調べるためだ。
それは極秘事項かとも覚悟していたが全くそんなことはなく、むしろ渦中の話題だった。もちろんその人物が護送されるということが名指しされているわけではない、だが聞き込みによって集まった情報を考えればそれはその人物以外にはありえなかった。
今回俺たちが護送しなければならないのはどうやらブロンダート親王殿下、隣国パンジャリーの先王と今の国王の弟にあたる人物である。
今から十年ほど前に先王が病で死亡した際、年少の太子が成人するまでの繋ぎとしてすぐ下の王弟が即位することになり、その下の弟である殿下は太子の後見人とされた。
だが先月、これは俺がビムラに来る直前だが、太子は成人を目前に廃嫡され、国王の実の王子が新たに太子とされたらしい。
まあありがちな話である、王位を甥より実の息子に譲りたいという気持ちはなんとなくわかる。伯父貴にも息子がいたならば俺よりはかわいがったはずだ。
しかし先の太子と殿下にしてみればたまったものではない。謀反の疑い、というより明らかな濡れ衣を着せられた両名は命からがら出奔し、太子は現在行方不明、親王殿下は先週ビムラに亡命を求めて認められず、そこで捕縛されたということらしかった。
「黙ってやがったな」
これにはさすがに俺も仰天し、そのあと直ちに頭にきた。いくらなんでもこれほどの重要人物だとは考えていなかった。お家騒動どころのかわいらしい話ではなく、とっくに内乱の一歩手前だ。ビムラに来て日も浅く、しかも仕事にかまけっきりで世間の動きに疎くなっていたのも認める、だがこんなのはだまし討ちに近い。
「だから山猫さん以外に頼めなかったんですよ」
ソムデンは悪びれもせずに言った。何のことはない、事情を知っている奴は尻込みしていただけなのだ。昨日出向いたときにこの依頼が掲示板になかったのも俺をハメるためだったわけだ。
「でも山猫さんなら何とかするんじゃないかって思ってるのは本当ですよ、あ、またパスタ食べます?」
「食う、大盛りにしてくれ」
前回同様俺の前に再びパスタが運ばれた、今日のはエビのトマトクリームソースだ。この程度で決して懐柔されはしないが、それほど海に近いわけでもないビムラでこんなものが用意できるとは傭兵ギルドの実力侮りがたし、である、もぐもぐ。
「まったく、パスタ二皿で命まで懸けなきゃならんとは、もぐもぐ」
「またまた、そんな気はないくせに」
「今回は俺も行くって言っちまったんだ! もぐもぐ」
「おやおや、
「知ってたのか、もぐもぐ」
そのことは隠しているわけではないがソムデンには特に言っていない、だが知られていてもおかしくはない。この男もこの若さで傭兵ギルドの支部長だ、その程度の情報収集能力がないとも思えなかった。
「んぐ、ごっそさん、食後のコーヒーは思いっきり苦いやつにしてくれ」
「承りました」
運ばれてきたコーヒーは嫌になるぐらい俺の好みと合った。もはやここのメイドの優秀性を疑う余地はない
「まあ一度引き受けちまったもんは仕方ねえ、だが知ってることはあんたの予測も交えて全部話してもらうぞ」
「何なりと」
「まず殿下を奪い返そうとしているのは誰だ」
「それは当然先の王太子の派閥ですね、王太子は現在行方不明となってますが、ひょっとしたら潜んでいる太子自身もそれに加わっているのかも知れません」
「人数は」
「それはもう数えきれないぐらいに、先の太子の
俺は椅子から滑り落ちそうになった、そんなものは
「ですが街道にはパンジャリーの王国軍が目を光らせてますからね、これは一応国王派が掌握してますから王太子派もそうそう大規模な行動はとれませんよ、監視の目を潜り抜けようとするならどうしても少人数になります」
「そうすりゃパンジャリーの国内に入っちまえば王国軍に守ってもらえるということか」
「ある程度は、ですが。残念ながら山猫さんにつきっきりというわけにはいきません」
「何でだよ」
「それは王国軍にも隠れ親王派がいるからですよ、その者たちにとっては今の王太子派には旗印になる人間がおらず大義名分がありませんから何かしようとすれば賊として攻撃の対象になります、ですが下手に殿下に近づけたら自ら救い出して旗印に立てるでしょう、そうなればそのまま王太子派と合流します」
「マジかよ、ろくでもねえな。じゃあパンジャリーに着くまで安心できないってことかい」
「そうですね、殿下を確実に国王派と呼べる者たちに引き渡すまでは。今回は国王も少々強引にやりすぎましたね、王妃にせっつかれたのだと思いますが、それで敵を作りすぎました。完全に信頼がおける者たちはなるべく手元に置いておかないと王自身の身が危ないかも知れません」
「それじゃ完全に内乱じゃねえか」
「その通りです、ですから国王は殿下を早く処断してしまいたいわけです、あそこの兄弟仲はそれほど悪くなかったように思いますがここに至ってはもうそうしないと収まりがつきません。それでもまだ王太子が残っていらっしゃいますから予断は許しませんが、あなた方が失敗して殿下がご自身の領地に入られるようなことがあったらこれはもう確実に内乱になるでしょう。まあ我々もそうなればなったで仕事も増えるわけですからありがたいわけですけれど」
それだけは同感だ、俺たちにとってもありがたい。この件はそうなってから関わっても遅くはなかった。
「ですがギルドとしましては目先の利益よりも信用の方が大切です、依頼を成功させてもらうに越したことはありません」
ギルドの信用よりこっちの命だ。聞けば聞くほどおおごとで、俺たちは知らないうちにとんでもない綱渡りをさせられることになっていた。左右どちらに落ちても大勢の運命が大きく変わることになる。
「もちろんキャンセルもなしですよ、処刑人ハンターを送るほどじゃないですけど違約金は発生しますからね」
キャンセル倍返し、いや、増額を呑ませてからのキャンセルは三倍返しか、かなり無理をすれば払えない額ではないが、俺の面目が立たないのはまだしも団の面目まで潰してしまうのは避けたい。
「しねえよ、余計なお世話だ」
だがこれが単なる強がりであることは自分が一番よくわかっていた。
とりあえず今日知ったことはみんなには黙っておくしかない、こんなヤバい話だと知られたら予定の十人が集まるわけがない。これまで自分のことはそれなりに知恵者だと信じていたが、それはどうやら誤りで実際はとんだおっちょこちょいだったようだ。
「おうおう、とんでもねえ依頼引き受けちまったな」
しおしおと貝殻亭に戻ったところでいきなり伯父貴に図星を突かれた。中に入ったら虚勢でも胸を張ろうと思っていたが伯父貴はたまたま表にいた。
「何で知ってんだよ!」
「知らいでか」
嘘つけ、知らなかったくせに。
「ええと、俺は行かなくてもいいんだっけかな」
昨日確かにそんなふうに言ったがなんと白々しい言いようだ、憎たらしい、憎々しい。
「何事も経験だわな、まあ生きて帰ってこい」
気楽に言いやがるぜ。
「いいか、仕事なんか失敗させたってどうってことはねえ、何度でもやり直せる。もともと傭兵なんてのはいつどこで死んだっておかしかねえんだ、斬られりゃ死ぬし、食えなくても死ぬ、だから生きてるだけで勝ちなんだよ。一日生き延びりゃ一日の勝ち、一年生きりゃ一年の勝ちだ。俺はこれまで失敗も山ほどしたが、それでも六十年近く勝ちっぱなしだ。無理して成功させようなんて思うんじゃねえぞ、お前みたく目一杯気張らなくたって世の中ってのはなりゆきに任せりゃ案外収まるところに収まるようになってんだ。」
それでも心配はしてくれているらしい、表にいたのもたまたまじゃなく俺を待ち構えていたのかもしれない。
だが初めから失敗すると決めてかかられるのも腹が立った。まだ慰められるような何かが起こったわけでもない。べつに内乱だの国家の命運だの難しく考える必要はない、それは俺じゃねえ誰かが考えることで、今の俺はただの傭兵だ、ならば傭兵の流儀でやりゃあいい。親王様がどれほどお偉いかは知らねえがその身柄をパンジャリーの城壁に叩きつけてくりゃあそれでおしまいだ、邪魔する奴は全員ぶった斬ってしまえばいいだけのことだ。
「それが収まるべきところってもんじゃねえのかい」
「よく言った、その通りだ」
どこへ行くつもりかは知らないが伯父貴は満足そうに去っていった。
偉そうに啖呵を切ってしまったが、詳細が伯父貴に知られてしまっている以上、もはや団員たちにも周知のことには違いない、この分だと中はどうなっていることやら。この期に及んで開き直る気にもなれなかった、人員のことはみんなに頭を下げまくってお願いして、足りない分はイルミナとガキどもでむりやりにでも埋めて、それでもだめなら違約金の算段をするしかない。
「今帰ったぞ」
貝殻亭の中は葬式のようになっているかと思いきや、そこは意外に活気に溢れていた。
「おう、事務長様のお帰りだ」
「よう、お疲れ」
かけられる声もなんとなく温かい、というよりその量自体がいつもより多い。
そして席を立って近づいてきたティラガが驚くようなことを言った。
「事務長、人選は済ませておいたぞ、言われたとおり俺を入れて九人だ」
「なんでだよ!」
「なんでって、あんたがやれって言ったんだろうが」
「言ったけどよ! なんで集まるんだよ!」
ティラガの後ろに何人かが続く、彼らが同行を承諾したということなのだろう。足りない分は単に今ここにはいないというだけらしい。
「初めは渋ってる奴もいたがあんたが行くっていったらみんな喜んで付いていくとよ」
「いいのか? 話は聞いてるんだろ、俺が思った以上に危ねえ話だったぞ」
「危ねえ話だからいいんじゃねえか、あんたのいいところ見たいってよ」
後ろの面々が代わる代わるに俺の前に進み出た。
「任せろ」
「あんたのことは守ってやる」
そのような言葉が口々に飛び出し、各々の拳をガツガツと俺の胸にぶつけてくる。
どの顔も不敵な笑顔でおまけに白い歯まで見せてやがる。
シュミテル、リフキーン、シュラッガ、それぞれ顔も名前も知っているがそれは仕事の上だけのことだ、その為人ひととなりまでは知らない、それは向こうも同様だろう、だが彼らはやる気になってくれていた。
文句を言わせないように敢えて危険に身を投じる、というのは俺が想像した以上に感銘を与えることだったようだ。その上で頼りにされる、それは彼らにとっては文句が言えないどころか喜びですらあったらしい。思いがけずその危険がばかでかいこともまた良かった。
「ちょっといいか」
最後に一番年嵩の奴が話しかけてきた、確か名前はバルキレオ、五十も目前だがその肉体はまだまだ若々しく力強い。
「事務長、いや、お前なんかウィラードでたくさんだ。お前の頭がいいのは誰もが認めてる、腕だって立つのは見てりゃわかるし度胸もいい、お前に比べたら俺たちはみんなできそこないみたいなもんだ。だがよ、お前にしろティラガにしろ
「期待させてもらっていいのか」
「生意気言うな、お前がカッコつけやがれ」
俺はそれぞれの顔の前に指を突きつけた。
「いいだろう、その命確かに預かった。手前らの力、見せてみやがれ」
泣きそうになっていたのはなんとか隠せたと思った。
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