第七十五話 別動隊長選出


 仲間からの連絡を受けて城門に向かうと、五十台を超える荷車の列が、メンシアード王都にちょうど入ってくるところだった。


 これを運んでいるのは、ビムラで待機させていた山猫傭兵団ウチの面々、総勢で二五〇人といったところ。彼らが合流を果たしたからには、本拠に残っているのは、途中で抜けられない仕事を抱えた最低限の人数だけということになる。


 この輸送団を仕切るのはバルキレオ、事務長の代わりはイルミナを指名していたが


 ――あいつ、先頭に立つの似合わんな。


 長らく伯父貴とともにあったバルキレオおやっさんはともかく、イルミナには性格に合わない無理をさせたかも知れん、そんなことを思いながら、車列を先導する小さな体に向かって声をかけた。


「道中、問題なかったか?」

「はい、滞りなく。ウィラード様こそご無事で」

「伯父貴はどうしてる?」

「団長は――」

「や、あれはもう団長じゃねえ、ただの隠居ジジイだ、今の団長は俺だ」

「団長は――」

「だから違うって言ってんだろ」

「違いません。団長は団長です。ウィラード様はウィラード様です」

「ぬ……」


 こいつはこいつで、何かめんどくさいこだわりがあるようだった。こっちは別にそんなしょうもない地位や肩書に執着するつもりはなく、一応の示しというものをつけたいだけなのだが、こんな強情な奴と口論していても始まらない。


「…………まあいいや」


 だからといって、勝った、みたいに思われても腹立つんだが。イルミナの表情に変化があったわけではないが、微妙にそんな雰囲気だけはありやがる。


「団長はウィラード様が手配してくださったお医者さんに診ていただいて、今も奥様のところにいらっしゃいます」

「おとなしくしてんのか?」

「そうでもありませんが」


 その口ぶりから察するに。どうやら一緒にここに来る、とでもごねたようだ。


 子分たちがごっそりといなくなって、今後の騎馬隊の身の振り方を考えれば、このまま本拠を移すこともありえる、ならば自分だけが置いてきぼりを食らった気分になるのも仕方がない。


 ――それならそれで、女房子供を生きがいにしろって話なんだが。


 再び騎馬隊ともども帰らなくてはならない、とでもなれば話は別だが、伯父貴が悠々自適の余生を送るだけなら、この間のようにビムラ独立軍や、中央会議から危害を加えられるおそれは少なくなった。


 メンシアードはこれから戦場になる。さびしんぼうジジイが家族そろっての引っ越しを考えるなら、もうちょっと事態が落ち着いてからだ。


「おい、こいつはどこに持っていけばいい?」


 輸送隊の中団あたりにいたバルキレオが、俺たちの所まで来て、荷車の列を指さした。


 これに積んであるのは穀物の類だ。


 仲間たちを呼び寄せるにあたって、手ぶらで動かすのも芸がない。


 それに国境の関所を守るのはエルメライン配下の兵であるから、入国の理由を馬鹿正直に、プリスペリア殿下の味方をしに来た、などと答えれば通過を許されるわけがない。


 だから、ビムラからメンシアードへ、輸送の仕事があるのなら一石二鳥、初めはそう考えていた。


 だが俺の指示で用意したのは、頼まれ物ではなく、自前の荷物だ。


 自分たちでやったことだが、メンシアードの食糧は大量に焼き払われた。今後その価格はハネ上がるに違いない、それをあて込んで、少々儲けさせてもらうつもりだったのだ。


 欲しがる所はすぐにでも見つかるだろう、そう思っていたのだが、今のところそれらの値段はあまり動いてはおらず、むしろ下落傾向にある。別に安く仕入れたわけではないので、慌てて売れば損をすることになる。


「何だよ、売り先は決まってねえのか。読みを外すたあ、おめえらしくないな」

「……この国には俺より上手うわてがいたもんでな」

「おめえより上手うわてってのはちょっと想像つかねえが」

「いるところにはいるんだよ」


 王立大学院アカデミーでも、俺より出来のいい奴はいくらでもいた、もともと、我こそ天下無双の知恵者なり、などと思い上がっていたわけでもない。出し抜かれたのが五つも歳下の女の子だというのは、少々意外ではあるものの、予測を外されたことを受け入れるのに抵抗はない。


 それに、プリスペリア殿下が意図して俺の邪魔をしてきた、という話でもない、あくまで自分が勝手に読み違えただけのことだ。


 現在、一時的に王都の食糧はだぶついていた。


 俺たちが襲ったのは、比較的多くの物資が蓄えられ、かつ軍が回収するのに都合の良かった所になる。当然それ以外にも官倉はいくつもあったわけで、それらの中のものは、殿下の指示によって、王都に集められていたり、安価で民間に払い下げられたりしていたのだ。


 食品の価格が下がったことは、市民たちに好意的に受け止められている、これも、やむなく籠城となった場合を想定しての布石と見ていいだろう。


 この様子では、先々食料品の価格が上がっていくことは間違いないだろうが、戦後も彼女の意向がきちんと働く限り、その上昇は非常識なものにはならないはずで、期待したほどのぼろ儲けは見込めそうにない。


「じゃあ倉庫でも借りるんか? 後で少々高く売れても、倉庫代を払わなきゃいけねえんだったら、今処分しても同じじゃねえのか?」


 その疑問はごもっともだ。バルキレオも伊達に歳はくっていない、普通の傭兵なら気が回らないであろう所を指摘してきた。


「それについては問題ない」


 別口では、ずいぶん儲けさせてもらってもいる。それを考えれば、さっさと売っぱらって少々の損は被ってしまっても構わないのだが、今すぐ現金が要るわけでなし、しばらく寝かせておいても困りはしない。


 俺には無料タダで、しかも安全な保管場所に心当たりがあった。


「おいおい、こんなとこまで入ってってもいいのかよ?」


 おやっさんの腰が少々引けるのも無理はない。俺が案内したのは、王宮のすぐ近く、兵舎の建物の中だったからだ。傭兵にとって、こんな場所は牢屋と同じぐらいの意味を持つ。しかもここの造りは国の規模に比例して、ビムラ独立軍のものより数段広く、厳めしい。


「構わねえ、これからしばらく、俺たちのねぐらもここだ」

「……何でそんなことになってんだよ」


 何でもなにも、プリスペリア殿下がそうしろと言ったからだ。今なら城兵も衛兵も出払ってしまっている、彼らがここに戻ってくるとしても、すべての勝敗が決まった後だ。それまではこの施設をどうしようが、文句をつけてくる奴はいない。


 ここならば寝床も厨房も、食糧の備蓄に適した倉庫もあるし、三〇〇頭を扱うには少々手狭だが、厩舎もある。残っている武具に馬具、備品も使い放題だし、さらには盗っ人も怖くて近寄れない。


 ロスター将軍たちと同居になるのは少々気づまりだが、そのことを除けば、差しあたっての本拠として、これ以上を望むべくもないだろう。


「それにな、この程度で驚かれても困るんだ。明後日には、もっとどえらいことになる」

「……一体何があるってんだよ……」




 この少し前、兵舎にある練兵場に主だった面々が集まり、今後の方針について話し合っていた。


「騎馬隊は軍の足止めのために近いうちにまた出陣、これから来る連中は、ここで王都の治安維持の任にあたることになるんだが――」


 まあ、山猫傭兵団ウチのごろつきどもに、いきなり衛兵の代わりをやれ、といっても、いきなりでは勝手がわからない。


「貴様のところの奴は、ひとまず儂に預けろ。ウチの者に何人かずつ率いさせて、衛兵のあるべき姿、警邏の何たるかを仕込んでやる」


 老将軍から提案されたのは、そういう段取りだ。そこから次第によその傭兵たちも組み入れていき、ゆくゆくは王都決戦用の部隊に仕立て上げる。


 言い方が妙に偉そうなのはあれだが、内容は妥当だ。しかし、それでは使われてやるばっかりで、あまりおもしろくない。こちらからもしかるべき将を立てて、手柄の半分とはいかないまでも、三分の一ぐらいは自分たちのものにしておきたい。


「そういう腹積もりなんで、こっちはお前に任せた」


 ならば適任はこいつしかいない。そう思ってティラガの大きな背中を叩いたところ、思わぬ反論を受けた。


「ちょっと待て、俺を置いてく気か?」


 俺は当然、騎馬隊の方に加わるつもりだ。ここに残る方に比べると危険度は桁違いだが、自分でやると言っておきながら、お前らだけで行ってこい、そんな無責任な話はない。


「違え、任せるんだ」

「別に俺でなくてもいいだろう、バルキレオおやっさんでいいじゃねえか」

「いや――」


 理由を説明しようとしたところに、ヒルシャーンが割って入った。


「お前は足手まといだ」


 ――余計なこと言うな!


 半分はその通りなのだが、もっと言い方ってもんがあるだろうが。こんなんでへそを曲げられたりしたら面倒なんだよ。


「足手まといってことはねえだろうが!」


 ほらな、簡単に激昂するのだ。


 ティラガは、この前やって見せた通り、馬上での戦闘ができるようにはなっている。現時点でもなかなかの強さではあるが、それはもともと強いからで、馬を操る腕はそれほど大したものにはなっていない。


「いや、馬に乗ってるお前と、乗ってないお前を比べたら、乗ってない方がまだ強い」


 ヒルシャーンに言わせれば、どうやらそういうことになるらしい。ならば、ティラガにとって馬は、移動の手段以上にはなっていない。


 ――こいつ、体がでかすぎるんだよな。


 ヒルシャーンに詰め寄ろうとする巨体に圧迫されながら、そんなことを思う。


 今度の戦いは、近接戦よりも、素早い機動を繰り返しての射撃が主体になる。その状況で、一騎でも遅れる奴が出てくれば、部隊として致命傷にもなりかねない。


 馬も荷物は軽いほうがいいに決まっている。騎兵はある程度小柄な奴のほうが向いているのは確かだ。短時間ならあまり違いは出てこないが、長時間の運用となると、馬の疲れ具合に、その差がはっきりと見えてくる。


 技術はそのうち上達するにせよ、ティラガを騎兵の隊長として使うなら、よほどの名馬が必要になってくる。どうせ誰かは歩兵を率いなければならないのだから、こいつをどうしても騎馬隊こっちで使わなければならない理由もない以上、そっちに回したい。


 歩兵の指揮なら、馬の技量も今程度あれば充分だ。


「や、俺も団長なんかやらされてんだ、お前もいつまでもただの豪傑じゃなく、一人で将軍ぐらいやってくれ」

「…………将軍、そうか将軍か」


 これまでいくつか仕官の口は断ってきたが、その言葉の響き自体はまんざらでもなかったようだ。押し込む力が多少ゆるむ、まあ本気の力を出されていれば、俺の体はとっくに弾き飛ばされているわけだが。


「それにティラガは弓も下手だからね」

「だあ!」


 横合いから、今度はディデューンが余計な茶々を入れた。


 これもまた、事実だ。


 俺自身は、かつてウルズバール滞在中に、馬術と同じように騎射も無理やり身につけさせられたが、傭兵が弓矢を扱うようなことは、あまりない。山猫傭兵団ウチでその経験があるのは、軍人崩れか、実家が猟師の出であるような奴くらいだ。もちろん心得があったところで、馬上での射撃など一朝一夕にできるはずもなく、ティラガを含め、騎馬隊の半数は、今も猛特訓の真っ最中だ。


「む……弓か……」


 これは、痛いところを突かれたと思ったのか、不満そうにはしても、怒りはしなかった。


「……ちゃんと飛ぶようにはなった」


 それでも、妙に女々しい感じで食い下がろうとする。


 確かに、飛ばせることは飛ばせる。ここの武器庫に置いてあった、誰も引けないような強弓を軽々と引いて見せたのはさすがだ。しかし、力まかせにやっているだけで、狙いは全然なっちゃいない。


「じゃあ、あれを狙ってみるといい」


 ディデューンが指さしたのは、練兵場の隅にある近くの岩。自分たちの場所からなら、初心者でも二回に一回は当たるぐらいの距離だ。


「馬鹿にすんな」


 ティラガは慣れない様子で弓を構え、ぎこちなく射る。


 ――音だけはいいのな。


 ばひゅっ、と音を立てて放たれた矢は、地面すれすれを飛び、最後に少しだけ浮き上がって、岩の下の方に命中した。当たった位置はど真ん中から大きく外れたが、矢がへし折れるのではなく、その場でばらばらに飛び散ったのは、勢いだけは尋常でなかった証拠だ。


「練習、あるのみだね。あとでコツを教えよう」


 どうだ、と言わんばかりの笑みを涼し気に受け流し、ディデューンは自らの弓をつがえた。


「しッ!」


 小さな気合とともに放たれた矢は、同じ岩に音もなく突き立った。


「マジか」


 狙いはともかく、速さも、勢いも、ティラガの方が上だった。しかし、その矢は砕け散り、ディデューンのものは貫いた。どういう理屈かは知らないが、これは力ではなく、技量のなせるものだ。


「ふん。やるな」


 ヒルシャーンもひょいっと弓を構え、たいして狙う素振りもなく、無造作に射る。


 その矢もまた、ディデューンの放ったもののすぐ隣に突き刺さった。


「………………」

「……仕方ねえ、こっちは任せろ」


 こうなればティラガも、折れるしかない。ここまで腕の差を見せつけられて、それでも文句が出るような奴に、男の値打ちはない。こんな神技を見せられては、ティラガばかりでなく自分も、感嘆するばかりだ。


「や、仲間外れにするわけじゃねえぞ、お前だから頼むんだからな」


 慰めのつもりではない、騎馬隊の指揮も警邏隊の指揮も、もともと自分でやらなければならない大役だ。本来ならどちらかひとつでも手に余る、それを同時進行だというのだから、狂気の沙汰だ。


 自分の代わりを、客分にさせるわけにもいかない。それをさせていいのは、ティラガだけで、その力量があるのも、こいつだけだ。


 身内の統率だけを考えるなら、バルキレオでも有りなのだが、ロスター将軍のところと、他の傭兵団との兼ね合いもある、万が一揉めた時に山猫傭兵団オレたちが我を張り通そうと思うなら、こちら側に一番強い奴を置いておくのは当然なのだ。


 そこで三人の視線が、なんとなく俺に向けられているのに気づいた。その意図するところは――


「………………やれるか!」


 お前らみたいな連中と一緒にすんじゃねえ!


 それでも強引にやらされたところ、俺の矢も、岩の表面を少し削っただけだった。


「あんたもできねえんじゃねえか! やっぱ俺も連れてけ!」

「うるせえ! お前よりはいいところに当たっただろうが! あと、こんなのできる方がおかしいんだ!」


 危うく説得が最初に戻りそうになったところで、練兵場の入り口から、俺を呼ぶ声が聞こえた。


「ウィラード・シャマリ! ウィラード・シャマリはいるか!?」


 ――呼び捨てかよ。


「あー、ここだ」


 俺が手を上げて返事をしたところに近づいてきたのは、プリスペリア殿下護衛の女騎士ユリエルダ。年齢はたぶん俺と同じぐらいで、できれば仲良くしたいと思える容姿ではあるのだが、この前の殿下との会談から、こいつが俺を見る目は、あまり良くない。


 勢いあまって、殿下に向かって偉そうな口を利いたことが、尾を引いている。


「何か用か?」


 かと言って、今さら態度を元に戻す気分にもなれないのだ。雇い主に向かってあれだけの啖呵を切ってみせた以上、よそ行きのウィラードさんの出番は、たぶんしばらくない。


「ディデューン・ミクトランジェルと申します、以後お見知りおきを」


 横から変なのが出てきて、勝手に自己紹介をしたが、そういう優雅なふるまいは、今後こいつに任せることにする。


「は、はい。プリスペリア殿下にお仕えする、ユリエルダ・アークスと申します。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


 刺々しかった雰囲気は、だしぬけに乙女のものになっていた。


「おいお前、見境なしに誑しこむのはやめろ、迷惑だ」

「そんなつもりはないんだが」

「いえ、自分は迷惑というわけではありませんが」


 ――そっちが迷惑じゃねえからこっちが迷惑するんだ。


 俺の視線に気づいたユリエルダが、自分を取り戻して用件を告げた。


「……んっ、んん。ウィラード・シャマリ、明後日の正午から、少し時間を空けておけ」

「何だよ、なんかくれんのか?」

「……その通りだ、殿下が貴様に渡したいものがあると」


 冗談で返したら、見事大当たりではあったものの、ユリエルダの嫌そうな表情から窺えたのは、なにか重そうなものを寄越される、そんなこっちも嫌になりそうな予感だった。

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