第七十三話 バルブア攻略戦



 俺自身、拷問なんかされれば耐えれる気がしない。爪を剥がされたり、焼きごてを押しつけられたりするのを想像するだけで、何でもぺらぺらと喋ってしまいそうではある。


 だから、


「誰だろうが、捕虜にだけは絶対になるんじゃねえぞ」


 そうなる前には自分で死ね、あるいは仲間に殺してもらえ、たかだか傭兵団内部の命令に、そこまで厳しくできるはずもないが、この作戦を実行するにあたって、言外にその含みは持たせていた。


 自分以外の、末端の団員を捕まえて締め上げたところで、作戦の全容が知れることもないが、俺たちがビムラの山猫傭兵団であること、そしてプリスペリア殿下との繋がりがあることぐらいは必ず割れる。


 そうなれば向こうがよほどの馬鹿でもない限り、おのずとこちらの作戦目的もバレることになる。なんとなく、 エルメラインあっち側がそれほど賢いようにも思えないのだが、そこまでの馬鹿を期待するのは希望的観測に過ぎる。高い確率で二人のお姫様同士の決裂は明らかとなり、その時点で勝者は決まる。プリスペリア殿下が準備する間もなく、王都は軍に包囲されるだろう。


 しかし、ここ一月の間で、五つほどの町や村を荒らしまわったが、幸いなことに山猫傭兵団オレたちの中に捕虜はおろか、負傷や死亡での離脱者もまだ出ていなかった。


 成果も、きちんと出ている。


 これまでに巡った町、金品を奪い、糧秣を焼き払った場所からは、民より略奪でも行わない限り、今後軍が補給を行うことは不可能になった。


 この作戦前、略奪品の扱いについて、


「我々が奪ったものは、頂いてしまって宜しいのですか?」


 ――礼儀正しい役人喋りのくせに、内容は傭兵丸出しってのはどうよ。


 そのことに気づいたのが、駄目元で尋ねてみた後、というのは我ながらみっともない限りなのだが、プリスペリア殿下の返答は意外にも、


「ご随意にどうぞ。軍資金としてぜひお使いください」


 とのことだった。


「放っておいたところで、軍に接収されるだけのものですから」


 というのがその理由だが、いくつもの官倉の中身を好きにしていい、とはなかなかに太っ腹で、危険の報酬としては充分すぎた。


 ゆえに団員たちにも、好きなだけのつかみ取りを許している。


「懐が少々重い」


 これまでの人生で豊かさにあまり縁のなかった連中からは、歓喜が度を過ぎて不満にすら聞こえるような、そんな言葉すら漏れだしていた。


「欲張りすぎて死んでも知らんからな」


 略奪品の中で価値があって持ち運びしやすいのは、何といっても金だが、さすがに地方の役場となると、金貨の量はそれほどでもない。ならばと懐へは銀貨を詰め込むことになるのだが、それでもまとまった枚数になると、これは相当重い、欲張りすぎると自身の行動に支障をきたす。千枚にもなれば、持ち運ぶだけでも一苦労で、数百枚も抱え込んでしまえば、兵として満足な動きはできなくなるのだ。


 銭も大事だが、命には代えられない。これからもまだまだ戦いは続くわけで、大抵の奴は、泣く泣く適当なところで切り上げている。


 団員たちの懐を潤して、なお余った分については、その都度人員を割いてメンシアード王都に送っていた。正確な数字はわからないが、合計するとおそらく万に近い数になる、そのことを思えば、馬を維持していくために、ビムラでこしらえた借金など微々たるものだ。


 ――これだけでも、 メンシアードここに来た甲斐はある。


 ソムデンもまさか俺たちがこんな仕事をやらされるとは聞いていないだろうし、予想できたはずもないが、あいつの斡旋してきた仕事は、途中経過の時点で、早くも莫大な利益をもたらしてくれている。


 この利益を確保したまま、最後まで無事に逃げ切れるかどうかは甚だ疑問だが、ここまでは、脳裏に思い描いていた通りに、上手くいっていた。


 そのことを、自分たちの実力と思い上がるつもりはない。


 ――あのお姫様とは、相性がいいのかもわからん。


 騎馬隊の機動を最大限に発揮した、それはもちろんある。電光石火の勢いで劫略を行い、その情報が他の町村に届くより先、軍が防備を厚くしようとする前に、次々と連戦したということは、勝因のひとつに数えても間違いない。


 しかしそれ以上に、プリスペリア殿下の指示が良かったというのが、本当のところだろう。


 どの順番で町を襲うか、というのは、俺が考えたことではなく、殿下に言われたことにそのまま従っただけに過ぎない。


 行った先々では、殿下の手の者が先回りで潜り込んでいて、防備の手薄な場所を案内してくれたり、倉庫の鍵を用意しておいてくれるなど、火付け盗賊の引き込み役のようになってくれていた。こうなると失敗する方が難しい。


 それに加えて、おそらく彼女は何らかの根回しを行っているはずだ。


 最初に襲った町と最後に襲った町では、その期間は三週間ほど開いている。それだけの時間があれば、俺たちがしていることは、単なる盗賊などではなく、何者かが何らかの戦略意図を持って行っている軍事行動だということは、そろそろ知れてもよさそうなものだ。


 だが、これまでのところ、それが読まれているような兆候は一切ない。


 どこの町においても、交戦することになったのは、単なる町の守備隊で、通常以上の警戒がされていたわけではなかった。大将軍麾下の精兵と呼べるような連中は、まだ一度も出てきていない。しかも彼らには、攻撃を受けているのが自分たちだ、という意識すらなかったのだ。


 お役目上一応の防戦はしてみるものの、途中でそれを放棄したところで、失われるのはあくまで文官が管理するところの役場であり、倉庫であり、その中の財物だ。文官と武官が反目し合っている今日であるから、軍からすれば敵の損害にも思えるのかもしれない。


 このことについては、 例えば『このように賊が跋扈するようになったのは、文官たちの政治が悪いからだ』と、そのように軍にとって都合のいい認識をさせてやれば、本質を掴むのはとたんに難しくなる。


 殿下から詳細を知らされていない政府のほうでも、自分たちこそ被害者であると考えているはずで、国家の財物を盗賊ごときに奪われることになったのは、断絶状態にある軍が本気で防衛しなかったからだ、くらいには思っているかもしれない。


 その辺りの両者の齟齬も、おそらくはいい感じで目くらましになっていた。


 プリスペリア殿下が、最初からそこまで考えていたのならば、かなりの策士ということになる。俺の中では、初対面での印象はすでに改まっているのだが、さらなる上乗せも視野に入れておいたほうがいいのかもしれない。




 とはいえ、快進撃もどうやらここまでのようだった。


 最後の攻略予定地バルブア、ここの兵糧を焼き払ってしまえば、食糧の大規模な集積地はなくなるという。


 町の近くの森に潜んで待機していると、偵察に行かせた団員が戻ってきた。


「……ちょっと警戒が厳重になってやす」

「人数はどんくらいだ?」

「ざっと三〇〇、といったところで。ま、一ヶ所に固まってくれてるわけじゃないんで、数の間違いはご勘弁くだせえ」

「や、それは仕方ねえが、にしてもちょっと多いな。……さて、どうすっかな」


 敵はこちらの約三倍。事前に聞いていたよりも多くなっているが、プリスペリア殿下からの情報に誤りがあったわけではないだろう。町の外観から考えても、常時それだけの人数を抱えているようには思えない。


 ――本腰を入れてきた、というのでもなさそうだが。


 少なくとも賊の出没は周知になっているはずで、軍でも文官たちを守ってやるのは気が進まなくても、いつまでもほしいままを許していれば、自分たちの沽券にかかわる。ここにきてようやく、少しだけ防備を厚くし始めたというところか。


 俺たちがほかで戦っている間、すでに守るもののなくなった場所から、余剰になった兵をこの町に移動させるくらいの時間は充分にあった。あの町の中には、最初やその次に襲ったところの奴も含まれるとすれば、そいつらにとっては今度戦うのが二回目になる。こちらの手の内は、少々知られてしまっていると見たほうが良さそうだ。


 しかし、騎馬隊の本領であるところの野戦は、これまでを通して行う機会はなかった。


 だから俺自身、自分たちの実力というものを把握しきれているわけではない。


「五倍でも十倍でも問題ない」


 そんなヒルシャーンの言葉を信じるならば、それに持ち込めれば勝機は充分に見込めるのだろう。ただ、


「何なら百倍でも構わんぞ」


 その後にそんなのまで付け加えられたら、いっぺんに信憑性がなくなってしまうのだが。


 とはいえ、単なる略奪をするだけならまだしも、統制のとれた正規兵を相手に、馬の優位をそれほど生かせない市街戦を挑むよりは、まだましであるには違いない。


「仕方ねえ、おびき出されてもらうか」


 無理に突っ込む、諦めて帰る、その選択を排除して結論を出すのに、さほど時間はかからなかった。




「しかしまあ、イルミナをビムラに置いてきて良かった」


 あいつにこんなことをしているのを見られたら厄介だ、おかしなショックを与えれば、下手をすると、また誰とも喋れなくなってしまうかもしれない。


 俺たちがバルブアの守備兵をおびき出すために取った行動は、実に単純だ。

 町に出入りする連中を無差別に襲ったに過ぎない。


 馬を森に隠したまま、数十人単位で徒党を組んで、道行く荷物を片っぱしから奪い取った。


 それらを護衛する傭兵たちもいなかったわけではないが、多勢に無勢、覆面をした俺たちが殺到すると、誰もが血相を変えて逃げだしてしまうので、血を見るようなことにはならなかった。


 もちろん逃げ遅れた連中にも、無体なことはしない。


「荷物を置いてさっさとどこへでも行きやがれ!」


 そう怒鳴りつけるだけだ。それでも、


 ――官倉を襲うだけでも腹一杯だっていうのによお!


 という気分までは拭い去ることはできない。汚れ仕事に慣れてしまったあとは、さらにその下をするのにも、あまり躊躇がなくなってしまう。どこかでさっさと切り上げないと、このままどんどん深みに嵌っていきそうで怖い。


 ただまあ、救いがあるとすれば、この期に及んで、演技を忘れて本気で盗賊をする奴はもういないということだ。


 衣食足りて礼節を知るとは、昔の人は良く言ったものだ。


 今ならば、どいつの懐にもそこそこの大金がはいっているわけで、少々の金品を目にしても、心奪われたりはしない。上等の妓楼にも何回だって登れる金額でもあることだし、女を襲うなという命令にもおとなしく従ってくれた。


 よほどの上玉が通りかかったならば、これまたうまくいかなかった可能性もあるが、幸いなことに、そんな女性は現れなかった。


 たった一日でこんなことを十回もやれば、守備隊も町に引きこもってはいられない。


 幸いと言ってしまっていいのかどうか、翌日には早くも、軍が出動の準備をしているとの報がもたらされた。




 こちらの準備もすでに万端整っている。


 守備隊が町から少しだけ離れ、開けた場所に出たところで、自分たちのほうから近づいて堂々と姿を見せた。


 互いに隊伍を揃えて向かい合う中、俺はただ一騎、バルブアの守備兵の前に進み出た。


 今はもう覆面はしていない、代わりに新品の兜を被っている。頬までの覆いがあるやつなので、顔があまりわからないのは同じではあるのだけれど。


「我ら、メンシアード暁革命隊! エイブラッド公のご遺志を継ぐ者なり!」


 大声で呼ばわるのに合わせて、事前の打ち合わせ通りに団の連中が唱和する。


「「継ぐ者なり!」」

「貴様ら、簒奪の偽王に与する者に、正義の鉄槌を下さんと罷り来した! いざ尋常に勝負せよ!」

「「勝負せよ!」」


 ……ただし、言っている内容はめちゃくちゃだ。


 隊の名称もその目的も、口からでまかせもいいところで、エルメラインの親父さんがどんな人物かは知らないが、勝手に遺志を継がせてもらった。


 だが、それを言うだけの意味はある。この口上は自分が思った通りの効果を発揮したようだ。


 向こうの連中は、エイブラッド公の遺児であるエルメライン殿下を旗印に、自分たちこそメンシアードの正義であることを信じている。


 そこに全く同じ正義を掲げる軍団が現れたのだ。しかもそいつらは、何を思ってか、自分たちを偽の王の党与だと糾弾してきたのである。


 向こうにしてみれば、


「違う!」


 と、抗議したくもなるだろうし、


「……味方、じゃないのか?」


 そんなふうに考える奴もいるだろう。


 それらの意識が動揺となって、波のように広がっていくのがわかった。


「出ろ!」


 その隙を見逃さず、俺は味方に対して号令をかけた。


 それに呼応して、隊の内から進み出たのは三騎。


 右に黒の騎士、左に白銀の騎士、そして中央に赤の巨人。


 いずれの出で立ちも、野盗や傭兵のものではなく、正規兵のものでもない。それどころか、鎧兜はもちろん、こまごまとした装飾に至るまで、どこの国でも将軍として通用するような、豪華で威風堂々としたものだった。


 こちらも俺と同様に、頭をすっぽりと覆った兜のために、その顔まではよく見えないが、中身はそれぞれヒルシャーン、ディデューン、ティラガが入っている。


 これらを、決して安くない金銭を支払ってメンシアード王都で新調してきていたのだ。それがここに来てようやく手元に届いていた。


 ……いやまあ、ディデューンの分だけは、実家から送らせたあいつ自身の持ち物ではあるのだけれど。


 この軍装束は、もともと王都決戦用に準備していたものだった。


 俺たちはこの先、他の傭兵団を仕切って戦わねばならないが、山猫傭兵団ウチの幹部格はいずれも若輩で、こういう演出でもしないと、年嵩の傭兵に対して言うことを聞かせられない、そう考えての用意が、それに先んじてこうしてお披露目となった。


 ――それにしても、これが見かけ倒しじゃねえ、ってんだから恐れ入る。


 俺自身、兜意外にも、青を基調とした新品の具足に身を包んでいるわけだが、これも傭兵団長などではありえない立派なものだ。しかし、この中で誰が一番 虚仮脅こけおどしでただの虚喝はったり野郎かといえば、それは俺以外にはありえないのである。


 他の連中については、将器としての力量はまだまだ未知数だが、一介の武辺として見るならば、いかに大国メンシアードといえど、これ以上の面子を揃えるのは簡単ではあるまい。


 しかもその後ろに控えるのは、歩兵など一人もいない騎馬軍団ときたもんだ。


 人数差はあれど、見た目だけでいえば、こちらがはるかに格上の集団のように思えるはずで、しかもそれが大上段から正義を振りかざしているのだ。


 盗賊が現れたと聞いて、退治に出動してみたものの、出てきたのがこんなのでは、向こうが面食らうのも当然だ。田舎町の守備兵が、自らのみすぼらしさを鑑みて、その自信や正義がぐらつくのも仕方ない。


 兵の中から騎馬の者、おそらくは向こうの隊長にあたる男があたふたと進み出て来た。


「ま、待ってくれ、誤解だ!」


 まるで弁解でもするかのようにそう答えたが、俺の口上自体がでたらめであるのに、それのどの部分が誤解になってしまうのか少しもわからない。


「待たん! あくまで抵抗するか、戦わずして町を明け渡すか、直ちに返答せよ!」


 直ちに、いくらそう言ったところで、返答など簡単に出てくるはずもない。ならば強引にこじ開けるまで、と三将に合図を送る。


「自らの正しさはその腕で証明せよ! 参る!」


 敵将に対して勇んで突っかかっていったのは赤の将、ティラガだった。こうして出てきたからには、騎乗にての一騎打ちは見れるものになっている、あいつに稽古をつけてきたヒルシャーンはそう判断したということだ。


「譲って良かったのか?」


 その近くに馬を寄せながら尋ねた。


「あんな小物、別にどうでもいい。ティラガは場数を踏ませて、さっさと俺の相手ができるようになってもらわないと、いつまで経っても借りが返せん」


 この男、初顔合わせの時の負けを、まだ根に持っていた。


「それに、大物は譲らんぞ」

「……ま、それが狙いなんだろうけどよ」

「しかしまあ何だ、あいつじゃティラガの練習台にもならんようだ」


 馬上の得物は、短槍が主流である。ティラガがこれまで使ってきた両手持ちの大剣とは、いささか勝手が違う。そこであいつが自らの新しい相棒に選んだのは、戟だった。


 槍の穂先の片側に大きな刃がついているこの武器は、その分だけ重いこともあり、取り回しがしづらいし、刺突の性能だけなら槍には劣る。


 しかし、この男の怪力ならば、その重さは速さ以上に武器になる。突くだけではなく、斬る、払う、ぶん殴るといった多彩な運用が可能だ。それに――


 問答無用で襲い来るティラガに対し、敵将も仕方なく応戦の構えを見せた。互いの正義を賭けたこの状況、逃げれば自らの正当性を放棄したも同然だ。


 しかし向こうも、無理やり追い込まれたものにもかかわらず、一旦構えてしまえば、それなりの使い手には見えた。この辺り、さすがに数百人を従える将だけのことはある。


「おおおおおおおッ!」

「ッあああああああ!」


 馳せ違う二頭の馬、そして二人の怒号が交錯する。


 その一合で、勝敗は定まっていた。


 敵将の刺突に合わされたティラガの戟は、その柄を半ばからへし折っていた。

 そして次の瞬間には、敵将の姿までも馬上から失われていた。


 彼はすれ違いざまに鎧の袖を刃に引っかけられ、地面に引きずり倒されていたのだ。戟には、このような使い方すらできるのである。


 さらに今、その穂先は仰向けに倒れた敵将の喉元に、ぴたりと突きつけられている。


「生きて兵たちに武器を捨てさせるか、徹底抗戦を命じて死ぬか、好きな方を選べ」


 ――おいおい、凄いじゃねえの。


 この感想は、あいつの強さに対してのものではない、そのあとの行動についてだ。これは別に俺が前もってそうしろ、と言っておいたわけではない、あいつが自分で考えてやった行動になる。だが、俺のやろうとしていたことに、正しく合致していた。


 見てくれを整えただけに過ぎなかったはずが、ティラガには将としての風格のようなものまでもが、早くも備わり始めていた。その話し方すら、いつもとちょっと違う。


「………………」


 敵将は答えない、いや答えられないのか。


 命を惜しんでいる、わけではないだろう。ただ、兵たちに命を捨てさせていいものか、そこを悩んでいるように見えた。


 ティラガの力量を見る限り、俺たちが容易ならざる相手であることは骨身に沁みただろう。勝てると踏んだならば、自分の命と引き換えにしても、決戦を挑む選択もあるだろうが、将を欠いた状態では、勝敗は明らかではない。勝っても負けても、被害は大きくなる。


 こちらとしても、ここでなお戦闘を決意してくるような、覚悟の決まった相手とは、なるべくならやりたくない。そんな連中は、将軍の弔い合戦と、死にもの狂いになるような奴らに違いない。勝利は揺るぎないと信じているが、こちらも無傷とはいかないだろう。


 しん、と一帯の空気が鎮まった。


 実際は数秒であったのだろうが、体感で非常に長く思われた沈黙、それを破ったのは、一人の中年男だった。


 向こうの兵たちの隙間を縫うようにして現れた人影、その姿は兵ではなく、役人のものだ。


「降伏いたします! 何卒、町の者には手出し無用に願います!」


 彼はティラガらの近くまで歩み寄ると、そのまま地面に平伏して叫んだ。


「知事だ」

「……知事が降伏するってよ」

「従わなきゃなんねえのか?」


 向こうの陣営からは、そのようなざわめきが聞こえてくる。


 現在、軍は政府からの命令を受け付けず、独自に行動しているが、本来町の守備兵は知事の管轄下にある。かつての上役が降伏を宣言し、それに代わる現場指揮官の命が風前の灯火である以上、兵たちだけで勝手に戦闘継続を判断できるはずもない。


 立ち上がった知事が、呆然と立ち尽くす先頭の兵から強引に武器を奪い、地面に投げ捨てると、他の者たちも不承不承、ゆっくりとそれに倣った。


 うず高く積み上げられた武器の山の隣で、知事は再び俺たちに向かって頭を下げた。


「我がバルブアは、メンシアード暁革命隊に降伏いたします! ですから、町の者には危害を与えられませぬよう、謹んでお願い申し上げます!」

「当然だ、我ら栄光あるメンシアード暁革命隊は、泉下のエイブラッド公に恥じるような真似はせぬ」


 実のところ、これは俺の仕込みだった。


 昨日襲った市民に紛れて、団員の一人を町に潜り込ませていたのだ。そいつに前もって町に入っていたプリスペリア殿下の手の者と接触させ、この知事に渡りをつけていた。


 この人物も必ずしも味方というわけではないが、このままおめおめと軍人どもの下風に立たされたくはない、とは思っていたようで、守備隊に一泡吹かせることの協力を取りつけるのに苦労はいらなかった。


「兵たちにも、寛大なる処置をお願いいたします。此度の責めは、知事である私が一身にてお受けいたします」


 このおっさんも、なかなか役者だ。こんな八百長芝居の中で、自身と反目する陣営に対して、恩を売りつけるつもりのようだ。実に抜け目のないことだが、あまり悪い印象は受けない。


「見事な覚悟、あっぱれだ。その心意気に免じて、こちらからの要求は、軍の町からの退去、それだけとしよう」


 これで守備隊が遠ざかるのを待って、備蓄された兵糧を焼き払い、金銭を持ち逃げすれば、長かった略奪の旅も終わりを迎える。こんな不本意なことは、もう二度とやりたくない。


 最後に一山あったものの、流された血の量でいえば、結局のところ、この町が一番少なかった。


 あとは、俺たちが昨日、心ならずも分捕ってしまった品々については、被害者たちに返却しておいてもらわなければならない。ここの知事には、芝居に付き合った礼として、それぐらいの手間をかけても罰はあたらないだろう。

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