語り部
最初はこの駅周辺を探索してたんですよ。それであのエスカレーターを見つけて。
男の人がフラフラ乗っていくのを見かけて、何となく私もその後ろについてエスカレーターに乗ったんですけど。
なんか途中で足下とか手すりとかがグニャって歪んできてるような、そんな違和感を感じたんです。慌ててジャンプしてエスカレーターの手すりを足がかりにして、隣の階段に飛び移ったんですね。
それでも気になったんで、階段降りてエスカレーターがどうなってるのか覗いてみたんですよ。
そしたら、乗ってた男の人がグニャグニャになったエスカレーターの……ステップっていうんですか? あれに挟まれてたんです。
さすがにびっくりして『大丈夫ですか』って声をかけてみたら『何が?』って。自分がどうなってるのか全然分かってないみたいで。
私にはどうしようもないんで見守ってたら、何だかミシミシ音が聞こえてきたんですね。何の音かなーと思って耳を澄ましてたら――ゴギン、って鈍い音が聞こえて、それと同時にその男の人の手がダラン、って垂れ下がったんです。多分、骨が折れたんですね。
男の人がどんな顔してるんだろうと思って見てみたら『ねえ、今の音、何?』って。自分の骨が折れたことにも気付いてないんですよ。
そうこうしてるうちにステップの歪みがどんどん大きくなって男の人の体を巻き込んで、パキパキ音を立てながら頭も小さく潰して……っていうか、折りたたむみたいに小さくしていって。
ステップがらせん状、バットくらいの太さに巻き取られて、そのすき間から男の人の目が覗いてたんです。
まばたきしてたから、多分意識はあったんじゃないかな。それでも痛みも何もないみたいで、普通にゆっくり周りを見回してる感じでした。
その目がどんどん先へ進んでいくのを追いかけて行ったら、バットくらいの太さだったのがボールペンくらいになって、もっと細くなって……最後には細い薄紫色の光になって、消えていったんです。
えっ、と思って後ろを振り返ったら、さっきまで延々続いてたグニャグニャのエスカレーターは消えて無くなってて、そこら辺に服だのカバンだのが散らばってました。
どういう場所なのか気になって、時々あのエスカレーターに乗ってみたんですけど。
一人で乗ってると何とも無いんです。
けどたまに男の人が乗ろうとしてるのを見かけることがあって、それを追いかけると――必ず、最初に見た時みたいに人がエスカレーターに……食べられてる。そう、食べられてるシーンに鉢合わせるんですよ。
決まって男の人、ひとりだけ。私以外、女の人が乗ってるのは見たことが無いですね。
そんなことを繰り返してるうちに、気付いたんですよ。
食べられた人たちが落とした荷物は貰っちゃっても良いかなって。
それで、欲しい物があったら貰って行ったりするようになったんです。
今じゃ遺留品漁りがマイブームですかね。
北地下街の魔物が食べるのは男の人だけなんです。その人が身につけてた物とかは全部吐き出される……っていうか、エスカレーターがふるいにかけて地下街のそこら辺にまき散らすんですよ。
お金は……まあ貰っていきますけど、私も一応自分で稼いでる身ですから。そういうのは特に当てにしてるわけじゃないですよ。むしろパーッと遊びに使っちゃうのが良いかなって思ってますね。
むしろ持ち物を見て、どんな人だったのか考えるのが楽しいんです。
どう見ても大学生くらいの子供がいそうな小父さんが、カバンの中に萌え萌えなイラストのライトノベル忍ばせてたりとか。
スタイルの良いモテそうなお兄さんが手帳に挟んであるアイドルグラビアの切り抜きに、くちびるの形にふやけた後が残ってたりとか。
そんなド直球で爆笑するのもありますけど。
手帳にこまめに何人もいる愛人に会いに行くスケジュールを書き込んであったりとか、スーツがヨレヨレなのに時計だけは軽く十万二十万しそうななやつだったりとか、いろんな人がいるんだなあって思いますよ。うん。
けど、一番好きなのはねえ、こういうのなんですよ。
分かります? 銀色の歯車みたいだけど、違うんです。
これ、銀歯なんです。
義歯だって身につけてた物のひとつですからね。最終的には棄てられるんですけど。そういうのがギリギリまで人と一緒にステップに巻き込まれて、ステップの溝にガッチリ挟まって、こんな歯車みたいに型が付いちゃうんですよ。
こんなの、何が良いんだって思いました?
だって、こういうの見てると「ああ、どれだけ色々頭の中でこねくり回したり働いたり遊んだりしても、人間なんて所詮はただの水と油とタンパク質の塊なんだなあ」って思えるんですよ。
人は死んだら、何も向こうへは持って行けない。私はそういう持っていけないものを人間界に循環させる役割……って言えば良いんですかね。
ねえ、三好さん。三好さんは銀歯、入れてます?
入れてたら嬉しいなあ。三好さんの銀歯、欲しいなあ。
銀歯はねえ、エスカレーターが細く細く巻き取られた最後の最後にぽろんって出て来て、誰もいない地下街の床に落ちるんですよ。「キン」ってきれいな音を立てて。
三好さんがこの世に残す、最後のきれいな音。
聞いてみたいなあ。
三好さんがこの世に残す、最後の持ち物。
拾いたいなあ。
ねえ。三好さん。良いでしょ?
一緒に、エスカレーターに乗りましょうよ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――俺は人として触れちゃいけないものに触れたんじゃないか。
そんなことが頭の中を埋め尽くしながら、遠くに響くような、それでいてすぐ耳元で囁くような、彼女の不思議な声に心を奪われていた。
――俺も、エスカレーターに挟まれるのか。
――ゴギン、と骨が砕かれるのか。
そんなことを思い。
ゴクリ。
喉が大きな音を立てた。
「…………っぷはははははははは! あーっはっははは! ごくり、って! ビビってツバ飲んだよこの人! あははは!!!」
……そして、彼女の笑い声。
……やられた。
「葵ちゃーーん?!」
俺をかわそうとする彼女にじゃれるように彼女の首に背後から腕を回し、軽めのフェイスロックをかける。
「あっははは、ちょっとタイムタイム! ごめんなさいごめんなさい! ギブアップー!」
もちろん関節技として効かせるつもりはない。彼女を捕まえて、俺を担いでくれた「おしおき」を与えるだけだ。
笑いすぎのためにヒィヒィと息を切らしながらも俺の関節技からようやく抜け出した彼女が、笑い涙を拭きながら言葉を続ける。
「あー面白かった。まさか三好さんがそこまで真面目に受け取ってくれるなんて思わなくって」
「全くだ。見事な女優だよ、葵ちゃんは」
「だからごめんなさいって。次の店でおごりますから勘弁してくださいよ。ね?」
手を摺り合わせながら、上目遣いで小首を傾げる彼女。
そんな小芝居で許して貰えると思ってるのだろうか? そんなことで許されるのは――
「で、店はどこ?」
――今回だけだ。
「はい、こっちですよ」
地下街をトトン、と軽いステップで先行する葵ちゃんを追いながら、俺は小さな疑問に行き着いた。
――さっきの居酒屋の会計、済ませたっけ?
――っていうか、いつの間にあの店出たんだっけ?
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