さて、次の現場へ。
目が覚めた。頭がぼんやりする。どうも眠りの途中で覚醒してしまったらしい。私は眠りが深くて夢も見ないのが普通で、こういうのはちょっと珍しい。
目をこすろうとして、自分の腕が重いことに気付く。
周りは明るい。ようやく頭も覚醒して目が慣れてきたところで、体の揺れもあいまって今自分が車に乗っていることに気付く。
「……だからぁ」
誰の声だろう? ああ、マネージャーの松尾さんか。
「お人形運ぶだけだから楽だろうって……そんな言い方無いでしょうに。現場がどれだけ面倒だと思ってんですか」
お人形? ああ、私達ドールズのことか。
「社長は現場に出ることあんまり無いから知らないでしょうけど、実際めっちゃ怪しまれてるんですからね?」
車を運転しながらハンズフリーで通話している相手は社長みたいだ。
「でっかいカバン抱えて楽屋に入って、そっから女の子が出て来て。本番終わって楽屋に女の子が入って、そっから仕事上がりに出て行くのが俺みたいなおっさん一人ですよ? 怪しむなって方が無理なんですって」
そう言えば他のみんなはどうしたんだろう。姿が見えない。私一人が乗用車の後部座席に寝転がってるような視界で、他のメンバーが車に乗っている気配は無い。
「……分かりました、もう良いですって。もうちょっと人手とか考えて下さいね、あと言い訳とか」
松尾さんと社長の口論は決着しないまま中断したらしい。
いや、そんなことより他のみんなだ。今なら松尾さんに声を掛けても大丈夫だろう。
――松尾さん。
出そうとした声が、出ない。
――ちょっと、松尾さんってば。
何とか手を伸ばして、こっちに気付いてもらおうとする。でも、腕の先がピクピクと動くだけで手が伸びない。その時。
キーーーッ!!
車の急ブレーキが踏まれた。
「っっぶねえな!! 何考えてやがんだ、あの車!」
どうやら脇道から他の車が飛び出してきて、事故りそうになったみたいだ。そして……、私は寝転んでいた乗用車の後部座席から転げ落ち、座席の足下にうつ伏せになってしまった。周囲が何も見えない。
「ったくもう……。……あ?」
松尾さんが私の状況に気付いたらしい。一旦車を道路脇に停めたらしく、ハザードの音が聞こえる。
「あーあ、こんなにブチ撒けちゃって……」
――ありがとうございます、松尾さん。
そんなお礼の言葉も、音として口から飛び出すことは無い。そして。ついさっき、座席から転げ落ちたときも、何の痛みも無かったのが妙だ。
「ったく、全員カバンから飛び出すかよ」
言葉の意味がよく分からないが、松尾さんは私の背後でがさごそとカバンの荷造りをしているようだ。
そして、私の体がふっ、と浮く。
「これで最後……っと」
私の体が、何かの隙間にねじ込まれた。
「……うっわ、もうこんな時間かよ! 次の入り時間間に合うかな……」
松尾さんは運転席に駆け戻り、車を再発進させる。
静かな車内。そして私は再び視界を取り戻した。今は車の右側後部座席を通して外が見える。
私の眼前には……カンナちゃん……ではなく、カンナちゃんの衣装に付いている人形が見えた。
――どうしてだろう。急に疑問が湧く。
――あの人形、完全に衣装に縫い付けで取れるはず無いんだけど。
さらにその向こうには、ヤヨイちゃんの、これまた人形のみ。
気になって窓の方に目をやる。車が高架下をくぐるタイミングで信号待ちに入り、窓ガラスが鏡になった。
一番前には、ヤヨイちゃんの人形。
その次には、カンナちゃんの人形。
さらに次に、私・アイリの人形。
その背後に、ルリちゃんの人形。
そして最後、ミチルちゃんの人形。
……え?
私の目の前には、カンナちゃんの人形の後ろ姿。
窓に映ったカンナちゃんの後ろに居るのは、私の人形。
鏡の中で、最後尾のミチルちゃん人形がピクピクと動いた。
「ウ……ン……。オナカ……スイタ……ヨ……」
私の背後で、その動きに合わせてミチルちゃんの寝言が聞こえた。
まさか。そう思いながら、窓鏡の向こうを見つめ、手を伸ばした。
鏡の中のアイリ人形が私に向かって手を伸ばし、ボタンの瞳で私を見つめていた。
――了――
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