Chapter3:英雄の幻影-4

「あんたもな。あの爆発の中生きているとは思わなかった。アスタル=ペンウッド大尉」


 イルダ=ブルーハーツこと海東イスカは前大戦期、国民連邦最初のバトルウェアであるファーストキャバリアーを駆り、8年の長きに渡り戦いを続けて来た。父、海東リョウジ博士が作り上げたキャバリアーが生体認証を用いていたため、最初のパイロットである彼以外に使えなくなったことと、キャバリアーに蓄積された数多の戦闘データを連邦が欲したことから、彼の人生は大きく歪められることとなった。


 8年の戦いの中、一番長い期間彼とともに戦ったのがアスタル=ペンウッドだ。コロニー警備隊長であったアスタルは、機動兵器部隊を率いて脱出を指揮。地上まで彼を護衛し、空白期である軟禁時代には彼の監視と教育を務めた。《第二次星間戦争》が発生してからは、軍人となったイスカとともに各地を転戦。戦場を共に潜り抜けた。

 最終的に、彼はタカ派と協調し《ピースウォーカー作戦》に参加。連邦、帝国双方の作戦阻止を狙うイスカたち和平派との戦闘の際死亡した、と伝えられていた。


「いま俺は、イルダ=ブルーハーツだよ。アスタル。あんた、あいつの自爆に巻き込まれてブレードハウンドごと死んだと思っていたんだけどな……」

「ふん。弘大こうたに阻まれて貴様を殺すことは出来なかったが……俺もまた、死ぬことはなかった。駆動系をやられ、漂っていたところを准将に拾われねば俺も死んでいただろう」


 アスタルは再び距離を詰め、連続斬撃を繰り出す。イスカことイルダは一本の刀を巧みに操り、二刀の攻撃をいなす。投擲したナイフを回収しているような暇はない。


 弘大とはイルダの幼馴染だ。《第二次星間戦争》期、軍に志願し彼と共に戦った。卓越した操縦センスの持ち主であり、連邦で試験的に生産されたアクシスに搭乗、バトルウェアの優位性を大いにアピールした。同時に、彼はイルダのよき理解者でもあった。

 自爆の瞬間を、一生忘れないだろうと思った。いまと同じように、イルダはアスタルに追い詰められていた。核攻撃を阻止することには成功したものの、月落下を阻止しなければすべては水泡に帰す。それでもなお、アスタルは攻撃を止めようとはしなかった。


(どちらかが滅びるまで、この戦いは終わらん! 終わるならばどちらでも構わんわ!)


 狂気に囚われたアスタルは、もはや作戦の成否などどうでもよくなっていた。そんなアスタルを止めたのが、幼馴染の弘大だった。死に物狂いでアスタルの機体に掴みかかり、至近距離で自爆装置を作動させ、アスタルとともに宇宙の塵となったのだ。


「ずっとあんたは死んだと思っていた。死んでてくれりゃよかったってなッ……!」

「終わらんさ。あの時死ねなかったのは、まだ俺にすべきことがあるからだ! いまなら分かる、死んでいった者たちのため、俺は事を成さねばならぬのだ!」

「手前の憎しみのために、死人の名前を利用するんじゃねえ!」


 アスタルが振り下ろした刀を受け止め、スラスターを全力稼動させ押し返す。出力で勝るブレードハウンドが押し返されたと同時に、イルダは空いた左腕で拳打を放った。ゼブルスの上腕部に装備されたガントレットは、格闘戦の打撃力を飛躍的に高める。いかに電磁反応装甲の力を持ってしても、機体の質量を押し返すほどの力はない。数十トンのパンチを受け、ウェイトで劣るブレードハウンドが大きく揺らいだ。


「もらったァッ!」


 イルダは刀を返し、振り下ろす。その瞬間、ハウンドの遥か後方から光の帯が走った。ビーム攻撃を受けたのだと理解するよりも先に、右腕の上腕半分から先がなくなっていた。装甲材が赤熱している。刀を握ったままの腕が、地上に落ちた。

 スラスターを噴射させ、距離を取る。ハウンドも追っては来なかった。その背後に、一機のバトルウェアがあった。バトルウェア、と判断したのはその大きさからだ。少なくとも、イルダは一度も見たことのない機体が、そこにはあった。


 その機体は、蜥蜴を連想させるような姿をしていた。顔面の両側には目のような黒い玉が存在するが、恐らくはカメラの類ではないだろう。ハウンド系列と同様、スリット状の広域モニターが存在している。センサーかレーダードームであろう。

 体表には鱗のようなヘクス模様が描かれている。細身のボディ、シンプルな構造。それだけに背中から突き出た背びれのようなそれは異様だった。搭載火器や手持ち武装は見られない、だが前腕と脹脛のあたりの膨らみを見るに、武装が内蔵されているのは明白だ。


「こいつ、いったい……」


 イルダがつぶやいたのと同時に、それは動いた。人間がするように、腕を前に掲げたのだ。すると、それまで思い思いの動きをしていた正体不明機がその周囲に集まり、編隊を組んだ。掲げた腕を曲げると、一斉に機体は動き出した。これまでよりも俊敏に!


「ッ!? こいつ、無人機を統率しているのか?」


 三機のテントウムシめいた無人機がイルダに迫り、それ以外の9機は他方に散り、戦場を引っ掻き回した。テントウムシが光芒を煌めかせるたびに、そこかしこで爆発が起きた。イルダは武器を失いながらも後退する。小刻みなステップで敵の狙いをかわしつつ、反撃の機会を伺った。


 イルダは先ほど打ち倒した敵が落したライフルを拾い上げ、片手で撃つ。大口径ライフルの重い反動が、機械の腕に強い負荷をかけ、弾道をばらけさせた。右腕を失ったため、バランスを取り辛くなったことも負担を大きくさせた。それに加え。


「ぜぇいっ!」


 突撃を仕掛けて来たアスタルが二刀を薙ぐ。間一髪、直撃を防いだもののライフルは三つに分割された。正面からのビームだけでも厄介なのに、この男。


「どうした、イスカ!? 貴様の実力はこんなものではなかろう! よもや、前大戦の戦果はキャバリアーあってのものなどとは言うまいな!」

「いちいちうるせえんだよ、あんたは! だいたい、俺はイルダだって言ってるだろ!」


 アスタルと無人機の連携は的確だ。アスタルの剣線がテントウムシの射線に誘導し、あるいはテントウムシの射撃がアスタルの剣線へとイルダを誘う。斬撃を受けた機体の装甲が醜く裂け、掠めたビームが機体の青を黒に変える。


「クソ、この動き。この避け方。まさか……」


 テントウムシへの攻撃はいまもなお続いている。しかし、テントウムシは右にぶれ、左に大きくぶれ、決死の攻撃を嘲笑うかのように回避運動を取る。


(あの黒いトカゲもどき、あいつを倒しさえすれば道は開けるはずッ……!)


 アスタルの刀が、イルダに迫る。咄嗟に引いていた左足を曲げ、体勢を低くすることにより顔面両断の危機を免れた。しかし、アスタルの刀はゼブルスの右目を奪った。コックピットの中でも、視界の半分が一瞬にして消え去った。


 更に一撃。右の刀の切り上げ。左腕のガントレットで受ける。しかし、それでも超硬度を誇る大太刀を受け止めきれるものではない。左前腕の半ばまで刃が通った。咄嗟に後退し、距離を取る。左腕の挙動を確かめようとする合間にも、テントウムシの放った光が天から降り注ぐ。右側から放たれたビームがゼブルスの脇腹を抉る。排熱系に異常。


 左腕を動かそうとするが、指は動かなかった。先ほどの攻撃によって、人間でいうところの腱に当たる部分が損傷したのだ。異常を告げるアラートが鳴り響く。


「貴様との因縁も、ここまでだ! イスカァッ!」

 一瞬にして死角に潜り込んだブレードハウンド。逃げ場をテントウムシが奪う。

「クソ……万事休すってかッ……!?」


 だが、そうはならなかった。高度3万フィート、そこから戦場を見下ろす影があり。


「ぬうっ……!」


 アスタルは攻撃を取りやめ、バックジャンプで距離を取った。アスタルの穴を埋めるべく、テントウムシが密集する。重なるように飛行していたテントウムシが、空から降り注いだ光の矢によって撃ち抜かれて、爆散した。


「またビーム……! いったい、なにが」

「こちら『アクイラ』所属、コーギー1。戦闘部隊と合流、これより戦闘を開始します」


 顔を上げたイルダは見た。空から降りてくる人型の機体を。ゼブルスのそれより細身で、丸みを帯びた流線型のボディが特徴的だ。両腕はカマキリの腕のようになっており、なんらかの内蔵武装の存在を連想させた。仮面をつけたようなのっぺりしたフェイスパーツ。頭部を保護する装甲シェルターはまるでフードのようだ。帝国製バトルウェアの特徴を示すスリットアイが、怪しく光った。


 ライトニング・ゼネラルと呼ばれるこの機体は、かつて帝国が開発した強襲用バトルウェアだ。バトルウェアが既存兵器よりも劣っている点として、航続距離の短さと加速性能の低さが挙げられる。単独での作戦行動には向かず、運用には必ず艦船が必要になる。柔軟性の低さは兵器としては致命的な弱点となりえる。

 それを克服されるために開発されたのが、TBFシリーズと呼ばれる可変機構を搭載したバトルウェアだ。人型の機体を折り畳み航空機のような形態を取らせ、推進系を集中させることによって航空機に匹敵する加速性能を得ることに成功した。すべてにおいて航空機並、とまではいかないものの、それを凌駕する火力を持つ機体を作り出したのだ。


 TBFシリーズの記念すべき最初の機体であるライトニングは、複雑な可変構造から機体強度が低下するという問題点があった。戦後、手放されたパテントを《アルタイル社》が買い取り、それを改良したのがこのゼネラルだ。変形構造を出来るだけ簡素化し、移動用の形態として割り切ることで強度を保ったまま可変構造を導入することに成功した。

 無論、改良したとは言っても機体、パイロット共に高い負担を強いる可変機構を操り切れる人間はそう多くない。今後のことを見据え、より柔軟な可変機構を導入するため、この機体を用いた試験が行われている。その任務を担うパイロット、それは。


「久しぶりですね、兄さん」

「ユーナ……?! お前、なのか?」


 驚くイルダを尻目に、少女、海東かいどう夕菜ゆうなは冷静なものだった。ユーナの乱入によって、一瞬統率を乱していたテントウムシは落ち着きを取り戻していた。奇襲をかわしたアスタルも突然の闖入者に驚きながらも、狂暴なメキシコライオンめいた笑みを浮かべた。


「海東の血筋というのは……どうやら、俺の邪魔をする運命にあるらしいな?」

「あなたもお久しぶりですね、アスタル大尉。でもそれは間違っています。あなたが邪魔をするんじゃない、私たちにとってあなたが邪魔なんです……!」


 ユーナは眼下のアスタルを見据えながら急降下した。両腕にマウントされた大口径機関砲を向け、一斉に放った。大口径弾の雨が瞬間アスタルの動きを止める。そして間合いに到達すると同時に射撃を止め、腰部にマウントされていた超硬刀を引き抜き、切りかかった。アスタルはそれを冷静に見据え、両刀を構えた。


「ユーナ、待て!」


 アスタルに切りかかるユーナに悲痛な叫びを投げかけるが、しかしユーナの方はどこ吹く風、それに反応すらすることなく冷静に現状に対処した。


「九鬼司令官、だいたいの状況は上空から見ているので把握しています。現状、これ以上戦闘を続ける意味はありません。撤退を進言いたします」

「分かっていますわ。あなたがきっかけを作ってくれたおかげで、作業を進められる!」


 九鬼は唇を噛み締めながら、しかしはっきりと部隊に通達を送った。彼女とて無能ではない、負けることも想定に入れていたし、想定を現実にするため努力していた。


「デルタ、アルファの撤退支援! ベータは遅滞戦闘を行いながら後退しなさい。アルファの後退は損傷を追っている機体、船舶を優先させなさい!」


「兄さん、あなたも下がってください。その損傷では邪魔になるだけです」


 テントウムシはアスタルと組み合うユーナに攻撃を仕掛けようとするが、デルタチームが放った対空溜散弾によって動きを封じられ、効果的な支援を行うことが出来ぬ。イルダは歯を噛み締め、彼らの遥か奥に立つトカゲもどきを一瞥し、転身して行った。


「お前がどれほど、戦士として成長した……見届けてやろうではないか、ユーナ!」

「すみませんが、私はそういう暑苦しいのが嫌いなんですよ! アスタル大尉!」


 片方の刀でユーナの斬撃を受けていたアスタルは、もう一本の刀を重ねユーナの剣を跳ね除けた。ユーナの方もスラスターを吹かしながら、衝撃に乗って後退。すると、ライトニング・ゼネラルの肩、腰、脚に隠されていたコンテナが開き、そこから一斉にミサイルが放たれた。誘導能力こそあてにならないが、この距離ならば回避は困難だ。


 アスタルのブレードハウンドは両腕を突き出しながらクロスし、パルスシューターを連射。ビーム弾によって撃ち抜かれたミサイルが、周りのミサイルを巻き込み爆発する。

 爆炎が瞬間、ユーナとアスタルとを隔てる。ほんの一瞬の直感、アスタルはサイドステップ。爆炎越しにユーナのビーム砲が放たれる、ほんの一瞬前だった。傭兵たちに追い打ちをかけていたアクシスの胴体に着弾し、上下に分断した。


「発想は悪くないぞ、ユーナ! だが俺は先にそれを見ているのだ!」


 ライトニングのシールドと一体化したビーム砲、『ライトニングランサー』はこの機体の目玉だ。可変形態でも使える数少ない武装の一つであり、艦載砲クラスの破壊力を誇る。それだけにエネルギー消費も激しく、乱発は出来ない。コックピットの電力メーターが、目に見えて減少していた。


「九鬼司令官、撤退の状況はいったいどうなっている?」

「収容率79%、前線の後退が終わる頃にはこちらも済んでいるはず。あなたも後退しなさい、ユーナ。それから……」

「それから?」

「お兄さんの収容は終わっていてよ、ユーナ」

「あの人は殺しても死ぬ人じゃないので、そんなことは言わなくてもいいです」


 じりじりと後退しながら、ユーナは両腕の76mm機関砲を連射した。後方から降り注ぐ砲弾と合わさり、同盟側の追跡を完全に防いでいる。アスタルを見る、彼はあえて追って来ていないように感じられた。コックピットの中で、ユーナは歯噛みした。


 果たして、撤退が完了した時には燦々たる状況のすべてが明らかになった。部隊損耗度40%強、死者27名、負傷者数数知れず。《太陽系解放同盟》工作によって奇襲を許し、更に未確認の新兵器によって大打撃を受けた。同盟側には大きな損害はなく、遠からずこの基地は放棄されるだろう。それが今回の戦いの結果だった。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 戦闘が終わってもなお、イルダはコックピットで一人荒い息を吐いていた。ゼブルスのカメラからは、格納庫内の慌ただしい状況が伝わってくる。整備士たちの怒号、医務室へ仲間を運ぶ者たち、昨日までそこにいた者がいないのを悲しむ者。誰もが必死になって、現状を打開しようとしているのが見えたが、イルダはそれに加わる気にはなれなかった。


 もちろん、そんなわがままが通る状況ではない。コックピットハッチが何者かによって乱雑に叩かれ、意識を強制的に現実へと向けさせられたことで、ようやく彼はハッチを開けた。そこに立っていたのは『銀の茨』のクルーではない少女だった。


「……よう、ユーナ」

「整備の人、そこにいられると邪魔だって。とりあえずそこから出て?」


 久しぶりに再会した妹は、彼が知っているのよりもずっとクールに、ドライになっていた。その現実に心の中で咽び泣きながら、イルダは大人しくコックピットから出て来た。即座に、ゼブルスの整備が開始された。下半身にはほぼ損傷がないとはいえ、正面のそれは酷いものだった。直すくらいなら買い直す方が安く上がりそうだった。


「お前、なんでこの船に乗ってるんだよ?」

「兄さんと一緒です、私はもともと船に乗ってきていません。それでです」

「九鬼さんの方に乗らせてもらえばいいだろ」

「あちらは臨時作戦本部として忙しいし、どこよりも損傷機体を受け入れています。そこに私の無傷の機体を入れるわけにはいきませんよ」


 久しぶりに会いに来たかった、という無邪気な回答を願っていた兄は、心の底で傷ついていた。彼の想像より彼女はしたたかだった。


「傭兵として活動しているのは知っていましたけど、まさか《アルタイル》のとは」

「俺も、お前が兵士になっているとは知らなかったよ。堅気になったんじゃ?」

「堅気ですよ。いまの私は《アルタイル社》の正社員、用兵部門の海東夕菜です。メルティオ会長は、私の能力を一番高く買ってくれた。だからそこにいるんです」


 《アルタイル社》会長、メルティオ=アルタイル。その名前を聞くと、イルダの心は自分の心がどんどんささくれ立っていくような不快な感情に襲われた。


「……しっかし、まさかな。あのアスタルが生きているとは思わなかった」

 だから彼はそれをユーナに知られないうちに、自分から話題を変えた。


「2年前の亡霊の同窓会、ということでしょうか。もしかしたら弘大兄さんも……」

「よせよ、ユーナ。弘大は死んだ。俺をかばって……死んじまったんだから」

「……すみません、冗談だとしても言うようなことではありませんでしたね」


 格納庫ブロックの一角を、重い空気が支配した。イルダはユーナが戦う力を持っていることは知っていた。《第二次星間大戦》期、いまから数えて5年前、彼の妹であるユーナと友人弘大は連邦軍に志願した。ユーナの方は自分とともに軍に軟禁されていたため、志願といえる状況だったかは分からない。ともかく彼らは同じ部隊に配属された。


 二人の操縦技術は天才的だった。その7年前、ファーストキャバリアーに乗ったのがこの二人のどちらかであったなら、戦争の行方も変わっていたのではないだろうか。メキメキと頭角を現し、隊長アスタルも含めて連邦にその人在りと知られるようになった。


 すべての歯車が狂ったのは、3年前の一斉質量兵器攻撃『オペレーションソドム』の時だ。地球に投下された数百という質量兵器を、連邦は一丸となって阻止しようとした。それでもすべてを止めることは出来ず、その何発かが誰かの未来を決定的に変えてしまった。アスタル=ペンウッドは当時にパリにいた両親と妻子、叔父夫婦を一度に亡くしたという。復讐鬼と化した彼と、弘大の行く末は先に語った通りだ。


「……ねえ、兄さん。あなたはどうして、いまもまだ戦っているんですか?」

「お前だってそうだろ。結局戦うしかないから戦ってるんだ」


 ユーナは拳を握りしめ、思い切り手すりに叩きつけた。飄々とした態度でそれを聞いていたイルダも、思わず背筋を正した。ユーナの顔は、声色は、ただただ真剣だった。


「そういうことを聞いているんじゃないんです、兄さん。あなたはどうして戦っているんですか? 平和を求めて戦って、一度は安息の日々を手に入れたはずのあなたが……」

 ユーナの言葉は、九鬼が発した一斉通信によって遮られた。


「お疲れのところ、皆様申し訳ありません。重要な報告があります。本船団は、これよりワルシャワ基地へと向かいます。渡航予定にあったアルフェンバインは、陥落しました」


 イルダは言葉を失い、立ち尽くした。


(あなたは私のところへ帰ってくる。そこはあなたのいるべき場所ではないのだから)


 かつて、聞いた言葉が何度もイルダの脳裏を駆け巡った。

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