Chapter3:英雄の幻影-3

「正体不明の機動兵器が多数出現! データベース照合、適合する機体ありません」

「速い! 敵正体不明機、通常の航空機の1.5倍の速度で航行している模様!」

「対空砲撃! 傭兵各部隊にも正体不明機の撃墜を最優先にするよう伝えなさい!」


 放たれたいくつもの曳光弾が、ミサイルが、空を赤く染め上げた。圧倒的な弾幕に晒された、同盟の正体不明航空機は、しかし未だに健在であった!


「まさか、あれを避けたというの?」


 九鬼は驚愕した。あれだけの弾を空間に満たせば、現行機であれば避けきれぬはずだ。考えられる可能性は二つ、あの機体が現行機以上の運動性を持ち、攻撃をすべて避けた可能性。もう一つはあの航空機が電磁反応装甲を搭載し、攻撃を防ぎ切ったという可能性。だが、現代の常識を当てはめれば二つ目の可能性は有り得ない。


 電磁反応装甲を展開するには相応の動力が必要になる。そのために必要な電力は、到底航空機サイズで賄えるものではない。ジェネレーターを積めば巨大化し、空を飛ぶことすら出来なくなるだろう。バトルウェアは巨大化した兵器を、効率的に動かすために生み出された形態なのだから。

 傭兵たちも次々対空攻撃に参加する。だが当たらない。敵機は幻惑的な機動を取り、放たれた弾丸を嘲笑うように避ける。曳光弾が虚しく空に線を引いた。


「クソッッタレェーッ! 当たれば、当たりさえすればお前なんかァーッ!」


 『銀の茨』プルートーは、雄叫びを挙げながら銃を撃ち続けた。そんな彼の目の前に、正体不明機が現れた。機体表面に描かれたまだら色の斑点は、それをテントウムシのように見せた。近距離、これなら外さない。そう思って、彼は銃口をテントウムシのような機体に向けた。彼の目の前が、光った。それが彼の見た最後の光景だった。

 空気が赤熱し、膨張し、破裂する音がした。テントウムシの機体頭部が光ったかと思うと、二つの光の帯が放たれ、プルートーの機体胴部を貫いたのだ。


「エネルギー兵器だと?!」


 誰でもなく、その場の誰もが驚愕した。熱エネルギー転換兵装、通称ビーム兵器は前大戦末期に実用化されていた。ジェネレーターが生み出した爆発的な熱エネルギーを、指向性を持たせ放出するのだ。放出された熱エネルギーが光と音に変換され、あたかも色のついたビームのように見えることから現場の兵士からはこう呼ばれている。膨大な熱が磁場を乱すため、電磁反応装甲の影響を低減することから、対バトルウェアの切り札と呼ばれている。もちろん、既存の戦闘機などに搭載することが出来るものではない。


 だが目の前の戦闘機は実際にそれを搭載し、プルートー機を撃墜して見せた。ややずんぐりした、爆撃機のようなフォルムの機体で、高速飛行に向いているとは思えない。


「こいつら……まさか、無人機なのか?」


 イルダは一つの可能性を頭に浮かべた。搭乗する人員のことを全く考えず、パイロットの安全設計を考えなくてもいい無人機であるならば? 機体のほぼ全体をジェネレーターとすることが出来れば、小型機であっても十分搭載できるはずだ。

 だが、ありえない。前大戦期、連邦軍も帝国軍も競い合うようにECMユニットを地上に投下した。結果として、どうしても遠隔操作が必要になる無人機を飛ばすことは出来なくなったはずだ。人類は地球全土を覆っていたインターネット通信すら取り戻せていない。機体を完全に制御し、戦闘までこなすAIなど夢のまた夢だ。


「いったい、何がどうなっていやがるんだ……!?」


 一瞬、影が差した。イルダは大きく後方に跳んだ。頭上、太陽を背にして、何かがイルダ目掛けて落ちて来た。PIPIPIPI。そうとしか表現できない、軽い音とともに光の玉がいくつも地上に降って来た。地表に激突したそれは爆発を起こし、爆風が大地を撫で、無理やり引き千切られた木の葉が辺りに舞い飛ぶ。


 イルダは中腰姿勢のまま跳び、投げつけたナイフを回収。二本の刃をコックピットの前でクロスさせた。舞い上がった煙の中から、一機のバトルウェアが高速で飛び出して来た。イルダのゼブルスに匹敵する、否、それをも凌駕する凄まじいスピード。重い金属音が鳴る。振り下ろされた刃と、交差した刃とが火花を散らした。


「こいつ……ハウンドタイプの機体かよッ……!」


 ハンドタイプとは前大戦期に帝国が作り上げた、技術の総決算といえる突撃衝壊用バトルウェアだ。旧型機の問題点、利点をブラッシュアップし、採算性度外視で作られたワンオフ機。攻撃力、防御力、運動性、追従性、推力。いずれも高水準。それゆえに高い実力を持つパイロットにしか取り扱うことの出来ないものとなってしまっている。短気で敵陣を食い破ることを目的として作られた機体であり、たった一機の機動兵器にそのような大それた機能を持たせようと考えること自体、帝国の苦しい事情を想像させる。


 間近に迫ったハウンドの目が、スリットから光る。その顔はまさしくハウンド犬のように突き出た形になっている。センサー系を頭部に集中させた結果だ。鋭角を多用したフォルムは空気抵抗を軽減させ、持ち合わせた高い出力と合わせて大気圏内での飛行を可能とする。威圧的な鋭く、細い腕が動く。もう片方の腕にも、刀を装備しているのだ!

 打ち合いでは負ける。そう判断したイルダは、あえて刀を引いた。低い姿勢のまま横に跳び、身を捻りもう片方の刀を避ける。背部スラスターで姿勢制御、崩れた体勢を立て直す。ほんの一瞬の交錯で、イルダは敵の凄まじい実力を感じ取っていた。


(しかも、ブレードハウンドかよ。ヤな機体だぜ、昔を思い出す)


 イルダの脳裏に、昔の光景がフラッシュバックしていた。たった一機のバトルウェアを相手に、当時の機動兵器中隊の大部分が戦闘不能状態に落とされ、5人が死んだ。連携攻撃と奇策によって何とかこの機体を、幸運にも使える状態で落とすことに成功した。

 帝国から鹵獲したこの機体を、あの男はまるで自分の手足のように扱ったものだ。予備としてマウントされていたロングブレード二刀流による近接戦闘マニューバも、あの男のそれを思い出させた。


(なぜだイルダ……貴様とて俺と同じはずだ!)


 あの男から最後に聞いた言葉が、耳の中にいつまでも幻聴めいて残る。歯を噛み鳴らし、過去の幻影を振り切る。刀の切っ先をブレードハウンドに向ける。ブレードハウンドもそれに応じるように、二本の刀を交差させ、振り下ろした。


 その時だ! ブレードハウンドの左方から砲撃が放たれた! ブレードハウンドはそれに反応し、腕を向けた。前腕部に装備された内蔵型ビーム砲、通称パルスシューターから放たれたペレット状のビーム弾がいくつも空中に撒き散らされ、その内一発が砲弾に命中した。ビームを受け溶解した砲弾は、しかしその場で炸裂し、粘性の高いナパームを撒き散らし、辺りを火の海に包む。同時に、ブレードハウンドの視界を塞いだ。


 ニヤリと笑い、イルダは突っ込む。あらかじめソーンヴァインに頼み、砲撃を行うよう要請していたのだ。戦場とは一対一の決闘ではない、どこからでも攻撃が飛んでくる、予測不能のカオスの権化! ゆえに、このような事も許される。


(推進力はブレードハウンドの方が上だ、だが瞬発力ならこちらにも勝機はある!)


 敵機の能力とゼブルスの能力を冷静に分析、勝ち目のあるフィールドを選び取る。すなわち、短期決戦。突撃のスピードを乗せたまま、イルダは右の刀を振るった。ヒート機構を作動させたことにより、刀身が一気に赤熱。辺りの空気が陽炎めいて歪む。ブレードハウンドは咄嗟に刀を掲げ、頭部を狙った斬撃を防いだ。


 ゲデルシャフトの時とは違い、刀は切断されることはなかった。イルダは舌打ちする、恐らく向こうの刀も何らかの機構を備えているのだろう。少なくとも、前大戦でやり合った時にはなかった機能だ。だが想定の範囲内、刀を滑らせながら肩口を向け、ショルダータックルを仕掛ける。しかし、それをハウンドは身を翻し回避した。


 通り抜けたイルダはその場で反転、再びハウンドと向き合った。すり足めいたステップで移動し、正体不明機の攻撃を避けながらハウンドへの反撃の機会を伺う。そうしている間に、今度はハウンドが仕掛けて来た。双剣を振るい、軽い打ち込みを何度も行う。イルダも巧みな剣捌きでそれを避けるが、軽い斬撃ゆえなかなか反撃の機会を掴めぬ。


 そうしている間に、背後に同盟軍のアクシス二機が迫る。湖を挟んだ対岸、ライフルを構えイルダを狙う。安易に横には逃げられない、そんな隙を見せればハウンドに刻まれるであろう。空に逃げても同様。かと言って、このまま剣撃を受け続ければ銃弾を食らう。背中の装甲は最も薄い、確実に撃墜されるであろう。


 イルダはあえて、大きく後方に跳んだ。湖に飛び込み、刀のヒート機構を作動させ湖に突き立てた。一瞬にして、辺りが水蒸気に包まれる。レーダーが効かない環境下、頼りになるのは目視だけ。その目を潰され、アクシスは狼狽えた。死の瞬間まで。

 位置関係を掴んでいたイルダは、水蒸気の煙幕を作った瞬間にナイフを投擲。反対側の一機の背後に走った。水蒸気が晴れる頃には、一機のアクシスの頭部はナイフが突き刺さり、もう一機のアクシスは背後から刀でコックピットを貫かれていた。

カメラを失いながらも、アクシスは当てずっぽうでの射撃を続けた。そんなアクシスに対し、イルダは正面からコックピットを貫き始末した。


「クックックッ……! その手腕、その動き……間違いないな」


 突然、イルダに個別通信が送られてきた。この距離ならば、無線コードを知らなくても一方的に通達を送ることが可能だ。無線越しに聞こえて来た声に、イルダは驚愕する。


「その声……! その機体、まさかとは思っていたが……」

「貴様が生きているとは驚きだ……海東、イスカ!」

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