Chapter3:英雄の幻影-2

 結局、イルダは『銀の茨』のキャリアーに同乗することになった。ローマンと比べるとはるかに小さな船で、特に格納庫デッキは機体で寿司詰めになっている。


「しゃっす、イルダさん!」「ボスから聞いてるっす!」「リスペクトっす!」


 若手メンバーにもみくちゃにされながら、イルダはうんざりした表情で彼らに応じた。改めて、ローマンの艦橋は理想的なそれだということを理解した。同じもみくちゃにされるなら、むくつけな男にされるより美少女にされた方が嬉しい。どれだけ男女平等が叫ばれようと、彼にとってその価値観は変わらないのだろうな、と思った。


「ばっきゃろー、テメエら! ちゃんと手前らの持ち場につきやがれッ!」

 そんな男たちも、首領に怒鳴られると蜘蛛の子を散らすように持ち場に帰って行った。


「悪いな、ソーンヴァイン。にしても、浮かれた連中だこと」

「若造ってのはみんなそういうもんさ。お前だって相当浮いてる」

「オイオイ、俺みたいな重い奴は珍しいぜ?」

「バカ言え、俺のいたとこなら速攻で教官に尻叩かれてる」


 そう言ってソーンヴァインは豪快に笑った。釣られてイルダも笑った。歳は離れているが、戦場で紡がれた絆は固い。笑いながら、ソーンヴァインはイルダの機体を見た。


「いい機体だな、ゼブルス。だがほとんど火器が搭載されていないそうじゃないか」

「クライアントからの指示だよ。色んな環境での駆動データを取りたいんだとさ」

「近接戦闘特化の装備構成は、お前の趣味だと思っていたんだがな」

「冗談だろ。近接するまでの間に蜂の巣にされて、近付いてなます切りにされるんだぞ。なんで好き好んで死に近づく様なセッティングをせにゃならんのだ。こいつにかけられたべらぼうな報奨金がなけりゃあ、俺はこんな機体近付きたくもないね」


 喉を掻き切るジェスチャー。ソーンヴァインは笑った。しばらく話していたが、到着までかなりの時間はある。当直担当にその場を任せ、イルダはコックピットにこもった。ソーンヴァインの部下は皆気のいい者たちだが、もみくちゃにされるのは慣れない。


(奴らの使ったリフト……まるで見つけてくれと言わんばかりだったな。なぜ戦闘中に、散発的に戦線から離れた……? 何か、意図があるのか?)


 そこまで考えて、考えすぎだと思い、イルダは目を閉じた。難しいことを考えるのは上の仕事だ。傭兵団の戦力が集結しようが、正規軍もいる。この作戦に参加していない傭兵たちも大勢いる。何も心配することはない。戦力で劣る《太陽系解放同盟》は、いずれ押し潰されるだろう。そう考えて、イルダはまどろみに身を任せた。


 この時点で、イルダは気付いていなかった。欧州に集結した傭兵団の、実に60%が対同盟戦線参加による報奨金目当てで参加していたことに。残された傭兵たちが、『ブルーバード』同様小規模であったことに。正規軍が合同軍事演習でこの地から離れたことに。それを知るのは、彼らが罠に嵌ったと思い知らされる時であったことを。


「こちらヘッドクォーター、総員傾注」


 セットしていたアラームの音で、イルダは目を覚ました。この作戦の指揮官を務める九鬼が、広域通信を行っていた。『アクイラ』はすでに下げられ、彼女はローマンタイプのキャリアーに搭乗し、前線での指揮を行っている。機内で体をほぐしながら、イルダは彼女の言葉を聞いた。


「1200、作戦を開始します。アルファ、ベータ、デルタの部隊配置はすでに通達しておいた通りですわ。アルファは前線を構築、ベータはさらに二班に分かれ、東西から敵軍を挟撃します。デルタは後方支援と、作戦司令部の直衛をお願いします」


 細かい作戦プランは、彼女からではなくデータで伝えられた。本部からの航空支援、火力支援がもらえる分、前線を維持するのはかなり楽だ。イルダたち『銀の茨』のメンバーは前線に配置されていた。地形データを確認する。クレーター山と山林とが重なった奇妙な地形であり、小さな湖もあるようだった。死角が多い、そう思った。


「アルファが攻撃を開始してから20分後、地下部隊が作戦を開始します。すでに、内部に同盟の兵士たちが潜伏していることは掴んでいます。攻撃を受けて手薄になったところに攻め込み、彼らの逃げ場を奪う算段ですわ」


 作戦としては非常に手堅い部類だ。その後、撤退に関する方策も指示された。圧倒的優位な状態だが、ひっくり返された時のことも想定している。当然だが重要なことだ。


「タックス隊はキャリアーの直衛に着け! プルートー、ラングレー! 俺と一緒に来い! イルダ、お前ももちろん最前線で突っ走ってもらうぞ!」

「了解了解、ったく。客人に対しても人使いが荒いんだからまー……」


 アイドリングしていた機体を立ち上げる。各部に全く問題はない、関節の駆動率は若干ながら向上している。ハンク老人が短時間で仕上げてくれたおかげだろう。歩き、出撃ハッチまで向かう。ローマンタイプのように、射出カタパルトがついている機種は稀だ。船を停止させて出撃するか、あるいはスラスターによる自力飛行しか方法はない。

 ソーンヴァインたち『銀の茨』ストライクチームは、緑と黒のまだら色迷彩のゲデルシャフトに乗り込み、出撃の機会を待った。ソーンヴァインは大型のコンバットアクス、それ以外のメンバーは大振りのマチェットめいた片刃剣をマウントし、大口径のアサルトライフルと両肩の連装ミサイルポッドで武装している。足下には何機ものスラマニが待機しており、対空、対バトルウェア装備で出撃の時を待っていた。


「全船、停止。これより一斉砲撃を行います。出撃をお願いしますわ」


 司令部からのカウントダウン。モニターには、地上で警戒に当たる部隊と、秘密裏に築かれたトーチカ群が映し出されていた。出撃の直前。イルダは気付かず喉を鳴らした。カウントダウンの速度が、落ちていく粘液のようにゆっくりと感じられた。


「各機、出撃ィッ!」


 カウントが0になったのと同時に、ソーンヴァインの野太い声が響いた。同時に後方から何度も砲声がした。キャリアーのハッチが開く。攻撃に反応した敵軍から、反応砲撃が返ってくる。大振りのアダマス盾を構えたゲデルシャフトが開いたハッチから飛び出した。立木に砲弾が命中し、なぎ倒され、辺りが火の海に包まれる。砲弾が盾に直撃するも、貫通はしない。推進力と機体の馬力で、それを何とか受け止めた。盾持ちの陰に隠れながらバトルウェアと、アームドアーマーが出撃して行った。


「対応が早いな。こりゃ、面倒なことになるかもしれないな……イルダ、行きます!」


 ハッチから飛び上がり、そのままイルダは飛んだ。直後、凄まじい密度の対空砲撃が彼を襲った。コックピットの中で冷や汗をかきながら、尚も彼は笑った。緩急をつけて飛び、バレルロール回転を織り交ぜ、迫りくる砲弾とミサイルを紙一重で回避する。何発か砲弾が機体を掠めていくが、それらは電磁反応装甲によって弾かれる。

 イルダのゼブルスを狙っていたトーチカに、砲弾が殺到する。攻撃を集中しすぎたため、他の敵への対応がおろそかになってしまったのだ。トーチカによる防衛網に穴が開いたため、他のメンバーの侵攻もまた、容易になった。そして攻撃が集中したことにより、イルダは大体のトーチカ位置を掴むことに成功した。


(対空砲火はもう大丈夫……だったら次は!)


 スラスターを停止し、自由落下に身を任せる。直前まで彼がいた空間に、弾丸が殺到する。地上部隊による対空攻撃だ。急激な方向転換によって生じた凄まじいGが、彼の体を襲った。それでも彼は笑みを崩さない。落下しながら腰にマウントしていた刀を抜き、それを真下に突き立てようとする。

 対空砲火を行っていたのは、密林迷彩を施したアクシスタイプの機体だ。肩には国民連邦のエンブレムが誇らしげに輝いている。ゲデルシャフトにパワーで劣り、センサー精度で劣る。だがレスポンスはなかなかのものだ。機体そのものの運動性も悪くはない。

対空攻撃を一時取りやめ、アクシスは汎用盾を構えた。刀の切っ先と盾とがぶつかり合い、一瞬拮抗する。盾の強度を刀の切れ味は上回る、あっさりと刀は盾を貫通する。イルダが振り払うと、刀は上三分の一ほどが切り裂かれ、飛んで行った。だが、その時すでにアクシスは刀の間合いから逃れていた。落下速度を加えた蹴りも避けられた。アクシスは距離を取りながら再びアサルトライフルを向け、地上に降りたイルダに反撃した。


高空斬撃を避けられ、膝立ちになったイルダはすぐさま横に跳び、銃撃を回避した。更に前方1200m地点にもう一機のアクシス、同じように銃撃を繰り出してくる。背後からの攻撃を受けていることを告げるアラートが機内に響いたが、それは彼も把握していた。手慣れている、アルフェンバインで戦った連中とは比べ物にならない。


(まったく、飛び道具の一つでも持たせてくれりゃあいいものを!)


 スラスター試験用のゼブルスに装備された火器は、脚部の小型グレネードランチャーだけだ。それも対バトルウェアを想定した装備ではない、足元の軽車両やアームドアーマーを掃討するための装備だ。対バトルウェアではよほど近付かなければ当たらないうえ、直撃させたとしても電磁反応装甲を貫くには至らない、隙を作るので精々だ。


 そんなことを考え、敵の攻撃を避けているイルダの耳に、ヘリのバタバタという思いローター音が聞こえて来た。地上からの攻撃を防ぐので精一杯なのに、その上ヘリからの対地攻撃とは。そろそろ悪運も尽きて来たかと思ったところに、救いの声が投げられた。


 木々の合間から、白煙の尾を引きながら対空ミサイル攻撃が放たれた。『銀の茨』のアームドアーマーが放ったものだ。密集した木々に囲まれた、遮蔽物の多い環境はアームドアーマーにとって理想的なものだ。排熱が少ない機体を補足するのは難しい。隠れながら放たれた攻撃を探知することはほぼ不可能だ。イルダへの明確な殺意を持って迫っていた戦闘ヘリのボディやテールローターに攻撃が直撃し、炎上した。


 同時に、ソーンヴァイン率いるバトルウェア隊がアサルトライフルを連射しながら突撃してくる。ゲデルシャフトの厚い装甲板と、高出力電磁反応装甲にとっては大したことのない攻撃だが、アクシスにとっては致命的な打撃となりえる攻撃だ。イルダの攻撃を受け、盾を破損していた機体の肩口にライフル弾が直撃し、爆発炎上。シールドごと左腕がもぎ取られた。その隙をイルダは見逃さない、爆発し、体勢の崩れた機体の死角に回り込み、機体の胴体をコックピットごと薙ぐ。


「やれやれ、助かったぜ……ソーンヴァイン!」


 体を捻り、回転を加えながらナイフを投げる。縦回転しながら飛んで行ったナイフはアクシスの膝関節に突き刺さり、瞬間機体の体勢を崩す。その隙を見逃さず、ソーンヴァインたちはアクシスに銃撃を集中させた。盾を構えるも守り切れず、貫通した弾丸がいくつもの弾痕を作った。燃料電池がオーバーロードし、機体が爆発した。


「どうってことはねえ、お前には助けてもらったんだからな。お互いさまよ」


 ソーンヴァインは笑った。イルダも微笑んだ。すると、機体のセンサーが敵の襲来を告げた。木々の隙間に偽装されたリフトから、いくつものバトルウェア、アームドアーマー、戦闘ヘリが飛び出してくる。敵兵はどんどん補充されていった。


「へへっ、こいつぁ面白え。こんだけの敵と会ったのは、どれくらいぶりだ……?」


 豪胆なソーンヴァインの口調にも、僅かな震えが見て取れた。イルダとて、これだけの敵と相対したのは戦争時代以来だ。前大戦の亡霊は彼が思っていたより多かった。


「大丈夫さ、先手はこっちが打てたんだ。ダメ押しの奇襲攻撃もある。これなら」


 その時だ。彼らの背後、立木が密集した場所から、突如として火柱が上がった。リフトを隠していた鉄扉が、数十メートル上空に浮かび上がった。それと同じ現象が、戦場のいたるところで発生した。通信機に、奇襲部隊の悲鳴が轟いた。


「こちらチャーリー! ま、待ち伏せだ! 爆弾が、爆弾が至る所にィーッ!」

「たっ、助けッ! 助けてッ! いやだ、いやだぁーっ!」


 断続的な爆発音。終わらない悲鳴。銃声が鼓膜を満たす。誘い込まれたという事実を理解するのに、それほど時間は要らなかった。


 地上でも、動きがあった。クレーター山から光が差したのだ。それは、クレーターを偽装して作られた軍事施設であったのか、あるいはクレーターの中をくりぬいて作られた軍事施設であったのか。正確なところは誰にも分からないだろう。分かることは、そこから多数の機動兵器が出現し、同盟軍が攻勢に転じたということだけだ。

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