Chapter3:英雄の幻影-1
『アクイラ』の襲撃に当たった《太陽系解放同盟》は殲滅された。破壊され、戦闘不能に陥った機体は、自分から自爆装置を作動させた。死してなお、情報は残さない。彼らが抱えている悲壮な覚悟に、その場にいた誰もが身震いした。
その後、各傭兵団にはある通達がなされた。一斉攻撃の指令だ。
「先程の戦闘において、我々は《太陽系解放同盟》の拠点と思しき場所の特定に成功しました。これはその時、撮影された映像です」
同盟の機体がエレベーターで置いていく、イルダが撮影した画像が映し出された。
「戦闘終了後、偵察班を派遣。報告によると南方100Km地点にある森林地帯に到達することが分かっています。我々は地上部隊と、地下構造を利用した奇襲部隊による同時攻撃を仕掛け、同盟軍に対する殲滅作戦を開始いたします」
モニターに地図が映し出され、地上部隊と奇襲部隊とがそれぞれダイアグラムで表示された。そこには名だたる傭兵団が書かれる中、地上部隊に『イルダ=ブルーハーツ』と、一人だけ名指しで書かれた男がいた。もちろん本人は抗議の声を上げる。
「ちょっと待て、なんで俺だけ名指しなんだ! 普通は『ブルーバード』だろうが!」
「『ブルーバード』には今回の作戦を務めるだけの能力がないと判断されましたわ。そのくらいのこと、あなたが一番理解しているのではなくて?」
イルダは思わず言葉に詰まった。もちろん、彼もそれくらいのことは理解している。むしろ、それを盾に作戦参加を断られるのではないか、と心中で密かに期待していた。同盟軍の中核は、旧国民連邦軍。見知った顔が多いのだ。
「確かに……私たちに、この作戦に参加する力はありません」
それは、意外といえば意外な言葉だった。ヨナは力なく、無念を悔いるように拳を握り、胸の前に置いた。そして、真っ直ぐな瞳でイルダを見つめた。
「イルダさん。あなたなら、きっと多くの人を救うことが出来るはずです……」
「待て、止してくれそういうのは。俺は全然、そういうのは好きじゃない……!」
イルダは愚図るように手を振るが、やがて真っ直ぐな瞳に耐えられなくなった。
「あー……クソ。分かったよ、やりゃいいんだろ。で、どこに乗りゃいいんだ?」
僅かな調整を終え、イルダの機体がローマンから飛び出していった。終始イルダは不機嫌な顔をしていたが、特に不満を口にするわけでもなかったため、スルーされた。
「珍しいわね、ヨナ。あそこなら絶対、食いついて行くと思ったのに」
「イルダさんがしたさっきの戦闘、見せてもらいました。根本的なところで、足りない」
格納庫に集合した三人。イルダを見送り、ヨナは二人を見た。
「もっと強くならなきゃいけない。誰も見捨てない、強い人になるには……! そのためには、いまじゃ足りない。だから力を、貸してほしいんだ」
ヨナは二本の手を伸ばした。片方はアルカに、そしてもう片方はシゼルに。シゼルは伸ばされた手を見て怯み、不安げな表情でヨナを見た。彼女はシゼルの不安に、満面の笑顔で答えて見せた。強張っていたシゼルの頬が、ようやく緩んだ。
「強くなろう、三人で。誰も悲しませることがないくらい、強くなろう……!」
少女たちは決意した。成長を世界は待ってくれないことに、しばらくして気付いた。
■◆■◆■◆■◆■◆■◆■
欧州高度2万フィート。一機の航空機が、音を切り裂き飛んだ。その機体には翼がなかった。流線型ですらなかった。機体の推力で無理やり飛んでいるようにさえ思える。
「こちらコーギー1。目標地点まで900Km地点。今日中にはそちらに着ける」
コックピットの中で、ハスキーな女の声が木霊した。妨害・傍受されやすい長距離レーザー通信で、ここから900Km離れた目標地点である『アクイラ』への通信を行っているのだ。正気の沙汰とは思えないが、彼女にとっては問題のないことだ。そしてそれは、眼下の砂漠に転がるいくつもの残骸を見れば誰でも納得することだった。
「こちら『アクイラ』ヘッドクォーター。コーギー1、予定時刻はとうに過ぎておりますわよ? まったく、いったいどこで油を売っていたのです?」
「油を売られたから、こっちで買い付けただけ。予定針路上に障害はないよ」
コーギー1と呼ばれたのは、小柄な女性だった。大人びた顔立ち、体つきは少女のそれではない。実際、見間違えられがちだが彼女は20だ。そしてコールサインの1が示す通り、彼女は『アクイラ』の攻撃部隊であるコーギー隊の部隊長だ。
「『アクイラ』での補給の後、あなたにはすぐに任務についてもらうことになっているわ。詳しくは、これから送る指令書に目を通しなさい」
「了解した、短波通信圏内まで移動する」
彼女はスロットルレバーを引き、スラスターの出力を上げた。直後、爆発的な加速によって生じた衝撃波が、辺りに爆発めいた音を響かせた。瞬間的にマッハまで加速した機体の中にあっても、彼女は冷静そのものだった。重力制御によってかかる慣性力さえ軽減されているとはいえ、高度な訓練なくばこのような挙動は出来まい。
眼下を見下ろす。砂漠か、廃墟か、深い森か。放射線の影響とも、新型の成長促進剤が無軌道にばら撒かれた結果とも言われているが、群生林の数は多い。全体的な森林は減少しているのだが、人の住めない荒廃した森だけは増えているのだ。こうした場所は犯罪者や反体制テロリストにとっての格好の隠れ蓑となってしまう。
しばらく飛んでいると、機体のコンソールがメールの受信を告げた。『アクイラ』からの指令書、九鬼が言っていた通りのものだ。コーギー1には補給を受けた後、地上部隊と合流し航空支援を行うように指示が出されている。彼女は次のページに進み、この作戦に参加するメンバーを見た。そして、一人の男のところで目を止めた。
「……イルダ=ブルーハーツ」
小さな唇の動きから、感情の動きを読み取ることは出来なかった。
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