Chapter2:冥府の果てから-end

 地下深く、奈落にいと近き場所。ここに彼らを集めた男は、この場所のことをそう言った。当たらずしも遠からず、といったところだろう、と男は思った。深い皺が刻まれた、老齢の巨木めいた体つきの男だ。がっしりとした実戦的な筋肉。頭部は禿げ上がっているが、別に病気で禿げているわけではない。すべて自分で剃っているのだ。いかめしい外見の男は、ふと持っていた深紅のベレー帽を見た。国民連邦のエンブレムが、まるで誇るかのように描かれている。男は自嘲気味に微笑んだ。


「アスタル大尉、こんなところにいたのかね?」


 声を上げることもなく、アスタルと呼ばれたこの男は、声のした方に振り向いた。旧国民連邦の、それも将官だけに特別に支給される、白を基調にし金糸をあしらわれたスーツを着た男がいた。くすんだ金色の髪、皺とシミだらけの顔の男だが、その目は不自然なほどぎらついているように感じられた。体つきはかつての鍛えを感じさせる引き締まったものであり、服装と立ち振る舞いにさえ気を付ければ映画スターのようでさえあった。


「本日、新たな同志がここに来ると聞いているので。出迎えです」

「キミのような男が、そのようなつまらぬ仕事をするものではあるまい」

「いえ、我々のような人間だからこそ、重要なのです。共に戦うことになるのですから」


 重いシェルターの扉が開き、そこから護衛のバトルウェアに挟まれるようにして一台のキャリアーが入って来た。相当、年季の入った旧型船で、単機での戦闘能力を持っていないであろうことは外見から容易に想像することが出来た。船の艦橋にはいくつか旗が掲げられており、その中には金色の三又槍が描かれているものもあった。


 キャリアーがドックに固定され、橋が渡された。そこから女が、二人の護衛を伴って降りて来た。鋭い切れ目と、豊満なバストは、かつて彼女が持っていた、万人が放っておかないであろう美貌を物語っていた。少なくともいまの薄汚れた姿をしていなければ。


「お招きいただき感謝するよ、アスタル=ペンウッド」

 降りて来た女、グース=リンネルは蠱惑的な笑みを浮かべながら、アスタルに話しかけた。彼の方は、それを歯牙にかける様子もなかった。


「招集に応じてくれたこと、感謝するグース。南方戦線以来か?」

「よしとくれよ、軍人時代の話なんてさ。もう何年も前の話だ……」


 グース=リンネルとアスタル=ペンウッドは、かつて軍の同期だった。月決戦が始まる前に分かれ、それ以降の行方はいずれも知られていなかった。アスタルに至っては、月決戦の際に戦死したとさえ言われていた。グースの方も似たようなものだ。


「《太陽系解放同盟》の戦士として、戦っていく所存だよ」


 そう、ここは《太陽系解放同盟》が秘密裏に所持する施設の一つだ。ここもまた、大戦期に築かれた巨大な地下建造物であり、連邦側が所在を把握していない施設でもある。独自のジェネレーターを備えているため、エネルギーの心配をする必要もない。

 グースにとって、ここは腰かけだ。決して、命懸けで革命を成そうなどと考えてはいない。適当に殺し、適当に稼ぎ、適当に抜けていく。少なくともその時はそう考えていた。


「キミの経歴は読ませてもらった、グース=リンネル少尉。南方戦線では多大な戦火を挙げたそうだね、密林を利用したゲリラ戦で……」

「あの時は必死にやらせてもらった。やらなきゃやられるだろうしね」


 もう一人の男を、グースは見たことがあった。もちろん、スクリーン越しだったが。レイヴン=ヴァンガード准将。国民連邦軍タカ派の軍人で、アスタル同様死んだはずだ。


「戦後も《太陽系連邦》と合流せず、独自にゲリラ戦を展開。堕落した市民や幻惑された軍への攻撃を散発的に続け、一定の戦果を挙げ続けて来たようだな」


「……?」


 どことなく、グースは違和感を覚えた。レイヴンの言葉だ。恐らくは、彼女がいままでしてきた行為のことを指しているのであろうことは、なんとなく彼女には理解出来た。だが彼の口ぶりでは、まるでいまも戦争が続いているかのようだ。


「しかし、これまでの戦績を見ると、犠牲を恐れ適当な戦果を挙げられていないようにも見える。攻撃が実に手温い。もっと多く敵を殺すことが出来たはずだ」

「あまり殺し過ぎると、私たちの評判にも響くから……」

「つまりそれは、キミに科せられた任務を放棄するということかね?」


 思わずグースは狼狽えた。ヴァンガードの言葉は、まるでいまも戦争が続いているかのようだ。いや、そう思い込んでいる。だからこうしてグースを叱責しているのだ。


(レイヴン=ヴァンガード……! ヤバイ男だ。いや、これはマジでヤバイ……!)


 腰掛のはずだった。だが、このままでは腰掛では済まなくなる。この男の狂気に付き合えば、必ずや自分が破滅的道程を至るであろうことが容易に想像できた。適当に話を切り上げ、逃げよう。キャリアーは置いていっても構わない。とにかく、ここから一歩でも遠くに行かなければならない。そうして、会話を打ち切ろうとした。


「まあ……そう言うな、レイヴン。寡兵であれだけの戦果を挙げることが出来たのだ。彼女の手腕ならば、必ずや大陸全土、否。宇宙全域に戦火を広げることが出来るでしょう」


 アスタルは、無意識に後ずさっていたグースの肩を力強く掴んだ。喉から空気が漏れた。アスタルの瞳には、暗い憎悪の炎が浮かんでいた。


(こいつら……どいつもこいつも、いかれてる……!)


 重いシェルターの扉が、ゆっくりと閉まった。グースは、自分が決して後戻りできない、地獄への階段を下りてしまったのだと、この時気付いた。

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