Chapter2:冥府の果てから-4
西暦2313年。東雲省吾は戦闘中の負傷を原因に医療措置に入り、ロシア内にある通称スノーフォール基地に下げられていた。怪我もあるが、勝ち目のない戦いにうんざりとしていた章吾はその措置をすんなりと受け入れた。05年に始まった戦争、長く続きすぎた。前線には厭戦気分が蔓延しているし、市民による反戦集会も根強いと聞く。いまのところ、国民連邦のメディア規制によりそうした人々は『マイノリティ』とされているが。
(勝ち目のない戦いで死ぬのはごめんだ。前線から下がれるっていうなら、いくらだって下がってやるさ……)
ギプスをはめた足を引きずり、吊られていないほうの腕でブラインドを上げ、外を見た。長きに渡って降り注いできた雪は完全に大地を埋め尽くし、一面を白で染めている。命の存在しない、静止した世界。まるでこの世界の行く末を占っているかのようだ。
下がれるのならば、温かく景色のいいところに下がりたかったが、それはもはや叶わない。かつて景勝地と呼ばれた場所の多くは質量兵器攻撃によってこの世界から消えている。宇宙に出た軍人は、変わり果てた地球の姿を見ることが出来たという。自分は宇宙に上がることがなくて幸いだった、と章吾は思った。
そんなことをぼんやりと考えていると、尊大さを感じさせる強いノックが二度響いた。そして、章吾の返答を待つことなく扉が開かれ、一人の男が入って来た。彼の副官は扉のすぐ外で待機しているのが見えた。上級将校だ。
「失礼するよ、東雲くん。まあ、掛けたまえ」
「……失礼いたします、大佐」
章吾の方が呼び出された、いわば客人だが、軍隊は厳密な縦社会だ。先に座ることなど許されない。
「私は国民連邦軍、本部付き大佐ヘイゼル=クルーガーだ。東雲省吾少佐、キミの活躍については聞き及んでいる。キミほどの男が負傷で下がるとは、勿体ないことだ」
「……身に余るお言葉、恐悦至極にございます」
皮肉か。そう判断した章吾は、過剰にかしこまった言葉で彼の賞賛を受け取った。実際、彼の活躍などたかが知れている。重力制御の不完全さゆえ、重力圏内での機動性と防御力に難があるとされているバトルウェアでさえ、連邦軍は満足に対応することは出来なかった。宇宙での機動に比べれば鈍重とはいえ、バトルウェアの機動性は在来地上兵器のそれよりも上だ。さらに、それ自体が対空兵器として十分に機能する性能を持っている。敵対する相手から見れば、要塞が歩いて来ているようなものだ。
彼がこれまでやってきたのは、精々が弾幕で敵機を牽制し、動きを制限し、高高度からの無誘導爆撃で仕留める程度のことだ。《オルダ帝国軍》が地上に投下した新型のECM装置により、通信範囲は大幅に制限された。弾道制御も同様、兵士たちは最新機器の使い方ではなく、初歩的な弾道学から学び直さなければならなくなっている。そんな戦術では、命中精度はまったく期待できない。むしろ、仲間を誤爆したことも少なからずある。救った命よりも、この手で奪った命の方がよっぽど多いのだ。
「そう、噛み付いてくれるな。私はキミを買っているのだよ、東雲少佐。2295年、日本防衛大学を優秀な成績で卒業。99年に発生した大使館襲撃事件を迅速に解決した功績により、異例の昇進を遂げた。艦隊指揮は専門外だそうだが、なかなかどうして。キミが国民連邦軍に移籍した2308年以降、大きな成果を挙げている」
「生き残るのに必死だっただけであります、大佐。だいたいにして、我々の艦隊は帝国の部隊に対して敗走を喫し続けてきました。他の部隊と、それほど変わりはありません」
最新鋭の装備とはいえ、物質で構成された物体であることに変わりはない。銃弾を受ければエネルギーを消耗する。砲弾が当たればダメージを受ける。コックピットに直撃を受ければ、死ぬ。長らく国民連邦はそんな簡単なことが出来てこなかった。ひとえに、人型機動兵器に対する無理解と、敵の保有する兵器との間に存在する圧倒的な技術差ゆえに。
「電磁投射砲搭載戦車を使い、地球で初めてバトルウェアを撃墜したのはキミの指揮する部隊だ。キミの活躍に、将兵は勇気づけられたものだよ……」
なにを言っているのか。章吾は目の前にいる赤毛の男の真意を測りかねていた。やたらと自分のことを高く評価していることだけは分かった。だが何をさせようとしている?
「東雲少佐、キミはこの戦争をどう思う? 私以外に、キミの発言を聞く者はいない。率直な感想を私に聞かせてもらいたい」
「率直に言わせてみれば、ミソもクソも一緒くたになった戦争だと思いますよ」
なんらかの処罰を受けるかもしれなかった。場合によっては侮辱罪で銃殺刑に処されるかもしれなかった。だが、腹の探り合いはいい加減うんざりしていた。ただでさえ、雪に覆われ何もない環境でメランコリックな気分になっていたのだ。
「火星開拓者連合の声明は、俺も偶然聞きました。連邦のお偉方は、何も聞かなかったことにしているみたいですが、俺としてはあんな事情があったんじゃ相手を撃つ気にもなれない。他の連中だって同じです、戦う理由が一気に消えてなくなっちまった」
5年前はまだよかった。《オルダ帝国》は地球侵略を企む悪の帝国で、自分たちは地球に住む人々を守る正義のヒーローなのだと。おためごかしだとは分かっていたが、まだ自分を誤魔化すことが出来ていた。だが、あの日からすべてが変わってしまった。
国民連邦が火星開拓者に科していた法外な税。命懸けで採掘した希少金属は二束三文で買い叩かれ、危険な作業環境にあってしても保障はほとんどなかった。なにか不平をもらせば、連邦は武力をちらつかせてそれを黙らせた。火星は100年の長きに渡って耐えて来た。彼らにとって星は母なる大地ではなく、自分たちを閉じ込める牢獄だった。
「確かに我々国民連邦は火星住民に対して圧政を敷いて来た。それは認めなければならない。だが、だからと言って彼らの蛮行を許す理由にはなるまい。そうだろう?」
「反論に反論を重ねるような真似は止めていただきたい。俺はあなたと議論をするつもりはありませんよ、大佐。なぜここに呼んだ?」
「キミに、この戦況を打破するための秘策を託したいと思ったからだ」
ヘイゼルの言葉は、章吾にとって予想外のものだった。さすがに言葉を失い、章吾はヘイゼルの次の言葉を待った。それを彼は、ずっと後悔し続けることとなる。
「……東雲省吾少佐、キミにはアイドルをプロデュースしてもらいたい」
「……は?」
■~~~~~~~~~~~■
少女たちは走る。一心不乱に走る。その横には厳しげな顔を大きなサングラスで隠し、軍帽を被ったタンクトップの男が檄を発しながらともに走っていた。少女たちはこの日のために集められた『選りすぐり』だ。彼女たちは懸命に走った。汗の飛沫が太陽光に反射し、キラキラと光った。もちろん現実にこんなことがあるはずはない、映像編集だ。
「軍ではそれなりに長いことやっているが……こんなバカバカしいのを見ることになるとは思わなかったぜ」
「上層部は本気なのでしょうか? こんなもので戦況を打破すると?」
章吾の部下、紅蓮=ダルトン軍曹と、ジョッシュ=ベルマン少尉は吐き捨てた。もちろん、彼らは『アイドル部隊』の一員ではない。章吾がこの特殊作戦に参加するにあたり、ヘイゼル大佐に聞いてもらったわがままの一つだ。
彼女たちの目的は、国民連邦市民の戦意高揚と、キャラクターグッズめいた物販の収入による連邦軍財政基盤強化だ。そのために選りすぐられた、目麗しい少女たちが画面の中で決死の表情で、しかし章吾たちの目から見ればまるでおままごとのような訓練に勤しんでいる。あくまで戦意高揚のために造られた舞台に、実戦的能力は期待されていない。
「所詮は捨て駒だ。例え死んだとしても、誰も文句を言う奴はいやしないからな」
章吾は彼らのプロフィールに目を通していた。共通しているのは、《オルダ帝国》に対して強い憎しみを持ち、自ら志願して来たこと。そして親族がいないこと。体力知力精神力、そのすべてが兵士として問題外であったとしても問題はなかった。ただそこに、良心的な市民にとって同情できるだけのストーリーが存在すればいいのだから。
訓練期間は半年。それから先は低強度紛争地帯に派兵されたり、前線の兵士たちへの慰問を行うことになっている。子供の活躍は誰しもの目に留まる。初歩的なコマーシャル戦略だ。ネガティブな意見は、連邦が完全に統制している。
(一応、育てはする。だが、半年で使い物になる兵士が出来るわけがない……)
上層部の方針がどうであれ、章吾に少女たちを死なせるつもりはなかった。彼女たちの死を悲劇的にキャプションすれば、それはそれで連邦の目的を満たすことは出来るだろう。だが、その道具となった少女は? 憎しみを晴らすために入隊し、それを叶えることなく死んでいく者の思いはどうなる? 戦場で数多の死に触れて来た昭吾にとって、奇妙な感覚だった。子供が相手だからだろう、その時の彼は感傷的だった。
ゆえに、訓練メニューは彼らのレベルを考慮しつつ、苛烈と呼べるレベルのものとなっていた。これでも正規軍のブートキャンプに比べれば屁のようなものだ。だがここすら越えられなくて戦場に立つことは出来ないだろう。章吾はもう一つのわがままとして、『半年の間に一定レベルに達しなかった子供は強制的に除隊処分とすること』、という約束を取り付けていた。虚構にもリアリティがいると、半ば無理やり説得した形だ。
「で、軽く見て使い物になりそうな奴はいるか?」
「バルダインっての以外で?」
「バルダイン以外でだ。だいたい奴は正規軍から引き抜いて来たんだぞ」
章吾の最後のわがまま、それは正規軍から一人、秘密裏に部隊に編入させることだ。同年代の人間を入れることによって闘争心を刺激し、全体的なレベルアップを図るという建前だったが、章吾の本心は別のところにあった。つまり、彼女のレベルを見て自分たちの力のなさを痛感し、彼女たちが兵士となることを諦めてもらいたかったのだ。実際、シゼルの能力はまさしく比べ物にならないほど高かったのだから。
「こいつら、ここが終わったらどこに行くことになってんだ?」
「各地に散り散りだな。欧州、アメリカ、東方……」
「上層部は正気なのでしょうか? どこもかしこも、戦火はそこまで迫っている」
ジョッシュの言っていることは正しい。そもそも、宇宙から攻めてくる敵を相手に戦線は指標にこそなれど、絶対的なものには決してなりえない。世界のどこであろうと、次の日には戦場になっている可能性さえある。そしてそれを誰も分かっていない。
「頭がイカレていなけりゃ、こんな作戦を考え付きもしないだろうさ」
窓の向こうで訓練に勤しむ子供たちは、自分たちの未来のことを知っているのだろうか。恐らく、知らないだろう。自分たちでさえ、なにも知らないのだから。
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