Chapter2:冥府の果てから-3

 『アクイラ』は船内都市である居住区画と高層部の操舵区画、中層に鎮座する動力区画、そして内部構造の大部分を占める研究区画から構成されている、《アルタイル社》関係者だけが入ることを許された移動研究都市だ。同時に傭兵にとっても武力の象徴的存在であり、百にも及ぶ機動兵器を同時に運用することが可能な設備を持ち、用兵部門と呼ばれる私兵たちによって守られる要塞でもある。『アクイラ』は傭兵たちの移動前線基地でもあるのだ。

 接岸している傭兵団は、『ブルーバード』だけではない。大小さまざまなキャリアーが『アクイラ』内部に設置されたキャリアードッグに停泊している。


 もちろん、常に『アクイラ』周辺にこれほどの兵力が伏せているわけではない。ではなぜ、このような場所に彼らがいるのか? それは数日前発信された招集によるものに他ならない。章吾たちがアルフェンバインを訪れたのは、ここに来るための補給でしかない。章吾たち以外にも、多数のキャリアーがすでに『アクイラ』に接岸している。さながらそれは、大洋を泳ぐサメと、それに付き従うコバンザメといったところか。

 船内は緊迫した雰囲気に包まれており、普段は騒がしい子供たちも思わずその口をつぐんでいるようだった。イルダもここに入る前、ざっと辺りを見回して来たが、名のある傭兵団は多くがここに停泊していた。『銀色の風』『夜鷹の空』『紅蓮鬼』。いずれも武闘派として知られ、テロリスト撃墜スコアトップをひた走る精鋭たちだ。


「うわー、見てくださいよー。新型があんなにたくさんありますよー。さすがは『アクイラ』、けっこうな装備で固めているんですねー。外装もいい感じですよー」

「とはいっても、キミは至った普段通りなんだね……」


 一切空気を読む気がないアクアの言動は、いっそ清々しかった。この『アクイラ』に乗船しているのは船長の昭吾、機動兵器パイロットであるイルダ、ヨナ、アルカ、シゼル。そして整備班から代表でアクアが参加していた。周囲の研究員や傭兵から奇異の視線を向けられながら、彼らは目的地である中央会議室へと至った。


 ホールめいた巨大な会議室には、すでに訪れていた傭兵たちが思い思いの活動をしていた。仕事仲間との話に興じるもの、一人何かするもの、眠っているもの。

 個性豊かな傭兵たちの中にあってさえ、『ブルーバード』の面々は奇抜だ。なにせ、子供が混じった兵団なのだ。一部の傭兵はあからさまに侮蔑的な視線を向けるが、イルダの姿を認めると一転、彼らの視線が好奇から親しみのそれへと変わった。


「イルダ! おめえ、姿を見せねえと思ったがそんなところにいやがったのか!」

「久しぶりだな、ダニー。斬られた腕の調子は? おっと、そこにいるのはDガール。けっこう景気がいいって聞いてるよ。ソーンヴァインも元気そうでなによりだ」


 イルダは挨拶をしてくる面々全員に言葉を返した。


「あの、イルダさん。ここにいる方々、皆さんお知り合いなんですか……?」

「ああ、アルカちゃん。何度か一緒に仕事をしたことがあるんだ。ほとんど軍からのドロップアウト組だけど、いい腕してる。頼りになる連中だよ」

「だーれがドロップアウトだ! 俺の方が軍を見限ってやったのよ! ガッハッハ!」


 ソーンヴァインと呼ばれた、禿げ頭のビア樽めいた体型の大柄な傭兵が笑うと、他の傭兵たちもつられるように豪快に笑いだした。一部はそれに呆れたような顔を浮かべているが、皆もそれは知っている。特にノらないことに文句を言うものはいない。


「で、イルダ。お前の仕事はいつからベビーシッターになったんだ?」

「ベッ……!」


 赤子呼ばわりされ怒り心頭なヨナを何とか抑えながら、イルダは言った。


「彼女らは若いけど、腕は確かだ。俺が保証するよ。けど戦場での立ち振る舞いがなってないから、俺が呼ばれたってわけ。彼女らの保護者ってわけじゃない、俺の仲間さ」


 ソーンヴァインは値踏みするように少女たちを見た。ヨナはその目を、真っ直ぐ睨み返した。しばらく睨み合っていたが、しばらくするとソーンヴァインは破顔した。


「ガッハッハ! なるほど、イルダの言う通り骨のある小娘どもだ! すまんな」

「えっ、ど、どういう……」

「お前さんらのことは知らんが、イルダ=ブルーハーツという男のことは知っておる。こいつがわざわざ、使えない奴のことを立てるような人間ではないことは知っておるわい」

「おい、それだと俺がひどい奴みたいじゃないか。それは訂正してくれよ」


 言葉の一部にイルダは反論した。ソーンヴァインの語ったことの半分も分からなかったが、認められはしたのだということがヨナにはかろうじで分かった。その様子を後ろから見ていた章吾は、静かに微笑んだ。


 そうしているうちに、部屋の照明が微かに落とされた。初めてここに参加するヨナたちは当惑したが、他の面々は誰に促されるでもなく着席していった。正面のデジタルプロジェクターに映像が投影され、奥の扉から一人の女性が現れた。

 長い金髪を腰の長さまで伸ばした女性で、傭兵然とした機能性に富んだ防弾ジャケットを会議中だというのに着込んでいた。もっとも、備えは傭兵の常、このような服装も許容されている。参加している多くの傭兵たちも同様だ。


「本日はお集まりいただき、皆様ありがとうございます。本日司会を務めさせていただきます、鳳上院九鬼と申しますわ。どうぞ、よろしくお願い申し上げます」

「あの人……!」


 ヨナは驚いたような声を上げ、立ち上がりそうになったが、それを察したイルダに遮られたのでそうなることはなかった。鳳上院九鬼、欧州で傭兵をしているのならば一度は名前を聞いたことがあるだろう。《アルタイル社》用兵部門、欧州方面部長。現場レベルの責任者であり、自ら現場に赴くことも少なくない。

 貴族の出を自称する彼女は、実際に遡れば日本の公家の家系に当たるそうだ。《アルタイル社》の大口出資者の家系でもあるが、現在の地位はコネによるものではなく自力で築き上げたものだ。努力の人であり、実直にして堅実な姿勢は自軍の運営方針にも反映されている。手堅い用兵術で戦果を挙げるその様はいっそ教科書的でさえある。


「皆様にお集まりいただいたのは他でもありません。我々傭兵団、共通の敵となる存在についてのお話ですわ。まずは、この映像をご覧いただきたいと思います」


 そういうと、プロジェクターの像がアルタイルの刻印から映像データに書き換わった。映像に映し出されていたのは、複数の機動兵器が小さな村々を蹂躙する姿だった。子供たちはその光景に眉を顰めるが、傭兵たちはそのような光景には慣れている。むしろ、彼らは機動兵器の肩や機体側面に描かれたエンブレムに目を奪われた。


「あれは……国民連邦のエンブレム? 大戦時に残存していた機体か? だが……」

「皆様がお考えの通り。この機体は大戦期には製造されていないタイプの機体ですわ。ですから、市場に流れた物を改造したものと考えてよろしいでしょう。彼ら国民連邦の残党たちは、自らを《太陽系解放同盟》と名乗り各地で破壊活動を行っております」


 太陽系解放同盟。その名に込められた邪悪な意思を感じ取り、皆が固唾を飲んだ。特に、イルダの反応は露骨だった。矍鑠とした表情が歪み、歯を強く食いしばり、手が赤くなるほど強く指を握りしめていた。


「我々の目的は、《太陽系解放同盟》を名乗るテロリストの殲滅ですわ。簡単なことではありませんが、《太陽系連邦》の元に一つになった世界を壊させるわけにはいきません」

「《太陽系解放同盟》と名乗る組織の詳細は?」


 熟練者めいた雰囲気を放つ老齢の傭兵の言葉に答えるように、プロジェクターが新たな像を映し出した。同時に、各自の持つ携帯端末に一斉に情報が送信された。様々な人物の顔写真、機動兵器の性能評価、その他諸々。狡猾に調べ上げられたデータの数々。


「《太陽系解放同盟》を名乗る組織は、旧国民連邦出身者で大半が占められています。中でも連邦軍高官の多くは、そのまま組織の上層部にシフトしているようです。武装は旧連邦系のほか、流出した《アルタイル社》製品を用いているようです」


 かつての大戦で、敵対するものを滅ぼすために核すら持ち出した連中が未だに生き延び、地球に害悪をばら撒いている。そしてその恨みは、この中にいる者も持っていたものだ。一同、忸怩たる思いを浮かべ、沈痛な表情を浮かべざるを得なかった。


「彼らは大戦期に建造された地下構造を拠点としているようです」

「地下構造?」

「《オルダ帝国》からの高高度質量攻撃に対抗するため、要塞化した塹壕を各地に敷いていたようです。無軌道に造られてきたそれは、終戦期の混乱で設計図が散逸したり、存在そのものが忘れ去られたりしたことで、《太陽系連邦》でも全貌の把握には至っておりません。彼らはその一部を拠点として使っているものと思われます」


 地上に敷いた施設は高空からの攻撃に弱いが、しかし地中にそれを埋めてしまえば分厚い装甲と地層によってダメージの大部分を散らせることが出来る、ということか。いずれにしても狂気的な計画だ。誰も知らない地下迷宮が、この欧州に存在しているなどと。出来の悪いファンタジー小説のようだ。


「我々が依頼する、太陽系解放同盟作戦のほか、独自の攻撃作戦や遭遇戦に対しても報奨金を支払うとお約束します。依頼に基づかない場合、報奨金の支払いには画像の提出や第三者機関の精査が必要になるため支払いが遅れる場合があります。詳しくは……」


 九鬼のミーティング、というより説明会は、延べ数時間にわたって続いた。その間イルダは、各地で行動を続ける《太陽系解放同盟》について、ずっと考えていた。


 ミーティングが終わった後、『ブルーバード』の面々は『アクイラ』の通用路を歩いていた。いつも通りなのはアクアくらいのもので、他の面々は思い思いの表情でこれから行われる《太陽系解放同盟》との戦いについて考えていた。


「東雲さん。あんた、この作戦に参加するつもりなんですか?」


 重苦しい沈黙を切り裂き、イルダは章吾に問うた。その目は真剣そのものだ、普段のそれとも、グースやカムイと戦っていた時のそれとも違う。章吾はイルダの目を真っ直ぐ見つめ、はっきりと、その場にいる面々に聞こえるように言った。


「俺たちは《太陽系解放同盟》とは戦わない」


 子供たちは驚き、一斉に章吾の顔を見た。否、シゼルは一人、その言葉を予想していたのか、落ち着き払った様子であったのをイルダは見逃さなかった。アクアもその言葉を予想していたようだった。だが子供たちはそれを予想もしていなかったようだ。


「どうしてですか!? 人々を傷つけるテロリストなんですよ? 私たちが戦わないで、いったい誰が、戦うっていうんですか!」

「俺たち以外の傭兵団が奴らと戦う。それで十分だろう」


 章吾の口調は有無を言わせぬ力強いものだった。だがヨナも負けていない、迫力では章吾のそれが圧倒していたが、ヨナの若く、青臭い理想はその程度では挫けぬ。


「いま、こうしている間にも傷つけられている人々がいるんです! そんな人たちを見捨てて、私たちだけが尻尾を巻いて逃げだし、他の人に任せる? そんなことは!」

「許されないとでもいうつもりか、この青二才がッ!」


 それに対する章吾の反論は、自然苛烈なものになる。


「私は、守るべき大切なものを守れなかった! 今度こそ、そんな無念は味合わない!」

「そうか、ならば一人でその理想を達成しろ! お前の自殺にチームは付き合えんッ!」


 イルダは呆気にとられ、その光景を見つめるだけしか出来なかった。たしかに、ヨナの正義感は他のメンバーと比べても強い方だ。だが、章吾にこれだけ食い下がるとははっきり言って異常だ。章吾は厳しくとも親愛を持って子供たちに接している。それだけに、口に出す言葉は自然と厳しいものになる。それは数日の交流で分かっていたことではあるし、ヨナも内心ではそれを理解していると思っていた。だが……


「ヨナ、落ち着いて! 章吾さんの言っていることが正しいよ……!」


 力強い眼差しで章吾を睨み付けたヨナは、一人ローマンに向けて歩き出していこうとした。その肩を、シゼルが押し止めようとした。その表情はいつものそれとは違う。自己主張が少なく、自我が薄く見える彼女がこのような表情を見せたことはなかった。少なくとも、訓練をしていた時には。

 だがヨナは、シゼルの手を払いのけ、憎悪すら感じるほど強く睨み付けた。


「あなたたちに……人の死をなんとも思わない人には、正しいんでしょうね!」


 さすがに言い過ぎだ、だがイルダがそれを止める暇すらなくヨナはそこから立ち去って行った。シゼルはもはや止めなかった、いや止められなかった。この世の終わりを見たかのような絶望的な表情に、彼女はなっていた。呼吸は乱れ、滝のようにぬるりとした脂汗が溢れ出て来ていた。アルカとアクアが、彼女を介抱しようとした。


「いくらなんでも、聞かないわけにはいかなくなりましたよ、東雲さん」

「……」

 章吾は目を背け、窓の外を見た。それでもイルダは怯まず問い質した。


「彼女たちの訓練を見ていて、ずっと違和感を覚えていました。それは、あの子たちの過去に問題があるからだ。そしてそれは、俺が思っている以上に根深いものだ!」

「……」

「教えてください、東雲さん! このままじゃ、この子たちは全員ダメになる!」


 東雲省吾は、歯を噛み鳴らした。その表情には計り知れない後悔の色が見て取れた。深い雪の奥底に捨ててきたはずの記憶が。罪の記憶が、東雲省吾の意識を苛んだ。

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