Chapter2:冥府の果てから-1
かつて戦争があった。大昔の話ではない、ティーンエイジャーであったとしても、先の大戦について話を聞けば、それなりの回答を返してくれるだろう。いまから二年前まで、地球在住者によって組織された《国民連邦》と、宇宙開拓民たちが自分たちの待遇改善を求めて組織した《オルダ帝国》との戦争が続いていた。
熾烈を極めた戦争は、いつしか双方の絶滅を目的としたものに変わっていった。過剰に煽られた憎悪、親しいものを失った怒りと悲しみ、利害。感情と理性とが入り交じり、もはや誰にも制御出来ぬカオスがそこにはあった。
西暦2315年2月17日、《オルダ帝国》は最大最強の質量兵器、すなわち月を用いた『ムーン・クライシス作戦』を決行。国民連邦側も地球全土からかき集めた核兵器を用いた無制限核報復攻撃『ピースウォーカー作戦』を決行。太古の昔より予言されてきた人類の終末をその日、迎えようとしていた。
最終的に、月が地球に落ちることも、核の炎によって植民惑星やコロニーが焼かれることもなかった。両軍和平派が武装蜂起、国民連邦主戦派を粛清し議会を制圧。《オルダ帝国》側も強固な主戦論を唱えていた皇帝グスタフを打ち倒すことにより作戦を停止させた。最終作戦後、生き残った者たちは停戦条約を締結させた。一度の休戦期をはさみ、10年にも渡って続いた戦争はその日、終わりを迎えたのだ。
無論、歴史には語られていない側面が存在する。両軍に存在した戦意高揚部隊『アイドル部隊』の存在は闇へと葬られた。粛清を逃れ、結成された《太陽系連邦》に残留した者すらもいる。前線へと送られながら、行方知れずとなった人や物も多くある。和平実現に当たって《アルタイル社》が多数の裏工作を行ったことは誰にも知られていない。
そして何より……開戦当初より対帝国戦線へと参加し続けた、機甲騎士の行方は誰も知らない。誰よりも多くの敵を打ち倒した彼は、最終作戦の折り連邦を裏切り、和平派艦隊とともに両軍の最終作戦を停止させるために尽力した。たった一人で数十基の核ミサイルを撃墜し、苛烈なる月防衛線を突破しルナブースターを停止させた。そして尚も作戦続行を図る帝国皇帝グスタフとの壮絶な撃ち合いの末相打ちとなり、宇宙の塵と消えた。
宇宙で最も気高き機甲騎士、海東イスカの存在を、知る者は少ない。
◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆
「C1、撃墜判定。シミュレーションを終了します。お疲れ様でした」
無慈悲で無味簡素な機械音声がヨナ機の撃墜を告げ、本日のシミュレーションは全て終わった。軍用シミュレーターは精度が高く、それこそ実戦レベルの経験を積むことが出来るが、相応に電力消費量が大きい。そのため、『ブルーバード』ではよほどのことがない限りこの筐体を起動させることはない。基本は座学と本人の訓練だ。
そして、そのよほどのことが起こったのはもはや言うまでもないだろう。イルダ=ブルーハーツの加入だ。彼の加入には戦力の底上げ以上の意味がある。すなわち、個々のレベルアップだ。いまのヨナたちは素人に毛が生えた程度のレベルだ。個人技はそれなりに出来ても、集団戦の練度は問題外と言っていい。予期していない方向から砲弾が飛来し、目まぐるしく戦況が変わる戦場では、連携なくば死が待っている。章吾はそれを避けたい。
「うーん、思っていた通りだな。ヨナには突出傾向、アルカは狙撃地点に固執する傾向がある。シゼルは全体のバランスを取ろうとして無理をしすぎる。この前見ていて分かったが、みんなチームなのにバラバラに動きすぎだ。ちょっとはシゼルの負担を考えろ」
シミュレーターから吐き出された結果を見ながら、イルダはため息を吐いた。制限時間5分間、5×2回のセットマッチ。標準的な市街地での戦闘を想定し、敵の数は同数。結果としては2対8でヨナたちの負けだ。特に最後のマッチは酷い。狙撃ポイントを確保しようとしたアルカがカウンタースナイプを食らい37秒で撃墜、十字砲火を食らったヨナを守ろうとしてシゼルが51秒で撃墜、残ったヨナは集中砲火を受け57秒で撃墜。
それまでの戦いでデータを集積し、戦術をリアルタイムで変えてくるとはいえ、一分も保たないとはさすがのイルダも予想していなかった。シミュレーターでこれでは、実戦に出ればまさかの30秒全滅すらあり得る。生身の歩兵よりはるかに生存性に優れるとはいえ、アームドアーマー同士の戦いなら容易に装甲が貫かれ、中のパイロットがダメージを受ける。特にマルテはスラマニより純粋な装甲厚だけでいえば下だ。
「さて、キミたちの実力が全く通用しないのは分かってもらえたと思うが……」
「ッ、まだまだ! 次こそ絶対に勝ち越して見せますッ!」
「悪いが、二度目はない。東雲さんからダメだって言われてるんだ、電力食うから」
次こそは、その意気は間違っていない。悪いところを訂正し、次に挑む。だがイルダは、まだやり直す段階にはないと考えていた。それ以前の問題だ。
「ヨナ、相変わらず直観の冴えと格闘戦の練度は見事なもんだ。アルカの狙撃精度はかなり高い、命中率は通算で92%。知覚補正が入っているとはいえこれほどの成績を残せる奴はそういないよ。シゼルに関しては言うことはないんだが……」
シゼルは全体に目を配っているし、動きもいい。若干命中精度と撃墜数のスコアは悪いが許容範囲内だ。どちらかといえば二人にとどめを任せるために誘い込んでいるからこその成績だ。そもそも三人の問題は機動兵器適性云々の問題ではない。
「まあ、ちょっと趣向を変えて行こう。これからレクリエーションを行う」
三人は唐突な言葉に呆気に取られているようだった。イルダは背中から一丁の拳銃とナイフを取り出した。もちろん、どちらも実銃ではない。
「ペイント弾を装填した銃だ。装弾数9発、命中するとこんな感じで塗料が飛び散る」
壁に向けて銃を放つ。火薬が破裂する軽い音がしたかと思うと、壁に赤の塗料が飛び散った。飛沫自体は小さなもので、それこそ銃創のような形をしていた。
「ナイフの方も刃を押し付けると塗料が飛び散るようになってる。接触させないとダメ。これを使って、船内でちょっとしたゲームをやろうじゃないか」
「ゲーム?」
「そう。キミたちは三人。相手は一人。船内の艦橋などの重要区画や、機関室のような危険な区画を除いて、どこを使ってもいい。どんなやり方でもいいから相手に三発当てる。それが出来たらキミたちの勝ちだ、機動兵器テストに再度移るよう俺から打診する」
「……つまり、これが出来なければ私たちは乗る資格がないと言いたいんですか?」
ヨナはイルダに向かって、反抗的な視線を向けた。ほんの少し認められたが、しかしそれでも依然として彼女の不信感は強い。彼女の目を見ながらイルダは言う。
「そういうこと。というより、キミたちの問題はシミュレーターで解決出来るようなものじゃない。自分の体で、自分の感覚で、自分の頭で掴んでいくしかない」
「……分かりました。それで、始まりはいつからなんです?」
イルダは通路の曲がり角を見た。そこから、大柄な男、紅蓮=ダルトンが現れた。
「よう。なんか面白そうなことをするって聞いて来たんだが、ここかい?」
ダルトンの唇が獰猛に歪んだ。少女たちは恐怖と焦りですくみ上った。イルダはその隙に、こっそりと脇を通ってこの場から脱した。背後から銃声と、悲鳴が聞こえてきた気がしたが、それは彼には関係のないことだった。
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