Chapter1:欧州戦線-end
襲撃から一晩経って、街は普段の様相とは打って変わって慌ただしくなっていた。当然だ、街のシンボルであった駅舎をはじめとして、様々な施設が打撃を受けていた。特にキャリアードックが破壊され、交通網が根こそぎ寸断されたのは大きい。死にゆくアルフェンバインは常に外の血を必要としていた。流れが止まれば後は腐るだけだ。
炎は未だにくすぶっており、消防隊やレスキュー隊員が街中を駆けずり回っている。そんな中、イルダは一人『タパージュ』まで来ていた。炎にまかれ、命を落としたアンドリュー老人をいつまでも建物の下敷きにしているのは忍びない。そう思った。
けれども倒壊し、瓦礫の山になった『タパージュ』を見て、イルダは途方に暮れていた。たった一人で瓦礫を押しのけ、中に入るのは不可能に近かった。あの時、自分が店から出られたのは幸運だった。あと少し遅ければ、屋根瓦が骨組みごと落下し店の入り口を塞いでいたのだ。命を救ってくれた老人に、イルダは心のうちで感謝した。
「とはいえ、どうしたもんか……こんなところに機体持ってくるわけにもいかないし、生存者がいないんじゃここを掘り起こすのも最後になるだろうからな……」
救助用建機の大半は助けを待つ人がいるだろうと考えられている中心街に集中している。このあたりの死者が日の目を見るのはまだ先のことになる。バトルウェアは災害救助の場には向いていない、あまりに大きすぎる。そもそも先程の戦いで左腕を損傷しているため、下手をすれば二次災害を呼びかねないというのも大きかった。
「よう、あんたこんなところにいたのか。探したぜ」
思案していると、突然声をかけられた。振り返ると、昨日雑貨屋にいた男がいた。
「あれ、あんたたしかあの時……」
「あの時は名乗りもしなかったな、東雲省吾だ」
差し出された手を取りながら、イルダはいぶかしげな視線を向けた。章吾は一人ではない、大男のようなゴリラと金髪長髪の優男を伴っていたのだ。あまりにも怪しげだ。
「こいつはジョッシュ=ベルマン、俺の助手だ。こっちのゴリラは紅蓮=ダルトン」
「よろしく頼むぜ、俺はゴリラじゃなくて人間なんだ。それは覚えておいてくれ」
ダルトンと呼ばれた男はゴリラのように大きく、優し気な手を差し出した。イルダのそれより2倍くらい大きく、軽く握られただけなのに痛みが走った。それでも顔をしかめず、笑顔でイルダは応対した。ジョッシュは軽く頭を下げるだけで、握手はしなかった。
「それで、あなたたち俺に何か用があるんですか?」
「昨日はありがとよ、お前さんのおかげでガキどもも死なずに済んだ」
「ガキども……もしかしてあのアームドアーマーのパイロットのことですか? ってことは、あなたたちはあの時出て来たキャリアーに乗っていた人たち?」
戦いが終わった後、イルダはロクな挨拶もせずに保管庫に戻っていった。章吾たちも同じようなものなのでお相子といったところだろう。イルダとすれば機体の安全を確保したり、街での救助作業があったし、章吾たちの方も子供たちに言うことがあったためだ。
「グース=リンネル、性質の悪い盗賊だ。金品の強奪なんかは朝飯前、人身売買や暗殺なんかも請け負う無法者さ。俺たちの手に負える相手じゃなかったが、あんたのおかげで街を守り、俺たちの身も守ることが出来た。感謝しなきゃいけないと思ってね」
「当然のことをしただけ……って言ったら気取っているように聞こえるか? けど、俺が言えるのはそれだけさ。やるべき事をやっただけ、褒められるようなことじゃない」
実際のところ、自分が戦った理由は最悪の部類だとイルダは自分で考えていた。憎しみに囚われるままに戦えば、自ずとその戦い方も凄惨なものになる。それは憎しみを連鎖させるものだ。それは分かっていたが、あの時イルダは飛び出さずにはいられなかった。
「カムイ=ノクサスの方には懸賞金がかかっている。あんたが倒した、赤いゲデルシャフトの男だ。現場に残っていたのは俺たちの方だったから、俺たちにキルマークが突いちまったが……懸賞金が出たら、お渡ししよう。あんたが倒した奴だからな」
「マジか、それは助かるが……本当にいいの? 後悔したりはしないよね?」
「当たり前だ。無駄な評判が突けば、それだけ仕事がキツくなる。盗賊から謂れのない恨みを買ったりもする。だから出来るだけ、そういうのはない方がいいのさ」
そう言ったが、章吾はすでに報奨金をアルフェンバイン自治体から受け取っていた。最低限のものだが、弾薬や燃料を買い足してもなおお釣りが来るほどのものだった。この上で欲をかいても仕方がないと章吾は考えていた。
「後……話はそれだけじゃない。あんたの力を、是非とも借りたいんだよ」
「俺の力を? つまりそれは……ヘッドハンティングとか、そういう話なのか?」
「そうだ。待遇は保障出来ん、傭兵なんてやってるんだ、分かるだろうあんたも? そのうえで……昨日の戦いを見て、あんたはいったいどう思った?」
思いがけず昨日の戦いへの論評を求められ、一瞬詰まったがすぐに思い出すことが出来た。戦闘に評価を下すなら『最低』という言葉が一番しっくりくるだろう。マルテパイロットの動きはそれなり、だがそれから先がダメだ。連携がバラバラ、失敗時のリカバリーも出来ていない。緑色のマルテはそれなりだが、それ以外は最悪だった。
「非常に独創的でエキセントリックンな戦い方だった。どうすればあれで生き残っていられるのか、出来れば俺の方がご教授願いたい気分だ……ってところかな?」
「ストレートな批評をありがとう。つまり、そういうことだ。あのまま戦い続ければ、あいつらは必ず死ぬ。俺はそれだけは……絶対に避けたいと思っていた」
章吾の顔つきは険しいが、確かな意思を感じられた。言葉にウソはないのだろう。
「俺もこいつらも、人にものを教えるのは得意じゃない。あの船を動かすには最低三人はいる、俺たちが前線に出て行って、あいつらを引っ張っていくわけにもいかない。腕の立つ奴がいればいい、常々そう思っていた。そこにあんたが現れたってわけだ」
「お眼鏡にかなったようで嬉しいが……しかし、なぁ……」
章吾の提案に、イルダはしばし思案した。フリーランスという立場が気に入っていた。たしかに常に金に困ることにはなる。だが、しがらみはない。人間関係に気を使う必要もない。ヤバイ山に当たってしまったら、自分一人で逃げ出せばいい。身の軽さは武器だ。
「あんたの待遇は……約束しよう。俺たちだって金を持っているわけじゃないが、それでも尽力する。少なくとも機体の整備費用と日々の飯代には困らないように図ろう」
「よろしくお願いします、東雲さん。俺、精一杯頑張りますからね」
明日の飯を食えない生活の辛さをイルダはよく知っている。そして明日の飯が食えるのならば、たいていの辛さは克服できるということを。イルダは了承した。
「で……契約金替わりってわけじゃないんだが……」
「何か必要なものがあるのか? 出来るものなら、手配してみるが」
「いや、そうじゃないんだ。ただ、ここを掘り起こすのを手伝ってほしいんだよ」
アンドリュー老人の死体は完全に炭化し、生前の面影は完全になくなっていた。それでも、イルダは老人の体を丁寧に毛布で包み、死体安置所へと連れて行った。そして彼の親族が一人もおらず、引き取り手もいないことを確認し、カムイ=ノクサスの懸賞金を使って彼を共同墓地に入れる手続きを済ませた。その後、彼は章吾の下に赴いた。
「《アルタイル社》傭兵団所属、イルダ=ブルーハーツ、本日着任しました」
イルダはおどけた様子で敬礼する。章吾はその姿に苦笑した、正しい敬礼だ。
「お前には機動兵器部隊の教育と指揮を任せる。規模的には小隊長ってとこだな」
「一兵卒が次の日には隊長か。ワクワクするね、偉くなるっていう感じがするよ」
彼の両肩にかけられたものは、重い。事前に資料を読ませてもらったが、イルダは頭が痛くなるのを感じた。平均年齢16歳、見事なティーンエイジャーたち。自分も似たようなものだが、ここまで絶望的なものだったかと記憶を思い起こしてみる。
子供たちに教えるのは戦い方だけではない、一般的な教育に常識、この世界で生きていくために必要なこと。いずれ、傭兵が必要なくなる世界はきっと訪れる。そうなった時、彼女たちが自分の力で生きて行けるようにしていかなければならない。それが東雲省吾の要望だ。父親のつもりはない、と彼は言っていた。だが。
(これは相当な親バカとか、そういうやつだな)
内心で苦笑すると、章吾にギロリと睨まれた。慌てて彼から視線を外した。
「ところで、船のクルーはこれで全員なんですか? 随分少ないですけど……」
「ブリッジクルーは私たち三人だけです。ご存知のように機動兵器パイロットとして三名、それから整備班に二名。整備班は物資の管理も兼任しています」
「人も金も物も潤沢じゃないからな。懐の管理は俺がするようにしている。ないない尽くしのおかげで、少人数の運用が出来るってのは皮肉というほかないがな……」
章吾は自嘲気味に笑ったが、内心イルダは驚いていた。小規模でも組織を動かすならそれなりの人数がいるはずだ。金と物を食い荒らすキャリアーを運用しているならなおさらだ。それをたった五人のクルーで滞りなく回すとは。目の前にいる男たちは昼行燈のように見えながら、実のところ傑物揃いなのではないかとイルダは思った。
「追々、クルーの全員とも顔を会わせてもらおうと思う。今日のところはこれくらいにして、キミの部屋に案内しようと思うのだが……」
と、そこまで言って昭吾の言葉は遮られた。艦橋の扉が開き、そこから三人の子供と二人の大人が顔を出したからだ。章吾は思わず顔を歪め、手で顔を覆った。
一人は流れるような銀髪を、金装飾の髪留めで後ろ手にまとめた少女。民族衣装だろうか、麻のような材質の布で出来た幅広のズボンと袖のないシャツ。覗く体はミルクティーのような淡い褐色で、銀色の髪と金色の目とのコントラストが美しい。
「東雲さん! これって、いったいどういうことなんですか?」
褐色の少女は見た目よりも気が強かった。よく通る高い声で、自分よりもはるかに大きな昭吾を非難した。もう一人の銀髪の少女――彼女は白人だ――は彼女を控えめに抑える。全体的に髪は短いが、前髪は目を隠すほどに長い。他の二人よりも少し丸みを帯びた、端的に言えば子供っぽい姿の少女。気を付けて見なければ男の子にも見える。中性的で物憂げな雰囲気は、なんとなく苛められっ子を連想させた。
「落ち着いてよ、ヨナ。東雲さんの判断だよ」
「そうよ、ヨナ。この人に助けられたこと、もう忘れちゃったの?」
最後の一人は、青み掛かった黒髪を腰まで伸ばした少女だ。体系はともかく、言葉遣いといい佇まいといい年齢よりも落ち着いた雰囲気だ。大きな眼鏡をしている、視力はそれほどよくなさそうだ。むしろ、よくパイロットの適性試験をパスしたものだ。
「そんなこと分かってる! でも、納得できない!」
「俺がキミたちを助けたって、もう知られてるんだな」
「そりゃね、あンたの機体の搬入、この子たちにも手伝ってもらったしね」
身を屈めて扉から入ってきたのは、背の高い老人だ。半端ではない、ダルトンのそれより少し低い、2m弱くらいの身長の老人だ。皺だらけの顔と縮れた白髪がなければ、それを老人だと認識するのは難しい。背筋はピンと伸びており、纏った軍服にも皺一つない。瞳は若々しく、ぎらぎらと輝いており、老人特有の弱々しさをまるで感じさせない。襟や胸元にはいくつもの勲章が付けられている、いくつかはイルダも知っているものだ。
「俺ン名は、ハンク=チャールストン。あンたはイルダだったね、よろしく頼むぜ」
独特のアクセントは聞き取りづらかったが、差し出された手から握手しようとしているのは分かった。皺だらけの手を取ると、力強くぶんぶんと振り回して来た。あまりの力の強さに、イルダは風に揺られたタオルめいて振り回されるだけだった。
「カッカッカ! お若いの、俺みたいなジジイに振り回されるなんて情けないねェ!」
「お爺ちゃん、あんまりイルダさんを困らせちゃいけませんよー?」
あまりに場違いなボーっとした声を投げかけられ、逆にイルダは面食らった。チャールストン老人の隣に立っている女性、セーターの上から作業白衣を着た背の高い女の声だ。老人よりも頭半分ほど小さいが、それでも女性としてはかなり高い。瞑っているのではないかと思うほど目は細い、あれで何を見ることが出来るのだろうか? ボブカットの女性は、やはりボーっとした声で自己紹介して来た。彼女のバストは豊満だった。
「アクア=チャールストンですー。よろしくお願いしますね、イルダさん。こう見えても大学で機械工学の修士号を取ってきたので、お役に立てるはずですよー」
「あー、まあ、よろしくアクアさん。それから、キミたちもね」
内心の動揺を隠しつつ、イルダは少女たちに目を向けた。敵意、不安、無関心。
「……フェゼル=ヨナ=グラディウスです」
「私はアルカ=フェストゥム、こっちはシゼル=バルダイン」
「よろしく、アルカ。シゼル。それから……えーっと、ヨナって呼んでいいのか?」
イルダの声を無視して、ヨナは章吾への抗議を再開した。
「どうしてこんな人を……それに、いきなり私たちの上司だなんて!」
「こいつの実力はお前たちも分かっているはずだ。お前たちよりよっぽどやるよ。そろそろ、お前たちの素人仕事に任せておくのも限界だ。今回でよく分かったはずだがな?」
有無を言わせぬ強い口調で章吾は言う。先ほどとは打って変わって厳しい物言いに、思わずイルダは苦笑した。そして章吾に睨まれ、慌てて口笛を吹いて視線を逸らした。
「それは……たしかに、そうかもしれませんけど! でも!」
「まあ確かに、キミの動きは酷いもんだった。シゼルだっけ、彼女のフォローがなければキミはとっくに蜂の巣だ。突っ込む先にだけ目が行ってるから、周囲に気がまるで配れていない。思い出してみるといい、何度キミがやられたのかをね」
章吾に乗っかって、イルダも口を出してみた。反論しようとヨナの口が開きかけるが、すぐに閉じる。彼女も自分の言っていることの滅茶苦茶差は分かっているようだった。
「でも、最後の反応は見事だった。狙撃手の砲撃を避けた、あれ」
「えっ……」
「見えなかったし、当然ながら狙撃手の位置は最初撃った時から変わってた。普通は死んでる、それに反応して見せた。あれは凄い、才能がある」
純粋な賞賛だったが、ヨナにはそれが意外だったのだろう。呆気にとられたような顔で押し黙った。イルダは笑顔を見せながら、言った。
「キミらの才能は素晴らしい。でも、やり方がよくない。その辺を改善していこう」
そこまで言って、反論するものは特にいなかった。
ずっと戦ってきた子供が、ずっと戦ってきた子供の世話をする羽目になるとは。因果なものだ。そうイルダは思ったが、不思議と悪い気はしなかった。
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