Chapter1:欧州戦線-4

 イルダは戦況を確認する。真左1000m地点に青色のゲデルシャフト。オートキャノンの砲口は自分を狙おうとしている。前方には三体、距離はそれぞれ800、1000、1500。前二体の装備、塗装ともにオーソドックスな機体。55mmアサルトライフルと背負い式のバズーカ砲、そしてハンドアクス。その奥、2700m地点にいる赤褐色の機体に、射撃武器はほとんどない。あとは左腕のミサイルだけ。更に左後方2800m地点には狙撃仕様の機体がいる。視界と足場が悪いこの場所で、狙うのは危険。足下には7機のスラマニと3機のマルテ。マルテの方は気にしなくてもいいだろう、スラマニにも対バトルウェア装備はなし。


 そこまで0.3秒で確認したイルダは前方に跳んだ。その0.7秒後、イルダのいた倉庫を12口径オートキャノンが吹き飛ばした。跳躍しながらイルダはバックパックと両足のスラスターを起動、弾丸めいた速度で一番近くにいたゲデルシャフトを狙う。右腰にマウントしていたブレードのロックを解除し、突撃しながらなぎ払う。虚を突かれ、容易に脇の下にねじ込まれた刃はコックピットまで届いた。


 反対側にいた盗賊がそれに反応し、ライフルを向けトリガーを引く。軽い音とともに放たれた弾丸を、打ち倒したゲデルシャフトを盾にして受け止める。強固な装甲を誇る機体だ、ライフル弾程度では貫けはしない。それでも弾頭に仕込まれた炸薬が、ゲデルシャフトの装甲を焼き焦がした。

後方に意識を向ける、オートキャノンの砲口がイルダを向いていた。突き刺さった刀を引き抜き、右側の盗賊に向けて押す。その反動で後方に跳んだのと同時にオートキャノンが発射され、突き飛ばしたゲデルシャフトの肩口が爆発した。だがそれでは終わらない、スラスターを作動させ空へ逃れる。だがしかし、イルダは跳び上がったと思ったらスラスターを切った。がくんと機体が落ちる。


「こいつ、読んでいるのか!」


 グースは吠えた。彼女の言葉通り、一瞬前までイルダがいた空間を狙撃砲が貫く! 空中で軌道を変更、もう一体のゲデルシャフト目掛けて刀を振り下ろす。攻撃を受けたゲデルシャフトはライフルでの迎撃は不可能と判断、腰にマウントされたハンドアクスを取り、刃の部分でイルダの攻撃を受け止める! 重い金属音が辺りに響く。

 重量級機体であるゲデルシャフトの馬力をもってすれば、イルダのゼブルスを跳ね除けることなど容易だ。だが、イルダはすでに次の一手を打っている。落下しながらも彼の左手はすでに刀の柄を離れ、左腰にマウントされたもう一本のコンバットナイフに伸びていた。着地と同時にナイフを抜き放ち、がら空きになったコックピットめがけてナイフを突き立てる!


「恐るべし……一瞬にして二人とは。しかしッ!」


 カムイはその瞬間、鈍重な外見からは想像も出来ぬほどの爆発的な瞬発力で一気に間合いを詰めながら背負った刀を抜き放った。イルダの物よりも遥かに長大で、そして幅広だ。キャリアーすら両断するバカバカしいほどの大剣、そしてそれを使いこなすカムイの力量! 恐るべき殺人斬撃をスウェー回避、その横をすり抜け背後に回る。すれ抜けざまの斬撃はカムイの刀によって防がれた。コックピット内でイルダは舌打ちする。


「上手いでござるな。拙者らの意識を小娘どもから離し、そして砲撃を無力化するとは」

「なあ、あんたそのござる喋りどうにかならねえのか? 下手で聞いてられねえんだよ」

「サムライこそ拙者がリスペクトする生き方。これだけは歪めるわけにいかぬ!」


 カムイは大剣を両手でホールドし、地面と垂直にしながら顔の横まで持っていく剣術めいた構えを取った。人間の格闘技、武術の理論は巨大兵器が主流になった今でも通用する、特にこうした個人戦においては。残ったもう一機のゲデルシャフトもアサルトライフルとアクスを構えた。イルダは右手に刀、左手に逆手持ちしたコンバットナイフを構え、軍隊格闘めいた構えを取りつつ、目の前のサムライ被れの実力を測った。


 一方、地上も混沌としていた。イルダが作った隙により、三人にも活路が生まれたのだ。ミサイルの衝撃を受け、誰もが体勢を崩す中、シゼルは冷静に車両上の敵に狙いを定め、ガトリングガンの斉射を繰り出す。瞬時に空間に満たされた弾丸が、静止した二機の全身を貫き、バックパックに内蔵された燃料電池をも撃ち抜き爆発させた。

 当然、そうなればシゼルも攻撃を受ける。シゼルは背中にシールドを集中、小刻みなステップで致命傷を避ける。しかし、追い込まれていた。銃弾によって誘導されたのは車両オブジェクトの重なり合った袋小路だ! 両肩の超硬シールドに守られているとはいえ、数人がかりの斉射に耐えられるわけではない!


 だが、むしろそれはシゼルの計算のうちだ。ヨナから狙いが外れた。シゼルの狙いを瞬時に理解したヨナはその場で跳躍、敵の待つ車両へと昇る! なぎ払われたチェーンソー・ブレードがスラマニを上下に両断する! 接近に気付いたもう一機が銃をヨナに向けるが、それは悪手だ。タイミングを伺っていたシゼルのガトリング斉射が注がれる!


 二体目、合計すれば四体目のスラマニが爆発炎上したと同時に、ヨナたちが入って来た隙間からアルカが飛び込んでいる。彼女は空中で身を翻し、狙撃用の88mm長砲身ライフルを連射した。スラマニ程度なら、正面から背後まで貫通するような代物だが、不安定な姿勢から放たれたそれは単なる牽制に終わり、鉄塔の残骸に大穴を穿つだけだった。

 シゼルがガトリング攻撃を行ったのを合図に、アルカは行動を開始した。


「あのガキども……! こっちに人質がいるって分かって……」


 アルカを監視していた一人の意識がシゼルたちに向かった、その瞬間を見計らい、アルカは取り落したライフルを掴み、車両上の一人を射殺した。右側にいたスラマニは、ナイフの破片によってすでに死んでいる。そしてそれは、彼女にとって都合のいい盾だった。彼女の動きは、銃声以外誰にも知られていなかったのだから。

 銃声に気付き二機のスラマニが銃口を向けた時には、アルカはすでに車両の間に滑り込んでいた。追いすがる二機をライフルで牽制し、いまに至るのだ。


 アルカの姿を認めたシゼルの行動は早かった。砂利の上を滑るアルカの体を飛び越し、シールドを前面展開。奥から迫りくる二機が放った二挺のライフルによる攻撃を受け止めた。無論、20mm弾を盾で受け止めることなど出来はしない、正確には表面を滑らせることによって弾丸を逸らすのだ。事実、彼女の背後にはいくつもの穴が穿たれている。

 車両上からヨナが跳んだ。シールドの隙間からアルカが狙撃銃を突き出す。アルカは無防備な頭部めがけてチェーンソー・ブレードを突き出し、アルカはもう一体に銃弾を放った。ほぼ同時に致命の一撃を受けた二人は、あっさりと地面に倒れ伏した。


「ヨナ! アルカ! 怪我はないかい……?」

「え、ええ。私は大丈夫。あの青いバトルウェアの人、いったい……」


 シゼルの不安げな声に、アルカは答えた。回答するものはいないだろうが、彼女は自分の疑問を自分の中で解決するために問いかけた。ヨナはグースを見た。


「卑劣な行為……許せません。あの人だけは、絶対に……!」

「でもどうするの、ヨナ? 私たち、バトルウェアとの戦いなんて……」


 義憤に萌えるよなとは対照的に、アルカとシゼルの胸中には不安があった。通常、バトルウェアの相手はバトルウェアが務める。そうでなければ、十分な航空戦力と戦車が必要だ。単純な話、アームドアーマーの攻撃力でバトルウェアを撃墜するのは困難なのだ。電磁反応装甲によって生半可な攻撃は全て無力化され、バトルウェアの攻撃は携行火器レベルであってもアームドアーマーを鉄屑に変えるには十分な威力を持っている。


「……どうやら言っている場合じゃないみたいだね、二人とも、跳んで!」

 シゼルの叱責が聞こえた。ヨナはアルカの機体を掴み、シゼルの方に投げつけるようにして自分も跳んだ。グースのオートキャノン砲撃だ。これまではイルダの出現に気を取られていたが、地面で起きている惨状を認識したのだろう。


「このまま行けばあの人は撤退するだろうけど……ヨナ、彼女を捕まえたい?」

「もちろんよ。犯した罪には、償いをさせないといけないから……!」

 ヨナの決意は固かった。三人は走りながら、この先のプランを練った。


「ヨナ、分かっているの? バトルウェアに挑むなんて、自殺行為もいいとこだわ!」

「それはヨナも分かっているよ、アルカ。それでも退かないって言っている。彼女が一度決断したら曲がらないことは、キミも知っているだろう?」


 あくまで反発するアルカを、シゼルは優しく説き伏せた。こういう時、突っ走る奴を無理やり止めるか、とことんやるかしないと、突っ走った奴は死ぬ。そして、一度決めたことはやめない。フェゼル=ヨナ=グラディウスというのはそういう人間だとシゼルは知っていた。誰にも死んでほしくない、それ故にシゼルはヨナを肯定する。


「ボクたちの力では、青いバトルウェアを倒すことは出来ない。でも、出来る限りはやろう。ヨナ、キミは足元で青い機体を引きつけてくれ。一番機動力が高い、キミの機体が適任だ。アルカはボクと一緒に来て、キミの狙撃力なくば倒すことは出来ない」


 ヨナは力強く頷き、アルカは躊躇いながらも頷いた。ヨナは倒壊車両上に跳躍。グースのゲデルシャフト目掛けて一直線に走り出した。一方、シゼルとアルカはグースのオートキャノン砲撃によって倒壊した倉庫に向かって静かに走り出した。


「クソガキが! テメエ、死にに来たってわけか!」


 距離は1000、オートキャノンの砲口が向いた。命中すれば跡形も残らず消えるだろう、しかしヨナに恐怖はない。サイドステップで車両から飛び降り、致命的砲撃を回避。オートキャノンの弾速は通常のライフル弾などと比べれば遅い。そして、補助された視覚能力を持ってすれば目の前の敵がトリガーを引く瞬間すらも見ることが出来るのだ! 鈍重な砲撃を、回避出来ぬ道理などなし!


「しゃらくさい真似を……!」


 グースは舌打ちした。身長差は3.5倍、圧倒的な体格差を誇っているとはいえ、グースの機体には地上掃討用の武装を装備していない。遠くにいる象を殺すことは出来ても、足元を這いまわるアリを排除することは出来ないのだ。

 見る見るうちに、ヨナのマルテはグースとの距離を詰める。チェーンソー・ブレードによる斬撃も致命傷には至らぬ、だが何度も受け続けることは出来ない! グースは素早く両手のオートキャノンを投げ捨てた、向かってくるマルテ目掛けて!


 押し潰さんと迫ってくるオートキャノンを、ヨナは紙一重のスライディングで回避。だが顔を上げると、さらなる危機が迫っていた。大柄な質量刃が振り下ろされたのだ。

 グースが装備しているロングポール・アクスは宇宙金属、アダマスで作られた物だ。特殊な重力環境においてのみ精錬することの出来る、宇宙で最も比重の重い金属だ。バトルウェアの格闘武器や盾材などに使用されることが多い。先端に重心の寄った斧は、振ることに適した恐るべき殺戮兵器だ。斬撃のスピードは言うに及ばず、仮に直撃を受ければバトルウェアといえど致命傷を負うだろう。いわんや、アームドアーマーなど!


 ヨナは左手で地面を掴み、転がるようにして致命的な振り下ろし攻撃を回避。転がりながら立ち上がり、懐へと飛び込む。手持ちの得物による攻撃であれば、至近距離への攻撃には適応していないと踏んだのだ。しかし!


「甘いんだよ、ガキぃっ!」


 唐突に足が振り上げられる! ゲデルシャフトの質量で蹴られれば、アームドアーマーなど木の葉のように吹き飛ばされるであろう! そしてそれはヨナも理解している。


 彼女の主観時間は、いわば蜘蛛の巣に囚われた虫のように鈍化していた。その動きはもどかしいほどに遅いが、しかし思考の速度は変わらない。グースが次に繰り出してくる攻撃が、次にどう動くかを、ヨナは直観と観察によって理解していた。一撃も食らえない、極限の緊張状況が、ヨナに秘められた第六感を解放しているのだ!


(振り上げの次は、踏み潰し!)


 左足の方に跳ぶ。振り上げた右足を振り下ろす事も出来ず、斧を使うことも出来ない。左足によって攻撃しようとすれば、転倒だ。バトルウェアパイロットの死因のトップは転倒によるコックピット内での隔壁衝突、それによる脳挫傷だ。アームドアーマーによる対バトルウェア先述の基本でもある。まずは関節部を狙うべし!

 すれ違いざまにくるぶしの関節目掛けてチェーンソー・ブレードによる斬撃を試みる。金属と金属がぶつかり合う激しい音、電磁反応装甲の抵抗。それでもなお、ヨナは振り抜く。見ると、僅かな傷が間接についていた。そもそもチェーンソー・ブレードは対アームドアーマーの奇襲戦を想定して作られた武装だ、バトルウェアの重装甲には分が悪い。


「それでも……! 一撃でダメなら二撃、二撃でダメなら三撃! あなたがひれ伏し頭を垂れるまで、私は決してッ! 諦めない!」


 着地したその場で90度ターン、更に一撃を加えようとする。だがその瞬間、ヨナの背筋に寒気が走った。それがどういうことか、論理的に説明するのは難しいだろう。とにかく、ヨナは追撃を諦めそこから飛びのいた。

 結果的に、その判断が彼女の命を救った。後方から放たれた砲弾が、彼女の命を奪わんとして放たれたからだ。欲を出してその場に留まっていれば死んでいただろう!


「チッ! もう儲けがどうのと言っている場合じゃない……! 私の撤退の邪魔になる、そのガキを殺すッ!」


 砲弾が何度も放たれ、地を穿つ。3000m離れた地点、センサーによる補正は期待できない。体長3m、そこから見ればコメ粒ほどの小さなものだ。しかし、当たらないからと言ってそれが意味を成さないわけではない。砲撃の圧力を受け、ヨナは釘付けになる。その背後、無慈悲な鉄塊が振り上げられ、ヨナ目掛けて振り下ろされようとしている!


 その時だ。瓦礫の山と化したキャリアードックから、瓦礫を押しのけ一台のキャリアーが飛び出してくる。その砲口は遥か後方、3000m地点のバトルウェアに向く!


「観測データはこちらから送った通りです……狙撃手への対処をお願いします!」

「よく隠れたつもりだろうが……迂闊だったな!」


 紅蓮=ダルトンがその圧倒的パワーで無理やり船体を動かし、ジョッシュ=ベルマンがシゼルから送られた観測データを元にして地図データと照合、隠れた狙撃手の位置を割り出す。そして統合された情報を元にして……東雲省吾が撃つ!

 重い発射音と衝撃波が辺りを満たす。オートキャノンのそれとは比較にならぬほど強力なそれが、狙撃手が隠れていた山林の地形すら変えるほどの圧力を持ってして殺到する。数秒の間をあけて、山林が爆発した。絶えずグースに送られていた通信が途絶した。


「手前ら、まさかこれを狙っていやがったっていうのか……!?」


 グースは歯噛みした。自分を殺すための狙撃ポイントを割り出しているものと思っていたのだ。だがシゼルは、彼女を倒すためにはまず狙撃手の存在が邪魔になるということが分かっていた。だからこそ、いかにも狙撃手が撃ちたいと思うような動きをヨナにさせた。それをアルカの視覚によって捉えさせ、ジョッシュたちに送信した。

 章吾たちが身動きが取れなくなっていることを、シゼルは早い段階から知っていた。知っていてもヨナの動きは変わらないだろうと判断し、あえて動かないように頼んだのだ。本来なら自分たちが包囲された段階で支援を要請するはずだったが、イルダの登場が彼女の予想をいい方向に裏切った。結果として、一番厄介な相手を倒すことが出来たのだ。


「もはやあなたの仲間はいません! 観念して、大人しく縛につきなさい!」


 ヨナはチェーンソー・ブレードの切っ先をグースに向け、投降を迫った。その時グースの表情を窺い知ることが出来ていれば、怒りと屈辱に歪んだ、鬼めいて恐ろしい顔を見たことだろう! 生意気な若造にいいようにされた彼女のプライドはボロボロだ!


「あっちの方は決着がついたみたいだけど……あんたはどうするんだい?」


 残った最後のゲデルシャフトを背中から貫きながら、イルダは外部音声でカムイにも投降を呼びかける。しかしながら、カムイは彼の投降勧告を一笑に伏した。


「お主さえ始末すれば、ここから逃げることはそう難しいことではないでござる」

「そうかい。だが俺を始末することはそう簡単じゃない、分かってて言ってるんだろ?」


 イルダの言葉にカムイは答えない。ただ鬼めいて唇を歓喜に歪めるだけだ。カムイが踏み込み、大剣を振るう。誘いの攻撃だ、イルダはそう判断し斬撃をスウェー回避、右手の刀を突き込む。手首を返し、大剣が戻る。生半な相手であればそれだけで決着がつくであろう攻撃を、カムイは容易く防いだ。イルダはさらに踏み込みナイフを振るう。カムイは肩口を突き出し、装着されたシールドでそれを防ぎつつ、さらに踏み込む。

 ショルダータックルだ。激突、左肩に凄まじい衝撃が走り、イルダはナイフを取り落し、弾き飛ばされる。この隙を見逃さず、カムイは大剣を振り上げ勝負にかかる。吹き飛ばされながらイルダはスラスターを作動させ大きく距離を取り、斬撃を逃れる!


「ふっふっふ、やるでござるな! 拙者の攻撃をこれだけ受けて、生き残った者はそうはおらんぞ!」

「なるほど、テメエは愚にもつかないボンクラを相手にし続けて来たみたいだな」

「しかしお主も拙者にこれから殺される。得物を失いまだ戦うつもりでござるか?」


 ほんの一瞬の立ち合いで状況は変わっていた。イルダは左腕のコンバットナイフを取り落し、腕自体にも損傷がある。反応速度が低下している、いくつか内装が破壊されたのだろう。対するカムイの方は大した損傷を見受けることが出来なかった。


「覚えとけ、まだ殺してない相手にデカい口を叩くもんじゃないってことをな」

「覚えておこう、自信過剰のものほどデカい口を叩くのだということをな……!」

 さらに一歩、カムイは踏み込む。その数秒の間にすべては決した。


 奇しくもカムイが踏み込んだのと同時にグースは反転し、走り出した。この場から逃げ出したのだ。それを追うように、ライフルの銃声が、ミサイルの発射音が、砲声が辺りを包み込んだ。小刻みなジグザグ機動で攻撃を避けながら、グースは深い森林へと逃げ込んで行った。いかなる因果か、放たれた攻撃は一発もグースに当たることはなかった。


 踏み込み、必殺の攻撃を仕掛けるカムイを、イルダは待ち受けた。両手で刀をホールドし、カウンター攻撃を仕掛けようという構えだ。しかし、リーチの優位はカムイにある。例えカムイの振りが遅くとも、先に届くのはカムイの斬撃だ!

 その瞬間、イルダは隠していた駒を置いた。脚部スラスターかと思われていた部位が、パカリとふたを開けたのだ。それにカムイは気付かない。そこから放たれた物にも気付かない。腰、膝、くるぶしに、それが当たると弾けた。グレネードだ。


「なっ……なにぃーッ!」


 突然の衝撃にカムイは対応出来ない! ぐらりと体勢を崩す、攻撃を中断せざるを得なくなる。逆に仕掛けたイルダの方は半歩踏み込み、刀を振るう。その刀身はいつの間にか赤熱し、大気を歪め陽炎めいた像を作り出していた。必殺のヒート機構だ。


「貴様ッ、卑怯だぞォーッ!」

「手前にだけはそいつは言われたくはねェーッ!」


 刀身がゲデルシャフトの胴体に当たった。強化された装甲は、生半可な刃物を通さないはずだった。だがヒート機構がそれを可能にされた。高温によって分子構造を乱された装甲は、まるでバターのようにあっさりと刃を通していった。振るわれた刃はあっさりとコックピットを切断し、逆胴まで抜けていった。イルダは振り向き、刀を鞘に納めた。カチリと刀がロックされたと同時に、ゲデルシャフトの上半身が下半身から滑り落ちた。

 もはやたった一つの銃声もしなかった。アルフェンバインを騒がせた盗賊たちは、そのほとんどが滅ぼし尽されたのだ。

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