Chapter1:欧州戦線-3
事の始まりは数時間前。深夜の街に貨物車両が到着したことに端を発する。パリクレーターを迂回してブリテン島方面に金をはじめとした金融資産を運ぶための車両だ。機動兵器一個中隊によって防護された、堅牢な装甲車両だ。
だが……一攫千金のチャンスを前にして、それを襲わないものは、少なくとも今の時代にはいない。その愚か者は、街を見渡す小高い丘に陣取り、執念深くチャンスを伺っていた。襲撃経路と金塊の輸送経路、逃走経路を入念にチェックし、時を待っていた。強盗団の女首領、グース=リンネルは狭いコックピットの中で何度も資料を見た。鉄道警備隊に賄賂を送り、流出させた警備計画書を!
「夜明け前、5時30分に警備の交代が入る。その数分間だけは、この車両は無防備になる。ダース、近隣の基地からスクランブルがかかったとして、到着には何分かかる?」
「鉄道襲撃と同時に警報が鳴らされたとしても、40分はかかる。それだけの時間があれば、奴らを皆殺しにして金を奪うくらいのことは容易いでさぁ!」
グースはほくそ笑んだ。単なる中継路の一つであるアルフェンバインには最低限の兵員しか置かれていない。それもほとんどがロートル。当然だ、好き好んでこんな辺境の地に来るような人間はいないし、上層部もそれほどここを重要だと思っていない。政府直営管轄軍の機種交換と重なっていなければ、こんなところに大金が来るはずもない。
「よし、野郎ども! 作戦開始は明朝0530! 30分で奴らを皆殺しにして、金塊をすべていただく! 歯向かう奴は全員殺して構わん、あたしらの道を阻める者なし!」
グースはコックピットから兵士たちを激励。すぐさまスピーカーからけたたましい雄叫びが聞こえて来た。士気は高い。奪い取れるはずだ、なにもかも。最悪の事態に備えて用心棒も用意してある、戦力が整っていれば失敗する方がおかしい仕事だ。
それから数時間。午前5時30分。まだ太陽は地平線の彼方から顔も出していない。疲労のピークに達した護衛たちが引き上げ、詰所からもう一グループ、護衛が現れ出でる直前。グースたちはアイドリングさせていた機体を起動させた。合図とともに、各々持っていた火器が火を吹く。砲弾が、銃弾が、ミサイルが、街に降り注いでいった。
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呻きながら、イルダは立ち上がろうとした。酷い耳鳴りと全身を貫く痛みに倒れそうになった。なぜ生きている? そう考えて、直接ここが狙われたわけではないからだ、と結論付けた。ただ流れ弾を受けたに過ぎない。何者かが放った砲弾が建物に当たったのだ。瓦礫に押し潰されたり、破片で貫かれなかったのは単なる幸運だ。周囲を見渡した。
「……ウソだ、冗談だろ……! おっさん!」
見渡して、絶句した。柱の残骸に押し潰された店主の姿を、イルダは見た。彼の名前を叫ぼうとして、また彼は言葉を失った。数日間、一緒に過ごして名前も知らなかった。駆け寄り、瓦礫に手をかける。持ち上げようとするが、あまりの重さに持ち上がらなかった。見ると柱の付け根のあたりにいくつもの瓦礫が積み重なっていた。
「ああ、チクショウ! ふざけやがって! 大丈夫だ、すぐ助かる!」
「イル、ダ。俺は、いったいどうなったんだ? 足が、足が動かねえんだ……」
あえて見ないようにしていた。彼の足は、鋭い破片によって右太ももから先が切断されていたのだ。炎にあぶられ、血と肉が嫌な臭いをあげていた。然り、この建物は燃えている。砲撃によるものか、それともコンロの火にあぶられた木材のせいか。まだ建物全体が燃やし尽くされるほどのものではないが、火の手は徐々に広がっていった。
「クソ、人を……ああ、ダメだ! どうすりゃいい、どうすれば……」
「行け」
死に体の老人は力強く言った。イルダの目を真っ直ぐ見て。彼の目には何もなかった。
「……なあ、せめて。最後に名前を教えてくれないか……?」
「……アンドリュー。アンドリュー=シモンズ」
それだけ言って、老人の体からすべての力が抜けた。映画のように、死の瞬間目は閉じられない。だらしなく広がった口、虚空を見つめるガラス玉のような瞳。死者の瞳を見ても、不思議とイルダはつい先ほどまでとの違いを感じられなかった。しばらく、彼はそのまま立ち尽くしていたが、やがて意を決したように入口へと向かった。
熱せられたドアノブを掴むのは危険だ。全体重をかけた体当たりを仕掛けた。歪んだ扉は彼の脱出を拒むように立ち塞がったが、何度もぶつかるうちに軋んで行った。そして5度目の試行の末に、ついに扉は破られた。イルダはドアごと、地面に倒れ伏した。体に再び痛みが走るが、砲撃の際のそれに比べればまるで大したことはない。
立ち上がった彼は、空を睨んだ。視線の先には10m大の巨人がいる。これこそが、前大戦で生み出された新兵器。重力制御テクノロジーによってこの世界に生まれ落ちることを許された、最大最強の悪魔。人型歩行戦車、バトルウェアだ。
電磁反応装甲と斥力フィールドによる超高度な防御力により、バトルウェアは従来兵器の常識を覆した。どれほどの銃弾を受けても、砲弾を受けても倒れない不倒の巨人が誕生したのだ。現行兵器の多くは無力化され、バトルウェアの一方的な攻撃を許すこととなった。見た目に反して俊敏な機動力を持つバトルウェアは、すぐさま戦場を席巻した。高い攻撃力と防御力、そして侵攻能力を持つ巨大移動砲台として。
今、目の前にいるのはゲデルシャフトと呼ばれる機体だ。旧帝国軍が初めて本格的な量産に成功した機体であり、箱型と呼ばれる角ばったフォルムが特徴的な機体だ。パイロットの生存性と生産性の両立を目指して作られた機体であり、大量生産された機体が宇宙、地球を問わず放棄され、闇に放出されている。
そのうち一機、特徴的なダークブルーの塗装を施した機体。通信用レーダードームを頭部に備えており、それが指揮官機だと瞬時に見分けることが出来た。電波妨害合戦により通信可能距離は数キロにも満たない、長距離通信を行うためには、こうした中継機の存在が必要不可欠なのだ。金色の三又槍のエンブレムが、誇らしげに肩に輝いていた。
その機体が持った武器、艦載用のキャノン砲を無理やり手持ちに改造した12口径オートキャノンが再び火を吹いた。街の通信設備、シェルターの入り口が一瞬にして吹き飛ばされる。あの砲撃によって何人死んだ? それを考えている暇はなかった。
イルダは走り出した。人波とは反対側、盗賊たちが待ち受ける貨物駅舎へと!
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アルフェンバイン、キャリアードック。キャリアーとは前世代のLCAC、いわゆるホバークラフトを大型化し、機動兵器輸送にも耐えうるようにした大型地上艦船だ。高度に装甲化された機動要塞であり、近代戦には必要不可欠な存在である。
当然、正規軍だけでなく傭兵もこうした装備を必要としている。兵器の小型化と高性能化、そして兵士の装甲化により、生身の人間が戦場で出来ることはほとんどなくなっていた。せいぜいが古めかしい、爆弾を利用した工作程度であり、それもほとんどが水際で防がれる。テロリストですら装甲歩兵を運用する時代、傭兵もそれに対応するために武装を強化し続け、そしてそれを運用するためにキャリアーを必要とする。
ここにあるのも、そうした軍用、民生品問わず、ありとあらゆるキャリアーを停泊させるために作られた駅舎だ。もっとも、オートキャノンの砲撃に耐えられるような物ではなく、他の多くの建物と同じように瓦礫の山に変わっていた。
「間一髪だったなぁ、大将。一歩遅けりゃ、俺たちも死んでたところだぜ」
キャリアーの艦橋、最低限の明かりだけが灯された空間に、三人の男がいた。息を殺し、静寂に身を隠していた中で、最初に口を開いたのは大柄な男だ。否、大柄という表現は生やさしすぎる。身長はゆうに2mを越え、胴回りも1.5mはあるだろう。もちろん、それは堕落した脂肪の塊ではなく鍛え上げられた、文字通り鋼鉄のような筋肉だ。薄汚れ、擦り切れた軍用コートから傷だらけの体が覗く。右目も潰れている。
「奴らが金を優先してくれたおかげで、ギリギリ起動が間に合いました」
オペレーション作業を行うのは、もう一人の男。相反するような洗練された立ち振る舞いが印象的だ。着ているコートにも、ほつれの一つすら見えない。金糸のように滑らかな長髪の隙間から、麗しき美貌が見え隠れする。
「ダルトン、ジョッシュ。船の状態をチェックしろ。いざという時は……」
さらに、艦橋の中心。黒服の男、東雲省吾がいた。長く伸びた無精ヒゲが、皺だらけの顔と合わさって彼の年齢を一回り大きなものに見せる。彼らは傭兵団『ブルーバード』、欧州を中心に活動するチームの一つだ。
「推進系には問題はねえ、だが針路も後ろも瓦礫で塞がれてやがるからな。無理やり突破するにしろ、そうでないにしろ、それなりに時間がかかりそうだ」
大男、紅蓮=ダルトンは言った。無論、彼は背後を確認してきたわけではない。僅かな操作と、船に伝わってくる感触だけで現状を的確に探り当てたのだ。ダルトンは士官学校を卒業しているわけではない、それどころか中学校すらまともに通ってはいなかった。彼が10代の若造の頃戦争が始まり、彼は軍の門を叩いた。彼の人生は戦場で完成した。
「次弾がこちらに来る様子はありません。最低限のリスクを排除出来ればいい、という考えのようですね。いまそこのゴリラが動いたことも気付かれてはいないようです」
対して優男、ジョッシュ=ベルマンは代々高級士官を輩出してきた名家の生まれである。幼少期も軍学校時代も、彼に敗北も挫折も不可能も存在しなかった。高いセンスと不断の努力によって築き上げて来た実力。そしてそれに比例する高いプライド。彼にとって現場上がりのダルトンは気に入らない存在であり、ダルトンにとってもジョッシュは鼻持ちならない小僧であった。
「んだとテメエ、どこの誰がゴリラだとぉ?」
「じゃれてんじゃねえよ。こっちに来る様子がねえなら、放っておいても構わん」
もっとも、互いの克己心だの敵愾心だのは2年前の戦争に置いて来た。ダルトンの直感と馬力は頼りになるし、ジョッシュの頭はこのチームに必要不可欠なものだ。長きに渡る狂気の大戦が、皮肉にも三人の結束を強めて行ったのだ。
「あいつら放っておくのか? いつ奴らの照準がこっちに来るか分からねえが……」
「問題ない、鉄道を撃ったってことはあいつらの狙いは金だろ。それ以外の攻撃も反撃能力と通信能力を奪うものだ、真正面からやり合うつもりはないってことだ。軍が来る前に奴らは後退する。それに、俺たちを襲ったとしてもそれほど金にはならんからな」
傭兵の鉄則は無用な争いを避けることだ。戦いを生業とする傭兵にとって矛盾しているかもしれないが、目に見えるものすべてにケンカを吹っかけていく狂犬はすぐに死ぬ。同じように、正義感を振りかざし厄介ごとに首を突っ込んで行くようなバカもだ。盗賊どものしていることはたしかに人道にもとることかもしれないが、しかし潰すだけのメリットはない。このご時世、この程度の略奪程度ならどこでも起こっていることだ。
加えて、確認できているだけでも盗賊は相当な手練だ。青の指揮官型ゲデルシャフトを駆る女テロリスト、グース=リンネルは懸賞金すらかけられる危険な相手だ。元軍人で腕が立つし、手下も同じく戦い慣れている。それでいて狡猾だ、巧みに自分の懸賞金額が上がらないよう工作を打っている。僅かな手間賃ではリスクの方が勝る。
大人たちはリスクとリターンを天秤にかけ、この事態を静観することに決めた。もちろん、その決定を下せないものもいる。突如として船内にアラートが響き渡る!
「ッ、ハンガーです! 内部から無理やり隔壁を開こうとしているようですね!」
「チッ、ガキどもか! ハンガーに通達、即刻止まれ!」
章吾の眼前にある管理モニターに、船内底部にある機動兵器ハンガーが映し出された。そこには三機、それぞれ黄、、赤、緑にペイントされた機動兵器が映し出される。すでにパイロットが搭乗しているのは明らかだ、マニピュレーターを器用に操り壁面のコントロールパネルを操作、強制的に外部へと通じる隔壁を開こうとしている!
「ジョッシュ! こちらから強制的に隔壁をロックしろ!」
「やっています。ですが……ハンガー側からの命令の方が高い権限でされているようです。整備班帳があいつらに協力しているか、あるいはノされたか……」
滅多に感情を表さないジョッシュが、焦ったような声を上げた。顔も心なしか青ざめているように見えた。あの役立たずが、と心中で毒づきながら章吾は叫んだ。
「ブリッジよりハンガー、今すぐバカげたことを止めろ! お前たちじゃ無理だ!」
「例え、私たちに無理であったとしても……」
彼の耳に、高く細い声が聞こえて来た。だが、その声はたしかな決意を秘めていた。
「私たちが、出て行かない理由にはならないと思うから……!」
言い終わった瞬間、ちょうどハンガーの隔壁が開いた。同時に、三機は船外へ飛び出す。章吾はひじ掛けに拳を思い切り打ち付けた。
「ダルトン! 出来る限り早くこの船を外に出せ、ただし奴らには気取られるな!」
「承知だぜ、大将!」
「ジョッシュは出来る限り外部の情報を収集し、小娘どもと俺に知らせろ。いつでも撃てるように、艦砲とミサイルの用意はしておくように」
「了解しました、章吾さん」
言葉一つで、二人はそれぞれの作業に入った。船が前後に小刻みに揺れ、断続的なタッチタイプと電子音が狭い室内に響いた。そして二人の作業を見守りながら、章吾はいかにしてこの厄介な状況から、子供たちを連れて逃げ出せるかを考えた。
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ゲデルシャフトパイロット、グース=リンネルは両腕のキャノンを放ち続ける。無作為な攻撃に見えるが、すべて計算の上だ。無意味な殺しはしない、もちろん倫理観ではない。あまりに多く殺し過ぎれば、敵が増える。自分たちにヘイトを向けるだけならともかく、下手なことをすれば討伐隊が組まれ、正規軍すら出てくるかもしれない。かつて軍の一翼を担っていたグースは、その怖さを一番よく知っている。単純な操縦技量だけでいえば、グースを上回るものは少数派だ。だが集団戦になればそれも変わる。
軍を脱走してから2年、それなりの規模になったという自負はあるが、しかしそれでも軍の持つ力、組織の持つ資金力と人材には決して勝つ事が出来ない。土台自体が違うのだから。だからこそ、彼女も慎重に事を運ぶ。
彼女が派手に目を引きつけている間に、地上では小型機の部隊が金塊をコンテナに詰めていた。バトルウェアよりも一つ下の世代、装甲機兵(アームドアーマー)。歩兵の生存率を向上させるために考案されたパワードスーツの発展系であり、3m大の巨大な機甲服だ。
歩兵の火力と防御力を大幅に向上させるとともに、専用のキャタピラ駆動機構により都市部での機動性を高めている。バトルウェアによって火力の優位性はなくなったとはいえ、重力下での機動性ではバトルウェアのそれに勝る。高層ビルのような遮蔽物を利用することが出来るため、即効性を求める盗賊には未だに根強い人気を誇り、またそれに対応するため軍や傭兵にも使われている。
グース配下の機体はいくつかの班に分かれ、金塊の奪取を行っていた。近付いてくる者がいれば速やかに護衛班が殺す。時間差で作業に当たっているため、一網打尽にされる心配はない。第一般はすでに数千万相当の金塊を奪い、アルフェンバインを脱していた。
だがそのうち一つ、最後に作業を行っていたグループからの連絡が途絶えた。しかも護衛に当たっていた者たちの反応も含めて、だ。
(誰かがいる? だが、都市防衛隊はすでに全滅させたはず……)
グースは目を凝らした。火と闇と煙の中で、なにかが起こっているのを感じた。
アルフェンバイン中央駅、架線。破壊された車両が現代芸術オブジェクトめいて辺りに散らばり、粘性の高い炎がアスファルトを撫でた。中には破壊されたアームドアーマーの残骸も転がっており、流れ出る血と脂が炎に焼かれ、チリチリと音を立てていた。
エンジンカッターで車両の封印を破壊し、中に敷き詰められた金塊を乱雑に掴み取り、コンテナに放り込んでいく。一人ではない、工場ラインのような流れ作業がいたるところで行われている。強奪係一人につき三人の護衛がつき、作業中の安全を確保する。積み終わった者はコンテナを引き、外へと脱出していく。元よりすべてを強奪するつもりではない、それでも億単位の上がりが見込めるのだから。
仲間たちも快調を伝えていたが、突然一人の仲間の通信が途絶した。ザリザリしたノイズが走る。無線機の故障か? そう考えている間に、彼の視界は闇に閉ざされた。
「はああぁぁぁぁぁーっ!」
瞬間、激しい金属摩擦音と閃光が辺りに走る! 金塊強奪を行っていたスラマニの頭と右腕が、両刃剣によって断たれたのだ! 周囲にいた仲間に動揺が走る!
そこにいたのは、アームドアーマーだった。だが、その姿は異質というほかなかった。盗賊たちが使っているのはスラマニ・タイプと呼ばれ、もっとも普及している機体だ。薄い複合チタン装甲によって守られた機体で、鋼鉄の体の下にはいくつものサスペンションとモーターが存在する。フォルムは全体的にずんぐりとしており、見る者に不恰好なブリキ人形めいた印象を与える機体だ。特に足はキャタピラ機構のおかげで特に太い。
対して、目の前に降り立った機体はそれよりもはるかにスマートだ。美しい逆三角形、均衡のとれた『体つき』をしている。既存の機体よりもあまりにそれは細すぎた、アームドアーマーを駆動させるために必要なスペースが、その機体には存在していなかった。
そう、鮮やかな赤で全身をペイントした機体、マルテ・タイプは駆動方式からして既存の機体とは異なる。これまでのモーター駆動型から、炭素繊維ケーブルからなる人工筋肉の収縮活動によってこの機体は動いている。その内部構造を、人体構造を知る者が見ることが出来ればその精巧さに驚くことだろう。マルテの内側はまさに『人間』だ。
燃料電池の生み出した電気により人工筋肉を刺激し、人体のそれのように動かすことによってマルテは前世代機とは比較にならないほどの運動性と追従性を手に入れることに成功した。機械部分を少なくすることにより小型化し、それに伴い機体重量もスラマニ・タイプより20%程度減少している。そしてそれは更なる機動力を生んだ。
一瞬の静寂の後、護衛のスラマニが手持ちのアサルトライフルを構えた。20mm高速徹甲弾は堅牢な戦車の側面装甲をも撃ち貫く剣呑な兵器であり、装甲化されているとはいえアームドアーマー程度ならば一瞬にして鉄屑に変えるだけの破壊力を持つ!
しかし、それが当たればの話だ。スラマニが銃を持ち上げるよりも先にマルテはそれに反応、サイドステップでそこから離れた。一瞬前までいた場所を、弾丸が通過する。狙いを外したことを理解したスラマニは銃を凪ぐが、しかしそれをマルテは許さない。地面に張り付くほどに姿勢を低くし、銃撃を避けると跳ね上げるようにブレードを放つ。ライフルのグリップごとマルテの手が切断され、血液のように機械油が辺りに撒き散らされた。
ブレードは単なる硬質の刃ではない。表面を見て見れば分かるだろう、それは目視では捉えられぬほどの速さで小刻みに振動していた。装甲切断用に開発されたこのブレードは、小型かつ強力なチェーンソーのようなものだ。打ち付けられた場所を執拗に切り付け、食い千切るように切断する。
武器を失ったスラマニの反応は早かった。素早く左足で踏み込み、逆の手でパンチを放った。スラマニがマルテより優れているのは格闘戦、もっと言えばウェイトで勝るパワー勝負だ。マルテの人工筋肉は瞬発性に優れるが、持続性には劣る。
殺人的なパンチを、マルテは肩口で受ける。そして回転、打撃の衝撃を肩から背中に移し、更にもう片方の肩へと受け流す。回転はまだ止まらない、そして逆手に握られているのは、いつの間にか抜き放たれた小型ツールナイフ! 回転の勢いを活かし、マルテはナイフをスラマニの胸に突き立てる! 長大なナイフが背中まで貫通した。
誤射を恐れ、仲間はマルテを撃つことが出来ない。攻めあぐねるスラマニの胴体に、突如として穴が開いた。瞬時に力を失い、地面へと倒れ伏せる。最後の一人は狙撃者を探すが、しかしそれは阻まれた。どこかから放たれた銃弾が、彼から考える時間を奪った。
見ると、横転した車両の上に更にもう一機、黄色のマルテが膝立ちになり、そこから狙撃ライフルによる銃撃を繰り出していた。テロリストが使っているアサルトライフルよりもやや無骨で、口径の大きな銃だ。テロリストの強化視野は、コッキングの動作を見た。狙撃銃の主流は、動作が単純なボルトアクション式だ。反撃に転じようとしたが、銃を持ち上げようとした瞬間彼の胸にナイフが刺さった。赤のマルテが投擲したナイフだ。
「ナイススロー。近くに敵はいないわ、すぐに来るかもしれないけれど」
通信を聞くことが出来る者がいれば、驚いたに違いない。なぜなら聞こえて来たのは幼い少女としか思えないような、弱弱しい声だったのだから。
「アルカ、高台から敵の状況を教えて。シゼル、一緒に行きましょう。みんなを助ける」
通信に応じたのもまた、少女だった。鮮やかな銀髪と、金色の目。ミルクティーのような淡い褐色の肌とのコントラストが印象的な、少女だ。彼女のような幼い子供が、最新鋭のアームドアーマーを駆り、熟練の兵士をも殺して見せたのだ。まるで何かの悪い冗談のようだ。彼女の名はフェゼル=ヨナ=グラディウス、東雲省吾の部下だ。
「了解。ヨナ、ボクから離れないようにして」
廃棄車両からドスンと重い音を立てて緑色のマルテが飛び降りて来た。通常の機体であれば、無理な飛び降りによって機体のどこかに不具合が生じていただろう。
「分かっているわ、シゼル。頼りにしてる。アルカもね」
緑色のマルテに搭乗した少女、シゼル=バルダインはコックピットの中で薄く微笑んだ。感情表現に乏しいのだ。一方倒壊を免れた整備用鉄塔に陣取った狙撃手の少女、アルカ=フェストゥムは目を凝らし、険しい声を上げた。
「話はそこまでよ、ヨナ! シゼル! 攻撃が来るわ!」
炎と煙の中から、いくつものアームドアーマーが躍り出る! シゼルは両肩の可動型シールドを前面に展開し、その隙間からアサルトライフルを突き出した。ヨナは両腕でチェーンソー・ブレードを構えた。ヨナ機には火器類が搭載されていない。近接格闘においては僅かなウェイトも動きを阻害するし、何より彼女は射撃が苦手だった。
アームドアーマーの動きと前後し、グースの乗るゲデルシャフトもヨナたちの姿を認め、そちらを見た。バトルウェアのサイズはアームドアーマーのおよそ3.5倍、正しく巨人と小人の体格差であり、その火力も桁違いだ! グースは12口径アサルトキャノンを小人に向け、そして無慈悲にトリガーを引いた!
無論、それを黙って受けるわけはない! 二人は発射と同時に跳んだ。ヨナは前方に、シゼルは横に! シゼルは側宙を打ち廃棄車両を飛び越え反対側に着地。車両を盾にすることで安全を確保しながら、突撃してくる敵の大まかな位置を掴んでいた。瞬時に周囲のマップデータを更新、仲間にそれを伝えた。
一方のヨナは地面を蹴り前方へと飛ぶ。後方での爆風が更にそれを後押しする。彼女の脳裏でシゼルから伝えられた地図情報が浮かび上がる。視界が効かないのは向こうも同じ、砂利の敷き詰められた足場ではスラマニの輪帯駆動は鈍る。ならばこの状況、柔軟な足回りを持つ自分たちに利がある!
「チェアーッ!」
ヨナはチェーンソー・ブレードを横薙ぎに一閃! 横転した廃棄車両と、その陰から向かって来ていたスラマニに対して斬撃を繰り出す。だが予想に反して手ごたえはない、見ると陰にいたスラマニは腰を落とし、間一髪ブレードを回避していた。しかも、ライフルの銃口はヨナに向いていた。ヨナは地を蹴り、跳ぶ!
人工筋肉の収縮と伸張が生み出す爆発的なエネルギーがヨナの駆るマルテを跳ね上げ、地上数メートルの高さまで彼女を持ち上げる。跳躍力を利用した三次元戦闘がマルテの持ち味だが、この状況は危険だ! 列車のモニュメントによって形作られた広場には数体のスラマニが待機しており、しかもそれらの銃口がヨナに向いているのだから!
「くっ……アルカ!」
「ダメ、死角に入られてるッ! ここからじゃ狙えない!」
先ほどの会敵で、敵はヨナたちの戦力をある程度把握していたのだ。奇襲ならばともかく、真正面から当たれば素直な狙撃と近接戦闘をかわすことなどわけはない。正義を志し、果敢に悪へと立ち向かったヒロインは、銃弾を受け露と消えてしまうのか?
無論、そうはならない! 右手側の車両の扉が突如として蹴り開けられた。重い鉄扉がまるで木の葉のように吹き飛び、車両の中からシゼル機が現れる。その手にライフルはなく、バックパックにマウントされていた小型ガトリングガンを両腕に持っている。圧倒的な弾幕が、盗賊たちを襲った。
ヨナは少し離れた地点に着地し、すぐさま振り返る。盗賊たちのスラマニは弾幕によって釘付けにされていた。ガトリングガンは命中精度が悪く、またシゼルの射撃技量もそれほど高くはない。すぐさま左右に広がり、シゼルの射線を乱そうとする。その時だ、吹き飛ばされた鉄扉が何の前触れもなく大爆発を起こしたのだ! 盗賊たちは爆風に煽られ、飛散して来た大小の礫によって打ち据えられる!
事前にシゼルは扉に対アームドアーマー用の手榴弾をセットしておいたのだ。奇襲により仕留められなかった場合を想定した二重の策。彼女は東雲省吾率いる傭兵団『ブルーバード』に所属するメンバーのうち、章吾ら中核メンバーを除いた機動兵器搭乗員の中では唯一、正規軍での従軍経験を持っていた。
突然の爆発によって体勢を崩した盗賊を、ヨナが狙う。しゃがみ体勢で着地した直後に地を這うように走り、爆発中心点の近くにいたスラマニの胴体を逆袈裟に切り裂く。返す刀でその奥にいたスラマニの肩口から脇腹にかけてを袈裟切りにした。唯一爆発から逃れ、ヨナを狙っていた者はアルカの狙撃によって胴を撃ち抜かれて機能を停止した。
狙撃された盗賊が倒れたと同時に、シゼルは車両から飛び出した。直後、廃棄車両が爆発、グースが行ったオートキャノン砲撃だ!
アームドアーマーがバトルウェアよりも優れている点として、近距離におけるセンサー精度があげられる。装備者の五感を補助するように作られた、通称FSセンサーは鋼鉄を鎧ながらも生身の人間よりも鋭い知覚を与える。さらにそれは直観的に理解可能なものであり、特別な訓練の必要がなくまた装備者本人の練度が上がれば精度も向上する。要するに、機体の習熟がバトルウェアや在来兵器のそれに比べて容易なのだ。このセンサー技術はアームドアーマー独自のものだ、身長10mの巨人では知覚補正が間に合わない。そして人と離れすぎた体系では、感覚的な操縦が出来なくなる。
アームドアーマーの持つ最大の利点は、どんな人間が乗ってもそれなりの戦果が挙げられる点だ。そのため大戦末期、兵員が不足した旧国民連邦軍は戦災孤児たちを集め、僅かな奨学金と身分保障と引き換えに機動兵器パイロットとしての教育を施し、戦線へと投入した。彼女たちもまた、由来こそ違えど戦争によって産み落とされた人間の一人なのだ。
シゼルは飛びながら体を90度捻り、脚部に装着された短距離ミサイルランチャーを発射した。こちらの騒ぎを聞きつけ現れた盗賊を牽制するためだ。赤外線誘導型のミサイルだが辺りが火の海になっているこの状況では誘導精度は期待できない。そもそもアームドアーマーの発熱量はそれほど多くない、例え乾燥した平地で撃ったとしても命中率は20%を切るだろう。もっとも、これは当てるためにはなったのではないのだが。
彼らの作ったオブジェクトのせいで、戦場は入り組み、狭い通路と広間の連続になっていた。車両と車両の間に出来た狭い隙間で盗賊は身を屈め、横にかわし、ミサイルの直撃を避けた。最後列にいた一体がミサイルの直撃を受け、爆発炎上した。横にかわした者はアルカの狙撃を受けて倒れ、屈んだ者は顔を上げた瞬間にヨナの刺突を受け倒された。
「よし……行ける! このままみんな倒してしまおう!」
「ヨナ、油断しないで。敵はまだ近くにいるはずだから。アルカ、敵の位置は……!」
はっとしたようにシゼルは叫ぶが、しかしそれがあるかの耳に届くことはなかった。彼女が陣取っている鉄塔の中腹辺りに命中した砲弾によって彼女の声は遮られた。凄まじい着弾音と崩落の音が、すべてをかき消した。反応すら出来なかったアルカは塔の崩壊に巻き込まれ、辛くも下敷きになることこそなかったが、強かに体を地面に打ち付けた。
「ふん、予備兵力をおいて正解だった、ってわけか」
グースはコックピットで一人ほくそ笑んだ。然り、彼女の後方3Km地点にある森には予備兵力が待機しており、交戦に備え大口径の狙撃砲を構えていたのだ。それだけではない、ヨナたちの後方からも四機のバトルウェアが現れ出でた。グースと同じゲデルシャフト、オーソドックスな緑色の迷彩色のものが三機、それに加えて赤褐色の塗装を施した機体が一機あった。背中にはバトルウェア用の物としても巨大すぎる片刃刀をマウントしており、泰然とした佇まいはパイロットの持つ確かな実力を表しているかのようだった。
更に廃棄車両、駅舎の屋根、物陰からいくつものスラマニが現れた。後詰の戦力が仕留めきれなかったときのため待機していたのだ。特にアルカの周りは致命的な布陣が成されている、倒れ伏した彼女にはいくつもの銃口が向いていた。
「さて、あと二分だけやる。大人しく投降しな、命だけは取らないから」
青色のゲデルシャフトから猫を撫でるような、気味の悪い声が聞こえて来た。もちろん、彼女のオートキャノンはいつでもアルカを鉄屑に変えられるよう構えられている。
「ふむ、グース殿。お主、この者たちを捕虜に取ろうというのか?」
赤褐色のバトルウェアから時代掛かった声が響く。グースと同じように外部スピーカーに声を投射しているのだ。彼はチームの用心棒であり、むざむざグースが危険を冒すような真似をしていることに大層訝しんでいるのだ。
「ああ、こいつらは金塊にも劣らぬ……いや、見る者によっては金塊以上の価値を持っているガキどもなのさ。とんだ掘り出し物を掴んだってわけさ」
「ガキ? そのアームドアーマーのパイロットがでござるか? いやしかし、まさか子供がこの機体に乗っているはずがあるまい。最新鋭の機体でござるよ?」
「こいつらは例外さ。あんたも聞いたことくらいはあるんじゃないか、大戦末期……人気回復のために国民連邦が投入した『アイドル部隊』の噂をさぁ」
グースの下卑た声に、ヨナたちは歯噛みするしかなかった。彼女の指摘はまさにその通り、ヨナたちは軍によって生み出され、そして暗部として切り捨てられた存在。国民連邦が投入した人気取り部隊、『アイドル部隊』の所属者だった。
そもそも、《星間戦争》の発端が連邦側の横暴にあることはご存知の通りである。事実の周知がなされず、宇宙側から交戦をかけて来た第一次星間戦争の時はまだよかった。だが、8年前一時休戦がなされ、帝国側との交流がされるようになってから歯車は狂いだした。連邦側の対応が白日の下に晒されてしまったのだから。
L4コロニーにおいての会談の際、連邦高官が暗殺されたことに端を発する《第二次星間戦争》が発生してもなお、連邦側の士気の低下は如何ともし難いものだった。高官暗殺に対しても、連邦の自作自演なのではないかという噂すら流れる始末だ。国力でいえば遥かに上を行く連邦、というより地球が長きに渡り敗戦を喫してきたのはこれが理由だ。
だが開戦から数年、転機が訪れた。戦災孤児の増加がそれだ。当時帝国軍が乱発していた質量兵器攻撃によって、国家ごと家族を失ったものは少なくない。当時の総人口の半分は国亡き民だった。連邦への不信を、帝国への憎悪が塗り潰した。
孤児や難民をパイロットにしてきたのは先述の通りだ。だが連邦はさらに一歩先に行った。戦争被害を受けていない者たちにも連邦への信頼と、帝国への憎悪を植え付けようとした。そのために組織されたのが『アイドル部隊』、若年者によって構成されて、国民連邦志願者兵隊の通称だ。
一定の選考基準、すなわち生い立ちや容姿といった、その者への愛情と同情を誘うかによって選ばれた子供たちは、戦意高揚のために様々な舞台に……例えば戦時国債のイメージキャラクターであったり、訓練風景を撮影したPVめいたものへの参加であったり、低強度紛争地帯での戦闘であったりといったものへと駆り出されていった。
もちろん、倫理的に許されるものではない。だが、反対意見は全てメディアを使って握り潰させた。耳障りのいい虚構は苦々しい現実に往々にして勝る。ジャーナリズムは連邦が出す莫大な資金によって捻じ曲げられた。戦場の真実も何も語られることもなく、ただ少女たちによって繰り広げられる『戦争ごっこ』だけが現実として取り扱われた。
そんな状況も、終戦間近の15年には変わっていた。帝国軍の地球側への浸透度が高まり、彼女たちが『活躍』する安全な戦場がなくなってきたのだ。そして彼女たちの優先度は正規軍のそれよりもはるかに低い。少女たちは戦場に置き捨てられた。彼女たちの『悲劇的な』死はメディアで大々的に取り上げられ、人々の戦意と帝国への憎悪を煽るために大いに利用された。その死さえ、元より運命づけられていたものだった。戦後、五体満足で戦場から帰還できた少女は両手の数でも多すぎるくらいだ。彼女たちが生き残り、こうして戦っているのは奇跡にも等しい確率だ。
「素人でも操縦しやすい感覚的な操作系、生存性の高さと見栄えの良さを両立させた機動性、派手なカラーリング。間違いない、こいつら『アイドル部隊』さ」
「なるほど。有名人、それも女子なら買い手もつこうというものよ……」
コックピットでグースと用心棒、カムイ=ノクサスの唇がいやらしく歪んだ。
「くっ……卑怯な真似を!」
「何を言っておる、戦場に卑怯も何もあるまい? ましてや我らのような浪人がこうしたことをするのは常識。拙者たちを責めるよりも、実力も足りずにこのような場所に飛び出して来た、己の無知無能無謀を悔いたほうが賢明なのでは……?」
カムイの挑発的な言葉に、ヨナは言葉を詰まらせた。彼らは仲間に銃口を向けることでヨナたちの思考の幅を狭めていた。この場で追い詰められているのは、むしろグースたちの方だ。頭数が減ったとはいえ、いままで奪った金では赤字だ。しかも時間をかければかけるほど彼女たちは不利になる。だからこそ、こうして揺さぶりを仕掛けているのだ。ここから去るだけなら彼女たちを殺すだけでも十分なのだから。
「さあ……早く選びな? オトモダチが蜂の巣になっちまうわよぉ?」
「くっ……ごめん、なさい……アルカ」
ヨナは唇を噛みながら、武器を手放そうとした。その時だ、ヨナたちを見ていたカムイの視線が、僅かに揺らいだ。彼女たちの奥、倒壊した車庫の方を見ている。
「どうした、カムイ?」
ヨナたちに気取られないよう、通信でグースはカムイに問うた。
「動体反応がある。こちらに気取られないようにしているようだが……拙者の目は誤魔化せん。大方、この子供たちの保護者といったところであろうな」
グースたちが決着を急いていたのにはもう一つ理由がある。端的に言えば、戦力を見誤っていた。子供たちだけが戦力のすべてではないと思っていたのだ。無理もない、未熟な子どもたちだけで傭兵をするようなものが、この世界のどこにいようか? だからこそ、グースは保護者が出てこないうちに戦闘を終わらせようと目論んでいたのだ。
「なに、すぐ済む。車庫から出てくる前にあやつの命を終わらせて進ぜよう」
カムイはゲデルシャフトの右腕を車庫に向けた。上腕部には腕と同じくらいに太いミサイルが括り付けられていた。拠点攻撃用に急遽製造された兵器だ。これ一発で装甲化された倉庫程度なら吹き飛ばすだけの破壊力を秘めている。
瓦礫の中から、炎に照らされた巨人が立ち上がる。カメラアイの放つ光が、冥府から差すように昏い光に思えた。その姿を認めた瞬間、カムイはトリガーを引いた。恐怖ゆえに。ミサイルが白煙を引いて、倉庫と立ち上がった巨人目掛けて超音速で飛んで行った。
倉庫から立ち上がった巨人の動きを目で追えた者は僅かだ。立ち上がると同時に右足を半歩下げ、半身になると右腰のホルスターに収められていた対バトルウェア用のコンバットナイフを引き抜き、再び右足を踏み出すと同時にナイフをアンダースロー気味に投擲した。反時計回りに回転しながらナイフは宙を飛び、一直線にミサイル目掛けて飛んで行った。ナイフの刃は狙いすましたかのようにミサイルの弾頭部を切断、衝撃によってミサイルが起爆し、爆風と爆炎が高度10mの空を焼き焦がした。
「手前らがどこのどいつかなんてことは知らないし、知る必要はない」
冷めた声がスピーカーを通じて辺りに投げかけられた。誰もそれに応答できる者はいない。空中で爆発炎上したミサイルの破片が、粘度の高い炎を伴って線路に落ちた。そしていかなる偶然か、焼け溶かされたナイフの破片がアルカの頭に銃を突き付けていたスラマニの頭部に高速で飛来し、ギロチンめいて両断した。
(あやつ……発射直後ですらマッハで飛来するミサイルを狙いナイフを投げたと?)
用心棒、カムイ=ノクサスの額に大粒の脂汗が浮かんだ。同時に、彼は得難い強敵の存在に歓喜した。対する方は、あくまで冷静なものだった。
「ただこれだけのことをした落とし前だけはつけてもらうぜ。端的に言うと、手前ら全員ここで死んでいけ」
それは、白を基調とした機体だった。首筋から腰にかけて、機体正面を三分割するように青のラインが引かれた、白金の騎士甲冑。腰部を守るスカートめいた装甲には左右両方にコンバットナイフをマウントするためのポーチが付けられており、更に左側にはもう一つ、剣が収められていた。右のショルダーアーマーは全体が青く、左は白のペイントが施されている。面頬に備え付けられた排気口から、獣の吐息のような蒸気が吐き出される。
イルダ=ブルーハーツは戦場を見据えた。愛機、ゼブルスのコックピットの中で。
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