Chapter3:スフィンデル大捜査線-3

 ローマン、レクリエーションルーム。イルダがマフィアの手中に落ちたという情報は、『ブルーバード』クルー全員に速やかに知れ渡った。


「こンの弱腰艦長めぇ! 今すぐカチコミじゃあ! クソッタレのマフィアどもに、ワシらの力を思い知らせてやるんじゃァーッ!」


 ハンクはストレートの怒りを露わにした。手にした杖を振り上げながら、盛んにマフィア殲滅を叫んではアクアに止められている。ジョッシュたちは冷静だった。


「アルカ、キミは船長と一緒にあそこに行ったんだろう? どうだった」

「とんでもなくデケェ屋敷だったぜ! マジで金かかってんな、あそこはよぉ!」

「うるさいゴリラ、お前には聞いていないだろうが」


 爆発が起こった直後、章吾は船をジョッシュに任せ、ダルトンとアルカを伴って現場に向かっていた。ダルトンの抗議を無視し、アルカは屋敷の状況を思い出した。


「屋敷は高い塀で覆われています。塀の先には鉄柵、それから四方には銃眼の付いた塔がありましたね。どうにか狙撃スポットを探すのに苦労した覚えがあります。内部で巡回していた兵士は、少なくとも五人。中にはその倍以上控えているはずですよ」

「そう言えば、どこから屋敷を監視していたんだ? あの屋敷は丘の上に建っていたし、高い塀で覆われていたならそんじょそこらの建物からじゃあ……」


 アルカは地図を広げ、ある一点を指さした。

 古くからある時計塔で、高さは400m。屋敷までの距離は793m。先端まで登れば屋敷と目線を合わせることが出来る。


「爆発現場でイルダさんが拉致されたことを知って、章吾さんからライフルを持ってくるように言われたんです。でもまさか、800m先まで撃つことになるとは……」

「しかし、章吾さん。あなた護衛も付けずにマフィアのところに乗り込んだんですか?」

「部下の命が危機に晒されているからな。それに護衛がいるのは俺じゃない」


 章吾はかつて連邦軍に所属し、優秀な戦績を上げて来た歴戦の勇士だ。いまでもトレーニングを欠かしていない。たった一人でも正規訓練を受けていないマフィアを相手するなら不足はない。一方で、アルカはまともな訓練を受けていない、狙撃技術以外のところでは素人とほぼ同等だ。しかも、彼女は視力という点で大きなハンデを背負っている。


「恐らく今回の接触で、狙撃ポイントを特定されていると思います。二度同じ場所から狙撃をするのは、大分勇気がいりますよ……」

「そもそも、あの屋敷は高度に要塞化されている。中に入って分かったことだがな」


 章吾がわざわざ中に入って交渉を行ったのは、何もイルダを取り戻すためだけではない。スフィンデル裏の支配者と呼ばれる『バクスターファミリー』がどれほどの力を持っているか、それを測るためでもあった。


「屋敷の外観は一見して古風だが、その実防弾、防火性能に優れたものだ。砲撃で一帯を更地にしていいってんならどうとでもなるが、この人数で攻めるにはちと辛い。連中の対応も、思ったより早かったからな……」


 バクスターの護衛は統率こそ取れていないが、行動には迷いがなかった。当代ボスであるソノラ=バクスターの人望がなせる業だろう、と章吾は考えていた。


「いずれにしろ、警察と軍を牛耳る『バクスターファミリー』を相手にするには、

いまの状況では不利であると俺は考えている。連中との交渉がまとまった以上、いますぐにイルダの身をどうこうすることはないはずだ。何か意見はあるか?」

「彼らと事を構えるのが得策ではない、という考えには私も同意見です。イルダの身の安全を考えるならば、多少強引にでも事を進めたほうがいい、とは考えますが」

「そうだー! ぶっ殺せッ! マフィア如きにガタついてンじゃねえぞーッ!」

「ああ、もう! お爺ちゃんはちょっと黙っててくださいよー!」


 外野がわいわい言っているのを無視して、章吾はそのまま話を続けた。


「それに、バクスターの連中がこの街を本当に支配しているのかどうかは疑問だな」

「どういうことなんですか、東雲さん?」

「奴らの収入になるべきものがいまのところは見えてきていない。薬、違法な物品、人身売買。そう言ったものからは一線を引いているし、近隣のそう言った事業を行っている連中との繋がりを見ることが出来ん。にも拘らず、奴らは潤沢な資金力を持っている」

「彼らのパトロンとなっているものが存在している、ということですか?」

「仮にそうならば、バクスターを片付けて済む問題じゃなくなる。あいつの身柄をどうするにしても、いま事を起こすのは非常に危険だ、と俺は考えている」


 そこまで言って昭吾は言葉を切り、船長席に着いた。


「テロ事件のこと、バクスターのこと。双方を調べて行ったほうがいいかもしれん」

「ようやく方針が決まったな。へへっ、これで動きやすくなるってもんだ」


 ダルトンは嬉しそうに笑いながら、手と手を打ち付けあった。その仕草にアルカとジョッシュは苦笑するが、ある意味で真理だ。何事も動き出さなければ分からない。


「ハンク、アクア。いつでも船を動かせるように調整を進めておいてくれ」

「了解だ。いつでもこの街を火の海に沈めて見せらァ!」

「ジョッシュはヨナとアルカを、シゼルはダルトンと一緒に街に出てくれ。連中の口は堅いだろう、あまり急ぎ過ぎなくてもいい。深入りしないようにするんだ」


 それぞれの割り振りが終わり、動き出そうとした時だ。ダルトンが声を上げた。


「……ん? ちょっと待ってくれ大将。『ジョッシュは』ヨナとアルカと一緒に行くんだよな? ってことは、二人の面倒を見るのはジョッシュってことだ」

「ああ、そうだ。それがいったいどうしたんだ?」

「ってことはだ、『俺の』面倒を見るのはシゼルってことになるのか?」


 一瞬の沈黙。そして全員は一斉に動き出した。


「さて、お前たちは市街での隠密任務は経験していなかったな。今後、このような事を行う機会もあるだろう。俺が案内するから、しっかり見ておくんだぞ」

「は、はい。よろしくお願いします、ベルマンさん」

「待て待て待て待て! ちょっと待て、流そうったってそうはいかねえぞ!」


 ダルトンは野性的な本能で都合の悪いことに蓋をしようとしているのに気が付いたようだった。流そうとしていた張本人、章吾はダルトンに聞こえる大きな舌打ちをした。


「お前なあ、なんでそういうところでだけ勘が働くんだ?」

「そりゃどうだっていいだろ! なんで俺のお目付け役がシゼルなんだ! 逆だろ!」

「いいか、今回の仕事は内密に行う必要がある。そこまでは分かるな?」


 章吾はダルトンの肩に手を置き、極めて残酷な一言を放った。

「お前が大人しくそういう仕事をしている姿が想像できない。以上だ」


 ダルトンな衝撃のあまり二、三歩後ずさり、そして崩れ落ちた。そして彼は、静かに泣き始めた。いたたまれない雰囲気。


「お、俺……塵……」

 そんなダルトンの肩を叩くものがあった。シゼルだ。


「ダルトンさん。ボクたちはいままで、ダルトンさんにずっと助けられてきたんです」

「し、シゼル……」

「ですから今度はボクがダルトンさんのお力になります。一緒にやりましょう」


 シゼルは柔らかく微笑んだ。ダルトンの両目からこぼれる涙の量が更に増えた。とりあえず危険な状態は脱しただろうと章吾は判断し、ため息を吐いた。


(まさかあれほどのことになるとはな……)


 常にゴリラ扱いされても気にしていないようだったので、ついつい言い過ぎてしまったのかもしれない。親しき仲にも礼儀あり、章吾は自戒を込めてそう思った。


「おう、頼りにしてるぜシゼル! んじゃあ大将、俺もいっちょ、行ってくらぁ!」

(まあこいつに関してはそこまで悩むほどではないかもしれないがな)


 一瞬前とは打って変わって、非常にエネルギッシュにダルトンはシゼルを伴って出て行った。なんにせよ、仕事を続けられるのならばそれでよかった。


「あれ、ところで東雲さんはなにをするんですか?」


 先ほどの割り振りで、章吾だけ何をするのかはっきりしていなかった。そのことに疑問を感じたヨナが、逆に章吾に問いかけて来た。


「いろいろだ。入港が終わった後も、いろいろとしなきゃいけない手続きもある。あと」

 章吾は個人用の端末を取り出し、登録されたアドレスを確認する。


「内側からじゃ調べられない情報が、あるかもしれないからな」


■~~~~~~~~~~~■


 スフィンデル市内は厳戒態勢を取っていた。街中にはパールホワイトの装甲服を着込んだ警官たちが待機し、軍用車両がひっきりなしに道を行き交う。私服警官も多く配置され、雑踏に紛れながら街を監視する。

 電光掲示板には『テロリストを許さない』『怪しければすぐに通報』『懸賞金』と言った威圧的な文言が躍る。


「これだけの厳戒態勢だと、何だか私たちがいる意味なくなっちゃいますね」

「なに、彼らも街全体を監視出来ているわけではない。俺たちの目が増えれば、それだけ犯人を見つけられる確率は高まってくるんだ。そこにいるだけで効果はあるさ」


 アルカとジョッシュ、そしてヨナは市内を歩いた。もちろん、こんなことでテロリストを発見できると思っているわけではない。主たる目的はグラディウス移民組織への接触だ。彼らは街の奥まった場所におり、公共交通機関などを使っていくには少し都合の悪い場所に陣取っているのだ。ヨナの表情は固く、足取りは重い。


「……章吾さんに言われたことを気にしているのか、ヨナ?」

「えっ……!」


 いきなりかけられた言葉に、ヨナは狼狽した。フェゼル=ヨナ=グラディウス、それが彼女の名だ。『グラディウス』の姓は王家に連なる血筋の中でも、本家の人間の身に与えられるものだ。然り、彼女はいまは亡きグラディウス王国の第三王女なのだ。


「……グラディウス王国崩壊によって、人民が欧州に逃れたとは聞いていました。私もその一人です。でも……直接、彼らと会うのは、実はこれが初めてなんです……」

「臨時招集……《アイドル部隊》の設立って、グラディウス王国が崩壊してからすぐだったもんね……それから、ずっとあなたは戦っているんだね……」


 復讐心と憎悪に駆られ、ヨナは身分を捨て一介の兵士となった。あるいは、彼女にその力がなければ彼らと暮らしていたのかもしれぬ。しかし幸か不幸か、彼女には力があった。王都で侍従に鍛え上げられたグラディウスの剣が、生まれ持った運動能力と直観力が、彼女に平穏な生活を許さなかったのだ。


「ベルマン、さん。東雲さんからは、彼らがこのテロに関わっている可能性があるって、私は、そう言われました……」


 ジョッシュはあえてその言葉を返さなかった。返す言葉は見つからなかった。

 中東移民の歴史は古い。元々欧州と中東は陸地で繋がっていたため、何度も民族、宗教、歴史的対立を繰り返して来た。民族対立を解消するためには2000年の時が必要だったと言われているが、それでも根強い対立感情は残っているのだ。


 特に、グラディウス移民は欧州への移住に当たりこれまで持っていた家財や土地を捨て、着の身着のままでこの地までやってきた者が多い。愛する祖国を捨てざるを得なかった者たちだ。だが、逃れてやってきた土地でも彼らは偏見と貧困に晒された。頼るもののない彼らは奴隷的待遇を余儀なくされているとさえ言われている。

 紛争の火種は、どれも小さなものだ。それは取るに足らない、寝て起きれば忘れるようなものかもしれない。だが、それらが積み重なり、徐々に増えて行けば……それは、どんなものでも焼き尽くす、紅蓮の業火へと変わって行くだろう。


「ヨナ。この任務は、キミにとって辛いものになるはずだ。章吾さんにも言われただろうが、もしこの仕事に耐えられないのであれば……」

「今回は、これから外れても構わない……ですよね。章吾さんにも言われました」


 ヨナは今にも泣きそうな顔で、しかし気丈に振る舞って見せた。


「確かに、辛いことです。祖国を追われて、それでも救われなくて……そんな人たちが、犯罪に関わっているかもしれないって言われて……しかも、その責任の一端は私にある」

「ヨナ、それは違う……」

「違わない。グラディウス王国は戦争に乗って、そして負けた。抗えない時の流れって言われたらそうかもしれないけれど、でもそれで犯して来た罪のすべてが消えるわけじゃない。だからこそ、生き残った私は、犯してしまった罪に向き合わなきゃいけない……私は、そのための覚悟をしてここに来たんです」


 ヨナは力強く一歩を踏み出した。その眼差しは彼らが知るものよりもずっと強い、彼女の言うところの『覚悟』をその身に宿した者にしか出来ないものだった。


「行きましょう、アルカ。ベルマンさん。例え真実がどうであったとしても、私はそれを受け入れます。そして、それを解決できるように、精一杯努力します」


 二人より一歩先んじていたヨナは、振り返り微笑みながら言った。アルカとジョッシュは思わず目を見合わせた。そして、彼らも微笑みヨナの言葉に応じた。


「分かった。私も何が出来るかは分からないけど、協力するわ」

「そうだな。円満な解決が、俺たちに与えられた仕事なのだからな」


 グラディウスコミュニティのすぐ近くまで、彼らは来ていた。そのまま歩みを止めることなく、彼らは一緒に進んで行った。


(やれやれ、章吾さん。子供たちは私が考えていたより、ずっと強いようですよ……)


 ジョッシュは内心で苦笑した。どこか心の内で侮っていた子供たちは、彼が考えていたよりも強く、逞しかった。二人の力を認め、その上で二人を守って行く。そんな決意を新たに、ジョッシュは二人よりも一歩先に出た。先に立つのも自分の役目だからだ。

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