Chapter1:ある日の始まり『イルダの場合』-1

 クラストロ級重キャリアー、ローマンの艦橋で東雲省吾は渋い顔をして戦場を見つめていた。彼らはいま戦場にいる。負けているわけではない、傭兵として戦場を渡り歩き、命のやり取りで金を稼いでいる彼らだ、負ければこんな顔では済まないだろう。


 彼がこんな顔をしているのは珍しい。見た目に反して大らかな男で、傭兵団に所属する子供たちの持ってくる面倒事にも苦笑しながら全力で取り組むような男だ。あるいは、彼の渋面の原因が子供たちだったのならば、そういう顔になったのかもしれないが。オペレーターのジョッシュも操舵手のダルトンも、そちらをあえて見ないようにしている。


 ミサイルが白煙を引きながら、高速で飛行する。旧世代のシェルター入り口に陣取ったバトルウェア二機は、ミサイルを撃墜するためにマシンガンを乱射した。凄まじい発砲音が辺りに響き渡り、発射された12発のミサイルすべてを撃墜。辺り一帯をミサイルの爆炎が包み込み、衝撃波が木々を揺らした。なおもマシンガンは連射される。

 爆炎を切り裂き、圧倒的な熱量を伴って光が迸った。膨張した大気が逆巻き、しばしの間煙に穴をあける。光はコックピットに吸い込まれるように着弾、胸部装甲を溶解させ、背中へと抜けていった。機体の力が一瞬にして失われ、倒れ落ちた。


 煙が晴れ、ビームを放った機体の姿が露わになる。白銀の騎士甲冑をイメージさせるような姿で、機体にはところどころ、青のラインが引かれている。特に右肩は全体が青にリペイントされている。青い面頬の両端には排気口が設置されており、熱蒸気を息のように放った。ゼブルス改、ブルーショルダー。それがその機体の名だった。

 ゼブルスのパイロット、イルダ=ブルーハーツは素早くもう一機に照準を合わせ、手持ちのエナジーライフルを放った。しかし、対する機体の方も簡単に狙いを定めさせはしない。スラスターを駆動させながらのサイドステップ、凄まじい加速力を得た機体は低速ビームを寸でのところで回避する。背後にあった山岳が爆発した。


 灰色のミドルクラスバトルウェア、ドラッケン。《星間戦争》時帝国が開発し、現在でも宇宙軍で用いられている主力バトルウェアだ。生産性の向上を狙って造られた重バトルウェア、ゲデルシャフトからフィードバックしたデータを使って作られた第三世代機であり、帝国の最高傑作とも呼ばれている。

 ゲデルシャフトが生産性を重視し、モジュール化を容易にするために角ばった形をしていたのに対して、ドラッケンのそれは後の高級機と同じ流線型を多用したものだ。いかに重力制御技術を用い巨大兵器を運用しているとしても、空気抵抗をはじめとした物理現象に抗うことは容易ではない。

 無駄を省いた徹底的な軽量化により、耐久性は低下したものの従来型に比べ、極めて高い機動力を得ることに成功した機体であり、スラスターを最大出力で稼働させれば短時間ではあるが、大気圏内での飛行すら可能である。


「アルカ、周囲の状況はどうなってる?」

「キャリアードックの方は、ヨナとシゼルとで押さえています。これ以上増援が出る

ことはないかと思いますけ、どっ!」


 発砲音が聞こえ、イルダの背後で爆発が起こった。恐らく、後方からイルダを狙っていたアームドアーマーか何かがアルカに撃たれたのだろう。ABWバズーカの直撃を、装甲の薄い背面から食らえば一撃での撃墜すらあり得る。


 今回、イルダたちは北欧地区、通称バルト地区に潜伏していた盗賊たちの掃討に出ていた。違法な機動兵器売買や散発的なテロ行為、人身売買などを行っている極めて危険な集団だ。旧軍から脱走した主義者も存在する。血みどろの《星間戦争》が終結してから二年もの月日が流れたものの、まだまだ地球圏の治安は安定しているとは言えない。


 右側のシールドで、右に回ったドラッケンのマシンガン攻撃をいなす。なかなか鍛えられた動きだ、とイルダは思った。ライフル一発当てれば勝負は決するが、敵もそれを理解しているのでそれをさせてくれない。

 そのため、イルダは動かざるを得なくなった。シールド裏にマウントしていた電熱刀を抜き、シールドを掲げたままスラスターを展開、一気にドラッケンとの距離を詰める。マシンガン攻撃を断念したドラッケンは、背中にマウントしていた大型槍を取る。

 大きめのグリップガードが装備されたタイプのアダマススピア、全体が超硬金属『アダマス』によって作られており、先端に重心が偏っているため取り回しは極めていい。


 横薙ぎにした刀が、槍の柄で受け止められる。アダマス鋼は熱に対して強く、刀のヒート機構を作動させたとしても溶断することが出来ない。一瞬の拮抗状態が生まれる。

 それを打ち破ったのはイルダの方だ。ドラッケンのパイロットは、突如として強い衝撃に襲われた。胴体、コックピット付近にゼブルスの膝蹴りが炸裂したのだ。予想外の衝撃に、パイロットの意識は一瞬奪われ、ゼブルスとの間に致命的な距離が出来る。


 イルダはその瞬間に刀を一閃、槍を持った右腕を切り飛ばした。さらに振り下ろしのスピードを乗せたままその場で旋回、バトルウェアの巨体で回し蹴りを放ち、ドラッケンを吹き飛ばした。ドラッケンは背中から地面に着地し、パイロットを再び凄まじい衝撃が襲う。意識を失った彼が、目を覚ますことは永遠になかった。

 蹴り足を戻すと同時にゼブルスは跳躍、機体の全体重を乗せながら刀をコックピットに突き立てた。ドラッケンのボディが一瞬痙攣するように揺れたが、すぐにあらゆる力を失い倒れ込んだ。


■~~~~~~~~~~~■


 任務は完全に終わった。『ブルーバード』側の損害はゼロ、盗賊団を無事壊滅させることに成功した。にも拘らずリーダー、東雲省吾は渋面を作っていた。


「イルダ、お前なんでここに呼び出されたのか分かるか?」

「サー、さっぱり分かりません」


 まるでいつもと変わらない様子で、おどけた言葉を吐くイルダ。章吾は自分の体の中をマグマのように駆け巡って行く怒りを必死に抑えながら、彼に問いただした。


「イルダ……お前、今回の戦闘でどれだけの弾を使ったか数えてはいるか?」

「えーっと……いや、初めのうちはともかく、最後はんなこと考えてる暇が……」

「ヘンドリクス対BWミサイル18発。38口径サブマシンガン120発。脚部対歩兵グレネードランチャー3発。エナジーライフル4発。といったところですね」


 派手に弾をばら撒き、敵の逃げ場を無くしてから確実に仕留めるのがイルダの戦闘スタイルだ。彼は不確かな博打を好まない。やらなければならないことは往々にしてあるが。


「で……? お前、今回の戦いで、どれだけ金をばら撒いたか分かってるか……?」

「あー、章吾さん。んなカリカリしないでくださいよ。必要経費っすよ必要経費」

「その必要経費でこっちの財政が逼迫してるって分かってるか、アア!?」


 章吾はいきなりキレた。いや、いきなりではない。イルダの眼前に端末を取り出す。


「毎回言ってるよな? あんまり弾を使い過ぎなってよ。もしかして俺は言っていないか? 言っていないなら言ってくれ。俺にも落ち度があったってことだからな……」

「待って、笑ったままそんな顔しないでくれ。頼む、怖いからやめてくれ」


 イルダはさすがに顔を青くしながら章吾に言った。実際のところ、彼が『ブルーバード』に加わってから、消耗品費の項目は飛ぶ鳥を落とす勢いで増えていっている。《太陽系連邦》政府から軍務を委託され、かなりの補助金が出ているとはいえその金額は固定だ。そうなると、弾は撃てば撃つだけ赤字になることになる。


「なあ、頼むぜ章吾さん。あんたなら分かってくれると思うけど、銃や弾は俺たちの生命線なんだ。銃撃つ時に一々金のことを考えてたら、もしかしたら死んじまうかもしれない。撃たれる寸前で『あと何発撃ったら赤字だわー』、なんて考えてる暇ないって」

「まあ確かにな。それは分かっている。ただ少し考えて撃って欲しいだけだ」


 章吾は一瞬にして怒り顔をひっこめて、イルダの肩を優しく掴んだ。ようやく解放される、そうイルダは思ったが、それは甘い考えだったと次の瞬間には分かった。


「だが、だ。お前これはどう自己弁護してくれるんだ? ええ?」


 章吾は笑顔のままモニターに先程の戦闘の映像を映し出した。そこには、イルダが最後の一機に白兵戦を仕掛け、膝蹴りをかまし、あまつさえ回し蹴りを叩き込む姿があった。


「……あのコンビネーション、結構うまく出来たと思うんだよね」

「ああ、そうだな。感動的な話だ。整備班からレポートがなければもっと良かった」


 整備班帳、ハンク=チャールストンから挙げられてきたレポートに書かれていたのは、たった数行。『膝関節の損傷大』。『パーツ交換の必要性あり』。『破棄』。


「あの蹴りをやってくれたおかげでよぉ、ただでさえバカ高いゼブルスのパーツを、丸々、交換する羽目になっちまったんだよ。なあ、どうなんだよオイテメエ……?」

「待って待って痛い痛い痛い! 頭蓋骨が音を立ててるのが聞こえるからッ!」


 章吾はイルダの顔面を掴み、思い切り握り込んだ。世にいうアイアンクローというやつである。見た目は細いが、章吾は前線で戦い抜いて来た優秀な軍人だ。軍から抜けてもトレーニングは欠かしていない、凄まじい力で頭蓋骨が締め上げられる。


「つーか、お前曲がりなりにも一人で戦ってきたんだろうが。自分のしてきたことがどれだけ機体を痛めるか、それくらいのことは分かってるだろう?」


 ようやく解放され、少し考えてみるが、そんなことを考えたことがなかったということに気が付いた。彼が戦いを始めたのは連邦軍人としてだ。それも、比較的補給がしっかりしているタイプの。無茶をしても機体はそれに応えてくれた。軍を抜けてからも巨大軍事企業アルタイル社会長の命令で試作機を扱っていたため、補給と整備に困ることはいままでなかった。もうしばらく考えて、イルダは朗らかに言った。


「そういえば全然分かってなかったっすねー」


 ローマンの艦橋に悲鳴が響き渡った。


■~~~~~~~~~~~■


 顔面を赤く腫らしながら、イルダはローマンの格納庫へと至る通路を歩いていた。あの後、章吾に滅茶苦茶に説教をされたのは言うまでもない。『ブルーバード』は曲がりなりにも営利集団であり、無駄な出費を抑えて行かなければ立ち行かなくなる。そしてそれは自分自身だけの問題ではない、彼らの下にいる子供たちにも言えることだ。


「うーむ、しかし……あの場で一番適切な対応って言ったらあれしかないような……」


 イルダは何度も先ほどの戦闘を反芻した。バルト地区の廃棄シェルターを根城にするテロリストの制圧任務。多数の機動兵器や砲台、キャリアーを擁する危険な集団だ。少なくともあの場で手加減している暇はなかったと、イルダには思えた。


「あ、イルダさん。お疲れ様で……って、どうしたんですかその顔は?」

「いや、何でもない。その辺で転んでぶつけただけだから気にしなくていいよ」


 反対側から一人の少女が歩いて来た。青み掛かった長い黒髪を左右に揺らし、生真面目な表情で端末とにらめっこをしている。前にイルダがいると分かると足を止めた。


「あの……赤くなって腫れてますよ? 本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫。これくらいなら現役時代にいくらでもやったからさ……」


 黒髪の少女、アルカに問われ思わずイルダはやせ我慢をした。正直なところを語るならば、上官といえど大の大人から殴られたのは生まれて初めてだ。彼の父、海東リョウジは子供に暴力を振るうような男ではなかったし、いまは亡きかつての上官、アスタル=ペンウッドはそうしたスパルタめいたやり方を嫌う男だった。体の芯にジンジンと響く様な、熱さを伴った痛みを受けるのは生まれて初めてなのだ。


「ま、まあそれはともかくさ。どうしたんだそれ、難しい顔をしてたけど……」

「ああ、これですか? ほら、この前話していたじゃないですか。章吾さんにこの船の簡単な経理関係を任せてもらった、って……」


 イルダとの会話で笑顔を取り戻していたアルカは、また難しい顔をして端末を見せて来た。『ブルーバード』に所属している人間はイルダも含めて九人。ハンクとアクアの整備し二人は機動兵器の整備だけでなく機関室の管理も任されている。高度にオートメーション化された最新鋭艦でなければこれほどの少人数で運用することは出来なかっただろう。

 そして、それほどの少人数で運用しているにも拘らず、『ブルーバード』が月々必要とする食料品や飲料など、必須物資は驚くほど多い。単体価格では銃弾やミサイルには遠く及ばないものの、ほぼ固定でかかるこれらの経費は活動を圧迫していた。


「へ、へえ……そ、それで……これがいったい、どうだって言うんだい?」


 以前、アルカにこれを見せられた時には思わず顔を逸らしてしまったが、今回は頑張って踏み止まることに成功していた。イルダには縁のない数字がそこには並んでいた。


「いえいえ、ちょっと計算していたんですけど、どうしても数字が変になっちゃって」


 収入から支出を引き、儲けを出す。簡単に行ってしまえば経理とはそういうものだが、そこに税金や補助金、前年からの繰越金や貸借が関わってくると途端に複雑になる。高度な専門知識を持った人間が必要になるのはそういうことだ。もっと言えば、導き出された数字から今後の対策を立てることも経理に必要な技能の一つだ。


「これ、章吾さんへの提出期限はまだ先なんだろう?」

「それはそうなんですけど……早めに終わらせておくに越したことはないじゃないですか。何でも聞きに来いとは言ってますけど、東雲さんもお忙しい人ですし……」


 東雲章吾は極めて忙しい男だ。船長として船の運航を司るだけでなく、船員のケアや物資の調達、対外交渉といった様々な分野を一人で執り行っているのだ。ダルトンにこの手のことは出来ないし、名門の生まれであるジョッシュはそうした活動が苦手だ。必然的に、章吾は『ブルーバード』の生命線の多くを握ることになってしまっている。


「だからこれは、出来るだけ私だけで片づけておきたいんです。分からないところはハンクさんとかアクアさんとか、色んな人に聞いたり調べたりしてますから」


 そうアルカは健気に言うが、イルダは彼女の目の下に刻まれた色濃い疲労の色を見逃さなかった。元々パイロットとして働いているうえに、これだ。慣れないことの連続で、疲労が蓄積していることは容易に想像できた。イルダは少し考え、言った。


「なあ、アルカ。その気持ちはきっと、いや絶対章吾さんも嬉しいと思っているだろう。けど、けっこう疲れてるんじゃないか? ほら、慣れてないしさ」

「そんな……いままで東雲さんがやってきたことを考えれば、この程度は」

「だからさ、その。俺も手伝うよ。一人よりも、ずっといいものが出来ると思う」


 イルダは自分の胸を叩き、その頼もしさをアピールした。アルカは少しの間、面食らっていたが、やがて意を決したようにイルダとともにその場を後にした。


 イルダが安請け合いしなければよかったと、後悔するのは30分後のことだった。

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