Chapter4:亡霊たちの輪舞《ロンド》-6
かつて絢爛豪華な大都市として知られたパリであったが、もはやここからその面影を見ることは出来ない。質量兵器の生み出した衝撃波によってビルというビルはなぎ倒され、それを覆っていたガラスは全て吹き飛ばされた。僅かに、窓枠に必死に貼り付いているものが残っているのみだ。
高度汚染物質により土壌は汚染され、もはや人が住むことは出来ない地となった。それなのに、異常に繁茂した植物は我が物顔でそこら中に生い茂っている。あたかもそれは、真の星の支配者が誰かを物語っているかのようだった。
「質の悪い空撮写真だけだが、それを参考に進むしかない。戦闘が始まれば、奥に詰めている戦力は出て行かざるを得なくなる。そうなったら、行動を開始するんだ」
前人未到の地、しかも誰の支援も受けられない状況。絶望的な状況の中で、ジョッシュたちブリッジクルーは最大限の助力をヨナたちに与えていた。
「了解しました。ありがとうございます、ベルマンさん」
「ではこれより、フェゼル=ヨナ=グラディウス以下二名、作戦行動を開始します」
三人の少女は、廃ビルの影や衝撃波で出来上がった天然の塹壕に隠れながら中心部への侵攻を開始していった。あとに残されるのは静寂だけ、イルダとローマンも進んだ。
「ふう、それにしてもあの子たちが出て行くこと……よく許可しましたね」
「あいつらだっていつまでもガキじゃない。自分の実力をもう把握している……ということに、いまさらながら気付かされてな。大丈夫さ、いまのあいつらなら上手くやれる」
それは、イルダがこのローマンに来てから一度も聞いて事のない、章吾が三人のことを認める発言だった。自分がいない間にいったい何があったのか。
「俺が気になるのはイルダ、お前の方だ。前の戦いでやられたそうじゃないか」
「その情報、もうそっちに行ってるんですか? ソーンヴァインのおっさん、んなことは別に隠しておいてくれてもよかったのに……」
「お前をボコボコにやっちまう奴か。是非とも、やり合ってみたいもんだがな」
たしかに、アスタル=ペンウッドは恐ろしい男だ。バトルウェア操縦技術、直観力、戦闘技術、論理的思考能力。そのどれをとっても、どれだけ控えめに見てもイルダと同格。最も恐ろしいのは、アスタルが狂気に染まり切っていないところだ。
(あんな戦いに身を投じながら、アスタルはまだどこか自分を客観視している。冷静な前線指揮官。先の戦いじゃ、俺にかかりっきりだったからよかったようなものを
)
《星間戦争》を通して、イルダはアスタルの指揮下で戦ってきた。その判断力に救われたことも一度や二度ではない。そして狂気に染まった集団の中にあって、未だに彼は正気を保っている。その指揮能力を十二分に発揮されることがあれば、今度はどうなる。
その時イルダの視界の端、上空数千メートル地点に何かが映った。イルダは素早く反応し、身構えた。一瞬遅れてレーダーが敵機の接近を伝え、そのコンマ数秒後シールドに重い衝撃が走った。凄まじい閃光、高熱によって大気が歪む。ビーム兵器による攻撃を受けたのだ。一瞬でも反応が遅れていれば、増加装甲を貫きコックピットが溶断されていた。
「こちら『ブルーバード』イルダ機! 敵機の攻撃を受けた、これより交戦に入る!」
スラスターを吹かし、突撃。上空から降り注いだビームの第二射を避ける。だがそれを狙ったかのように、廃ビルの影から同盟軍の機体が次々出現した。恐らく、パリ市街にも先日の戦いで見たようなリフトが設置されているのだろう。シールドでコックピットを守りながら、イルダはライフルを構えた。
パリ市街地のあちこちで、戦闘が開始されていた。同盟軍のアームドアーマーが、攻撃ヘリとの巧みな連携によって地上戦力を掃討する。キャリアーからの援護砲撃を受けたバトルウェア隊が、超至近距離での白兵戦を繰り広げる。そしてそれを更に高空から狙うのは、セブンスター。いまのところ、榴散弾による面制圧攻撃でセブンスターの行進を凌いではいるが、それがいつまで保つかどうかは分からない。
(少なくとも、こっちの援護に入ってくれそうな奴はいなさそうだな)
シールドにいくつかのマシンガン弾が命中し、重い衝撃が機体全体を貫く。ローマンもセブンスターへの対空攻撃に参加しているため、イルダを狙うセブンスター三機と目の前のアクシス二機、改造型ゲデルシャフト三機は一人で相手をせねばならぬ。
イルダはシールド防御を解き、両肩のミサイルを二発ずつ発射した。軽量高速機動を生かし接近していたアクシスはミサイルを避け、ゲデルシャフトはその装甲で攻撃を受け止めた。だが、隙は出来た。イルダは静止、上空のセブンスターにエナジーライフルを放った。セブンスターの物よりもはるかに強力なそれは、当然ながら避けられる。だが、時間差で放たれた榴散弾が雨霰のように薄い装甲に打ち付けられ、そして貫いた。セブンスターの思考ルーチンはより危険な方を優先して避けるようになっている。誘導は容易。
立ち止まったイルダを狙い、ミサイル攻撃を受けなかったゲデルシャフトはバズーカを放った。無論、当たれば致命的。イルダは射撃姿勢のままジャンプし、スラスターを始動。ゼブルスの巨体が瞬間、宙に浮いた。パイロットは目を剥いただろう、これほどの重量が空を飛ぶなど。重力制御の恩恵を得てなお、徹底的な軽量化無くして飛行は出来ない。《アルタイル》の新型スラスターは、それを可能にしていた。
空中で一射。まっすぐ伸びた光線がバズーカを持ったゲデルシャフトの胴体を貫き、爆散せしめた。空中でもう二射、左右のゲデルシャフトの、それぞれ右半身と頭部を貫く。ゲデルシャフトの反応速度では、ビームを回避することは不可能。セブンスターの攻撃動作を見たイルダは、瞬時にスラスターを切り機体を自由落下させた。頭上をビームが通り過ぎていく。それに目もくれず、イルダはライフルを仕舞う。
降下しながら左に機体を捻り、地上からの銃撃も回避。腰のマウントラッチに手を伸ばし、ガンランチャーを構える。小刻みなステップをしながら、十字砲火を行うアクシスの一機の機動を予測し、ランチャーのトリガーを引いた。ランチャーの弾速は、ビームのそれよりも速い。コンマ数秒後、アクシスのコックピット部分に大穴が開いた。
空中でさらに回転、体勢を立て直し方膝立ちで地面に着地。アクシスはライフルを捨て、腰にマウントされていた超硬度実体剣を引き抜き、突撃を仕掛ける。スラスターの生み出した爆発的な運動エネルギーが、両者の距離を一気に詰める。
振り下ろされようとしていた剣。イルダは機体を跳ね上げ、盾で腕を抑えた。振り上げられた腕と、盾の力とが拮抗する。巧みな機体制御によって、アクシス側は自由なもう片側の腕を使うことが出来ない。イルダはシールドの裏側にマウントされていた電熱刀を抜き、弓のように引き絞り刀をコックピットに突き立てた。すべての力が抜けた。
上空のセブンスターが第三射を仕掛けてくる。イルダは機体を斜め後方に倒し、更にスラスターを稼働させた。仰向けの状態のまま、ゼブルスは飛んだ。放たれたビームが、もはや乗員の誰もいないアクシスを貫き、爆散させた。
(一人で張れる弾幕には限度がある……なら、これだ!)
仰向けに跳びながら、スラスターノズルの位置を微妙に調整させ機体の飛行軌道を曲げ、廃墟ビル群の中へ。それでもセブンスターは執拗に追跡を仕掛けてくる。仰向け姿勢のまま、イルダはガンランチャーを構え、そして、放つ!
隙間に逃れたイルダを狙い、追いかけて来たセブンスターの胴体を、ランチャー弾が抜けていく。その場で短く空中に浮遊し、そしてイルダは着地した。
「こっちを追跡していた7機は排除した! いまフリーだ、どうすればいい!」
「例の親機がこっちに姿を現した、協力してくれッ!」
『銀の茨』のメンバーから、半ば悲鳴のような通信が入って来た。
「了解した、奴さんの位置関係を教えてくれ。こっちでなんとかする!」
サラマンダーの座標が表示される。戦場の3D図がモニター上に展開される。イルダはその場に機体を固定、ランチャーと刀をそれぞれのラックに戻しながら首筋に設置されたコンテナを作動させる。コンテナの扉が上下に開き、そこからシャワーノズルのような、細かい穴の開いた物体が顔を出した。更に、その上下から細い板がせり出して来た。バチバチと、二枚の板の間で電光が閃いた。
「予測射線をそちらに送信する。合図をしたら味方機は射線上から退避してくれ」
了承を告げる短いコメントが何度も送られてきた。イルダは永遠とも思える数秒間をそこで待ち、そしてついに、彼が待ち望んだ瞬間が訪れた。
「僚機、射線上からの退避を確認! エナジーキャノン、シュート!」
二つのシャワーノズルめいた砲身から、光が漏れる。それは二枚の板が発生させた磁界によって誘導され、彼の望むように放たれた。二本の太い光の帯が、廃ビルの窓を抜けていく。行く手を遮っていたビルを貫通し、サラマンダーの胴体を切断した。派手な音とともに周囲のセブンスターが機能を停止する。自爆機構が働いたのだろう。
「やれやれ、どうにかなったか……ンッ!」
両肩のエナジーキャノンが放出した熱蒸気の音に紛れて、上空から何かが飛んで来た。セブンスターではない、あれならばもっと軽い音がする。上空を見上げると、そこには巨大な人型があった。漆黒の二刀使い、すなわちブレードハウンド!
即座にイルダはその場で反転、エナジーキャノンの砲身角度を調整し、小刻みな連射を行った。光線、というよりは光の玉のようなものが何発も上空に放たれるが、ブレードハウンドはそれをすべてバレルロール回転で回避、ゼブルスに肉薄する。
白銀一閃。瞬時に身を屈めるが、キャノンの砲身は間に合わず切断された。追撃の振り下ろしをサイドステップで回避、スラスター噴射で距離を取る。腰のホルスターに装着されたエナジーライフルとサブマシンガンをそれぞれ左右の手に持ち、後退しながら連射した。しかし、サブマシンガン弾は電磁反応装甲によって弾かれ、本命のエナジーライフルは、狭いビルの間を飛んでいるとは思えぬほど複雑な機動によって回避される。
ビルの隙間を抜けたと同時に、上空からのビーム攻撃。反応が遅れ、ライフルが溶断される。舌打ちしながらイルダは腰のラックに手を伸ばし、ガンランチャーを取る。追い詰め、とどめの一撃を放とうとしたアスタルは素早くそれに反応。急上昇マニューバによってガンランチャーを避け、距離を取り着地した。
「お前たちは愚かにもハチの巣をつついた。全身を貫き、焼け付く痛みが襲い掛かってくるその瞬間まで、お前たちは気付かんだろう。己のしでかしたことの意味にはな」
「なるほど、テメエら全員虫けらだってか。自己紹介をどうもありがとよ」
虫けら。接触回線より届けられたイルダの声に、アスタルは内心苦笑する。虫は群れを生かすために自らを殺すことを厭わない。
アスタルたち前線部隊が戦っている、その後方ではルブラクス率いる部隊が密かに脱出の準備を進め、その一部はすでに撤退を始めている。自分たちの役目は、ルブラクスたちを生かし、《太陽系連邦》の目を逸らし続けることなのだ。その役目に異存はない、未来のある若者だけが生き抜くべきだ。
「虫けら結構。古来より昆虫の媒介する伝染病で命を落とした者は多い」
「なにもそこまで堕ちることはねえんじゃねえか、アスタル……!」
イルダはサブマシンガンとガンランチャーをアスタルに向ける。だが上空からの攻撃と地上からの追撃を避けるため、防戦を余儀なくされてしまう。
「そうだ……! この恨み、この痛み! 我らは、人類を蝕む狂気なり!」
アスタルは右手のシューターを連射しながら距離を詰める! イルダは舌打ちし、四方八方より殺到する殺意への対応をせざるを得なくなる!
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