Chapter4:亡霊たちの輪舞《ロンド》-5

 その翌日。イルダは遂にローマンに戻らなかったが、誰もそれについて心配している者はいなかった。必ず戻ってくる、確信めいたものが全員の心にはあった。

 格納庫ブロックには、これまで使われていた補給物資のほかに、突入作戦に際して《アルタイル社》から支給された装備がいくつも置かれていた。特に、ヨナたちが搭乗するマルテは新型パーツによって大幅なアップグレードが施されていた。すでに改修を終えたヨナの機体は、すでに格納庫にはない。外での最終調整中だ。


「焼夷徹甲弾は一弾倉分、つまり5発しかない。使いどころには気を付けろ」

「ええ。シミュレーターで何発か撃ったけど、重い分遅いわね。射程距離も短い。いつもの感覚で使ってると、ダメだってことはもう分かっているから」


 アルカ機はもっとも大幅な改修が施された機体だ。両肩には大型の装甲板が装備されている。シールドは近接防御火器も兼ねており、ハモニカ状の砲口が板の前側面に露出していた。敵機の接近を探知し、大量のベアリング弾を高速で射出する仕組みになっている。

 シールドの裏には銃もマウントできるようになっている。これまで狙撃ライフルのみを装備し、近接火力に不安のあったアルカ機は近中距離での火力を向上させた。

 さらに、本作戦のために支給されたのが焼夷徹甲弾だ。ライフル弾には見えない、丸い弾殻が特徴的で、対象に着弾すると弾丸が潰れ化学燃焼が発生、電磁場を乱す高熱を発する。無防備になった装甲を、その下に隠されていた徹甲弾が撃ち抜く、というわけだ。アルカが言った通り弾は重く、射程距離も短い。彼女の技量なくば当てることは出来ない。


 シゼル機に大きな変化は見えない、少なくとも正面から見れば。バックパックは相当大型化している。増設された燃料電池パックによるものだ。さらに、バックパックの下部には展開式小型レールガンが装備されている。戦車の正面装甲であってもダメージを与えられる強力なものだ。無防備な背後から受ければバトルウェアもただでは済むまい。増設燃料電池はレールガンに必要な電力を賄うために装備されたものだ。

 そうでなくても、シゼル機は他の二機に比べて重量級だ。両肩上部のミサイルランチャー、胸部増加装甲、脚部の小型ミサイルポッド。取り外されたガトリングガンは、両腕下部に固定武装として備え付けられている。ハンクの改造による結果だ。

 機動力の低下を補うために、両肩に大型のシールドを装備するというのはこれまで通りだ。だが装着されたシールドは、これまでの物とは違うカラフルなものだ。これは表面に蒸散塗料、すなわち対ビーム用のコーティングを行ったシールドだ。塗料に触れたビームは高速で熱に変換され、塗料と共に蒸発していく。高コスト、かつ限定的なもので、これまで使用を渋られてきたが、ビーム兵器を多用する敵を前に使用が認められたのだ。


「うん。機体の動きは悪くない。これなら……やれるはずだ」


 その時、ローマンのハッチが開いた。開いたハッチからヨナのマルテが文字通り、飛び込んできた。ヨナは空中で一回転、脚部のスラスターを作動させ機体を強制的に停止させた。スラスターの噴射熱によって大気が逆巻き、生身のハンクに吹き付けられた。


「こらァーッ、バッキャローッ! お前、俺のこと殺す気かァーッ!?」

「うわ、ごめんなさいハンクさん! なんていうか、その、テンション上がっちゃって」


 照れながらヨナは言った。バックパックと脚部にはスラスターが装着されている。人工筋肉により駆動するマルテ・タイプだが、従来通りのスラスターを使った挙動制御もまた有用なものだとされ、考案された外付けのパーツだ。その分癖は強くなるが、それを操り切れるだけのセンスをヨナは持っていた。


「すっごくいいスコアですよー、ヨナちゃん。これで作戦もバッチリですねー」

「ありがとうございます、アクアさん。でも……みんなの力があってこそだから」

 ヨナはマルテのコックピットから降りて、二人のところへ向かった。アルカもシゼルも、走り寄ってくるヨナを待っていた。


「作戦はいつも通り。ヨナが暴れて、シゼルがサポート。私が脅威を排除する。二人がいなければ、絶対に成功させられない作戦だものね」

「私が全力で暴れられるのは、二人がいてくれるおかげだから。頼りにしてる」

 三人は作戦の最終確認と行動時のポジション確認、搭載されている武装の詳細を確認したりし始めた。その様子をアクアは遠巻きからニヤニヤと笑いながら見ていた。


「いやー、青春ですねー。お爺ちゃん」

「殺伐とした青春だがなァ。あいつらにはもっといるべきところが……おッ」


 ハンクは機体の接近を察知し、ハッチを開いた。格納庫デッキほぼいっぱいの高さの機体、イルダのゼブルスが入って来た。しかし、その姿は一変していた。

 片から腰までを覆う増加装甲。両肩には大型の12連装ミサイルランチャーがそれぞれ装着され、さらに両首筋にも大型のパーツが装着されている。コンテナ状になっていることから、そこから砲身が展開されるであろうことは予想された。しかし弾倉はない。

 腰のマウントラッチには大型の銃のようなものが装着されていた。ガンランチャーと呼ばれる、手持ち型の銃砲だ。一般的に連射機能を持つ物はオートキャノンと呼ばれ、持たないものはガンランチャーと呼ばれる。両腕にも長い五角形のシールドが装着されており、刀の鞘とナイフラックのあった腰にはそれぞれライフルと、マシンガンが着いている。ライフルもまた、弾倉のないタイプだ。携行型エネルギー兵器。


「うわ、凄い……どうしたんですかこれ、イルダさん」


 話し合っていた三人も、ゼブルスのあまりの変わりように驚きを隠せなかった。

一応、青色にペイントされた左肩とグレネードランチャーを装備した両足だけはそれまでと同じだったが、姿を消してからあまりに機体の外装は変わり過ぎていた。コックピットからワイヤーを降ろし、デッキに降りて来たイルダの顔は、どことなくやつれていた。


「あれ……? 本当に、どうしたんですかイルダさん……?」

「いや、なんでもない。お買い物ってのは大変なんだなー、と思っただけでさ」


 この贅沢な改造を施すために、イルダは多くの代償を支払わなければならなかった。彼は一文無しなのだ。無論、それは本当の意味で、ではない。

 海東イスカは前大戦末期に消息不明となり、正式に死亡と認定された。彼が7年間の軍生活――最初の3年間は民間協力者扱いだった――で稼いだ金と、海東夫妻の遺産は、すべてがユーナに相続された。今回彼は、ユーナに借りを作りこの改造に踏み切ったのだ。


(大丈夫です、兄さん。利子は付けずに貸してあげますからね)

 彼女と会わなかった何年かの間に、ユーナはしたたかな女に育っていた。


「はあ……? まあ、いいですけど。こちらの準備はほとんど終わっていますよ」

「ああ、見れば分かるさ。どこもかしこも大変だな、改修だの修復だのって……」


 ここに来るまでの間、さまざまな傭兵団が作業をしているのを見ながら来た。彼らの雰囲気は、いつも以上にピリピリしたものだった。当然だ、辛酸を舐めさせられた相手がそこにいるのだ。殺された者も大勢いる。この戦いは報復でもあるのだ。


「結局、10年も戦争して人間は少しも変わらないもんなのかね……」

「え、なんですかイルダさん?」

「いや、こっちの話。俺だって、そう偉そうなことは言えないんだけどね」

 アルカは不思議がっていたが、その時章吾から一斉通信がかけられた。


「『ブルーバード』、総員に告ぐ。俺たちはこれより、パリクレーターへの侵攻を開始する。予定通り、ヨナ、アルカ、シゼルの三人は途中で降下、作戦予定地点へ向かえ。イルダとローマンは、『銀の茨』と合流し陽動部隊に加わることとなる」


 話したいことは、まだある。だが、それを待ってはくれない。パイロットたちは

互いに視線をかわし合い、言葉もなく頷き合った。そして全員、自らの愛機に乗り

込む。

 イルダは珍しく、防護スーツに身を包んだ。防弾性、気密性に優れた、肌にぴっちりとまとわりつくタイプのフルボディースーツだ。生身の感覚を阻害する気がして、イルダはこれが嫌いだった。だがパリクレーターは重汚染区画だ、これがなければ入れない。意を決して保護ヘルメットをかぶる。埃臭さが鼻を突いた。


「さて、と。アスタル。二年越しの決着、つけてやろうじゃねえか……」

 イルダは前を見据える。どんなことがあっても、もう後悔だけはしないようにと。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


「なに、連邦軍がこちらに侵攻をかけてきているだと?」

 パリクレーター、司令室。薄暗い部屋で、モニターの青白い光に照らされながら、同盟軍首領であるレイヴンは部下からの報告を受けていた。


「して、敵の規模はどれくらいになると?」

「それが、その報告を最後に工作員との連絡が取れなくなっています。恐らくは……」

「拘束された、ということか。いや、泳がされていたというべきだろうな」


 現連邦議員であり、連邦軍へも強い影響力を持つジョナサン=ハミルトン議員とのつながりを利用し、彼らは欧州での活動を進めて来た。もっと言えば、ハミルトン議員は旧国民連邦からそのままスライドしてきた人間だ。月決戦後、自ら死を選ぼうとしたハミルトンを、レイヴンは必死に説得しその地位に留まらせた。すべては最後の勝利のために。

 だが、ハミルトンに依存していたパイプはいつしか特定されていた。そうならないために、方々に工作を行っていた。だがそれも、どうやら無駄に終わったようだ。

(いまの連邦にも、優秀なスイーパーが存在するようだな)

 心の中で苦虫を噛み潰しながら、レイヴンは次なる手を考えた。だが、どう考えてもこの状況は詰んでいる。ハミルトンが泳がされ、拘束されたということは、連邦側は同盟の拠点位置を確実にキャッチしたということだ。いまの段階から、戦力は動かせない。


(二年間……雌伏の時を過ごして来たと思っていたが……あっけないものだな)


 この期に及んで、レイヴンの心に焦りはなかった。すべてが生き残れないというのならば、誰を生き残らせるべきか? 彼の中で冷静な計算が働いた。


「ルブラクス中佐。各部署の責任者を招集したまえ。作戦を立てるぞ」

「かしこまりました、閣下。一時間以内に各部署を招集いたします」


 その覚悟を知ってか知らずか、ルブラクスは折り目正しく敬礼し、その場を後にした。ルブラクスは10年来、レイヴンに付き従ってきた重鎮だ。これからの同盟を任せるのに、これ以上適した人間はおるまい。レイヴンはそう考えた。ルブラクスの背中を見送り、レイヴンは彼と反対側に歩いていった。ジェイガン博士の研究室へ。

 異様な室内で、ジェイガンは自らの生み出した犠牲者を愛でていた。


「クヒヒヒッ……脳、素晴らしい未知の機関。私は、この秘密を解き明かすために、この世に生まれて来たと言っても過言ではないのだよ。レイヴン閣下」

「私がここに来たことを知っているということは、私が命じようとしていることも、当然あなたには分かっていると、そう考えていいのだな?」

 レイヴンの問いかけに、ジェイガン博士は当然だというように頷いた。


「もちろん、お任せくださいレイヴン閣下! 私の作り出した、真なるマンデバイスは完全なる戦闘兵器! 人の軍勢など、取るに足らぬということを教えて差し上げます!」


 ジェイガン博士は熱に浮かされたような目で、自らよりずっと立場が上であるはずのレイヴンに臆することなく演説した。レイヴンは満足げに頷いた。

(これで将兵を無駄に死なせることはなくなった。そう思いたいものだな)

 レイヴンはジェイガン博士の演説を聞き流しながら、彼の奥にあったモニターを見た。巨大な鉄の塊が、飛び立つその時を待つように鎮座していた。赤い瞳が光った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る