Chapter4:亡霊たちの輪舞《ロンド》-3

 《アルタイル社》本社ビルには、いくつもの傭兵グループが集合していた。もちろん、先の戦いで大きな損害を与えて来た《太陽系解放同盟》への対策である。

 その中心人物はヘイゼル=クルーガー大佐。作戦の失敗を受け、指揮権は連邦軍に委譲された。


「先程の戦いで、敵はサラマンダーと呼ばれる機体を中心とした無人機編隊を用いて、こちらに攻撃を仕掛けてまいりましたわ。サラマンダーはある種の電子的ネットワークを、既存のECM技術をすり抜ける形で運用することが出来るようです」


 九鬼の説明とともに、モニターにはサラマンダーの簡易図が映し出された。背部にある電送ユニットで電波を増幅させ、それを無人機セブンスターに伝え、タイムラグなしでの運用を行う。ユーナが独自に行ってきた、プロジェクトの全容である。


「しかし、その情報はいったいどこから手に入れたものでなのです?」

「諸事情により情報元は明かせませんが、信頼できる情報源からもたらされたものです」


 事態はすでに、政府対テロリストという次元には収まっていない。連邦から横滑りし、地位と名誉を得てもなお、かつての夢を捨てきれぬ者は大勢いる。《アルタイル社》はすでに同盟側への内通者の情報を掴んでいた。しかし、それをいま捕縛すれば厄介なことになる。メディアも市民感情も、間違いなく《太陽系連邦》への反感へと傾くだろう。

 世界の安定を崩すのは、何も外力だけではない。そうした政治的なわだかまりは、上層部が解決する手はずになっている。その分担を、九鬼は理解している。


(どんな事情があろうとも、現実に彼らは戦争を仕掛けてきている……ならば、それを止めるのが兵士たちの長たる、この私の役目ですわ……!)


 決意を胸に、九鬼は会議を続けた。コンサートホールめいた広大な室内には、いくつもの傭兵団と主要な構成員たちがすべて集められていた。『ブルーバード』の三人、そしてパイロット、整備班も例外ではない。そして壇上には九鬼、彼女の後ろには巨大なモニターがあった。モニターには欧州地図が表示されており、いくつもの円が描かれていた。


「先日、《太陽系解放同盟》を名乗るテロリストは我々傭兵団、および連邦軍正規軍基地に対しての大規模な攻撃を仕掛けてきました。これに利用されたのが、先ほどご説明したサラマンダーと、セブンスターと呼ばれる無人機ですわ」


 モニターにサラマンダーとセブンスターのデフォルメ図が表示される。二機の間には線が引かれており、その上には『1200m』と書かれていた。


「分析の結果、サラマンダーから放出された制御電波の有効範囲は1200m。さらに、サラマンダー自体にも本部からの制御電波を送信していることが分かっております。その事実も鑑みると、敵無人機の本営を特定することが出来ます」


 地図上にサラマンダー出現位置がマーキングされ、そこを中心に円が書かれた。それぞれの円が重なり合う点が、一か所だけあった。そこにはかつてフランスと呼ばれた国があった。パリクレーター中心点、エッフェル塔。


「まさか、エッフェル塔から制御電波が発信されているとでも?」

「もちろん、そうではないでしょう。ですが、この地点に何らかの制御ユニットが

存在していることは確かですわ。そしてそれは、容易には移動できないはず……」


 パリクレーター中心部がクローズアップされ、市街地のマップが表示された。いくつものなぎ倒されたビルが折り重なり、吹き飛ばされた瓦礫が周囲一帯を覆っている。その隙間から覗くアスファルトの黒が、かろうじでそこが街であったことを主張していた。


「時間をかければ、無人機制御ユニットはここから移されてしまうでしょう。ゆえに、我々はパリクレーターに対して奇襲を仕掛け、速やかに制御ユニットを破壊します」


 制御ユニットを破壊する。その言葉を聞いた瞬間、アルカに強い緊張が走った。《マンデバイスプロジェクト》の最終形として、脳の同期があるという。つまりは、脳の上書きだ。もっとも優れた力を持つとされる脳に、それ以外の脳を変えてしまうのだ。イルダが先ほどの戦いで得た感覚、そして得られたデータ。そこから導き出される答えは残酷だ。

 デバイスの中心となっているのは、ソルカ=フェストゥムその人だ。


「だが、奇襲をかけると言っても具体的にどうするのだ?」


 全身に包帯を巻き、痛々しい姿で出席していた『銀の茨』のソーンヴァインが九鬼に質問した。その言葉を待っていたかのように、地図に新たなポイントが表示された。


「パリクレーター内部には多数の同盟軍が潜伏しているものと考えられます。現在、偵察部隊が向かっていますから近いうちに答えが出るでしょう。どのみち、サラマンダーのコアが存在する以上、無人機が出てくることは間違いないと思われます」

 地図が少し引かれ、欧州全体の地図が再び映し出された。ワルシャワからは太い矢印が伸び、パリクレーター前で分岐。小さな矢印が迂回しながら中心に向かった。


「私たちが提示する作戦はシンプルですわ。正面から傭兵団は陽動を仕掛けます。その間に少数の特殊部隊が、敵の防衛網を掻い潜り、コアユニットを破壊します」

「そんなバカな……果たして、そのようなことが出来るのだろうか……?」

「レーダーが効かず、目に頼るしかないのは敵も同じこと。成功率は低くありません」

「だがこの情報こそ、向こうが流して来た欺瞞工作かもしれぬのだろう……?」


 議場はざわめいた。先ほどの敗北が堪えている、というのもあるが、やはり危険が多い作戦だ。敵の戦力は未知数、こちらの勝ち筋はそれほど太くはない。傭兵であっても、否、傭兵だからこそ、自分たちが生き残れるかどうかというのには敏感だ。


「東雲さん……この作戦、私に参加させてもらえないでしょうか?」

「なんだと?」


 突然、横合いから駆けられた声に章吾だけでなく誰もが驚いた。普段、アルカがこうした作戦に口を挟むことは少ない。ヨナが暴走し、シゼルがそれを止める。必然的にアルカはまとめ役に納まる。それがいつもの話し合いだ。


「分かっているのか? いままでのそれとは比べ物にならんくらい、危険な任務になる。いや、お前たちが死ぬ確率の方が、はるかに高いんだぞ?」

「分かっています、東雲さん。……ううん、分かっていないのかもしれないけれど。

でも、どうしても私は、あそこに行かなければならないんです」


 アルカの決意は固かった。

 章吾の目を真正面から見据え、落ち着いて言葉を紡いだ。


「私は、じゃないでしょう。私たちは、でしょ。アルカ?」

「ヨナ……」

「うん。キミ一人だけを死地に追いやるわけにはいかないからね」

「シゼル……」


 この段になって、三人はかつての連携を取り戻した。かつて、砕け散った絆は、長い歳月を経てより強固なものへと生まれ変わったのだ。章吾は考える。

 畢竟ひっきょう、《太陽系解放同盟》は連邦によって殲滅されるだろう。数の力というのはそういうものだ。だが、それまでの間に流される血はどれほどのものだろうか? 同盟という劇薬は、この世界をどのように変えてしまう? 自分たちが望んだ世界の形を。


「ならば、その任務。我々『ブルーバード』アームドアーマー隊が受け持つ」

「東雲さん……!」

「我々のマルテ・タイプであれば、通常のアームドアーマーと比べて発熱量が少なく、駆動音が小さい。敵の探査に捉えられることなく、コアまで向かえるだろう」

 章吾はそこまで言い終えて、アルカに向かって微笑みかけた。そして立ち上がり、チームメンバー全員を見た。誰も、怖気づいている者はいなかった。


「さて……我々『ブルーバード』は創立以来最大の危機を迎えようとしている。

危険な任務だ。敵の本陣に、たった三機で突入していくんだ。危険でないはずが

ない。だがそれでも……情けない話かもしれんが、お前たちならばそれが出来ると

信じている」


 章吾は、深々と頭を下げた。5年前、彼女たちを戦地へと向かわせてしまったことへの後悔。2年前、彼女たちの仲間を殺したことへの懺悔。そしていま、彼女たちを死地へと向かわせることへの謝罪。ありとあらゆる感情が、そこに渦巻いていた。


「大丈夫です。私たちは東雲さんがいてくれたから、ここまで生きて来られた」

 ヨナはそれまでの感情を振り切った、晴れやかな笑顔を浮かべながら手を差し出した。


「いままでいろいろあったけど……私は東雲さんに会えてよかったと思います」

 アルカもクスリと笑い、ヨナに手を重ねた。


「あなただけが、悪いんじゃない。だから、それでいいんだと思います」

 シゼルも笑い、二人の手を取った。アクアも満面の笑みを浮かべ、ハンクの手を引っ張って一緒に重ねた。ジョッシュとダルトンも顔を見合わせ、思わず苦笑し、手を出した。


「オイオイ、これここでやるのか? 結構恥ずかしい気がするんだが……」

「なんでしたら、イルダさんはやらないでも結構ですよ?」


 笑顔のままアルカは言った。降参、とばかりに手をひらひらと振り、イルダも手を重ねた。章吾も薄く、いままで誰も見たことがない笑みを浮かべ、手を重ねた。


「これより、我々『ブルーバード』は死地へと向かう! 困難な任務だ、だが今のお前たちなら必ず達成できると俺は信じている! お前たちに送る、俺からの言葉は一つだけだ! 決して死なず、もう一度船に戻って来い! 作戦行動、開始ッ!」


 場もはばからず、『ブルーバード』は団結式を行った。誰ともなく、拍手が漏れた。鳳城院九鬼も、彼女たちに拍手を送るものの一人だった。

(ヨナ……あなたは、いままでのあなたとは違うのですね……)


 かつて、鳳上院家はグラディウス王家と縁があり、幼少期のヨナと何度も会っていた。その頃のヨナは、いまとは比べ物にならないほど、我がままで自分勝手な子供だった。復讐のために、人々のことも鑑みずに戦い続けた、孤独で愚かな少女だった。だが彼女は、戦いの中で仲間を得、そして変わった。それが、九鬼には嬉しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る