Chapter4:亡霊たちの輪舞《ロンド》-1

 パリクレーター。前大戦で地球に刻み込まれた、深い爪痕の一つ。かつて栄華を極めた都は、たった一つの石ころによって根こそぎ吹き飛ばされた。

 根こそぎ? 否。地中深くに張り巡らされた陣は、地表を覆う放射線をものともせずそこにあり続けた。地下に残されたわずかな資材、研究設備、軍備。それらは超大国フランスがこの世界から消えたその日から、あらゆる記録から姿を消した。それらはいまこうして、かつての繁栄と栄光とを夢見る亡霊たちによって食い潰されようとしている。

 狭いシェルター内に、いくつものエンジン音が木霊する。広大な空間を、人力で

歩くことは不可能だ。地下での移動は、だいたい燃料電池車かレールウェイによって行われる。それは、どれほど地位の高い人間であったとしても同じだ。《太陽系解放同盟》首領であるレイヴン准将も、機動兵器部隊総隊長アスタル大尉もその例に漏れない。


「パリ支部は早々に閉鎖する必要がありそうだな。敵を一網打尽にするためとはいえ、やはり地下構造を奴らにさらけ出したのは時期尚早だったのではないのか?」


 今回の一斉蜂起はレイヴンの提案によるものだ。パリクレーター中心、かつてエッフェル塔と呼ばれていた場所の真下に、彼らの本拠地はある。質量兵器によって押し潰され、半ば機能を停止していた地下構造を発見し、使えるまでに修復するまで二年かかった。兵士たちの血と汗と涙の結晶を、レイヴンは容易く使い捨てようとしている。


「我々が使わずとも、いずれ奴らはこの地下構造を嗅ぎつけていたさ」

「連邦側に放っていたという、間諜からの報告か?」

「いや、直感さ。こういうのも、なかなかバカにならないからな……」


 レイヴンは虚無的な表情で答えた。そこからいかなる感情をも窺い知ることは出来なかったが、アスタルはどうしようもない倦怠感をそれから感じた。


「海を渡ってオーストラリア、アフリカ方面に兵を分ける。まだ、あちらに連邦の支配は及んでいないからな。あちらで力を蓄え、再び決起する」

「今回の作戦でさしたる成果を挙げられなかった以上、致し方なし」


 欧州に駐留している同名の兵力の大部分と、新型を投入してもなお、連邦を押し切ることは出来なかった。いくつかの基地を陥落させ、何百人かを殺しただけだ。連邦が流した血の量と、同盟が流した血の量。どちらも同じであったなら、同盟の負けだ。


「なに、それほど大きな問題はあるまい。ジェイガン博士の新型のテストを行うのが、欧州での最後の仕事だった。それはキミも了承していたことだろう?」

「……もちろんだ。今さら、それをどうこう言うつもりはない」


 アスタルは先ほどの戦闘を思い出した。圧倒的高速度で接近し、高い火力で敵機を殲滅する無人機、セブンスター。それを作り出した男、ジェイガン=ハーヴァード。かの男の技術があるならば、まだこの状況から逆転することも可能なのではないか?

 アスタルの中で、とっくに消えたはずの希望と欲望が燻り出した。


「ゆえに、ジェイガン博士にここで死んでもらうわけにはいかん。移動させなければ」

「博士がそれを聞くか? 聞かないなら、力づくでやることになるだろうが……」

「あまり乱暴にはするな。お歳だ、安全を確保しようとして死なれたのではかなわん」


 レイヴンは無感情に言いながら、カードキーをスリットに通した。無論、正規のものではない。ここを確保した段階で作らせた偽造マスターキーだ。パリクレーター下シェルターで最も堅牢な鉄扉が、音を立てて開く。奥には、博士の研究所がある。

 まっとうな感性を持った人間がこの部屋に入ったのならば、即座に意識を失うか、もしくはあまりのおぞましさに嘔吐するだろう。それくらい、この部屋の内装は異様だった。

 部屋中にはいくつものガラス製シリンダーと薬剤ラック、コンピューターが立ち並んでいた。室温を一定に保つためクーラーは年中全開になっており、肌寒い。シリンダーの中には用途の分からぬ液体が満たされており、その中には脳が浮かんでいる。


 然り、脳だ。いくつか人間以外の動物の脳もあるが、大部分は人間の脳だ。脊椎と一緒になったものもあれば、標本めいて神経や血管が残されているものもある。驚くべきことに、シリンダーに入れられたそれは未だに生体電流を放っている。生きている、というよりは博士によって死んでいながら生かされているのだ。少なくとも、栄養剤入りのチューブと電極で繋がれた脳を生きているとは言うまい。

 異様な部屋を、二人は眉もひそめずに進んで行く。この部屋に二人が入ったのは初めてだ。つまりは、そういうことだ。迷いなく二人は進み、部屋の最奥へ。


「ジェイガン博士。これより我々はこの基地より撤退する。準備をしろ」


 大型コンピューターと向き合い、一心不乱に老人はキーボードを打つ。その動きが唐突に止まり、回転イスが勢い良く後ろを向いた。小男の老人、ジェイガンはアスタルの言葉に憤慨し、自分よりもはるかに大きく、力強い男に向かって怒鳴った。


「なんと、撤収する? つまり、キミは私にここから離れろというのかねェーッ! 

バカな、そんなバカなことがあるわけがないだろう! それは論理的にあり得ない!」

「基地の位置が特定されるのも時間の問題だ。いま、我々が全滅するわけにはいかん。あなたとて、こんなところで死にたいわけではないだろう?」


 アスタルの言葉は極めて論理的で、理知的だったが、ジェイガンは大げさに手を振り、わざとらしいため息をつきながら両足をばたつかせた。『なにも分かっていない若造が』そうジェスチャーで示しているかのようだった。


「いいかね、《マンデバイスプロジェクト》はすでに実用段階まで来ているのだ。完成はもう目前、そして完成までの調整をするためには細心の注意を払わねばならんのだ! それを、ここから離れる? バカを言うでないよ、キミたちィーッ!」

「ご自慢のマンデバイスの戦果は、貴様にも送っているはずだ。使い物にならん」


 自信満々のジェイガン博士に対して、アスタルは辛辣な言葉を投げかけた。もちろん、彼もこの技術が完成すれば戦力差を逆転させられるとは思っている。だが、現状において使い物にならないこととそれは決して矛盾しない。少なくとも、今回の戦闘だけで判断するのならばマンデバイスの有効性は甚だ疑わしいと言わざるを得ない。

 《マンデバイスプロジェクト』は旧国民連邦時代、人類をより兵器の進化に適応した者へと変えるために考案された計画だ。薬物強化に遺伝子改造、機械強化。およそ人が思いつく非人道的な行為のほとんどが成され、さしたる成果を挙げないでいるうちに、人類は最悪の方法に手を出した。人間と機械とを一体化させてしまえばいいのだ、と。

 マンデバイスは人間の脳とコンピューターを直結させ、思考の速度で機体を動かす。更に、その発展系として人間の脳波を電子的に増幅し、増幅脳波を用いて随伴無人機を操作するシステム、『クインビーシステム』も並行して開発された。固有脳波は人間一人一人違うものであり、既存のECM技術で妨害することは出来ないからだ。


 無論、そんな研究が長く続きはしなかった。倫理的な問題はそれほど大きくならなかったが、最大の問題は人間脳が機械の反応速度について行けなかったことだ。試作型マンデバイスは急速に脳細胞の劣化を引き起こし、8時間後に完全停止に至った。

 今回戦線に投入されたマンデバイスマシン、サラマンダーも似たようなものだった。脳デバイス型は6~8時間以内に停止し、生身の人体を残した試作モデルも多少稼働時間が長くなったとはいえ、同じような結果に陥った。さらに、随伴機たるセブンスターも動きの単調さに付け込まれ撃墜される事例が相次いだ。機械と融合させてしまった結果、人間特有のファジーさがなくなってしまったのが原因と思われている。


「うむ、今回作戦に投入した5機は残念だった。いいデータは取れたが所詮それまで。マンデバイスは未だ発展途上の技術であり、それ故に伸びしろのある分野だ!」

「その伸びしろをここで潰されたくなかったら、大人しく我々の指示に従え、ジェイガン博士。あなたは文官だ、戦場での判断はこちらに任せていただきたい」


 そこまで言ってなお、ジェイガンは余裕の笑みを崩さなかった。


「しかし、だ。私はねぇー、先ほどの戦闘で重要な気付きを得たのだよ。断言しよう、ここに『マンデバイスプロジェクト』は完成したのだ」

「……どういうことだ?」


 ジェイガン博士はもったいぶった仕草でモニターに試験データを映し出した。先ほどの戦闘に出した機体は6機、そのうち5機は廃棄された。だが1機、残った。


「残った機体は、いまなお稼動している。連続稼働記録を更新しているよ」

「なんと……これまでのマンデバイスの常識を覆した、ということか」

「そう……ここに我が《エグザ理論》は完成を見たのだよォーッ!」


 我、絶頂の至りにあり。ジェイガン博士の恍惚とした表情で叫んだ。レイヴンもアスタルも、予想外の結果に驚嘆の声を上げる。アスタルはモニターを目で追い、気付いた。サラマンダーの被検体として使われたのは、自分も知る人物だ。

 それでもなお……アスタルの顔には、悪鬼羅刹の如き壮絶な笑みが貼り付いていた。


 被検体の名は、ソルカ=フェストゥムとなっていた。

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