Chapter3:英雄の幻影-7

 テントウムシはヨナたちの方にも殺到していた。上空から降り注いでくるビーム

攻撃を、ヨナは紙一重で避けながらローマンへと後退していた。彼女の機体に空へと届く武装は搭載されていない。注意を引きつけ、その間にシゼルやアルカが撃墜してくれることを祈った。だが、彼女の祈りとは裏腹に、テントウムシは彼女たちの攻撃を避け続けた。


「あいつらいったい何なの、こんなの有り得ないわ!」


 88mm狙撃ライフルをコッキングしながら、アルカは悲鳴に近い声を上げた。

エネルギー兵器は大気中における光、熱変換によるエネルギーの損耗が激しいため

射程距離はそれほど長くない。いまの距離で抑えておけば、最悪ローマンが落ちる

ことはない。それでも当たらない攻撃と破壊的な光に、アルカの精神は追い詰められていった。


「落ち着け、アルカ」

「東雲さん?」

「いまから座標を送る、その位置に向けて、合図をしたら撃て」


 そういうと、アルカ機に座標が送られてきた。それはいま交戦しているテントウムシの、はるか下方だった。もちろん、彼女は即座に反論した。


「そんなところに撃ったって、当たりませんよ!?」

「俺の想定が合っているならば、当たるはずだ! 攻撃まであと3!」


 急かされるままに、アルカはスコープを覗き込んだ。章吾が指定した座標と、1mmも違わぬ位置に狙いを定める。合図の直前、ローマンから砲撃が放たれた。大型の榴散弾を、しかしテントウムシはいとも容易くかわす。アルカの狙撃が待つ地点へ。冷静に彼女はトリガーを引いた。弾丸がテントウムシの薄い装甲板を貫き、背中まで抜けた。穿たれた穴から、出血するように電光が迸り、落ちていく。地面に到達する前に、爆発した。


「やはりな。反応力が桁違いに高い。センサーに入力された情報を即座に判断し、

最適な回避コースを計算する……こいつ、遠隔操作の自動操縦機か?」

「ECM環境下で、無人機がまともに稼働するとは思えませんが……しかし、あの

機体に人間が乗っているというよりは説得力がありそうです。それはともかく……」

「やり方は同じだ! 奴の回避コースを限定しろ、そうすればれる」


 三人は即座にすべきことを理解した。残りは二機。ヨナは空中に対アームドアーマー用の大型手榴弾を投げた。シゼルは双方のガトリングガンで、それぞれ別々のテントウムシを狙って撃った。上、右、左は危険。下は空力不足で地面接触の危険あり。テントウムシは迷うことなく右、そして左に動いた。そこからブーストし、正面に逃れる構え。


「なるほど……! たしかに東雲さんの言った通り、最適すぎる動きだ……!」


 中心点に狙いを定めていたアルカは、トリガーを引いた。BLAM、一機のテントウムシに弾痕が刻まれた。瞬間、アルカはすでにコッキングを終えていた。一秒の間もなく、アルカは次弾を放った。後ろにいたテントウムシには、先ほど放たれた弾丸が命中していた。貫くには至らず、丸いへこみだけが付けられた装甲。その小さな点に、アルカのもう一発の弾丸が突き刺さった。二機は空中で爆発した。


「こっちに向かってきたムシは、全機叩き落としました!」

「よくやった。最大戦速で、船団と合流するぞ!」

「……! 待って下さい、上空に更に所属不明機が接近! 2機はこれまでのものと

同じですが、もう一機はさらに大型の機体、バトルウェア級です!」


 それは、空から落ちて来た。ヘクス模様の装甲、シャープな外見、背中から突き

出した通信ユニット。二機のテントウムシを伴って現れたそれは、音も立てずに

着地した。


「ふっ、うふ。うふふ。うふはははははっ」


 暗いコックピットの中で、グース=リンネルはモニターを見つめていた。かつてのグースを知る者ならば、いまのグースとかつての彼女とを結びつけることは出来まい。見開かれ、血走った眼。般若めいてめくれ上がった唇。そこからは絶えずに意味を持たない言葉と涎とが零れ落ち、折れた歯がそこから覗いていた。人為的なものではない、あまりに強く噛み締めすぎたため、自ら歯を砕き折ってしまったのだ。

 盗賊団を治める女傑が、如何にしてこのような凄惨な姿になったのか? 残念ながら、語るべき時ではない。それを語れる者もいない。確かなことは、彼女が新型バトルウェア『サラマンダー』に搭乗し、無人機『セブンスター』を操っているということだけ!

 サラマンダーが両手を突き出すと、二機のセブンスターが複雑な軌道を描き飛んだ。


「こいつが来る前と……明らかに動きが違っている!」


 動きの速さも、精度もサラマンダーが到着する前とは異なっている。二機はヨナとシゼルの狙いを撹乱しながら確実に近づいてくる。アルカは狙撃によってそれを止めようとするが、しかしそれは敵わなかった。ローマンと連携しての予測射撃すら通用しない。

 アルカの狙撃とローマンの砲撃を避けながら、セブンスターは地上のヨナとシゼルを撃った。不安定な姿勢から放たれたビームを、ヨナとシゼルは紙一重でかわす。シゼルはバックジャンプしながら、肩に装着されたシールドを切り離した。ビーム攻撃が相手では、盾はデッドウェイトにしかならぬ。シゼルも銃撃に加わり、セブンスターを撹乱する。


「東雲さん、他の隊に救援を貰うことは出来ないんですか!」

「いま救援を要請しているが、どこも自分の面倒を見るので手一杯だ!」


 章吾はモニターに表示された戦闘マップを見て、呻いた。そこかしこにセブンスターが現れ、戦闘区域を蹂躙している。空いた穴に従来のバトルウェア、アームドアーマー混成隊が侵入し、内側から食い破っていた。


「っていうことは、この場は私たちだけで切り抜けるだけしかない……!」


 シゼルが制止する暇すらなく、ヨナは森林に分け入った。シゼルたちも、自分に

向かってくるセブンスターと、その奥から追ってくるサラマンダーの対処に追われていた。

 針葉樹林が立ち並び、倒木と腐葉土、小さな水たまりがその隙間を埋める森林地帯をヨナは駆ける。スラマニの重い機械駆動はこうした本当の意味での不整地を走るのに向いていない。マルテの人工筋肉は不安定な地形に容易に順応し、鉤爪めいた足裏は柔らかい地面をしっかりと掴み、踏み締める。

 セブンスターはそのサイズゆえ、森の中に入ることは出来ない。その代わり、セブンスターには高空からマルテを狙う優秀なセンサーと、それを行うに足る火力がある。視界すらも通らぬ中、セブンスターは彼女の後を追うようにビームを放っていく。


(追って来てくれるなら、それでいい。このままっ……!)


 セブンスターは追いながらどんどん高度を下げていく。当然だが、目標に近ければ近いほど当たりやすい。特に相手が高速で移動しているのならば。低空まで下りて来たセブンスターを尻目に、ヨナはニヤリと笑った。

 眼前には巨木。ヨナは脚部の人工筋肉を酷使し、さらに加速。ほんの数秒、セブンスターの予測を上回った。ヨナはそのまま走り続け、巨木の目前で飛び、垂直に駆け昇った。木の幹をセブンスターのビームが貫くが、その時にはすでに、ヨナはセブンスター目掛けて弾丸めいた速度で飛んでいた。

 ビーム砲の砲身が、ヨナに向く。それよりも早く、ヨナはチェーンソー・ブレードを両手で振り下ろした。機体の半ばまで刃が貫き、ヨナはそこを支点にしながら一回転。剣を引き抜きながらセブンスターを飛び越え、木々を蹴り地面に着地した。


「こちらヨナ機、テントウムシの一機を仕留めました。そちらの状況は……」

「やったのか? ならばこちらに戻ってきてくれ。厄介な状況だからな」


 ローマン側の戦況は膠着していた。シゼルは後退しながらライフルやミサイルでセブンスターとサラマンダーを牽制、章吾たちとアルカは後退するシゼルを支援していた。だがシゼル機のミサイルを撃ち切ったいま、状況はサラマンダー側に傾こうとしていた。


「ううッ……ぐっ?」


 だが、シゼルを追っていたサラマンダーが立ち止まり、仰ぎ見た。ヨナがセブンスターを撃墜した、その現場を。憤怒、悲哀、虚無。羨望と嘲笑がグースの頭を埋め尽くす。カニめいてあぶくを吹きながら、グースはヨナに向かって腕のビームを乱射した。放たれたビームの到達点を予測し、紙一重の精度でヨナはそれを回避する。


「こぉぉぉぉぉむぅぅぅぅぅすぅぅぅめぇぇぇぇぇ!」


 絶叫しながらグースはレバーを倒した。2×2のスラスターに蒼白い光が灯り、炎が噴出する。爆発的な加速を得たサラマンダーは、ローマンを無視しヨナのマルテに向かって低い軌道で飛んで行った。

 その時だ。セブンスターの動きが、目に見えて鈍った。それを章吾と、シゼルは見逃さなかった。瞬時に十字砲火を形成、セブンスターの退路を奪う。予定していた退避路を取ったセブンスターを、アルカは正確に撃ち抜いた。


「いったい、何が起こったんでしょうか……?」

「恐らく、あの化け物はテントウムシどもの親機だったんだろう。無人機なんてものがそう簡単に運用できるはずはない。正確な命令を下せるのはせいぜい、数百mから1Km圏内だった。推測だが、そういうことだろうな」

「それもそうですけど、あの機体。どうしてヨナの方を急に……?」


 サラマンダーは足を止め、ヨナにビームの雨を降らせた。武器の仕組みはブレードハウンドのそれと同じだ、低出力のビームを連続して撃ち出す。空から降り注いでくる弾丸は避け辛く、そして力強い。次々と木々がなぎ倒され、燃えていく。


(それでも……こんなもの、少しも怖くはない!)


 ヨナの直感は極限まで研ぎ澄まされていた。辺りに無人機の姿はない。それ以外の敵もいない。サラマンダーの挙動一つで、次にどこに弾が撃ち込まれるか分かるような気がした。走馬灯めいた、死を回避するため脳が生み出した幻想か? それは、いまそれを経験しているヨナにしか分からない。確かなことは、ヨナはすべての弾を回避し、サラマンダーへの最短コースを進んでいる、ということだけだ。

 立木を超え、街道へと移る。ヨナは地を蹴り、木に跳び、更にそれを蹴った。三角跳びの要領でサラマンダーへと近付いて行く。その機動はグースの反応力を超える。


「グヒィーッ! ブゥーッ、フゥーッ!」


 ヨナは複雑な軌道を描き飛びながら、一点を目指していた。すなわち、サラマンダーのコックピット。格闘戦能力で劣り、ABW装備を持たないヨナがバトルウェアを撃墜するにはこれしかない。そして、それはグースも理解していた。憤怒に囚われながらも、グースに刻み込まれた傭兵の勘は尚も鋭い。最後の一跳びを見切り、ヨナに照準を合わせる。

 しかしグースが放った弾がヨナをこの世から消し去ることはなかった。コンマ一秒前、砲声。グースが弾を放つ直前、向けられた腕にローマンの砲弾が直撃した。艦載砲の直撃を受ければ、さしものバトルウェアであっても耐えられない。千切り飛ばされた左腕が宙を舞う。そしてそれは障害物がなくなり、射線が通ったことを意味していた。


「この距離なら……狙える!」


 冷静にアルカはトリガーを引いた。彼女の放った弾丸は、コックピットハッチの隙間に突き刺さった。貫通こそしなったが、それはサラマンダーの防御をこじ開けた。


「これがッ……私と仲間たちの力で掴み取った、勝利だーッ!」


 チェーンソー・ブレードを逆手で持ち、コックピットハッチに突き刺さった弾丸目掛けて突き込む。残った左腕を使い、グースはヨナを殺そうとするが、遅かった。ブレードの先端が弾丸の作り出した亀裂にめり込み、コックピット内部にいたグースをチェーンソー回転で引き裂いたのだ!


「ッギャアァァァァァァァーッ!?」


 コックピット内で絶叫を上げるグース。だが、それが誰の耳にも届くことはない。チェーンソーの回転は彼女だけでなく、内部の電子装備をも破壊する。狭いコックピットを電光が覆い尽くし、モニターはただ砂嵐だけを映し出す。それと同時に、サラマンダーが爆発を始めた。グースの生命が失われたことにより、自爆装置が作動したのだ。ブレードを手放し、胴体を蹴ってヨナは爆発から脱した。

 それと同時に、活動を続けていたセブンスターが突如として反転していった。よろよろとした動きで、来た時と同じくどことも知れぬ場所へと戻って行く。その最中にも砲撃は続き、それに巻き込まれる形でいくつかのセブンスターが撃ち落とされた。同盟としてもそれは予想外だったようで、見るからに動揺していた。


「いまだ! テントウムシが無力化されたことで、敵の包囲網が緩んだぞ!」

「ッ! 分かっている! 船団、全速前進! 我々は速やかに戦闘区域から離脱する!」


 章吾の檄を受けた『黄泉の牙』船団長は、各員に撤退を通達した。もう、同盟が追ってくることはなかった。数多の犠牲を生みながら、撤退作戦は成功した。

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