Chapter3:英雄の幻影-6

 キャリアードックは民間人で溢れかえっていた。彼らは誘導の兵士たちに怒鳴りかかり、状況の説明を求めていた。兵士たちも状況を把握していないのか、ただただそれに翻弄されるだけだった。その隙間をすり抜け、ヨナはローマンへと辿り着いた。


「テッカちゃん、私の部屋で待っていて」

「でもヨナさん、それっていけないことなんじゃ……」


 その通り。何をするにしても規定がある。特に民間人の護送に関しては、後の世論にも関わるため過剰なまでに厳しい規定が敷かれている。


「大丈夫、ちょっと待っていて」


 バレれば罰では済まない。それでも、ヨナはテッカを助けたいと思った。自分を助けてくれた、この少女のことを。彼女を自室に残し、ヨナはローマンの艦橋まで駆けて行った。すでにハンクたち整備班も含め、艦橋にクルー全員が集合していた。


「現在、アルフェンバイン周辺の連邦基地が攻撃を受けているということだ」


 ヨナに声をかけることなく、章吾は現状の説明を始めた。彼の表情を見れば、どれだけ状況が切迫しているかは明白だった。アルフェンバインは近隣に一つ、北方、南方にそれぞれ一つずつ、領域をカバーする連邦の正規軍基地を持っている。傭兵に大部分を委託したとはいえ、防衛の要は政府が管理下に置く正規軍が担っている。


「最後の通信によれば、攻撃を仕掛けて来たのは《太陽系解放同盟》、現在傭兵団が追っているテロリスト集団だ。直前に、傭兵たちは同盟の拠点と思しき場所への攻撃を仕掛けたとされている。恐らく、そちらは陽動と考えていいだろう」

「上手いこと連中に乗せられて、まンまとおびき出されちまったってわけか。

カァーッ、情けなしッ!」


 傭兵、ひいては連邦の弱体に、ハンク老人は一人憤慨する。それ以外のメンバーは、固唾を飲んでリーダーである章吾の決断を待っている。


「方針は従来通りだ、俺たちは戦わない。現在傭兵団には戦列への参加が要請されているが、俺たちは避難民の救助と移送に当たる。ここまでで質問はあるか?」


 そこまで言って、章吾は皆の顔を見た。誰もそれに反論するものはなかった、ヨナでさえも。シゼルは言外装に、ヨナの顔を横目で覗き込んだ。


「よし、全員出港準備だ!

 機動兵器部隊は万が一に備え、格納庫で待機していろ!」

「了解です!」


 気合いの入ったヨナの声が、艦橋に響いた。誰もが、彼女を見ていた。


(決して死なせたりしない……守り切って見せる!)


 一時間後。戦火がすぐ傍まで迫ってきた頃、ローマンをはじめとした避難船は出港を始めた。船内の安全は、駐留している連邦軍の軍人が確保している。他のキャリアーからは護衛として数機のバトルウェアが発進しているが、ヨナたちは未だ待機だ。


「しかし、意外ですね。あのヨナがごねずにいてくれるとは」


 レーダーへの注意を怠らず、ジョッシュが口を開いた。周辺数キロ圏内に敵機は存在しない。何か動きがあれば、速やかに動体探知センサーが艦橋に異常を伝える。


「まあな、あいつの顔つき……

なんつかー、あれだな。すげえあれだったぜ。あれだ」

「お前が何を言おうとしているのかはさっぱり分からんが、いつもとは違う顔つきだった。確かにな、船を留守にしていた数時間の間に、いったい何があったのか……」


 ほんの数日前まで、ヨナは先走った青二才だった。どこか死にたがりですらあった。これまでの経験がそうさせていたことは、容易に想像がついた。だからこそ、自分たちでそれをどうにかすることはでいないと思っていた。


(あいつの心をどうにかしてくれたのは、イルダか……それとも)


「気になるといや、前線の状態もだな。ここまで浸透してきてるってことは、イルダたちの方も相当、やばいことになってるんじゃねえかな。大将」

「前線を突破されたわけじゃない。やっこさんの攻撃に乗じた奇襲攻撃だ。あれだけの大船団を組んで作戦に当たっているんだ、まさか全滅ってこともあるまい……」


 口ではそう言いながらも、章吾は不安を拭いきれずにいた。今回の奇襲はあまりにも鮮やかすぎる、傭兵団の中にも裏切り者がいるのは明らかだろう。そうすると、その裏切り者はいったい何者なのか。あの船団の中にも潜んでいるのだろうか。

 そこまで考えた時、ローマンの動体探知センサーが動きを捉え、警報を鳴らした。


「センサーが敵機の接近を確認。数9、うちバトルウェア3機、アームドアーマー6機。光学センサーが後続の敵影を捉えています。各機、出撃準備を」


 アルフェンバインを出て少し。ワルシャワへと続く森林地帯へと入った時、ローマンが敵機の接近を感知した。アームドアーマーのコックピットで待機していたヨナたちはその報告を受け、すぐさま出撃のための準備に取り掛かった。


「アルカ、艦橋前の銃眼で私たちの支援を頼むわね」

「いつも通り、ってことね。こっちは動き回れないから、それでいいわ」


 ヨナたちは手早くポジションを確認し、ハッチが開くのを待った。基本的にはヨナが突っ込み、シゼルがフォローし、アルカが後ろから仕留めることになっている。無論、そのフォーメーションがうまく機能する保証はない。


「シゼル。いつも通り、私と一緒に行きましょう。何としても人々を守る」

「分かっているよ、ヨナ。キミの背中は……必ずボクが守って見せるから」

「……うん。頼りにしてる。それから……いままでごめん。ずっとありがとう」


 ヨナははにかんだ笑みを浮かべ、シゼルにこれまでの謝罪と感謝をした。シゼルは虚を突かれたような顔をし、それから微笑んだ。いままでよりもずっと柔らかい笑みだ。やがて、格納庫のハッチが開いた。後部ハッチからは、燃える街の姿が見えた。


「ヨナ、シゼル、アルカ。これより、撤退支援のために出撃します!」

「分かってンだろうな、嬢ちゃん! これまでよりはるかに状況はヤバイぜ!」

「頑張ってくださいねー! それから、生きて必ず帰ってきてくださーい!」


 ハンクとアクアは、飛び出していくヨナたちを激励した。背中から駆けられる力強い言葉を受け、少女たちは正真正銘の戦場へと躍り出て行った。

 背の高い針葉樹林、アームドアーマーが隠れるには絶好の立地だ。護衛機の放つ銃弾が、地面を抉り木々をなぎ倒した。それをもかわし迫る影、同盟のアームドアーマー! 三機のスラマニは木々を盾にしながら散開した。俊敏な機動。

 スラマニ脚部キャタピラ機構が、不安定な足場をものともせず機体を前へと進めていく。バックパックの補助アームが動作し、マウントされていたABW(アンチバトルウェア)バズーカを運ぶ。弾頭にアダマス鋼を使用した徹甲弾の一種であり、弾頭装甲を貫き、内側を炸薬が焼く。

 スラマニは背負ったバズーカ砲のトリガーを引いた。重い弾頭が低速で、まるで地を這う蛇のようにバトルウェアの膝関節に迫り、爆発した。膝を守っていた装甲板が焼け溶け、寸断された電子回路がバチバチと火花を上げた。


 スラマニはABWバズーカを投げ捨て、腰にマウントされていた20mmアサルトライフルを抜いた。破損し、剥き出しになった内部構造を破壊するならばこれで十分だ。電磁反応装甲は、特殊加工された装甲の表面にしか作用しない。膝を破壊し機体を転倒させ、それでパイロットが死ぬならよし。死なぬなら接近し直接パイロットを殺す。それがアームドアーマーによる対バトルウェア戦術の基本だ。


 もちろん、それは許されない。ヨナは両手に持ったアサルトライフルを乱射した。転倒した味方のゲデルシャフトに向かっていたスラマニは、その動きを中断せざるを得なくなった。ヨナの射撃技術は酷いものだ、十分な距離であったにもかかわらず命中弾はない。


 だが、それでいい。逃げた先にシゼルのミサイルが、アルカのライフル弾がそれぞれのアームドアーマーを貫いた。爆発、炎上し、煙が舞う。煙の合間から、更にもう一機が追撃を仕掛けてくる。ヨナはトリガーを引き続けるが、弾は出ない。網膜に投影されたモニターが、双方の銃の弾切れを告げていた。

 ヨナは勢いをつけ、二挺のアサルトライフルを投げつけた。1つはスラマニの頭部に当たり跳ね返り、もう1つは腕で跳ね付けられた。その瞬間には、すでにヨナ機は迫りくるスラマニの懐に入り込んでいた。腰にマウントされたチェーンソー・ブレードを一閃。居合抜きめいた斬撃により、機体は中のパイロットごと二つに分割された。ヨナはその場で転身、自分が守るべきローマンへと戻って行った。


「ハッハッ! なんだ、ヨナ。あいつやるようになったじゃねえか」


 船体後方での戦いをモニターから見つめていたダルトンが、歓声を上げた。


「ゴリラ、船の操舵に集中しろ。俺たちだけじゃないんだぞ」

「分かってるってのジョッシュ、それと誰がゴリラだ。それはともかくよ、ヨナの動き、よくなったと思わねえか? よっぽどノってなきゃ、あの動きは出来なかったはずだぜ」

「ああ。アルカとシゼルのフォローを上手く使っている。さっきの剣にしてもそうだ、外した時はもう一段、残せるようにしておいた。たしかに、やるようになった……」


 元々、ヨナの接近戦のセンスはずば抜けていた。幼少期にはグラディウス王国に伝わる剣術を習っていた、と聞いている。生身の感覚を増幅するアームドアーマーにおいて、素の身体能力と技術は非常に重要なものだ。しかし。


(あいつが元来持っていたセンスが、更に研ぎ澄まされているように感じる。あの時拾った小娘が、まさかここまで成長するとは思っても見なかったな……)


 あの日、白い雪の中から救い出した少女は、彼の想像をはるかに超えて成長していた。それは、とてもいいことだ。章吾は喜び、頬を緩めた。


「……!? 船長、緊急事態です。左翼後方、損耗率が飛躍的に上昇しています」

「なんだと? 敵の増援から攻撃を受けているというのか?」


 この移送作戦にはローマンも含めて7隻のキャリアーが参加している。それぞれ実力が足りていないとはいえ、キャリアーを持ち、戦闘用バトルウェアを持つ船団だ。しかし、モニター上ではジョッシュの言葉通り損耗率が急激に上昇していた。


「光学センサーを左翼後方に向けろ。何が来ているのかを確かめなければならん」


 環境のモニターに、左翼後方の状況が大写しにされた。そこに映っていたのは、キャリアーが上空から一方的にビーム攻撃を受け、炎上していく姿だった。彼らがいま、知る由はない。だがそれは、イルダたち攻撃部隊を壊滅させたテントウムシに他ならなかった。


「こちら『ブルーバード』東雲省吾、船団司令官、応答せよ」

「こちら『黄泉の牙』船団長、ノックス=フォートラム。何があった?」


 通信をかけた章吾は、名前だけは立派な船団だなと思った。


「左翼後方、『虹色の夢』船団が正体不明機の攻撃を受けている。このままでは敵機の攻撃によって、こちらはまとめて倒される。密集陣形を取ることを提案する」

「……!? それこそ、敵に一網打尽にされてしまうのではないか?」

「敵はこれまでの戦闘で、大規模な戦術兵器を使用してきていない。高高度からの爆撃なら、バトルウェアで十分対応できる。弾幕の密度で奴らを圧倒するしかない」


 『黄泉の牙』団長は章吾の要請を了承した。そうしている間に、『虹色の夢』のキャリアーが動きを止め、爆発するのが見えた。章吾は唇を噛んだ。あれでどれだけ死んだ?

 テントウムシの数はそれほど多くない。だが、その力は圧倒的だった。こちらの対空攻撃をあっさりと避け、空から防御不能の高出力ビームを放つ。光と光とが飛び交う、現実感のない戦場で、現実にいくつもの命が失われていった。

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