吾輩は転生トラックである
山彦八里
第1話
規則正しい低音が腹の底を震わせる。
タイヤはしっかりと地面を噛み、鉄の塊であるこの身を滑らかに走らせる。
今日もエンジンの調子は悪くないな、と日ごろの丁寧な整備に感謝して吾輩はギアをひとつあげた。
トラックの朝は早い、昇りかけの日光を白銀のボディが照り返す。
吾輩は転生トラックである。名前はまだない。
ナンバープレートはあるが、既に何度か取り替えられている。
転生一筋五年と少し。体当たり的な接触で幾人もの転生者を輩出した由緒ある軽量四輪、いわゆる軽トラである。積載量には自信がある。
吾輩に課された仕事は主殿――運転手の操作に従って走ることである。
しかし、吾輩が自身に任じた使命は民草を転生させることである、無論、前面バンパーによって。
所々にガタがきているが、若い者にはまだまだ負けんと老骨に鞭打ち頑張る次第である。
軽快に走行すること約十分、早速、転生者候補を発見した。
前方百メートル、スマフォを見ながら歩いている学ランの少年だ。こちらにはまだ気付いていない。
まあ、見た目は普通の軽トラであるから致し方ないだろう。
さらに注視してみる。年の年は十五かそこらだろうか。見る限りは黒髪……そして、おそらくは黒目だろう。髪を染めてない者はだいたい似たようなものである。
彼にしようと吾輩の運命力が囁いた。
轢く、もとい転生させると決めたら吾輩の行動は早い。
こう見えて百メートルは五秒フラットだ。避ける間など与えはしない。
急に速度が上がったことに気付いて、運転席に座る主殿が慌ててブレーキをかけるが甘いと言わせて貰おう。
その程度で転生トラックが止まるならば世に転生者など溢れておらん。
騒音を察したか、少年が顔を上げる。やはり黒目、だいたい平凡そうな顔だ。ディモールトベネである。
だが、気付いた時にはもう遅い。
次の瞬間、吾輩が勢いよくぶち込んだ前面バンパーに触れた少年は忽然と消えた。
……転生完了である。あっけないものだが、転生者の
吾輩が轢くのはだいたい少年が多い。たまに少女やおっさんも轢くが。
学生服や黒っぽい服を着ていると倍率ドンである。
そもそも吾輩に転生能力があることがわかったのは偶然の事故の結果であった。
五年前、ロールアウト直後の接触事故で判明したことである。
幸い、吾輩の転生能力のお陰で死者はでなかったがあの時は随分と
転生はいいが事故はいかん。吾輩の最初の主殿も骨身にしみているだろう。
なにせ風の噂では未だに「ああ、フロントガラスに! フロントガラスに!」などという夢を見るらしいのでな。
それはさておき転生である。とにかく転生だ。転生に賭けろ。
……と意気込んでみたはいいものの、そうそう簡単に転生候補が見つかる訳ではない。
昔は転生トラックが基本でもう少し多かった気がするが、最近は日間で五,六個くらいのものではないだろうか。
吾輩もこの不況の中、レパートリーを増やそうと思って幼女やら猫やらを転生させようと試行錯誤したこともあるのだが、いつも間に少年が入ってきて転生させてしまう。
迫るトラックの前で幼女押し倒すとか最近の少年はロックな101番目のプロポーズをするなと思うが、何故かいつも幼女やら猫やらは無傷、消し飛ぶのは少年ばかりだ。
これが運命という奴であろうか。神様の趣味も偏り過ぎではなかろうか。
そうこうしている内に第二転生者候補を発見した。
一日で二人も見つけるなんて幸先がいいようだ。今日は運命力が唸っておるな。
主殿の
先程と同様に候補者を注視する。
背恰好から察するに今度の彼は十八あたりではなかろうか。
黒い服、安いスニーカー、ぼさぼさの黒髪。コンビニにでも行く途中だろう。
丁度いい、このひと轢き手向けと受け取れ!
エンジンが唸りをあげるのに合わせ、ギアをトップに叩き込む。
歯車が組み替わり、吾輩は風になる。
だが、敵もさる者。
振り向き、驚くと同時に横に跳んで回避しおった。
角度とか計算したのだろうか。いい性能である。作戦目的とIDを聞きたくなるな。
だが、甘い。一度回避した程度ではスロウリィ。
このコンクリートジャングルで吾輩に勝とうなぞ百年早い。
吾輩は即座にサイドブレーキをひいて前輪をロックし、そのままハンドルを勝手に切って百八十度ターン。
続けて秘技、歩道が空いているではないかを発動。
そのまま縁石を飛び越えてバンパーを少年の体にシューーートッ!
超エキサイティング!!
吾輩の転生から逃れる術なし。
人呼んで
……久々の活きの良い若者を相手にして少々興奮してしまった。
今日の転生はこれくらいにしておいた方がいいだろう。
まだいけるはもう危ない。アリアドネの糸は1つしか持てないのである。
そうして、既に物言わぬ彫像と化した主殿を載せて表の仕事に戻った吾輩だが、ふと対向車線に
対向車線を走るのは見た目はなんてことのない
だが、前面にできたいくつもの人型の凹み。妙に雰囲気のあるバンパー、運転手の名状しがたき表情。
……チガウ。今までのトラックとはなにかが決定的に違う。スピリチュアルでオーガニックな感覚が吾輩のシャフトを駆け巡った。
本能が告げる。奴もまた転生トラックであると。
これが運命的道路か。
互いにアクセルをベタ踏みする。タイミングは同時。ペダルを合わせる必要すらない。
頂点は常にひとり。転生トラックは一台でいいのだ。
そして、吾輩たちは中央分離帯を乗り越え、空中で互いの車体を激突させた。
接触の瞬間、吾輩の
観測できない
生か死か。有か無か。
つまりは、新たな世界へ
対立する二つの転生エネルギーがぶつかったとき吾輩は感じた。
全ての存在とのつながりを、タイヤの振動もシャフトのうねりも、奴のエンジンの鼓動も皆。
そして、爆発と共に新たな世界が生まれた。
吾輩は転生トラックである 山彦八里 @yamabiko8ri
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