闇色の星〈2〉



 呆然とした表情のルファに、セシリオは続けて言った。


「星見師の息子が麻薬中毒者となったことで、一族の隠し事もいろいろと暴かれてしまうだろうね。でも僕はシュカの葉を組織からほんの少し分けてもらっただけで、盗難事件に関与はしてないし、シュカの行方も知らない。あの事件は僕の仕事を上手く攪乱する材料になってくれただけ」



「なぜ魔導衆と関係をもってしまったの? あなたはとても優秀な占師で、マセラ様はあなたを一番の愛弟子だと言って」


「弟子になった覚えはない。僕は君のように奇現象を追求し解明したいと思っていた。でもそれができるのは星読みだけ。魔法力を持たない者には無理だというのが天文院の考え方だった。でも本当はそんなことはない。魔力があれば可能になることがたくさんあるのだと知った。魔占術で季節の歪みを少しでも実証できたことは収穫だ」



「そんなことをして……風の獣の自由を奪って季節の巡りを歪めるようなことは許されないことよ」



「魔力を使うことが許されるのは星読みだけだとでも?」



「いいえ。星読みだって魔力を使うべきじゃない」


「君だって魔力を望んでしまいそうになったくせに」


 セシリオは笑った。


「……そうよ。でも魔力がなくてもできることがあると気付いたわ」



「月星に祈りと願いを、とかいう馬鹿げたことかい?」


「馬鹿げたことじゃないわ!」



「君は異国人のくせに忠誠心が強いんだね。僕はこの国が大嫌いだから。べつに許してほしいとは思っていない。許されることなど望んでいない。僕が望むものはこの国にはない」



「あなたは………」



 ルファの前でセシリオの髪と瞳の色がゆっくりと変化した。薄茶色だった髪は黒く、瞳は深緑の色に染まっていく。



「あなたはエナシスの民ではないの?」


 ルファの問いに、セシリオは虚空を見つめているかのような感情のない眼差しで語った。


「僕は妾腹の子だった。母は異国人。父親と名乗っていたあの男と本妻の間には子供がいなくてね。母親は身体が弱くて僕が幼い頃に死んだ。それからすぐに僕はリレード家に引き取られた。───地獄だったよ、あの家での暮らしは。継母は僕を嫌ってね、髪と瞳の色が違うだけで卑しい者だと決めつけられ蔑まれた。父親も家にいることが少なくて、僕を庇うことはなかった。

 でも僕には死んだ母が遺した遺言があった。 母はいつも言っていたんだ、おまえには占師の素質があるからと。天文院に入り占術を学べば必ず素晴らしい未来を築けるからと。───確かに、天文院で学べたことには感謝している。……でも天文院に僕が理想とする未来はなかった。老師たちは魔力に惹かれることを災いとし、闇を抱えて生きてはならないとそればかりだ。そういう者に星占の力は得られないと言った。

 でもそれはおかしい。誰の心にも闇はあるだろう?

 この髪と瞳の色も昔は薬だけを使って変えていたけれど。最近は魔術で長持ちさせているんだ。魔占術は闇の魔法だとも言われるけど違う。あれはたくさんの可能性を秘めた希望の力だ。未来を拓くのは自分自身。僕はこの力で理想の未来を築いてやる。でもそのためには協力者が必要なんだ、君のような力を持つ者がね」


 セシリオはルファに向かって歩みを進めながら語り続ける。



「まさか君が風の獣と一緒に僕の前に現れるとは予想できなかったよ。魔法力は素晴らしい力だね。星の欠片を奪えても僕にはこの光を操ることはできなかったから」


 セシリオが握りしめている片手の中から、真珠星の光が漏れていた。


「でも君はこの光を操ることができる。それは君の中に何か特別な力があるから? それとも星読みは皆そうなの? 魔法力は魔力も秘める闇の力でもあるのに。妖魔の持つ力や魔占術と何が違うんだ? この疑問は僕だけじゃない、魔導衆の組織も思っていることだよ。そして望んでもいる。君がこちら側に来ることを」


 セシリオはルファの目の前で立ち止まった。


「君は考えたことはないの? 生まれた国のことや両親のことを。君のその瞳と髪色は間違いなく異国人のものだ。エナシスに攻め落とされた国は多い。両親の消息を知りたいと思うだろ? 魔法力を使えばいいのに。

───そうだ、僕の魔占術で調べてあげようか。決まり事ばかりの天文院は鳥籠のようだと思わないか?───君こそ、星読みこそもっと自由になるべきだよ。僕なら見せてあげられる。君が知らないたくさんの真実を。奇現象だけじゃつまらないだろ。世界の秘密も全部、その闇の魔力があれば………」



 セシリオはルファへと手を伸ばした。握られていた手が開くと、真珠星の欠片が闇色に染まろうとしていた。


 風の獣がその欠片に引き寄せられるように動いた。


「だめっ。これを食べたらダメだよっ!」


 ルファは風の獣を引き止め、庇うように立つとセシリオに向かって言った。


「両親のことを知りたいと思ったことはあったわ。寂しい想いも孤独も辛さも、私だって知ってる。でもそれと同じくらいに……いいえ、それ以上に私を愛して守ってくれた人たちの想いも知ってる。私を家族にしてくれたその人が言ったわ。闇の力では光も真実も得られないって。私もそう思ってる。だからあなたに協力なんてしない」


「ならば奪おう」


 伸ばされた手が、あと少しでルファの額の星印に触れようとしたときだった。



「その娘に触れるでない!」



 声が響き、星色の花の向こうから一筋の光が飛び出し、セシリオとルファの間に浮かんでいた闇色の星を砕いた。


 そして銀色の水面から黄金の輝きが天に向かって昇り、その中から背中に大きな翼を広げた双子の子供が現れた。





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