闇色の星〈1〉



 風の獣と一緒にルファが邸から消えると、吹き荒れていた風がピタリとやんだ。


 アルザークが妖魔を倒すのを見届けてからレフが外に出ると、衛兵たちが空を見上げながら騒いでいた。


 そこにはしばらく振りに姿を現した星々が、流れる雲の間に輝いている。


(眠り夜空が晴れていく。これがルキオンの星空か)


 王国エナシスの夜空に広がる天象図の一部分。


 息を吞むほどに美しいその光景に、レフは祈らずにはいられなかった。


 星読ルファみの無事を。


「さて……。この手紙、あいつより先に読んじまったが。アルの奴、怒るだろうなァ」


 ──案の定、


「なんだこの内容は! 真の任務だと? これじゃまるでルファは囮になったようなものじゃないか!」



 ルファから預かった手紙を読み終えたアルザークは怒りに満ちた形相でレフに詰め寄った。



「イシュノワたちの行方を把握できていながら、わざわざルファに危ない橋を渡らせるようなやり方だ!」



「そうだな……。手紙の内容には驚いたが。でもこれで別部隊が王都から動いたことも納得がいく」



「俺たちが知らないところで老師衆たちの思惑通りに事は進んでたってわけか。あのババぁ共め!」



「そう怒るなよ、アル。言えなかったルファちゃんの気持ちも考えろ」



「───ルファを追う」



 レフに背を向けアルザークは厩舎へ向かった。



「判るのか? 彼女の居場所が」


「ああ」


 胸の痛みがあるのはルファが魔法力を使っているからだ。



(北の方角か……)



「あたいも行くからねッ、アル!」


 焦げ茶色のココアが茂みの中から飛び出してアルザークの肩へ乗った。


「焦げ猫。───しっかり掴まってろよ」


 アルザークは愛馬リュウに跨るとレフに向いた。


「ここは任せるぞ」


 レフが頷くとアルザークはリュウを走らせルファの後を追った。



 ♢♢♢


 ラアナの歌声が近くなると、風の獣はゆっくりと下降を始めた。


 そこには森の広がりがあり、薄白い霧が流れているのが見えた。


 彷徨いの森のようだと思ったが、風の獣とルファが森に入ると霧は消え、向かう先に星明かりが見えた。


 近付くにつれ光は広がりをみせ、やがてルファの目の前にあの日と同じように輝く景色が現れた。


「ここは……」


 じっと動かなくなった風の獣からルファは地面に降りた。


 風の獣が何か言いたそうにパクパクと口を開き、ルファの髪をつつく。


「似てるけどね、ここはまだ違うの。星の泉じゃないわ。これは『ふのふわ』という花なの。星色に光る花だよ。……綺麗ね。でもあなたの餌場はこの向こう、銀色の水面が見えるでしょ。もう少し先だから。ほら、行こう」



「そうか、ここはまだ違うのか」



 風の獣を促し歩き出そうとしたとき声が聞こえた。



「星の泉だと思ったのに。この輝きに惑わされたわけか」



 揺れる星色花ふのふわの群生の中にセシリオが立っていた。



「君がここへ来たということは、あいつは失敗したんだね。しかも風の獣も一緒とは。あれほど放つなと言ったのに。役立たずめ」



「イシュノワさんはどこ?」



 ルファは二人が行動を共にしているのだと思っていた。



「あいつと対面するのは君が先だと思っていたのにな。悔しいが僕の読みは外れて聖占師たちの読みに追い越されたわけか。でも完璧な読みじゃない。彼がどうなったか見るかい?」


 セシリオの右手から青白い光が浮いて、その中に何かが映し出された。


 黒衣の兵士たちに囲まれたイシュノワの姿。その手には短剣が握られていた。


「あいつにはもう未来はない。彼は偽りの星図を記し星空の観測を怠った。そのうえ麻薬の中毒者だ。あの短剣で自ら命を絶つとはね。きっとそこまでは老師衆たちも予見していなかっただろうね」


「そんなっ……」



 イシュノワが自身の胸に短剣を刺して倒れる様子が見えた。


波打つように揺れながら覆い被さる黒衣と、地面に流れる赤い色にルファは目を背けた。



「どうしてこんなことにっ……!あなたはなぜこんなことを……」



「僕の目的が知りたい?」


 映し出されていた光景が消え、花の光に照らされたセシリオは笑みを浮かべながらルファを見つめた。



「僕は自分の占力が持つ可能性を確かめる必要があった。そのためには闇を抱えた者が傍に必要でね。丁度いい相手がイシュノワだったのさ。傲慢な性格や他人を妬む気持ちが強い彼は良い実験材料だった。風狩りの妖魔セティもシュカの葉も良い道具になってくれた」



「彼を中毒者に⁉ なんて酷いことを!」



「酷い? 世の中に酷い話なんていくらでもある。あいつの親族には麻薬草の密売人がいて盗難の手引きもしていたんだ。もちろんその密売人は魔導衆の組織と繋がりがあった。彼の父親も一族が秘密にしている罪に薄々気付いていた。だが隠し通すことに徹していた。酷い話だ、驚くだろ。王国の貴族にそんな奴がいるなんて」


セシリオの告白に、ルファは言葉もなく立ち尽くした。




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