星灯り




「風の獣を穢し、月星の祝福者に危害を与えることは大罪じゃ!」



 少女の声をした双子の一人が地に降り、セシリオに向かって言った。



「黄金の翼……。闇色の瞳! まさか星霊主⁉」


 狼狽えながらもセシリオの目には悦びが浮かんでいた。


「星読みは彼等とも繋がりがあるわけか!そしてやはりこの先には天と地の境目があるのだね⁉僕の予見は当たりだ!」


 笑い声をあげながら、セシリオはルファに背を向け歩き出した。


「待って!」


「ルファっ、追いかける気か⁉」


 その背に続こうとしたルファにラアナが慌てて声をかけた。


「───来るのかい?」


 立ち止まり、振り向くことなく聞いたセシリオにルファは言った。


「行ってほしくないの」


「そう……。残念だ」


 歩みを進めるセシリオにルファは叫んだ。


「行ってはダメ! 戻れなくなるっ。マセラ様を悲しませないで! マセラ様はあなたが戻ることを望んでるわ!」


 手紙の最後に書かれていたのだ。もしもセシリオに会えたなら伝えてほしいと。


「僕は戻るつもりなどない」



 こう言い残し走り出したセシリオの姿が星色花を越えていく。そしてそこから繋がるように広がる銀色の輝きの中へ、───星の泉に、セシリオはその身を投げた。



「馬鹿者が……」


 呟いたラアナにルファは懇願するように言った。


「彼を救うことはできませんか?」


「できぬ。あやつは自ら闇へ落ちた。それを望んだということは、あの先に何かが視えたからではないのか。先読みの力のある、あやつにしか視えないものがあったのだろ。あやつが死ぬのか生き延びるか、どこへたどり着くかは判らぬが。生かしておくべきではなかったな」


「───ラアナってば。そんなこと言うもんじゃないぞ。人間に深く介入してはいけないのに」


 天から聞こえたのは双子の片割れラウルの声で、彼は地に降りると風の獣を優しく抱き寄せた。


「無事でよかった。ありがとう、星読み。霊獣を救ってくれて」


「でも携え星が欠けているの」


「大丈夫。光の糧をたくさん食べれば治るから」


「そうですか。よかった」


 ラウルの言葉にルファはホッとし、ラアナも微笑みながら言った。


「本当にありがとう、ルファ。これでやっと我らの儀式が行える」


「春の季節を迎える儀式ですね」


 ラアナは頷いた。


「おまえが星路を示し風の路を清浄にし、歪みの原因を解明したおかげだ」


「でもほうき星とふのふわの花はまだ存在してます。これも歪みの一因では?」


「まぁ、多少はな。でも星は夜毎に動いている。忌星が星路に強い影響を与える期間は過ぎた。ほうき星はもうすぐ軌道を外れてルキオンの空から消えるだろう」


「え、それじゃあ、ふのふわの花も移動したり消えてしまうのでしょうか」


 サヨリに一目でもみせてあげたかった。


「消えることはないが花の見頃は二、三日かの。今夜儀式が済めば彷徨いの森も現れなくなるから、森の中で迷うことなく花を探せるだろう」



「本当ですか。よかった!」



(またサヨリおばさんと探しに来れる!)


 嬉しそうに微笑むルファを見つめながらラアナが言った。


「さて。ここまで来たのじゃ、お礼も兼ねて我等の儀式をルファにも見せてやろう」


 ラアナの誘いに驚きながらも、ルファはほんの少しだけ考えてから首を振った。


「見ません」


「なぜじゃ? 春が目覚める儀式を見たくはないのか?知りたくはないのか、星の泉の秘密を」


「そりゃ、興味はありますけど。でも星の泉は人に知られてはならない場所だと言ったのはラアナでしょ。人が立ち入ってはならない場所はラアナたちがしっかり守らないと。そしてこれからも守ってほしいと私は思うの。それに見なくても春を感じることはできるから」


 風の匂いや優しい光を。


「妾はルファが気に入ったのじゃ。天界に連れて行きたいくらいにな」


「ダメだよ、ラアナ」


 恐い顔のラウルに怒られ、ラアナはフンっと膨れっ面になった。


「ルファが行きたいと一言でも言えば連れて行けるのにぃ」


「……私、行きません。ごめんなさい、星霊主さま。私、アルザークさんを待っていたいから。……約束したんです、待っていると」


「そうか。なら仕方ないの。では戻るとしようか、星の泉へ」


「ありがとうラアナ。ラウルも」


「なんじゃ、妾たちは礼を言われることなど何もしてないぞ」


「いいえ。ラアナの唄声が届かなかったらここまで辿り着けなかった。二人に逢えなかったら彷徨いの森や眠り夜空について何も解らなかったもの」


「声を届けられたのはおまえが紡いでくれた光の腕輪があったおかげじゃ。美しい思い出となった繋がりは消えることはない。またいつかどこかで逢えることもあろう。星の導きがあることを祈っているよ………。ではな、ルファ……」


 双子の星霊主は翼を広げ、風の獣と共に飛び立った。


 ふのふわの花を越え、二つの黄金の輝きがゆっくりと星の泉へ近付く。


 銀色の水面には光の柱が昇り、その輝きの中に星霊主たちと風の獣が入っていくのが見えた。


 そして星の泉の輝きはだんだんに薄れ、辺りはふのふわの灯りだけになった。


(星の泉が消えてしまうとかなり暗くなってしまうのね)


 ルファは地面に腰を下ろし、溜め息をついた。


 風の獣から地に降りたとき魔法力を止めた。それからどのくらい時間か経っているのかわからない。

 もう一度、魔法力で居場所を知らせなければと力を使うのだが、慣れない力を使い過ぎたせいか、なんだかとても疲れてしまって小さな光しか紡げない。


 星色花の一輪より小さい。


「アルザークさん、気付いてくれるかな……」


 手の中の、消えそうな星灯りを見つめながらルファは思った。


 儚く消えてしまいそうな輝きを見ていると、なんだかたまらなくせつなくなる。


 ルファが膝を抱えたそのとき、


「───こっちだアル! ……ルファがいる!───ルファッ」


「ルファ‼」



 自分を呼ぶ声が聞こえた。


 ココアとアルザークの声が。


 立ち上がり振り向くと、馬から降りてこちらに向かって来るアルザークの姿があった。


 肩にココアを乗せている。


 その姿がなんだかとても───とっても嬉しくて。


「ルファ──っ! ……泣いてるの? 怖かったの? どこか痛むの⁉」


 アルザークの肩からルファの胸に飛び込んできたココアが心配そうに尋ねた。


「……違うの、大丈夫だよ。あのね、嬉しいのと悲しいのがごちゃ混ぜになってるだけ」


「大丈夫か? 本当に怪我はないな?」


 ココアを抱きしめるルファにアルザークが声をかけた。


 ルファはアルザークを見上げて頷いた。そして自分が何を見て、何があったのかを語った。



 ♢♢♢



「イシュノワさんとセシリオさん、二人を救うことができませんでした」


 語り終え、涙を拭うルファにアルザークは言った。


「自分を責めるな。おまえのせいじゃない。誰かを救うことがおまえの任務ではなかったはずだ」


「そうですけど……。それからごめんなさい、アルザークさん。極秘任務のこと言えなくて」


「もういいから、謝るな。風の獣を助けることができたじゃないか。よく頑張ったな」


 アルザークの言葉はまるで温かな光のようにルファの心を灯した。


「空を見上げてみろ、おまえが読み解いた星空がある」


 ルファはまだじっくりと眺めていなかった夜空を見上げた。


「これがルキオンの星空なんですね」


 ───やっと見れた。待ち望んでいた夜空を。


「眠り夜空が晴れたのはおまえが頑張ったからだ」


 アルザークはルファの頭に手を乗せ、優しくぽふぽふしながら言った。


「だからもう泣くな」



(おまえが泣くと……。魔法力の痛みより泣かれる方がなぜかとても胸が痛む───)


 そんな思いをアルザークは心の中だけで呟いた。


 そのまましばらく夜空を見ていたルファが「あっ」と声をあげた。


「あの星〈気まぐれ星〉かしら?」


「え?」


「あの金色に連なっている星。季節の変わり目に現れたり消えたりする星があるんです。季節毎に現れる位置が違って、気まぐれで。でも必ず二つ仲良く寄り添っている星です。だから正式名は『金色双子星』と言って………」


 ルファとアルザークは顔を見合わせた。


 夜空から悪戯めいた星霊主たちの笑い声が聞こえたような気がした。








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