心惑い〈1〉
数分後、戻ったレフがテーブルの上に地図を広げて言った。
「その星見師の屋敷ってどの辺り?」
アルザークが地図に目をやり「この辺りだ」と言って指をさした。
「探りを入れてみるよ」
「気をつけろよ。そういえば使用人のあいつ、名前は確かセシリオと言ったな」
「へえ、使用人? 愛称ならセスか。益々怪しいな」
「セシリオさんも疑うのですか?」
ルファの質問にレフは頷いた。
「うん、とりあえず今は深追いせずに浅い探りだけにしておくよ。アルとルファちゃんこそ慎重にな。んじゃ、そろそろ君たちの宿へ向かうとしようか」
レフが立ち上がったのでルファとアルザークもそれに続き、三人は宿屋を後にした。
宿館への道中、ルファはレフにイシュノワが月星の観測を怠っているかもしれないことを伝えた。
天文院の意見を聞くために書簡を送ったこと、ルキオンの月と呼ぶ『標の星』の存在や『忌星』が視えたこと。
そして幻の花探しに出かけることも打ち明けた。
喋りすぎかなとも思い、時折アルザークの顔を伺ったが、彼は何も言わなかった。
「へぇ、ふのふわの花かぁ。みつかるといいね。ルファちゃんの髪色と同じ花ならきっと綺麗だろうな。ルファちゃんの髪は星屑のように美しいから。な、アル」
「───あぁ」
アルザークの小さな返事に、ルファの心臓が一瞬跳ねた。
続けてドキドキと鼓動が早くなる。
「ぁ、ありがとうございます。そんなふうに言われると嬉しいです」
恥ずかしいけど嬉しい。
ルファは頬が熱くなるのを感じた。
困ったことに。
宿館に着くまでその熱はなかなか冷めてくれなかった。
♢♢♢
「んじゃ、俺は荷物を置いたらちょいと偵察に出かけてくるから」
宿館に着き、部屋の手配を終えたレフがルファとアルザークに言った。
「今からですか? もう夕刻なのに」
「大丈夫。じゃあな~」
手を振って部屋へ向かうレフの後ろ姿を、ルファとアルザークは見送った。
「レフさん、本当に一人で大丈夫なんでしょうか」
「平気だろ。あいつは一人じゃない」
「え?」
「レフは視えるだけじゃなくて使う力も少しあるからな」
「使う、というのは?」
「レフの傍にはいつもあいつの影となり働く奴等がいる。滅多に姿は現さないし、俺もあいつとは長い付き合いだが未だにそいつらを視たことはない。ただ声だけは昔聴いたことがあったが。どうやら人間じゃないらしい」
「人間じゃない⁉」
「妖種、という類だ。精霊に近いとか聞くが。ほら、おまえの焦げネコも似たようなものだろ。レフはそいつらを使役している。そういう稀な能力者だったから、あいつはこの国で生きることを許されたんだ」
許された、とはどういう意味なのか。
気にはなるが訊くに聞けず。
「部屋へ戻るぞ。明日のこともある、早く休めよ」
結局、部屋へと向かうアルザークをルファは無言で見送った。
部屋へ戻ったルファは、ココアに午後の出来事を話した。
「すごい収穫じゃん。それにしても「取り引き」とはねぇ、アルの奴おもいきった事するなァ。でも天文院にはまだ内緒って、バレたら大目玉だよ。それに妖魔が動いてるとなると心配だな。天文院へはやっぱり報せておいた方がいいかもよ」
「そうだよね。……うん、報告しておくべきよね」
「書簡の返事が来てからでもいいけどさ。ふのふわの花探しはあたいも行くからね!にしてもアルの奴、よく許したね森へ入ること。あんたが狙われるかもしんないのに」
「え……あぁ、うん。行きたいところがあるなら言えばいいって言われた」
「ふぅん。良かったじゃないの、反対されなくて。あー、あたいお腹すいた!」
「そうだね。食堂へお夕飯食べに行こうか」
「アルとあの軽薄兄さんも一緒? あの人あたい、苦手だな」
「軽薄って。レフさんのこと? 」
「そう。なんか只者じゃないって感じがする。あの人が一緒ならあたいは行かない」
「レフさんはでかけたし、アルザークさんとご飯の約束はしてないよ」
「えっ。も~! なんでしないのよ。アルを誘えばよかったのにぃ。鈍臭いわね」
「だって………」
「今から誘いに行こうか」
ココアがニヤリと笑って言った。
「やめておく」
「なんでよ」
「だって断られそうな気がする。なぜ、とか言われたら困るもん」
「困る? あんたってばついこの前までアルザークさんをお茶に誘いたい、なんて言ってたくせに。誘う理由なんて、いろいろと話がしたいからでいいじゃん」
(───でも。なんだか言いにくい)
ルファは首を振った。
「やっぱりご飯より先にお風呂にしよう。ココア」
「えーっ」
荷物の整理をしているルファを眺めながら、ココアはフンっと息を吐き尻尾を揺らした。
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