取り引き〈2〉
レフは話を聞き終えると、しばらく難しい顔で考え込み、そして口を開いた。
「もしも風が魔に属した者に狩られたというのなら。魔術で操られていることになる」
レフは視線をアルザークに向けて訊いた。
「妖魔に関するアルの情報は?」
「シュカの情報が先だ」
「はいはい。俺の今回の任務は軍部で保管されてた麻薬の原料でもあるシュカの葉が盗まれたことの調査だったんだが」
「盗まれた? いつの話だ」
「四ヶ月くらい前。これ極秘なんだからな。内緒だぞ。で、調べてくうちに売人やら薬師やら、シュカの葉に関わった者たちがあちこちで消息不明になってたり、中には死体で見つかった奴もいてな。盗んだ奴らの情報や足跡追ってくうちに、たどり着いたのが〈魔導衆〉だったり、不吉な風に遭遇したりで」
「魔導衆?」
「あれ、ルファちゃん知らないの? 妖しげな魔術を使うって悪い噂のある組織でね。まだいろいろと調査中ではあるけど、妖魔と繋がってる可能性がある」
一切の光が届かない冥府の、暗黒界に潜むと伝えられる魔性の眷属『妖魔』などというものに、まだ行き会ったことなどないルファにしてみたら、風の獣と同じ神話上の生き物か何かのように思えた。
それにしても。
アルザークはなぜシュカの情報をレフから聞きたいのだろう。
「あの、アルザークさん。シュカの葉とこの取り引きって一体どんな関係があるんですか?」
「うわっ。アルおまえルファちゃんにまだなんも話してねぇのかよ」
「……今から話す。まずシュカに関してだが」
なぜか言いにくそうなアルザークの表情が、ルファはとても気になった。
「イシュノワの屋敷で、星見師からシュカの中毒者が放つ特殊な匂いを感じたことがある」
アルザークの青い瞳が、ルファに向いた。
「ルファ、おまえが迷子になって俺一人であの屋敷を訪ねたときのことだ。あの館はどうも怪しい。一度調べる必要があると思う。それから、」
アルザークはレフへ視線を向けて話を続けた。
「昨日、いや夕べだ。おまえを訪ねた後、宿へ帰る途中で妖魔とやりあった。待ち伏せされてたようだ」
「なんだって⁉ おまえそれ早く言えよっ、どこで!」
「街からは外れた場所だったが」
「どんな奴!」
「外見は成熟した女。でも声と喋りは少年のようだった。妖気が強く弱属ではないことは確かだ、仕留められず逃げられた。火球を放ってきたな」
「逃げられた⁉ おまえを狙う目的はなんだ?」
「いや……狙っていたのは俺じゃなくて」
アルザークの瞳がまたルファに向いた。───真っ直ぐに。
「ルファ、目当てはおまえだと俺は思う」
「私、ですか?」
思ってもみないことを突然告げられ、ルファは動揺した。
「な、なぜ……」
「奴は俺を試していただけのようで。俺をその場に足止めさせる時間稼ぎだったらどうするつもりだと言って挑発してきた。俺が四六時中傍にいなければならんのはおまえの……星読みの傍だからな。そこを突いてくるとなると、狙いは星読みということだろ」
「そんな……。でも襲われたなんて、どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか」
「おまえに話したところで、どうにかなる問題か?」
「そりゃ……そうですけど。でも……ぁの、なぜ私が狙われるんですか?」
キョトンとした顔を向けるルファにアルザークは強い口調で言った。
「わからないのか? この無自覚娘がっ」
(───な、なんでまた怒るの?)
自分はまた何かアルザークを怒らせるようなことを言ったのだろうか。
「おい、アル。イラつくのは判るがよ、そんな顔じゃ怖いの倍増だろが。ホント不器用だな、おまえって。……あのさ、ルファちゃん」
レフがふわりと微笑んだ。
「星読みはいろいろと特殊だから狙われやすいんだよ。そういう話、天文院でも聞いてるよね」
【月星の祝福】を得〈魔法力〉を授かった者。
大国エナシスにその数はたったの十三人。
稀なる存在。
額に星の印を戴き、星空を読み解す『魔法力』というその能力は〈光〉を操ることもできた。
ほかにも何か〈別の力〉はあるのだろうか。
ルファには想像もできなかったが。
『魔法力』の威力は脅威でもある。
そんな力を手中に収めることができたならと。そう望んでいる者や国が無いとは限らない。
特殊な能力を持つ〈星読み〉はそんな危うい存在なのだと。
それを知らないルファではなかった。
けれどそういった意味合いと向き合うことがなぜか嫌で。
まるで自分が、星読みが、ひどく異質な者であるように思えて。
特殊であり、異質。普通ではない者なのだと───。
「でもさ、ルファちゃん。こいつがついてるから大丈夫」
レフがとても優しい口調でアルザークを指差しながら言った。
「え……?」
思考回路が脱線しかけていて、ルファはおもわず訊き返した。
「泣く子も黙る蒼き死神だぜ、君の護り人は。星護りは天が定めた相手なんだろ。こいつは君をしっかり護ってくれる奴だから安心していいってこと。
───あ、あれ~。なんかすっっごく不安そうだね。俺が言ったんじゃダメかい? ………だよねぇ。こういうことはちゃんと本人から、しっっかりと言われなきゃ安心できないよねぇ」
返す言葉に迷いながら、ルファはアルザークのことがとても気になっていた。
アルザークは今、何を考えてるのだろう。
何を思ってるのだろうと。
(きっと、私のこと呆れているんだろうな)
頼りなくて面倒な奴だと思われているかもしれない。
そう思うだけで、なんだかチクリと胸の痛むルファだった。
「あ、そーだ!忘れてた」
レフがポンと手を叩いて席を立った。
「俺まだここの宿泊代、払ってなかった。あのさ、ちょっと行ってくるから。アルはルファちゃんを安心させとけよ!」
レフはアルザークにこう言い残し部屋を出て行った。
♢♢♢
気まずい沈黙が数秒流れた後、アルザークは立ち上がり窓辺に寄り、そして言った。
「俺はいつも言葉が足りないらしい。レフにもよく言われる。怖がらせたならすまない」
「ぁっ、いえ……。アルザークさんが謝ることは何も。私がいつも阿呆でのろまで鈍臭くて。勝手にふらふらしちゃうのがいけないので。
……忘れていたわけではないんです。 星読みが異能者だということを。自覚がたりないだけで。普段からもっと慎重にならないといけないのに」
いつも、どこにいても、狙われる可能性はある。
現に今、そんな状態のようで。
(アルザークさんはそういうことを察して、注意不足な私を叱るのだ)
「私、これからはもっと気をつけます。明日のふのふわの花探しも行かない方がいいですよね」
こう言ってはみたものの、ルファの胸はシクシクと痛んだ。
「べつに行くなとは言ってないだろ」
アルザークは視線をルファへ向けて言葉を続けた。
「行きたい場所があれば言えばいい。俺が連れて行くし一緒に行くから」
「それじゃあ、明日はサヨリおばさんと森へ行ってもいいんですか?」
「ああ、行ってもいいが、とりあえず俺の目の届く範囲にいてくれ」
「はい。……ありがとう、アルザークさん」
つい先程まで泣きそうな顔でいたルファが一変、ニコニコと嬉しそうに笑った。
その瞬間、きりきりとアルザークの胸が痛んだ。
それはルファが魔法力を使うことによって感じる、あの胸の痛みとは違う息苦しさで。
アルザークは静かに息を吐いた。
「私、すごく楽しみなんです! 星色の花が見られるといいなぁと思って」
(───まったく。そんなに嬉しそうな顔をするな………)
アルザークは再び窓辺に視線を移し、そしてまた深く息を吐くのだった。
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