心惑い〈2〉
♢♢♢♢♢
「アルの奴、いなかったね」
お風呂の後、夕食のために食堂へ行ったがアルザークの姿はなかった。
「きっともう食べ終えて今頃はお風呂かもよ」
言いながら、ルファはベッドの上に寝転がり大きく伸びをした。
「ふう。……いけない、お腹が満たされてこのまま寝ちゃいそう」
「寝たらいいじゃん」
「ダメよ。夜空図を視なくちゃ」
「明日から森へ花探しでしょ、昼寝もしてないんだから。ほどほどにして早く休みなよ」
「うん。そうだね」
ルファは起き上がり、ベッドから下りた。
「くれぐれも観測中に眠らないでよね! あいつまた怒って呆れるぞ」
「わ、わかってるってば」
以前、バルコニーで寝てしまったルファをアルザークがベッドまで運んでくれたらしい。
記憶は無くても考えただけで恥ずかしくて、そわそわしてしまう。
今日は特に。なぜこんなに気になるのだろう。
食堂でもアルザークの姿を探してしまった。
そして今も灯りの付いている隣りの部屋が気になる。
ルファは窓を開けバルコニーへ出た。
見上げる夜空は今夜も暗闇。
眠り夜空だ。
さすがにそろそろ満天の星空が恋しい。
暗闇に閉ざされた扉の向こう側には、瞬く星があるはずなのに。
なぜあの闇は天を塞いでいるのだろう。
いつになったら扉は開くのだろう。
(ハシゴでもあったらいいのに)
闇の扉を開くために登れる柱でもなんでも。
(……そういえば、あのとき)
ルファはふと、彷徨いの森で出逢ったラアナが天へ帰って行ったときのことを思い出した。
あのとき、星の泉から光の柱が伸びて。
まるで
あの光はなんだったのだろう。
(………光。月星の光)
魔法力で操ることのできる光。
魔法力で紡ぐことのできた月星の輝き。
もし、あのような光の柱を魔法力で作ることができたら。
いや、それ以前に魔法力を使うことで、夜空を覆うあの闇を祓うことは可能だろうか。
(私ったら!なんてこと考えてるんだろう)
「まだ起きてたのか」
突然かけられた声に、ルファはドキリとして飛び跳ねそうになった。
横を見ると隣の部屋のバルコニーにアルザークの姿があった。
「観測か」
「……はい」
アルザークの姿を目にしただけで、なんだかとても落ち着かない気持ちになり、ルファは視線を彷徨わせた。
♢♢♢
(……考えてみたら彼女はいつも、こんな感じだ)
アルザークは思った。
自分と話すときのルファは一瞬身を縮めるように見える。
自分の態度が彼女を萎縮させてしまっているのだろうか。
そんなふうに感じたから昼間、謝ったのだ。
ほんの少しでも警戒心というものが、彼女の中に生まれてくれたらいいと思ってはいたが。
彼女が〈怖い〉と思うものの中に自分が含まれることは、なぜかとても嫌だと感じるアルザークだった。
「何も見えないな」
月も星も。
アルザークの呟きに、ルファは黙って頷き視線を夜空へ向けた。
暗闇の中に見えるのは、傍に月星に似た色を持つ彼女だけ。
闇の中で、それは本当に星の輝きのように思えた。
ルファの髪が。
そこだけがぼんやりと淡く輝いていて、その色がとても美しいということにアルザークは気付いた。
いつも見ている月星にさえ美しいと感じることなど今までなかったのに。
(───こんな感情には慣れてない)
きっと暗闇の中だから。
無意識に光を求め、そう感じてしまっただけなのだ。
戸惑いながら、想いをむりやり手放すように。
アルザークは感情を心の奥底へ沈めた。
「観測時間は決まっているものなのか?」
「はい、今夜はもう少し」
「何も視えないのに?」
「今変化がなくても、真夜中に変わることもあるので。でもそういうときって、星読みには判るんです。なんとなく……予知力みたいなものなんですけど。きっとこれも魔法力の一部分なんだと思います」
「今夜はどうなんだ、感じるのか」
アルザークの問いにルファは残念そうに首を振った。
「だったらもう部屋へ入って寝ろ。風が冷たい。この前のようにうたた寝しても俺は知らんぞ」
「し、ませんよ、もう……」
ルファは膨れた顔で言った。
「それに、まだ寝るには早い時間だもの」
「子供には遅い時間だと思うが」
「そ! それって私のことですか⁉ 」
益々ふくれっ面になったその顔にアルザークは言った。
「ああ。子供みたいじゃないか、そういう顔」
「私、そんなに子供じゃありません」
(アルザークさんってばッ。なんだか今夜はとっても意地悪だ!)
「アルザークさんこそ部屋へ戻って休んでください。今日は朝早かったですし」
「おまえがちゃんと部屋へ戻るまで、俺はここを動けない」
星護りだから。
護衛だから。
仕事だから。
そう言ってるようにルファには聞こえた。
(それでも、私はもう少しあなたと話がしたいです───)
ルファは心の中で呟いた。
意地悪なことを言われても。
どうしてそう思うのだろう。
「……セシリオさんは本当に怪しい人なんでしょうか。アルザークさんもそう思うんですか?」
「ああ、そうだな」
「どういう理由があって、そんなふうに疑うことができるんですか」
「勘、だ」
それは彼がたくさんの戦いの中で培ってきた経験の勘なのだろうか。
そんな経験のないルファには全くわからないし、セシリオを疑惑の目で見ることがまだどうしてもできなかった。
「でもまだそうだと、妖魔と繋がりがあると決まったわけでは……」
彼はいつもこんなふうに最初から人を疑うことが平気なのだろうか。
彼が生きてきた日常はそれが普通だったのだろうか。───いつも。
だとしたら、なんだかとても悲しいとルファは思った。
「私、セシリオさんのこと、まだそんなふうに思えません」
「おめでたいな、おまえは。まずはなんでも疑ってかかれだ。そうすることで慎重になれる。初対面では特にな」
「それなら私のこともアルザークさんはいろいろと疑ってかかっていたんですか?」
「ああ、おれは月星が信じられないからな。星読みも星護りも、聖占も全てが胡散臭い」
今もまだそうなのかと。その答えは怖くて聞けなかった。
「だがまぁ、現実は受け入れるさ。この目で見たものや経験は忘れることもできないしな。あの風の獣や星の泉などは特にな」
目に見えるという理由で信じられることは多い。
それでも、見えなくても大切なものだってあるのではないかとルファは思うのだが。
今は上手く説明できそうにない。
「…………おやすみなさい」
ルファはぺこりと頭を下げた。
「…………おやすみ」
ルファが部屋へ入ってから少しして、隣りの部屋の窓の閉まる音が聞こえた。
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