標の星
♢♢♢♢♢
「ほう、これは美しいの。気に入ったぞ、ルファ」
ルファの作った腕輪を受け取り、ラアナは満足そうに微笑んだ。
「では約束じゃ、ルファはまず何を知りたい?」
「はい。では〈眠り
「ルファ。この泉の中の星をどう思う?」
「これは春の星図かと………」
「なぜそう思う?」
「彩星が視えました。赤と緑の。あれは春を代表する星です」
「正解じゃ。今の季節に一番近い夜空図じゃな。この泉はな、鏡のようなものでな。眠り夜空になってしまった天の代わりに地上に星空を映す。この場所は天と地の境い目。そしてこの森は境界の一部。今はちと歪んで厄介な状態になってるがな」
(境い目と歪み?)
「でも私、違うような気が……」
「違う? なぜそう思う」
「この泉の中の星図は確かに春の夜空ですけど、奇現象に繋がる星図とは思えないんです。普通の星図だなぁと思って」
一般的な、よくある夜空図だ。
「〈眠り夜空図〉とは無関係だと思うのか?」
頷くルファに、ラアナは小さく笑った。
「賢いね、ルファは。星図書をたくさん読んでる証拠だ。だったらルファは、一体どんな夜空図だと思う? 今、このルキオンの天にある星図は。この泉の中に広がる星図と何が違うと思う?」
「たぶん、何かが足りないのではと。この泉を覗いた限りでは、正しい計測ができているか、自信がありませんけど。この泉の中の夜空図は何がが欠けている」
ラアナの言った歪んでいるという言葉にも関係しているような。
けれどルファには「歪む」という意味が、いまひとつ判らない。
黙ってしまったルファを見ていたラアナが、なぜか嬉しそうに言った。
「星読みの『視る力』は、本当に純粋じゃの。天に瞬く星のように純粋過ぎて、地上に置いておくのが惜しいわ。───そうだよ、ルファ。おまえの言う通り星が二つ足りぬのよ。
「しるべのほし?」
初めて聞く呼び方だった。
「歪みのせいで隠れてしまったのか隠されたのか。見失ってな。幾度数えても足りぬし見つからぬ」
「ではその二つ足りないという『しるべの星』が眠り夜空や彷徨いの森に関係しているのですか?」
「妾はそれを見つけ出さなくてはならぬのじゃが。───はて、何か来るな」
肩の上のココアから伝わる緊張感。
ラアナの眼差しが険しくなり、暗闇の先を見据えた。
「まずいな。あれは風の
「風の獣⁉」
ルファは耳を疑った。
【風の獣】は天上の世界に存在し精霊獣に属する生き物と言われ、普段は神話などを記した書物の中でしかその名を目にすることはない。
(風の獣がここに⁉ まさか、本当にそんな生き物が?)
「どうやら食事に来たようじゃ」
「え、食事⁉」
「風の獣が好きなもの、ルファは知ってるかい?」
「子供の頃読んだ絵本で、確か光が好きだと書いてあったような……」
「そう、風の獣は光が好きでな。太陽より
「たべ、る?」
(私が風の獣に? ───なぜ?)
風の獣が人を喰らう? ───まさか。
小さい頃によくルセルに読み聞かせてもらった絵本にはそんなこと書いてなかった。
【風の獣】は季節を運ぶ霊獣と言われている。
『季節風』とも呼ばれる彼等が、春夏秋冬を地上へ届けてくれると考えられていた。
「すぐに来る。早くそっちへ」
ラアナに追いやられ、ルファは背の高い木と草の生い茂る陰に身を寄せた。
その直後、凍るような冷たい風が吹き、暗い空の裂け目からゆっくりと、それは姿を現した。
(あれは魚⁉)
一匹の巨大魚の姿が少しずつ現れた。
春風を運ぶ風の獣。
大きな目玉は金色。
灰色の鱗を仄かに輝かせて。
はためく
ゆらゆらと揺れる度、不思議な音が微かに響く。
光の音、輝きの調べ。
霊獣はその季節ごとに自然の中に在る音を響かせ、風と一緒に放つという。
風の獣は空中にその身を浮かべ、ゆっくりと漂うように空を泳いだ。
けれどそれはルファが知っている色ではなかった。
絵本で読んだり、書物に描かれたり記されている内容と随分違った。
「美しくないな、アレは」
ラアナが囁いた。
「音も歪で
ルファの傍でラアナが苦い顔をした。
「本来、風の獣は姿も音も美しい。月星に似た輝きがある。なのにあれはどうじゃ」
暗い灰色の風の獣が鰭を動かすたび、冷たい風が吹く。
春の季節風であるこの獣は、草花が芽吹く頃の春の光そのものの眩さに包まれているはずなのに。
そしてこんなに冷たい風ではなく、もっと心地良く暖かな風を音色と共に運ぶはずなのに。
「狩られたって、どういう意味ですか?」
「あれは魔に属した者に狩られた風かもしれん。最近、魔術で操られているという風の獣の噂を聞いてる。まあ、この話は妾たちが暮らす世界での話だが」
「それって!やはりあなたは天界の…… ⁉」
言い寄るルファに、ラアナは人差し指を立てて、静かにと合図を送った。
「いいかい、ルファ。あれに気付かれたら危険だ。しばらくは何があっても声をあげたらダメだぞ。あれは普通の風じゃない。静かにしていた方がいい。この泉の光を少し喰らえばすぐに帰っていくだろ。じきに終わるさ」
怖いくらい真剣な眼差しで言うラアナに、ルファは頷くしかなかった。
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