エピローグ・05(完結)
【神々の連盟】による、加工。性質の変化、権能の封印。
そこに加えられた【大創造神による措置】と、【天岩戸の修復効果】は、彼女――【名無しの女神】を、誰もが、神々すらも想像だにしていなかった状態に仕立て上げた。
「とても不思議な気分なんです。右目と左目が別の景色を見ているみたい、っていうか。背中にもう一人の自分がくっついてくれていて、その人が、私の見れないほうを見てくれているから、全部がはっきり見えてくる、っていうか」
【葬世神として数多の異世界を葬り去った記録】。
【他の世界の模倣を専門とする不出来な創造神】。
それら二つの事実が、彼女の中で溶け合った結果、生まれたのだ。
【自らが過去に葬った世界を、完全に再現する創造神】が。
「私にとっては初めてじゃなくても、彼女にとってはもう既に、深く理解しているもので。その感触も、隅々までも、自分のものとして知り尽くし終えた記録で。だから、とても鮮明に、【どうすればそれが出来るのか】が――【それは、どうしてそれになったのか】も含めて、ただ、自然にわかるんです」
かつて。
彼女が最期を看取った異世界には、永い歴史を持つものがあり、独自の発展を遂げたものがあり、そこにしかないものがあった。
それらを創った神は今はまた別の世界を創造した為、再びそれと同じものを創るのはいかなる神の権能でも出来ないし、異世界和親条約は【創造神がまったく異なる世界を複数創る】のを禁じてもいる。
つまり。
彼女こそが唯一の――【異世界和親条約締結以前に失われた異世界】を、限定的ではあるが蘇らせられる神なのだ。
これは歴史上にも学術的にも重大な意味を持つ能力で、ともすれば人よりも、神からの需要のほうが高い。
現にそれを見込まれて、彼女は自分の来歴、広まればそれこそ評判が地に落ちるであろう【葬世神】だった事実を、再び【神々の連盟】と【異世界公安】によって隠された。
建前は、事件解決の功労を称える報酬として。
「【思い出している】とも、本当は、正確には違います。それを見る皆さんにとってはそうでも、私が、あれを――ハルタレヴァ様の世界を、再現した時。そこにあったのは、【ずっとそこに置かれていたものに、焦点を合わせて、手を伸ばす】みたいな感覚でした。だから、そう。何も本当には、滅んでも、葬られても、いなかった。私が、私は、それを覚えていたのだから」
その際に与えられた称号こそが、【再世神】。
【世界を蘇らせる神】。
【異世界和親条約】の根付いた【世暦】にて、ただ一柱、誰も真似出来ない世界を創り、何処にも換えのきかない価値を生み出せる――大人気必至の、新たなる創造神。
「世界は、滅びない。葬られるのは、消えてしまうのとは違う。ずっと、いつまでも、形が無くなっても、在り方を変えて、残っている。だから私は――自分が、そんなに特別なことをしているとも、やっぱり、今でも思えないし」
違うと思うと、静かに言う。
自分の権能は。
【葬られし遺世界】の再現は。
世暦で、異世界に人招かれる時代で。
【これが私の世界です】と、言ってのける――そういうことに使われるものではないと思う、と。
「【再現】は――【再世】は。ただ、弔いと、慰撫の為に。永劫、忘れ得ぬ為に。それが素晴らしいものだったと――数多の世界を葬ってきた私が、私という心を通して、伝える為に。その為にあるのではないか、と思うんです。だから、私はまた、私の世界を――一度、終わらせてしまいましたけれど。また、一から創っていこうと思います」
蛇口から流れる水を、田中は止めた。
彼女の、【葬世神】であった過去と、【創造神】になった現在を、同時に備える女神の、その瞳を、その奥を、じっと、覗く。
「御辛いですよ」
「そうでしょうか」
「それは、自分の罪も、浴びた嘆きも、償いようの無い悲惨も。何もかもを取り零さず、片時も忘れることを赦されず、抱えたまま生きていくということではないですか」
「そうなりますね」
「あんまりにも、重過ぎる」
「大丈夫ですよ、田中さん」
彼女は、
女神は、
遠く、
笑う。
「それが、きっと神様です。ずっとずっと、在り続けていて――人では出来ない遠くまで、心を繋ぐ、ものなんです」
――――それが。
自分の、尊いと思った祈りだと。
こうしたい、と感じた希望だと。
女神は、人間と、地続きの場所で、すぐ手が届くその距離で、語った。
「こういうのって、おかしいでしょうか」
「いいえ」
突然のことで。
とても大きな答えなのに、
どうしてだろう。
田中は、自分の中に、その時、浮かんだものを、
驚くほどすんなりと、滑らかに受け入れた。
ああ、と思った。
これだ、と思った。
そうだよな、と頷いた。
出逢いが道を拓く。
ほんの些細な変化によって、
歯車はまた、回り出す。
「女神様」
「はい」
「その夢に、僕も乗せて貰えませんか」
――――昔。
姿の見えない神様に尋ねた。
不幸と、涙と、苦しさと、悲しみの、理由について。
此処にはいなくても。
何処かにいるはずだと信じて。
それは結局、返っては来なかった。
けれど。
それで良かったのだ、と飲み込めた。
「あなたが、失われた夢を遺し、皆の為に過去を抱きしめていくのなら。僕は、あなたの未来を紡いでいきたい」
良かった。
誰かに答えを、決められなくて良かった。
誰かの答えが、与えられなくて良かった。
自分で。
この気持ちに辿り着くことが出来て、本当に良かった。
「あなたがこれから創り出す――あなたにしか創れない世界の、手伝いがしたい」
悲しみは忘れ得ず。
苦しみはこの胸に。
何もかもを置き捨てずに連れたまま、
何処へだって歩いていける。
足が軽い。
気持ちは弾む。
視界は遠く、
世界は広く、
何度見渡しても、
果てが無い。
「今度は、僕からお願いします」
うきうきする。
どきどきする。
わくわくする。
明日が来るのが、
未知を知るのが、
楽しくって、
堪らない。
「一緒に、世界を創りましょう。もう一度僕に、【神様を幸せにする夢】を、叶えさせてください」
どこまでもずっと、
【新しい一歩目】を、
踏み出し続けていこう。
そういう風に、生きていこう。
いつの日か、
【ここに生まれ変わりたい】と、
心から思える異世界に、
出会えることを期待して。
きっと。
そんな世界を創ってくれるに違いない、彼女の隣で。
「それが叶ったその時は――僕が、あなたに、【名前】を送ります。まだ何者でもない、これから皆に愛される、僕の、……大切な、相棒の、女神様」
表情が動く。
それは喜びで、
それは驚きで、
それは申し訳の無さで、
それは迷いであって、
くるくると、
くるくると、
くるくると、
回って、
回って、
歯を食い縛り、
最後は、
笑顔に、決定した。
「――――未熟で、我儘で、どこもかしこも至らない、不束者ですが。来年も、その来年も、その次も……末永くよろしくお願い致します、田中さんっ!」
「そりゃあまた。のぉんびりした話だねえ」
田中と女神、揃って飛び上がった。
いつからそこにいたのか。
眠っていたはずの天照が、キッチンの入口から、寝そべったままひょっこり顔を出していて。
「せっかくじゃあないか。いい席じゃあないか。目標が決まった、善は急げだ。そうなればもう、これを生かさない手は無いだろう」
「あ、え、え、っと……!?」
「第二部はそれにしよう。きっと、さぞかし盛り上がる」
なんたって、と彼女は笑う。
「【自分ならどんな世界を創りたいか】。神も、人も、区別無く――考えることがここまで楽しいテーマってのは、そうそう無いぜ。御二方」
まさしくその通りになった。
天照が買出しから帰ってきたオウルに天使に工藤にそれを話したところ、満場一致の大賛成。
【新しく創る女神の異世界】の話題は、第一部の与太を上回る、他に何をやる間も惜しい熱を見せた。
「はいはいはい! 自分はな、うまいものがいくらでも食える世界がいい!」
「私が生きたい世界はな、試練が多き世界だ。克服すべき困難は、想像を越えて己を鍛えてくれる」
「そうですねー。私が思うに、素晴らしい世界とはやはり、『寂しくない』世界かと。大切ですよ、どんな時も日々を彩ってくれる、接して楽しい相方の存在は」
「え、えっと、はい、はいはい、ちょっとくださいね、メモに取りますから……! あと出来れば皆さん、一人ずつ教えて頂けますかね……!?」
何でも出来る、世界を好きに創造出来る神様は、いっぺんに寄せられる意見に困って戸惑う様子を見つつ。
うはは、ともう一柱の神様は、『な?』と知たり顔で言う。
「大したこっちゃあないだろ。人間みたいなもんだ、神様だって」
「――――ええ、本当に」
水を飲む。
そうして、世界と世界を繋げる公務員は――自分の中の結論を、二十七年間の生涯に付き纏ってきた問題を。
満足げに。
このように、結論した。
「人だの神だの、堅っ苦しい。同じように鍋を囲んで、同じように笑えるんなら、全然特別なんかじゃあない。だったらそんなの――助け合うのが、当然だ」
冬の日。
雪の夜。
宴会は、これからまだまだ盛り上がる。
人間と神様が、顔突き合わせて騒ぎながら。
そう。
たとえ、生まれた世界が異なろうとも。立つ場所すらも、違おうと。
手を伸ばしたら、心が繋がる。
【ようこそ異世界転生課、完】
【But】
【Hearts To be Continued.】
市役所異世界転生課にようこそ! 新米駄女神創造神、転生志望が来なさすぎて公務員田中さんに泣きつく 殻半ひよこ @Racca
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