エピローグ・04



 好きに食い、好きに騒ぎ、好きに語り、好きに飲む。

 何の役にも立たない与太話に馬鹿で阿呆な花が咲き、テレビゲームを始めてみれば一人のプレイを応援しつつ失敗するとコントローラーを回して闘う応援者兼挑戦者たち、手慰みにマンガを読み始める者もおり、気付けば自分の順番は一旦飛ばして欲しいと願うぐらいにのめりこむ。


 そんな、ただ楽しいだけの時間の全てで合間合間に鍋をつつく。

 しっかりとダシを取った湯で火を通された諸々の具を、卓上に用意された好きなタレを各々が選んで食う、お手軽と自由の極み――田中が大学生の一人暮らし時分に所属していたサークルの連中にせっつかれて開発した、名付けて【異世界鍋】。


 懐かしき完成からもう十年程経つが、今日のこの場でも、あの愛すべき変人たちが押してくれた太鼓判は間違いではなかったと証明されている。


 スーパー【ムカユー】のビニール袋・大が二つ、ぱんぱんになるほど用意していた兵糧も六人がかり(うち神様を二人含む)の前では蝗害の前の麦畑が如し。


 手土産として客が持参した菓子やつまみに酒瓶もポポンッと空いて、事態を重く見た小隊指揮官は補給線の早急なる構築を提案。


 その素晴らしき采配に感動を覚えた兵士(未成年なので完全に素面のはずだが最もハイテンション)は『ここで私が動かずどうしますか。たった一言命令をください、マイ・タイクーン』と全力での任務達成をこれに誓い、『口で言うよりついていったほうがわかりやすいですね』と案内役たる特使を伴い、あと『自分新作のお菓子をチェックしたい』と状況の把握に意欲を燃やすエージェントが同行を名乗り出た。


 かくして結成された【田中家宴会第一補給部隊】は、渡された予算一万円を手にし、雪降る守月草の夜へ雄々しく勇ましく旅立っていったのだった。


 なお太陽神はこたつで寝ていた。

 多分その内のっそり起きて『もう雑炊やっちゃったー?』とか言い始める。


「――――さて、と」


 一段落で伸びをする。

 今のうちに、空いた皿やらゴミなどを片付けておく。ここまではまだ第一波に過ぎず、夜はまだまだ長い。帰還した部隊が持ち帰る補給に備えなければ。


 今日は金曜で、明日は休み。

 真っ当に考えれば、まあ、朝日が出るまで続くだろう。


「田中さん」


 ペットボトルや空き缶を、女神が持ってきてくれた。

 中を漱ぎ、ラベルを取り、潰してから、きちんと分別して捨てる。

 その手並の見事さと来たら。


「素晴らしい。すっかり地球に、日本に馴染みましたね、女神様」

「そ、そうですか!? 田中さんにそう言っていただけると、じ、自信が持てちゃいますね!? え、えへ、うぇへへへへへ……!」


 普段より三割増しのだらしなさで、ぐにゃぐにゃと笑う。創造神も、ビールとかで酔うらしい。


「僕は軽く洗い物をしますので、女神様は休んでいてください。リビングのものも、色々とご自由に見てもらっても大丈夫ですから」

「うぅっ、そ、それは何とも魅力的なお誘いですけれども、けど、田中さんだけ働かせてというわけには、」

「お願いしますよ」


 スポンジを泡立てつつ、田中が笑う。


「格好つけたいんです。だって、今日は僕が、自分の世界にお客を迎えている、もてなす側なんですからね」

「っ、」

「ちょっと、遅くなりましたけれど。約束が守れて、本当に嬉しいんだ」


 それは、夏に。

 あの、松衣旅行の夜に交わしていた話。


『では。今度、田中さんの家にお邪魔になって、密着取材をさせて頂いても構いませんでしょうか』

『わかりました! 秋頃を目安に出来る限り予定を調整いたしましょう!』

 

「……あ、」

「いやあ、負けてしまいましたねえ、女神様の熱意には! 僕も今回、お世話になった方々を招きささやかなお礼をしたいと思っていたので、丁度良くはあったのですけれど!」

「う、うう、そ、その、その、ですね、田中さん!? あの時のことは、私も、ぅあ、い、みょ、妙な勢いがついてしまっていたといいますか、旅先ではしゃいでしまっていたのもありまして、」

「はい」

「――――は、はしたなくて、むりやりで、すいません、でした」


 何しろ布団にまでもぐりこんで来ての直訴である。

 時間が経ち、冷静になった今、彼女とて思うところがあるらしい。はわわあわわと頬を押さえて、酔いのせいだけでない赤みをそこに増させる。


 その様子がおかしくて。

 まるで、――――秋より前と、変わらなくて。


「た、」


 普段は。

 意識しないようにしていることが、改めて浮き上がった。


「田中、さん?」

「――ああ、すいません」


 泡だらけの手を洗い、目端を拭う。


「目出度くて、楽しい席で。こんな、似合わないものを」


 変わっていること。

 それでも、変わらないでいよう、と決めていること。


 同じでは、なくなっていても。

 同じであろう、とする努力。


「こんなことは、もしかしたら。もう二度と無いだろう、と――そんなふうに、考えていたので」


 ――あの、決して表沙汰にはならない【事件】の、後。

 ハルタレヴァが異世界公安に引き渡される直前、関係者全員の同意の上で、天使は正式にその【管理権】を――【従う神】を、女神へと移された。名実共に、天使にとっての【我が主】は、本当に女神となった。


 だから天使は、ハルタレヴァと運命を共にすることなく、今も女神の部下として従っている。

 その罪の一切を、赦されて。


「彼女が、今日。ああいうふうに笑えたのは――普段通り、のようにいられたのは。あなたが天使さんの傍にいてくれて、その喪失を癒したからでしょう、女神様」

「えへへ。そんなこと、ありません。天使は元から強くて、立派で、しっかりとした子だったんですよ。三百年前、出逢った時からそうでした。私はそのお手伝いを、恩返しをちょっとしただけ。大したことなんて、別に、何も」


 ――――自らが、一度裏切った相手が、再び。

 変わることなく信じて、その手を取り、庇ってくれたことを。


 女神は、そんなふうに、【誰にでも出来る当然】のように言うのだ。

 当たり前のことだと、笑うのだ。


「でも、そうですね。天使は、これからはもう、私だけの天使じゃありません。ハルタレヴァ様から託された、大事な大事な預かりものなのですから――私も、あの方に負けないぐらいに立派な神様になって、あの方の分まで、しっかり幸せににしてあげないと!」

「……ええ、そうですね」


 ――そして。

 それが、何より、大きな変化。


「今の貴女なら。もう、それは十分に容易いことでしょう。僕の力なんか無くっても。――【再世神さいせいしん】様」 

「……それ。相変わらず、しっくり来ないんですよねえ」


 彼女は見慣れた困り顔、謙遜ではない本当の実感の無さで、面映そうに苦笑した。


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