四章(急)・28
敵が、笑った。
だがそれを、もう、ハルタレヴァは意にも介さない。
相手がどのような思惑を抱いていようと、それら全てを噛み砕いて飲み下すだけだと、熱に浮かされた意識が決めた。
アンゴルモアへの事前指定攻撃命令、専念を余儀なくさせる吶喊の連続、導き出される経路、動線の把握、位置予測。
待機して、被せた。
成立する、完全なる挟撃。
前からはアンゴルモアが。
後ろからハルタレヴァが。
どう逃げようと対応出来る。どちらかの回避に集中すれば、もう片方が隙を刺す。
前面、その心臓へと【葬世の杖】が迫り。
背後から、繰り出した蹴りが頭蓋を狙う。
【崩壊】を避ければ首が飛び、蹴りを避ければ心臓を失い、そしてどちらも避けようと、一手後二手後三手後には確実に手詰まりが待つ、追い込みの戸口。そのような位置に、間合いに、状態に、ハルタレヴァは田中を追い込んだ。
「さようなら」
告げられた声を、
引かれた図面を、
突き破る。
ハルタレヴァの一刺しが放たれるその瞬間、
一瞬先、
もうどうあっても体勢を変えられない状況、わずか寸毫先んじて、
田中のカウンターが、決まった。
足を滑らせ、軸をずらしながらの、背後への回し蹴り。
これまで一切反撃を繰り出さなかったことから、まるで予期もしようのない、初見の動作。
ハルタレヴァが、ぶっ飛ぶ。
皮一枚の真横で発生した修復の影響をかろうじて避けつつ、側頭部を捉えた爪先。前後から挟まれ追い込まれ、避けても受けても詰まされるという状況を打開する起死回生。
それは、二神との戦闘が始まって以来、【他に選択肢が無い】状況になって彼がようやく繰り出した一撃目であり、こうする以外に無かったとはいえ、
「うふ」
見え見えの罠に、嵌められた。
「あーあ。やっちゃったわね、たなちゃん」
彼女は。
ハルタレヴァは、笑う。
愉快に笑う。
歓喜に笑う。
「人間が、神様に、手を上げちゃった」
思い通りに言ったことが、嬉しくて、嬉しくて。
仲間が助けてくれたことが、どうしようもなく暖かくて、笑う。
「ありがとう、ヤガタ・マルナ。あなたはいつだって、誰でも受け止めてしまう包容力のある、こういう気が利く子だったわ。そして、しあわせになるべきだった子」
ごほ、と。
吹っ飛ばされた衝撃で突き刺さった――自らを串刺しにする、血塗れの墓標を、愛しげに撫でた。
「これにて、成立」
そう、呟いた時だった。
その音声が、どこからともなく、響き渡った。
【緊急事態発生。緊急事態発生。“異世界人間による創造神への一方的危害”が確認されました。異世界和親条約第一条第八項に基づき、これより創造神ハルタレヴァに科された一切の制限、罰則、自粛事項を、緊急避難・正当防衛・自己保存の用途に限り、一時解除致します。また、異世界転生課職員は速やかに、この事態を最寄の異世界公安部までご連絡下さい】
「っは、あははははははははははははははははははははははははッッッッ!!!!」
変わる。
変わる。
【世界】が、変わる。
第四層。
【神葬の空】。
大創造神ハルタレヴァの、中心であり、弱点。
「【
色が変わる。
層が変わる。
影響される、項目が切り替わる。
串刺しにされていたその身体が、地面へと落ちる。
地平の果てまで澄み渡る青天と、
地平を越えても終わらない墓標、
それらが、
そこから、
移される。
別の位相へ――決して被害及ばぬ場所へと。
取り戻された、大創造神の権能で。
「――――やあ。お待たせしてしまったわね、たなちゃん」
漆黒と交じり合う、赤銅に燃える空。
尊きものの一切が、取り除かれた地。
血溜まりから、創造神が起き上がる。
その瞳に狂気を湛えて。
口から愉悦を溢れさせ。
「身の程を思い知る、心の準備はよろしいかしら」
まあ。
よくなかろうと、始めるのだけれど。
「味わったことがある? 五体が、別の場所にあるのを。感覚だけはそのままに、何もかも一切が動かせない絶望の心境を」
徹底的に教えてあげる。
頭から、爪先までも愛してあげる。
「さぞかし窮屈だったでしょう。あなたを、今から――細胞のひとつひとつまで、別の位相に分断してあげるわ」
生きながら死ね。
死んでいるのに生き続けろ。
己が死んでいるという状態を、生あるかのように俯瞰せよ。
二度と戻れぬ、
楽土を惜しめ。
「創造神に背きし愚か。嘆いて滅べ、屑人間」
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