四章(序)・17



「――――――――――――あらぁ」


 白々しい声が、控え室に響いた。

 大盛況、などという言葉では言い尽くせない興奮の内に幕を閉じた、神迎神楽祭、大創造神ハルタレヴァ、サプライズ・ライブ。


 群がる人々や、神々までもをさらりとやり過ごし戻ってきた、準備の為の空間に、

 客がいた。

 それをハルタレヴァは、実に嬉しそうな、楽しそうな、嗜虐的な眼差しで観察した。


「うふ。うふふふふ。嬉しいわ。初めてね。わたしが呼んでもいないのに、労いの言葉を掛けに来てくれるなんて。あなただけは何があっても通しておけと、言っておいた甲斐があったわ――――たーなーちゃん?」


 パイプ椅子から立ち上がる。

 先程、世界中からの愛を一身に受け止めていた細く小さく愛らしい大創造神を――

 ――田中は、憎悪と嫌悪の眼差しで以て、斬り付けていた。


「どういうことだ」

「え?」

「何をした。彼女に」


 ああ、と手を打つ。

 ふふ、と笑う。


「言ったじゃないの、たなちゃん。この子は、、と」

「ッ、」

「おかしいの。それを、どうして私に尋ねるのかしら。聞くならば、」


 背後。

 斜め後ろを、流し見る。


「直接聞けばいいでしょうに」


 それが。

 それがどれほど無意味であるのか、知っていながらハルタレヴァは言う。


「応えさせてあげるわよ。私はだって、やさしいやさしいかみさまだもの。――――ねえ、アモル? あなた、私に何をされた?」


「[はい。私は、ハルタレヴァ様に、やるべきことと、やりかたを、教えて頂きました。とても、とても、感謝しています]」


 ――――【名を付ける】。

 ――――【名を呼ぶ】。

 人が、人や、物に、現象に、そうするのとは、訳が違う。次元が違う。世界が違う。


【創造神が、名も無き物に名を与える】。

 それは、間接的な、二次的な、創造に他ならない。

 方向性の、役割の、能力の、存在の――掌握・支配を、意味している。


【名前】。

【存在の中心核】。

 それが持つ意味とは、力とは、それほどに、大きい。


 つまり、今、ここにいるのは、

 田中の知る、彼が教え、共に学んできた、女神ではない。

 もう、そんなものは、何処にも居ない。


 姿かたちが、いくら、どれほど、同じだろうと。

 創造神アモルは、大創造神ハルタレヴァの、意のままに操られる道具でしかない。

 それに勘付くことが出来るのは、彼女が元々【名無しの女神】であったことを知る、一部の者だけだった。


「勘違いをしているわ、たなちゃん」


 田中が食い縛った歯に、感情を読み取ったハルタレヴァが、囁く。


「私は何も強制なんてしていない。これは、互いに合意の上で成り立った、極めて円満なギブアンドテイクの関係よ」

「そんな、自分の意思を失くした状態が、女神様の希望だって!?」


 知らず、声を荒げる。

 感情を真正面から浴びながら、ハルタレヴァは笑った。


「ああ、なんて痛快なのかしら! ――――それを望ませた本人が、よくもそんなことを言えたものね!」


 心が、

 止まった。


「――――何?」

「教えてあげる! 教えてあげる教えてあげる、その理由を教えてあげる! あのね、たなちゃん! 私が言ったの! 私が彼女に、たっぷり、しっかり、アドバイスをして差し上げたのよ!!!!」


 頭の中で、

 歯車が軋む。

 繋がってはいけない理解が繋がる、回ってはいけない思考が回る。


「ハルタレヴァ、」

「あなたが! 世界中の神様と異世界の存在を憎悪する、【世歴】という社会構造の被害者であったことを、あの哀れで愚かな、自分がどれだけ残酷なことを夢見ているのかも知らない創造神に――――あの日、ぜぇぇぇぇえぇえええんぶブチまけてあげちゃったっ! きゃっははははははははははははははっ!!!!」


 その拳は、自らの意志と無関係に、切り離されたように振り上げられた。

 それは、彼にとって始めての、物理的な神々に向けた暴力で、反逆で、溜め込んできた鬱積そのもの。

 そんな、衝動の解放は、


「――――――――な、」


 彼の、よく知る相手に止められた。

 一日前に、

 出雲国へ向かう車中、

 再会までの話を交わして、

 笑い合っていた、


「天使、さん、」


 触れられさえしなかった。

 違う。

 格が違う。

 核から違う。

 次元が違う、構造が違う、身を構成する原理が違う。

 圧倒的に、

 上過ぎる。


「――――がっ!!!!?」


 自分が、一体どんな方法で壁まで飛ばされたかもわからない。

 強かに頭を打ちつけ、遠くで振り上げられた拳が、その攻撃の動作が、距離も道理も超えて腹を打つ。


 込み上げる。

 ぶちまける。


「よしよし、よくやってくれたわね。怖かったわ、ありがとう――――私のいとしいいとしい天使」


 無表情の天使へ、ハルタレヴァがまるでペットにでもするように頬ずりをした。


「ねえ、たなちゃん。思えばあなたとも、奇妙な付き合いよね。ほんの十二年――瞬きをするより短い時間だったけれど、どうやっても私を愛そうとしないあなたの生意気さには、それなりに楽しませて貰ったわ。だから、ごほうび。教えてあげる。一体、何が、どうなって、どういうことなのか。私が、彼女を――――アンゴルモアのことを、どう思っていたのか。……え? 何故かって? どうしてそんなことをするのかって? 決まっているじゃない! だってそれを教えたら、きっとあなたは、悲しむでしょう?」


 荒く息を吐く田中の顎を、ハルタレヴァは汚れることも構わずに掴み、そして、無理矢理にあげる。

 笑みがある。

 そこには、晴れやかな、満面の、この上ない程おぞましい、醜悪な歓喜がある。



「私ね! 他所の世界の人間を苦しめるのが、大っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ好きなの!!!!!!!!」

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