四章(序)・16



 事前に発表された内容は、殆ど無かった。

 あの大創造神ハルタレヴァが、十二年振りの参加となる神迎神楽祭で、一体何をするのか。何を見せてくれるのか。

 期待は秘密を糧に膨れ上がり、によって渇望は滾る。


 詰め掛けた群衆の熱意は留まるところを知らず、気化寸前のあぶくをそこかしこで弾けさせ、

 ボルテージが最高に高まる、仕掛けを打った側が目論んだドンピシャのタイミングで。

 大創造神は、餌を求める観客の前に、その姿を現した。


 ――――傍らに。

 とびっきりの新要素サプライズを引き連れて。


「みんなーーーー、おっ待たせーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 全国、異世界、同時中継。

 特別に許された、国を、世界を、跨いで移す報道のカメラ。ありとあらゆる世界が、その世界の技術を、神々の粋な計らいを動員して、今、新時代の始まりを目撃する。


「岩戸の奥の天照さんも、見ってるーーーーーーーーっ!?」


 三百六十度隙間無く、跳ね弾み振り撒かれる愛嬌。

 囲んでいるのは観客だが、心理的には反対だ。ハルタレヴァこそが、ここにいる全員の心臓を掴んでいる。


「ハルタレヴァちゃん、十二年振りに来ました神迎神楽祭カムカグッ! なっつかしいねー、盛り上がってるねー、最っ高に楽しーねーーーーーーーーっ!!!!」


 天候操作の神が協賛にいるが故、何の心配も無い、開放感溢れる野外ステージ。

 夕映えの会場から発された歓声、返事が怒涛のように、雲州出雲国の山々を端から端まで揺さぶりかねない勢いで響き渡る。


「これからみんなと一緒に、夢みたいな時間を楽しむわけだけどっ! その前にひとつ、わたしからお知らせしたいことがありまーーーーっす!!!!」


 そう。

 誰もが、その説明を待っていた。

 極上の演出と共に中空から、時空を越えて現れた大創造神ハルタレヴァ。

 

 彼女はしかし、でなく。

 その後に、続いて。

 降り立つ姿が、あったからだ。


「ご存知の通り、これまでわたしは、もうずっと、二百九十九年間! ソロでやってきましたけれど! ――――来年、世暦三百周年から! ユニットでの活動を始めますっ!!!!」


 この事実。

 目の前の光景を、歴史的大事件と呼ばずして何と呼ぶ。


 これまで一度たりとも【別の不純】を招かなかった、栄光と喝采の、神聖なる大創造神のステージに、今。

 二柱の神が、並び立っている。


 眩暈を起こしよろめく者、次々と連絡を取り始める者、がむしゃらに叫びをあげる者――十人十色の混乱と衝撃が、瞬く内に波及していく。

 

「彼女が、わたしのパートナーっ! わたしと同じ――――創造神の、アモルちゃんっ! 実は実は……うふふふふっ! 世暦が始まる前から、ずっとずっとステキだなって眼を着けてた、輝きの原石なのですっ!!!!」


 魅力など、もう既に明らかだ。

 ハルタレヴァとは対象的な、上背の有る、豊穣の身体からだ。一目で胸を締め付けられるような、麗しさ美しさ。

 要点は無論、そんなところには無い。


「教えたよー、仕込んだよー、どこに出しても恥ずかしくないぐらい、ぴっかぴかに磨いたよっ! そしたら驚いたのなんのって! ――――アモルちゃんってば! わたしが想像してたより、ずっとずっとそれ以上に! 期待の予想を飛び越えて、ハンパない逸材だったんだもんなーーーーっ!!!!」


 あの、自らの創造神活動に一切の半端も妥協も許さないハルタレヴァが、同じ場所に、共に立つ事を許している。認めている――――望んでいる。


 その事実こそ、百万の言葉に勝る信頼の根拠だ。

 だからこそ、抑え切れたものではない。


「本格的な活動は、年明け最初の新世紀ライブからッ! 今日はその、とびっきりのプレビュー! これを見てくれてるみんな――――遠くて近い異世界の、果ての果ての果てまでにっ! 年越しの楽しみをっ、お届けするぜぇぇぇぇぇぇぇえええぇえええいっ!!!!」


 今。

 これから。

 世界の何処にも無かった、誰も見たことの無い、素晴らしいものが始まる。

 伝説が、今日、生まれる。

 

「さぁさいざいざ酔いしれよっ! 新たな時代の到来を、告げるこれこそ鐘声だっ! ――アモルちゃんっ!」

「【感謝歓迎新世界】。――皆様に、幸、ありますように」


 涼やかなる、心に染む、美しき声を聞く。

 そして、全世界が確信する。


 来年、世暦、三百年年。

 大創造神ハルタレヴァ――そして、彼女のパートナー、創造神アモルは。

 彼女らにより相応しい、新たな尊名で以て、讃えられることになるだろうと。



                     ■■■■■



 去り止まぬ熱狂が祭りを包む。

 感動は世界の垣根を越えて、どこまでもどこまでも広がっていった。

 求められ、欲され。

 愛されて、呼ばれる。

 そんな自分。

 そんな環境。

 彼女は今、いつか望んだ場所にいた。

 名無しの女神は、確かに。

 自分の夢を、叶えていた。

 

 それを彼は、遠巻きに眺めている。

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