四章(序)・09
失望されるだろう。
落胆されるだろう。
泣かせたくない、と思うのは、高望みにも程がある。
考えようによっては、そのほうがいいのかもしれない。ここで今、徹底的に、嫌われて、憎まれて、すっぱりと未練なく縁切りするぐらいのほうが、彼女の今後を汚さない。
覚悟を済ませて店に入った。
初っ端から飛び込んできた。
「田中さん田中さん田中さん田中さんっ!」
狭い店内に響く大声。
驚いたのは自分とそれから大将と給仕の少女で、すいませんすいませんと頭を下げて席に戻る。
「聞いてください田中さん! いいお知らせがあるんですっ!」
興奮冷めやらぬ、という様子。はしゃいだ犬を越えている。
「そのっ、私っ、ハルタレヴァ様っ! ハルタレヴァ様が私で、これからいっしょですッ!」
限界を振り切ったテンションをそれでもどうにかどうどう宥めて、滅裂な報告を整理する。
曰く、
「ええ、たなちゃん。あなたがあんまりに遅いものだから。ついつい私たち、話が弾んでしまったの」
田中が席を外してから。
女神とハルタレヴァは会話するうちに意気投合し、ハルタレヴァは女神の熱意に感じ入り、
「気に入ったわ、この子のこと。たなちゃんさえ良ければ、ウチの世界で預かって、色々と仕込んであげたいのだけれど、構わなくて?」
女神の胸に抱かれ、顎を撫でられながら、田中に言うハルタレヴァ。
「それは、」
「いけませんか、田中さん……?」
いいも悪いも、渡りに船とはこのことだ。
どうやら、人だけでなく、神様の運命も違う神様が良く見ている。
自分の側からはもうどうにも面倒を見られなくなった途端、新たな師が現れてくれた。それも、実績は文句無く十分どころか畏れ多い大先輩で、突然の移籍の誘いには女神も大変乗り気だ。
田中と関わりがあった創造神を招きたい世界など無いし、そんなことをしようとすれば、その世界の他の神も、ともすれば別の世界の神も『それは神の振る舞いとしてどうか』と難色を示すだろう。神々の関係も、人間と同じように、縦や横の繋がりとどうやっても無縁ではいられない。
――しかし、それが大創造神となれば話は別だ。
この世暦、異世界転生の実績が大きな力を持った社会で、その頂点に立つ神に意見出来る相手など同じ神でもそうそうおらず、更には彼女の世界には、ハルタレヴァ以外の神がいない――その決定に、異を唱えるものが無い。
およそ最適解。田中がもしも、まだ女神との関係を許されていたとしても乗り換えるべきだったろう理想の展開。
……それでも。
それでもまだ、心配があるとしたならば。
「――ハルタレヴァ様」
「何かしら、人間」
「きちんと、かわいがってくれますか?」
自然に出た言葉だが、言った後であんまりな発言だと気がついた。
ハルタレヴァは愉快そうに笑い、
「ええ、勿論。ただし、私なりの、という条件は付きますけれど」
そして、同時に――田中の管轄から完全に外れる、という条件でもある。
田中は女神の表情を、ちらと見る。
嬉しそうな顔。
それはそれは、弾んだ笑顔。
それで十分だった。
「わかりました。御二方同士の合意の元ならば、まさか人間に挟める口はありません。後をよろしくお願い致します、大創造神ハルタレヴァ様」
「確かに、承りました」
一度、俯く。
それから、深く呼吸をして、
笑顔を、創る。
作る。
「女神様」
「はい」
「おめでとうございます。善は急げと申しますし、今日、これから早速、引継ぎの手配を進めましょう。――私は貴女の担当ではなくなりますが。遠い世界の片隅で、ほんの一時ではありますが相談をして頂いていた者として、陰ながら御成功をお祈りしております」
自分の拘りと、
彼女の幸福は、
別だ。
「――――はい! こちらこそ、今まで、ありがとうございました! このご恩は忘れません! 田中さんがいなくても――私、必ず立派な創造神になりますから!」
どの道自分はもう、異世界転生課の人間として彼女を手助け出来ない。
ひとつ残念なことがあるとするならば、それは、これからは自分のほうが、彼女への未練に悩まされるということだろう。
地球と女神の、双方の異世界転生課を訪れて諸々の手続を済ませながら、田中は心情を顔に出さないようにするのが難しくて仕方が無かった。
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