四章(序)・02
「あーーーーっ! たーのしかったーーーーーーーーっ!!!!」
ハルタレヴァが異世界に訪問する時、最低限の手続を済ませた他は、通常、現地異世界転生課職員の補助は受けない。
それは彼女が、たとえばこうした全世界的有名神にありがちな、いくつもの
一番は、
「ね、ねぇねぇねぇねぇっ! どーだったどーだった、わたしさいっこーにカワいかったよねっ!」
【自由奔放】こそが、彼女の座右の銘だからである。
「今夜のわたし、何点満点っ!? おしえておしえて、たーなーちゃんっ!」
その面を、今、世界で最も体感している人物がここに居る。
突然のことだった。
どうしようもなかった。
有無を言わせぬとは正にこれ、上の上の上を通じて下の下の下に下りてきた命令は、公的な身分、立場、責任を持つ彼から、選択肢を根こそぎに奪い去った。
守月草市異世界転生課萬相談窓口職員、田中。
平凡な市内での最高級に値するホテルの一室に待機を命じられていた彼の元に、ライブを終えて最終曲の衣装のままのハルタレヴァが時空間を易々と越えて登場し、膝の上にどーんと倒れこんできたのが、正に、一分前のことである。
「そうですね。中継のテレビで拝見させて頂いておりましたが」
「うんうんうんうんっ!!!!」
「以前の公演の時より、更に美しく、素晴らしく、鮮烈でした。精進なさいましたね、ハルタレヴァ様。私のような人の身が計る側に回るなどおこがましい、瑕疵無き舞台でしたとも」
「わーーーーいっ! ぃやぁったぜーーーーーーーーっ!」
元気溌剌、純粋無垢。
その振る舞いそのものが心を打ち、どうしようもなく惹き付けるモノ。
それこそが大創造神ハルタレヴァであり、そして、【異世界ハルタレヴァ】が転生希望者を常に集わせる理由に他ならない。
【その傍にいたい】と思うこと以上に分かり易い、明快で納得のいく転生の動機はそうそう無い。彼女こそが、神秘のベールで包まれた異世界ハルタレヴァの、数少ない公開情報であり、魅力そのものだった。
――そんな、彼女に。
「ハルタレヴァ様」
田中は、溜息と共に言い放った。
「何度も繰り返すようですが。僕に対して、そうした営業努力はなさらなくても結構ですよ」
その瞬間。
その変調。
気まぐれな猫が身を翻すように、
ハルタレヴァは、
純真から魔性へと、その笑みの意味を切り替えた。
「つーまーんなーいのー」
身体を起こし、今度は横からしな垂れかかるように体重を預けてくる。
その温度、つい先程まで、地球数十億の人気を、愛を、信仰を一身に浴びていた身体のほてりが、うっすらとあがる蒸気が、田中に伝う。
「しかし実際、お見事な猫被りでしたとも。おかげでまた明日から、僕らは忙しくなりそうだ。転生希望者が、どっと全国の異世界転生課に押し寄せることでしょうからね」
「わぁーい」
「気の無い言い方ですね、大創造神ともあろうものが」
「あら。大創造神だから、じゃないの」
くすくすと笑い、机の上のシャンパンの瓶を足の指で掴む。
「人の価値はね、均一じゃないの。何億人が希望しようと、本当に来て欲しいたったひとりが振り向いてくれないなんて、とてもとても寂しいわ」
「職業柄、色々な創造神様と面識がありますが。あなたほど社交辞令に長けた方は珍しいですよ、ハルタレヴァ様」
「それはそうよ。だって私、愛されないと死んでしまうもの」
指先を突きたて、コルクを抜く。溢れ出る泡が、その肢体を濡らしていく。
「でも、たまには本気よ。愛の言葉も、嫉妬の思いも。いつだってつれない彼が――最近、別の女に入れ揚げていると思えば、特にね」
「……」
「ねえ。あなたはもう伝えたのかしら。あの、希望に溢れる
掲げた瓶を傾ける。
滝のように落ちる液体が、艶やかな唇に吸い込まれていく。
「自分は絶対に、どんなことがあっても、どんな魅力的な世界が出来上がろうとも――――違う何処かの異世界に、転生する気は無いのだと」
耳元に息を吹き掛ける。
それに構わず、田中はしな垂れかかるハルタレヴァを退かし、
「何か軽く、摘めるものでも作ります。その為に僕を呼んだのでしょう、ハルタレヴァ」
「ええ。とびっきり、刺激的なのをお願いね」
袖を巻くって、背を向ける。
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