四章(序)・03
『こんばんはーーーーっ、田中さんッ!!!!』
おかしいといえば、最初からおかしくはあった。
今回の訪問、いつも通りの金曜夜のテストプレイ、訪れてみればそこに本人の姿は無く、事務机で教本を読む天使と件のスペースで珍しく大人しくくつろいでいる三人の子供たちが居り、『彼女はお出かけですか』と尋ねたら、何も言わずに外への扉を全員から示された。
『改めまして! 本日は私の為に――私のステージに、ようこそおいでくださいましたッ!』
別世界が、そこにはあった。
先ほど地球から来たばかりだというのに、また空間でも越えたのかと思う。一歩前と今ここの、空気・雰囲気、別物過ぎる。
『では聞いてください、一曲目っ! 【イマジネーション・デコレーション】ッ!』
散る
異世界転生課のドアを開けた田中の前に突如現れた野外アイドル・ステージは、今、観客の適応を全力で置き去りにして始動した。
『 両手いっぱいの お気に入り全部 飾りに付けて ステキをつくろう 』
「うおーーーーーーーーっ! 我が女神ーーーーっ!」
「かっわいーーーー! おひめさまみたーーーーい!」
「ファンやってて、よかったぁぁぁぁぁあああッ!」
いつの間にか現れていた天使と子供たちが、揃いの色のサイリウムをぶんぶん振ってぴょんぴょん跳ねていたりする。
「――――これは、流石に」
今までで一番分かり易くて、しかも早過ぎる影響だなあ、と。
苦笑しながら田中は、目の前にふわりと現れたサイリウムを手に取った。
■■■■■
「いかがでしたか、田中さん! ちょっとでも楽しんで頂けたなら嬉しいのですけれど!」
女神の突発ミニライブは、三十分ほどで終了した。
したはいいが、なんと彼女曰く、今回の準備期間で用意したのは、あのステージと、そして歌とダンスの練習だけだったという。
『居てもたってもいられなかった』と鼻息荒く訴えるが、どちらかといえば“矢も盾もたまらずな”具合だったろう。
仕方ないので、ライブが終わった後、流石にこれで今回のテストプレイが終わりというのも呆気ないということで、田中と女神は、二人で『作りかけの世界』を散歩することにした。
春から、夏まで。
過ごしてきた時間の、積み重ねとおさらい。
「ミスマッチかなあ、予定には無いなあ、ともちょっと思ったんですけれど! 無理でした! なんてったって、身体から湧き上がってくる情熱が! やってしまえと叫ぶもので!」
グヤンドランガや、松衣。
彼女が触れてきた文化を併せ持った、試行錯誤の中途。
――そのデザイン、建築物の様式や風景の再現度などは、悪くない。色々と物知らずなところはあるが、度々田中は彼女の、【創造神】としての能力の高さを実感させられる。
口で伝えられただけではぴんと来ないことも、自分の体験を通じて練り上げた考え方は、よく馴染む性質らしい。
今では普通にこうして大気の中を歩けるし、
「ぜんぜんうまくいかなくて、理想とあんまり掛け離れてて、悲しかったりもしましたよ! でも、そんなのやめる理由にはなりません! 同じこと出来るわけがなくたって――同じようにしないと駄目とか、そんなことだってないんですから!」
しかし、そんな自身の努力については本人は一言も言及せず、先程からずっと今日のライブの話や、先日、偶然に日本に訪れていた時に見た、中継映像のハルタレヴァへの思いを熱心に語っている。
「……本当に嬉しそうですね、女神様」
「はい! だって、本当に、ほんっとうに感動したんです……!」
その気持ちは分かるし、実際にオブジェクトを配置するだけが世界創りではない。文化・文明、形を持たない情報としての個性も、その土地を、引いては世界を形成する欠かすことの出来ない大事な要素だ。
歌に、舞踊――声と、身体の動きを用いた表現。それはこの地球でも、いくつもの土地やそこに住む者たちの生活や歴史、何を尊重し、どのように寄り添い、求め欲してきたのか、心と時代を映し出す鏡として場所を選ばず存在している。連綿と紡がれ、人の意志が存続させてきた事柄に、無意味なことなど有り得ない。
万国に――あらゆる世界にも共通し、感動と共感と、充実と幸福を呼ぶ要素。
最高の、娯楽。
言うなればそれこそが、異世界ハルタレヴァ最大の強みなのである。
「様式を学び、自らで試行錯誤する重要性は、グヤンドランガへの異世界見学会や、松衣での取材観光ではっきりと実感しました。私と致しましては、そこにあの、ハルタレヴァ様のようなサービスが組み合わさればそれこそ理想的だと思うのですが、どうでしょうか!」
「ああ。中々に鋭い目の付け所ですよ、それは」
一理ある。
そも、形式が形式なのだ。
「実を言えば。女神様の世界と、ハルタレヴァ様の世界には、似たところがあるのです」
反応も、突き詰めたなら芸と化す。
女神はとびきり驚いた。それはそれは見応えのある具合で以て。
「ぅぁぃえうっ!?」
激しく動じながらも素早くメモ帳を取り出す様は泣けるほど殊勝というか逆にちょっと怖くもある。田中は予想以上の反応に咳払いして続ける。
「たとえば、ですよ。女神様。この世界に、このままで、人を呼び。多くの方々が生活を始めたとしましょうか。その場合、ここは一体どうなると思いますか?」
「――――えっと、」
落ち着きを促す為の質問だが、効果はあった。
眉を寄せて、女神は必死に考える。
「グヤンドランガ様の世界等とは違い……ここにはまだ何も無くて…………でも、ええと、何もそこには無い、というのがいい場合も、この間の子供たちの、天岩戸の時はあって――――、…………っ」
知見を得た。
閃きの光が瞬いた表情。
「――新しい場所には、けれど、その分、過去に伴うしがらみや、先にある決まりがない。自分たちで、自分たちの欲しいものを、一から選び、積み上げていくことが、出来ます」
本当に、聡くなった。
田中は満足げに頷く。女神はとうとう、多くの【確かな歴史ある異世界】が持ち得ない、競合するそれらの中に活路を見出す為の、【若い世界】の武器に自力で気がついた。
「慧眼、感服致します。仰る通りその点で、そして、異世界ハルタレヴァこそがまさしくその成功例なのですよ、女神様」
「……詳しく教えてください、田中さん」
とても断れる眼ではない。
田中たちは街角の一角、あの夜、グヤンドランガで祭りを楽しんだのと、そっくりなテーブルに腰を下ろした。
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