第四章(序):公務員と大創造神

四章(序)・01



 準備期間は、必要無い。

 会場の確保も。舞台の設営も。音響、照明、演奏、衣装、数え切れぬ手間と熱、【その一瞬】を創り上げる為の、綿密な積み重ね。

 それらは、【人間の悩み】であるが故に。


「いっ、えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっっっっ!」


 総収容、∞人。

 無論、便宜だ。実際には限りがあろう。

 だが、【その世界の全ての生命】を収められる、“来客数に応じていくらでも拡張可能なホール”は、そのように銘記するしかない。


「第一世界のみんな、聞こえるーーーーーーーーーーーーっ!?」


 通常、一つの場所に多くの人数が集ったならば、どうしてもそこには【場所の違い】が生まれる。S席A席B席と、優劣が生じてしまう。

 そのような瑕疵、楽しみを妨げる気掛かりを残しはしない。


「わたしのココロ、届いてるーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」


 多段並列限定創世。

 各国各地に設けられた無数の門を通じて入場するは、この舞台の為に作られた、いくつもの世界が重なり合った一つの場。かぶりつきの最前列、最高の席に観客の全員が同時に着く事が可能であり、しかも、会場にある熱気・盛り上がりだけを、同じように共有する。


 周囲と合わせ大音声を張り上げるもよし。

 自分のペースでゆったりと楽しむもよし。

 ありとあらゆる観客が、自らのスタイルで参加出来る理想の空間。

 人間では決して再現出来ない――これぞ、神様のライブステージ。


「ひっさしぶりの地球公演ッ! わたしももうずっとずっと、ドッキドキが止まんなくてッ! それを、これから、伝えるよッ! 今夜はみんな――――――――世界の果てに届くくらいッ! 他の何処よりシアワセにッ! ハートのぜんぶで、楽しんでいっちゃってねーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!」


 星の光の舞台から。

 客席に向けた誘いに乗ったのは、今宵――――数億の応援返答レスポンス

 その全てを、反響する増幅を、一直線の愛を、

 細き身体に受け止めて。

 彼女は。

 どこまでも愛おしく、突き抜けて可愛らしく、笑った。


「はじめようッ!【Hearts Meets Worlds】ッ!!!!」

 

 それこそは、世暦の起こりから、三百年間歌い続けられる、原点にして定番の一曲ナンバー

 時代を越え、歴史を越え、数多の世界を渡り、これまでどれだけ口ずさまれたかわからない、不朽の切り札。

 堂々と、威厳さえ伴いながら歌い上げるその姿に、手を合わせる者さえ現れる。


 無理もない。

 彼女は、神様である。

 それも――数多の世界で頂点に君臨する、異世界規模の超信仰対象ビッグスター


 ポップにキュートにクールにロックに、尚且つ時にソリッドに、情感篭めてクラシックに。

 一曲毎に衣装を変えて、幻想を現実に変えた演出の中、歌い踊るはハルタレヴァ。

 転生希望異世界ランキング、不動の一位をキープする大創造神が、今、キメ顔でウィンクをした。



                 ■■■■■



 このご時勢、【どんな異世界に関心が集まっているか】を誰もがこぞって知りたがる。

 参考にされるのは、国が行った公的なモノに一般企業調査のモノ、フリーランスの記者があれやこれやの方法で集めたモノなどなど。


 多岐に渡る方面からいくつものデータが出され評価項目も千差万別、企画者や“どういった読者に向けた調査か”で異なるが、しかし、これだけはどんなアンケートでも変わらないがあった。


 それは、【再転生希望者】だ。 

【その異世界に転生してきて、再び別の世界への移動を希望した人数】。


 転生後、どれぐらいの人間がその世界に居着いていたのかを調べるのが主な理由であり、転じてそれは快適性や問題性を大まかに示す数字でもある。

 ……ゴシップ誌に踊るような乱暴な言い方をしてしまえば、【どれだけの人間がその世界に愛想を尽かしたか】。


 神々の連盟が運営する会でも取り分け重大な数値として意識され、【今の世界に満足しているか】も調べられるこの項目――俗に言われる、【愛着度】。

 それこそが肝だ。

 

 世歴制定以後。

 大創造神ハルタレヴァの世界からは、再転生希望の届けが出たことがない。

 この世界に満足しているかの質問には、アンケートを受けた全員が、【心から満足している】と回答した。


 異世界和親条約締結後、各世界を生み出した創造神は、別の創造神たちと交流を持ち、協力し合い、異世界間広域ネットワークを作り上げた。

 しかしそれでも、自分の世界の情報を開示するか否かは、どれだけ広告を打つのかは、各創造神たちの裁量に委ねられる。


 その中でも彼女の世界、自らと同じ名を冠するハルタレヴァは、外部に対しての情報を徹底して絞り、異世界見学会オープンワールド等のイベントも一切開催しないという異色の転生希望者獲得戦略マーケティングを行った。


 多くの人がその虜になっている、しかし、魅力の殆どを秘密のベールで隠された、異世界。

 無謀と笑われた秘匿主義はしかし劇的に作用し、結果、噂が噂を呼び、連鎖が連鎖を生み、世暦が一世紀を数える前から、異世界ハルタレヴァはランキング上位に台頭していた。


 他の世界に比べれば受け入れを表明している人数は桁違いに少なく、それがまた希少価値を煽り立てて、そこに転生出来る人間を、選ばれた者であるとする優越の価値観が出来上がっていく。

 今も多くの世界で特集が組まれ、その度に人々は興味と憧憬と考察と希望の渦に巻き込まれる。


 愛される異世界、ハルタレヴァ。

 果たして一体、その魅力とは何なのか、あの理想郷には、どんな幸福が待っているのだろうか――――


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