三章・32
「そうか! そうかそうかそうかそっかぁ!」
――――地が焼ける。
地球の、極東の、日本と呼ばれる島国の、例年通りの暑さの盛り。
熱と湿とを含んだ空気は肌に纏わりつくようだ。誰もがそれに備えるように、袖を減らし、換気を良くし、冷蔵庫に常備しておく定番の銘柄をいつもよりも一本増やす。
押し寄せる青と緑。
夏、本番極まれり。
「実に楽しそうにやっているのね! 新しいものを掴んでいるのね! ぐんぐんどんどん成長をしているのね、彼女! お友達もいっぱい出来て、やること成すこと身になって、何をやってもどうにもならなかった頃と比べて、今が一番充実している時期かしら!」
その姿があったのは、近隣で一等高いビルの上。
立入禁止の屋上の縁に座って足を投げ出し、ぱたぱたと振っている。
「ええ、ありがとう! よくわかったわ! つまり――そろそろ、収穫をしてもよいということじゃない! 美味しくたっぷり頂く為の、中身が熟れたということじゃない! うふっ! うふふっ! ふふふふふふふっ!」
笑み。
というには、あまりに酷薄な、感情表現。
聞くことで他を決して和ませない、これから起こる陰惨を予感させ、肝胆を寒からしめる呪いの流出。
「どんな顔をするかしら! どんな
歓喜。
恍惚。
澄みたる、悪意。
その可憐な唇で、美しき声で、明確なる嗜虐を謳う。
「では、急ぎ手筈を整えないと! それから――うふふ、もっちろん、あなたへのごほうびも」
耳元に。
囁くような、艶の声。
「言い付けを、きちんと守ってくれたわね。大切なこと必要なこと、ちゃぁんと知らせてくれたわね。ええ、何もかもうまくいったら、ようやく、傍に戻してあげる。だから最後まで、しっかりと、あなたの仕事をやり遂げるのよ。途中で投げ出したりなんかしたら――わたし、とってもとっても、悲しいわ」
さようなら。
愛しているわ、私の“ ”。
相手の心に、牙を食い込ませるように告げて。
一切の道具を用いない、念話での通信が終わった。
彼女は伸びをして立ち上がると、改めてぐるりと辺りを、見渡し、見回し、そして見下ろす。
人々の営みを。
広がる街並を。
まるで、値踏みをするように。
そして小さく頷いた後、彼女は今しがた行った精査の結果を、晴れ晴れと、迷い無く口にした。
満面の笑みで、断言した。
「うん! やっぱり、最低っ! なんて汚くて雑多でくだらない馬鹿共と、それにお似合いのシケた世界なのかしらっ!」
雲一つ無い炎天下。
本日の気温、三十七度。
まるでビスクドールめいたドレスを繊細に着込みながら、一滴の汗も流さぬ少女。
彼女を指して、人はこう呼ぶ。
【人を解し、愛する偶像】。
大創造神、ハルタレヴァ。
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