三章・31



「あー行くわ行くわエリア移動だ! 足引き摺ってる? 引き摺ってたね? よぉっしんじゃワナ仕掛けっか、尻尾まだの人途中でちゃんと剥いどきなねー!」

「ちょっ、何それ何それうっおマジ!? その位置から当ててくる!? はー! これだから! これだからおっもしろいんだよ逆境ってのは! 残り時間三十五秒、オッケオッケー十分過ぎる、むしろ今まさに始まったわ! この為のカスタマイズ、シルバーモデラーラストスパートスタイルよ! とくと見さらせこの圧倒的塗りヂカラっ!」

「はーいではここでダイスロールタイムー。それぞれが同時に食べたシュークリームに、2D6の幸運値判定を。…………コロコロコロっと、結果出ましたね。それぞれのステータスに足すこと、リーダーが6、シノっちが9、モンちゃん5、そして残念ながら天使さんがファンブルと。というわけで天使さん、あなたのヤツが大当たりです。ダゴンクリームの名状しし難き味に対して、1/1D6のチェックを張り切ってどうぞー」

「ほほう成程! これチェック成功しても確実に精神持っていかれるんだが発狂原因がロシアンシューゲームってやばくないか!?」


 金曜、夕方。

 女神の異世界転生課、その、拡大されたスペースにて。

 十二人の子供たちが(あと職員一名含め)、わいわいと遊戯ゲームに興じている。


「あ、田中だー!」

「おつかれ田中ー!」

「ねーねー今日持ってきたー? あるんならクエ手伝ってー!」

「田中田中田中田中!っ やっべえよこの部屋ランク高えよ全員エイムバケモンなんだよー! このままじゃあマジカッコつかねえからせめて一戦オレの代わりに勝ってくれー!」

「おつかれさまです、田中さん。あの、先日考えてくださったキャラクターにイラストをつけておきましたから、是非、後で確認をお願いします。ご要望通り、私の思いつく限り最高に渋好みにしておきましたから」

「おーっす田中! 今日もゴクローさまー!」


 笑顔でぶんぶんと、異世界間門である鳥居から現れた田中に手を振る藤間少年。


 その首からは、一本の【鍵】が提げられていて。

 要するに、これが彼の【要望】だった。



 ――自分たち、天岩戸で知り合った十二人が、いつでも好きな時に集まれる溜まり場が欲しい。

 これから、どんなに辛いことがあっても、同じ悩みを抱える連中、全員が支え合う為の場所が。


 簡単だった。

 一人じゃあ力が足りないなら。負けそうになるんなら。

 誰かに頼ったらいいし、頼って貰えば、いいんだった。


 そうすればきっと、どんなに辛い時だって――シアワセだって強がって、たとえ負けても笑い飛ばして、前を向けると思うから。


 

 女神は、そんな少年の願いを叶えて見せた。

 自分の世界に、そういう場所を作ることで。


【施設内からは出られない】等、いくつかの制限はつくものの――彼らは藤間少年を介して所定の手順を踏むことで、この場所に、女神の世界の転生課にあるに、やってこられる権利を得たのだ。


 そうして、時折こうやって訪れては、女神が空間をいじって拡大されたスペース、畳の座敷で、思うさまのんびりとくつろいでいる。 


「おさわがせしてすみません、タナカさん」


 申し訳なさそうに頭を下げたのは、クェロドポリカだ。

 彼女は両親と話しあった結果、松衣にある寮制度の【異世界転生者学校】に入ることになり、こうして天岩戸の仲間たちと、会うことが出来るようになったのだった。


「おしごと、なんですよね、これから。……ほら、みんな。もう少し静かにしてよう。邪魔になっちゃう」


 何ともまあ、しっかりしている。

 最年少でありながら年長の風格、落ち着き、判断力。一番小さな子に言われては、他の子たちも聞かざるを得ないのだろう。


「えー、いいじゃんいいじゃんちょっとぐらいよー! な、田中もそう思うだろ!?」

「ハマモトくん?」


 ……前言撤回。

 もっと単純で、身も蓋もない。

 かぱりと開いた胸部装甲、飛び出る無数のおしおき道具、突き付けられた“ハマモトくん”が悲鳴を上げる。


「だめだよ?」

「オッッッッッッッッス!!!! 田中、おまえはおまえでがんばれ!」

「年長さんには、敬語じゃないかな?」

「ホンジツもオツトメゴクローさんですタナカにいさん!!!!」


 敬語と言うには難しい口調だったが、どうやらOK判定らしく、しゅるしゅると飛び出したウェポンたちが再び収納されていく。相変わらず、胡散臭い積載量だった。


「えっと、……クェロドポリカちゃん」

「はい」

「たくましくなったね?」

「おかげさまです」


 わたし。

 人と話すことを、怖がったまま縮こまっていても仕方がないって、教えて貰えましたから。

 そう言って、彼女は頭を下げた。


「あと、お嫌でなければ、これからは【ケロ】と呼んでください」

「ケロ?」

「マスターが、新しく付けてくれたんです。【ロボ子】より適当じゃなくて、仲間内で呼び易い――日本風のアダ名だって」

「――うん。了解、ケロちゃん」


 彼女が創り上げたもの。

 彼女がそれで齎したもの。

 それはこんなにも何気なく、過ごした日々、考えた経験、やりたいと思った意思が、無駄ではないと物語る。


 責任を負い。

 労力を掛け。

 惜しまなかった共感の、

 その成果としての光景がこれだ。


「あ、では、そろそろ起こさないと。田中さんが来たら教えて欲しいと、そう頼まれましたから」

「いや、」


 子供たちの遊び場から少し離れた隅っこで、

 畳の上で足を伸ばして、

 女神が横になっている。 


 さっきまであれほど騒がしかったにも関わらず、

 いい音楽でも聴くように、

 眠りながら、笑っている。


「もう少しだけ、こうしておいてあげましょう」


 扇風機に混じる、寝息の音。

 女神の頭の横に、田中はそっとそれを置いた。



 始まったばかりの夏の思い出。

 松衣から帰る前に撮った、市役所前での集合写真。 


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